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5 バブーシュカとベンジャミン ~2匹の生い立ち(3)~
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人間の子供たちの声と大人の低い声は、交互に聞こえて来ます。
「あっ、先生だ!こっちこっち」
「皆、子猫達をこのバスケットに入れなさい」
「え~、やだ、抱っこして持って帰りたいの」
「だめだ、車の多い道で逃げたら危ないだろう」
「先生、誰がどの子をもらうか、もう決めたよ」
「皆、お父さんやお母さんに猫を飼ってもいいかどうか聞いたかい? 」
「僕とトムとルーシーはOKをもらったよ。アリスは怪しいもんだね」
「では、アリスはOKをもらってからだね。とにかく、子猫達は皆いったん、うちの病院に連れて帰るよ。病気や怪我が無いかを調べるんだ」
「先生、この奥にも、あと2匹子猫がいるんだ」
「白くてちっちゃい方がルーシーの手をを引っ掻いたのよ」
「アリス、私は引っ掻かれていないわよ。軽く叩かれただけよ」
「白い方が、すごくすばしっこいんだよ」
バブーシュカとベンジャミンは固唾を呑んで人間たちのやり取りする声に耳を澄ましていました。
ーー人間の言葉の意味は理解できませんでしたがーー
「ふむう…、これは狭いな。どうしたもんか」
「この木箱を僕とトムで押して、だいぶ広がったんだよ。あともう少し押せば行けるよ」
「それはだめだ。上を見てごらん、これ以上押したら積んである木箱が崩れ落ちるかもしれない」
「ほんとうだ……」
『先生』と呼ばれる人間の大人の言うとおり、雑に積み上げられた大きな木箱は、バランスを崩しかけていました。
「この倉庫は危ないな。管理者不明で放置されているんだ。役所に連絡しておこう」
低い声の人間がもう一度隙間を覗き込んで2匹を確認したあと、ぱっとその場を離れました。
「この脅えようでは、素直には出てこないだろう。また来て、エサで釣るか、それでだめなら罠をしかけて捕獲するよ」
「お母さん猫も罠で捕まえるんでしょう?」
「ああ。 あの母猫は賢いから捕まえるのに苦労しそうだな」
「先生、お母さん猫を子猫と一緒に飼ってもいいよね。 うちのお父さんが『お母さん猫も飼ってもいいよ』って」
「それはいい。 ジミーのお父さんは猫が好きなんだね」
「うん、お母さんも猫が好きだよ」
「さあ、行こう。 もう、ここには子供達だけで来てはいけないよーーーー」
大人の低い声と子供たちの声は少しずつ小さくなり、数人の人間達の足音が遠ざかって行きます。
バブーシュカとベンジャミンは、周囲が静寂に包まれた後も、隠れている場所から動きませんでした。
これまでずっとお母さん猫に守られながら生きて来て、初めて恐い経験をしたものですから、緊張が解けるのに時間が掛かったのです。
意外なことに、ベンジャミンの方がバブーシュカより先に動き出しました。
バブーシュカがその後に続き、2匹は静かになった住処の匂いを嗅ぎまわりました。
数人の人間と、お母さんと、いなくなった子猫達の匂い。
バブーシュカとベンジャミンは、やっと声を出しました。
お母さんと、いなくなってしまった子猫達を呼ぶ声です。
がらんとした住処に、2匹の鳴き声だけがいつまでも響き渡りました。
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