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そのペンギン、ジョセフィーヌ
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そのペンギン、ジョセフィーヌ
遠くの空から何かが来た。
鳥か、昆虫か、そんなことを考えた。
でも近づくにつれわからなくなった。
それは世間で認知されているところの「ペンギン」だったからだ。
可愛かった…じゃない、どうしてペンギンが⁉︎
ペンギンは飛ばない。
そんなこと20年生きてれば当然知っている。
でもその「ペンギン」は左右の翼をパタパタさせて。またその小さな脚をパタパタさせて。
空を危なげなく飛んでいた。
「ペンギン」はそのまま少しずつ速度を緩め、私の目の前に着地した。
その後は疲れたみたいで、その場に座り込んだ。
私は両手でほっぺをつねる。痛い。
目の前の「ペンギン」をじっくり眺める。
黒い頭から背中はもこもこしていて、
白くて広いお腹はてかてかしてた。
「こういう場合は…」
混乱する時ほど冷静に。
私は冷静に頭をまわす。
「水族館?」
「その必要はない」
「ひゃう」
思いがけぬ返答。思わず変な声を出た。
なんと、その「ペンギン」は喋った。
「水族館へは行かん」
「しゃ、喋れるんですか…?」
「いかにも」
思わぬ新情報。
「ペンギン」は喋る。
ちっちゃく口を開けて、「ペンギン」はぱくぱく声を出す。
「すまぬが、脚が疲れてしまった。少し運んで
くれぬか?」
「ペンギン」は勇ましい喋り方をする。
でも優しくて癒される声だ。
「お主、聞いとるか?」
「あ、はい」
言われるがまだ、私はペンギンを持ち上げる。
抱え方ってこうでいいのかしら。
あ、すべすべしてる。
「どこまで行きましょう?」
「うぅむ。海が見えるところかの」
「あぁ、それなら」
思い当たりがあった。
こうして「ペンギン」を抱えた私は、いろんな人にじろじろ見られながら海沿いに向かった。
いくつか細い道を抜け階段を上ると、海が見える公園についた。
周りに人はいなかった。
「いい場所だ」
「お気に召したなら良かったです」
とはいえここは私が元々知っていたところではない。
つい先程、「ペンギン」を拾う前に(拾うと言ったら失礼かしら?)とある男と来ていた場所である。
「海が見えるところへ行きたい」と言ったら、ここまで連れてきてくれたのだ。
「お主、名は?」
「私…薫と言います」
「薫。運んでくれて礼を言うぞ」
「あ、いえいえ」
さて、私には聞きたいことが山のようにあった。しかし、あんまり質問ばかりしても「ペンギン」は嫌かもしれないと思ったので聞くべきことをじっくりと選んだ。
「ペンギンさん?」
「ん?」
「お名前は何というのですか?」
「我はジョセフィーヌと申す」
まさかの洋名。
凛々しいお名前である。
「ジョセフィーヌさん」
「さん、はいらぬ」
「あ、はい。ジョセフィーヌは…何されてる方なんですか?」
「何を?うぅむ。薫らの世界で言うところの教師、かの」
「教師?」
「そう。空の飛び方や、人の語の喋り方、また恋愛の成功方法や世界史、数学などを教えておる」
「幅広い」
私は感動してしまった。
もしかしてこの方は、ペンギン界の中でも革命的な存在ではないのだろうか。
私が知らなかっただけで、ペンギンたちはこっそり集まって授業をしたりしているのだろうか。
ペンギン語とか、あるのだろうか。
頭の中にたくさんのペンギンたちがパタパタ脚を動かしながら集まってくる姿が浮かぶ。そして飛びながらやってくるジョセフィーヌ。
んん、可愛い。
「ペンギン界にも恋愛があるのですか?」
「当然だ。生きるとは即ち恋をすること」
「へ~」
間抜けな声が出た。
「なんだ、興味があるのか?」
「そうですね、あはは」
図星。
ほんの数時間前。私はこの場所で彼氏と別れたばかりなのだ。
一瞬の出来事だった。
久しぶりの再会も束の間、男はなんだか言いたいことがあるみたいで、私の希望に合わせてここに連れてきてくれた。
そして言いにくそうに、「別れたい」。
「なるほどな」
私はジョセフィーヌに一部始終話していた。
「それで、お主はどう思った?」
「色々不満があったのかなって、思います」
「ほう」
「付き合って一年、あんまり会うこともできなかったし、私ラインの返信もマメじゃないし」
「違う」
「え?」
「お主自身は、どう思ったのかと聞いておる」
「私は」
正直。
「そんなに悲しくないです」
「ならそれで良い」
「はぁ」
「引きずるものがないのなら、ささっと切り捨てて次に向かうと良いぞ」
「そうですか」
「ペンギンにも、別れたことを重く考える者がおる」
「ペンギンにも、ですか」
「そう。ずっと好きでいるなんて難しいことなのだ。心境の変化は誰にでもある。別れても悲しくないのなら、別れてしまうのも手だと我は思う」
「そっかぁ」
「ただ一つ言うなら」
「はい」
「何が好きだったのか、なせ付き合うに至ったのか。その時の気持ちをたまに思い出すことだ」
「たまに」
「うむ。一生は長いが短い。その中でそんな経験ができることは少ないからの。まるきり捨ててしまっては勿体ないだろう」
「は~。勉強になります」
心の奥の方で絡まっていた何かが、ほつれていく気がした。
思えば、赤裸々に人に相談したことなんて私は無かったのかもしれない。
もっとも今、相手は人ではないが。
「ジョセフィーヌ」
「何だ?」
「私にも空、飛べる?」
「厳しいが、辛い訓練に耐えれば飛べるかもしれぬ」
「本当??」
「過去に、我の弟子で2人、飛んだ者がいた」
「2人…人間⁇」
「いかにも。2人の男を弟子にとっておった時期があってな。名を、コッホーと、バーセンと
言った」
「が、外人さん…?」
「うむ。だが日本語も話せたぞ。我に教わってな。2人は、険しい修行を乗り越えた後、空を飛んだ」
「違う世界の話みたい」
…いや、今も充分おかしい状況だけども。
「修行って、何するの?」
「うむ。まずは精神統一。空を飛んでいる自分を強くイメージするのだ。そして、自身の腕を翼だと思い込む。そのまま腕を振る」
「へぇえ」
意外とシンプルだった。もっとも出来るとは思えないけど。
「さあやってみろ」
「こ、ここで?」
「センスが良ければすぐできる。コッホーは教えて15分で飛んだからな」
センスの塊すぎる。
険しい修行とはなんだったのか。
でも、ペンギンが話している今、人間だって本当は飛べるんじゃないかと信じてしまう。
ええと、飛んでる私。飛んでる私。
腕は翼。腕は翼。
「えいっ」
腕をパタパタと動かす。
飛べない。
普通に恥ずかしい。汗かいてきた。
「惜しいな」
「え?」
「いい線いっておるぞ」
そうなのか。
生まれてこの方、特に何の特技も無い私だが、空を飛ぶセンスはあるのかもしれない。
「えいっ」
パタパタ。パタパタ。
「おおっ」
何も変わって無いが、なにやら上手くいっているらしい。ジョセフィーヌは興奮気味にパタパタ脚を動かして歓声を飛ばしている。
しかし、飛べない。
「薫。お主、我の弟子にしてやろう」
「で、弟子に?」
額の汗を拭う。夏が近づきを感じる暑さだ。
「これが我の名刺だ。大事に持っておれ」
どこから出したのか、どこで挟んでいるのか、ジョセフィーヌの右手には紙が握られていた。
「なんでも教えます
ペンギン ジョセフィーヌ」
青と白のスッキリしたデザインの名刺を、私は財布に大事にしまっておいた。
「お主が望めば我はいつでもあらわれよう」
「嬉しいです」
本心だった。
ここまで偽りなく何かを話せる相手が、私にはずっといなかったかもしれない。
いつも本心とは裏腹に、仮面みたいな顔が笑顔を見せるのだ。あの男は私の、「素直で優しい」ところが好きだったみたいだけど、私はきっとそうじゃない。自分の言葉を、口に出したくないだけなのだ。怖いだけなのだ。
「先程話した、男たちはな」
「…はい」
「それぞれ悩みを抱えておった」
「え」
「コッホーは、女だけでなく、男も好きになってしまう、この国で言うバイセクシャルというやつでな。バーセンは自殺癖がある。」
「は、はぁ」
「コッホーはある男を好きになってしまった。これで本当に苦しんだらしい。世間から得られぬ理解と、自身の気味の悪さに嫌気が差したらしく、何度も人生を諦めようとした。」
「バーセンはとにかく自身のことが嫌いでな。様々な方法で自殺を試みていた。そのため手首や身体に傷が多くてな。」
「そんな…」
「2人からは、最期に空を飛びたいと懇願された。これが出来なきゃもう死ぬというかのような勢いであった。」
兄弟子(?)達の重い話に私は思わず身を引いた。ペンギンに教わりに来た変わり者たちは、人生に絶望した人たちだったのか。
「でも、2人は飛べたんですよね?」
「うむ、確かに飛んだ」
「今は、どうされてるんですか?」
「わからん」
「え」
「もう思い残すことはないと、2人は私の元を去った」
「…それって」
「その後の2人がどこで何をしているのか全くわからん」
…なんとも言えない。
まだ見ぬ私の兄弟子たち。もうこの世にはいないのだろうか。
「だがFacebookはやっておるぞ」
「はぁ?」
「コッホーは新しい彼氏ができたそうだの。バーセンは先日日本へ遊びに来たらしい」
「…変な言い方しないでください。嫌な考えしちゃったじゃないですか…」
「よほど飛べたことが嬉しかったのか、生きる希望が湧いたらしいぞ」
「び、び、びっくりした~もう」
兄弟子たちの生存を確認し、私はなんだか嬉しくなった。会ったこともないが。
「人でもペンギンでも、痛みを知った者は強い」
「痛みを、ですか」
「孤独も、暴走も必要なことだ。役に立たない経験なぞ、きっと無い。」
「…はい」
見慣れた天井。
カーテン越しの眩しい日差し。
あぁ…
「夢か」
痛かったんだけどなぁ、ほっぺ。
昨日は確か…
彼氏に別れを告げられて、悔しくなって一人で家でお酒飲んでたんだっけ。
あ、テレビもエアコンもつけっぱなし。
「最悪…」
頭が痛い。
なんだ、何が「そんなに悲しくない」だ。
大ダメージじゃないか。
夢の中でまで見栄張っちゃって、馬鹿みたい。
あぁ素敵なペンギンに話を聞けたのが全部夢か。じゃあ全部私が思う話を自分で聞いて納得してただけか。
ため息が出る。
ん?
通知がたくさん来ている。
「どうだった?話聞くよ(汗顔文字)」
可愛らしい顔文字と、滲み出る野次馬心理。
友人の香穂(こほ)と仙波(せんば)だ。
ん?
「…あ!」
コッホーとバーセンだ。
…くくく。ふふふふ。
ここからきてたのか。
なるほどなぁ。
…「了解。いつもの喫茶店来て。
今日は長くなるからね兄弟子たち。」
もしかしたら。
もしかしたら2人には重い悩みがあるのかも。
もしかしたら2人は空を飛びたいと思っているのかも。
弟弟子として聞いてやろう。
ジョセフィーヌ師匠の話もしたいし。
なんて考えて一人、くくくと笑う。
「さて、準備準備」
「さて、次のニュースです。
昨日、〇〇水族館より脱走したペンギンのジョセフィーヌ君ですが…」
遠くの空から何かが来た。
鳥か、昆虫か、そんなことを考えた。
でも近づくにつれわからなくなった。
それは世間で認知されているところの「ペンギン」だったからだ。
可愛かった…じゃない、どうしてペンギンが⁉︎
ペンギンは飛ばない。
そんなこと20年生きてれば当然知っている。
でもその「ペンギン」は左右の翼をパタパタさせて。またその小さな脚をパタパタさせて。
空を危なげなく飛んでいた。
「ペンギン」はそのまま少しずつ速度を緩め、私の目の前に着地した。
その後は疲れたみたいで、その場に座り込んだ。
私は両手でほっぺをつねる。痛い。
目の前の「ペンギン」をじっくり眺める。
黒い頭から背中はもこもこしていて、
白くて広いお腹はてかてかしてた。
「こういう場合は…」
混乱する時ほど冷静に。
私は冷静に頭をまわす。
「水族館?」
「その必要はない」
「ひゃう」
思いがけぬ返答。思わず変な声を出た。
なんと、その「ペンギン」は喋った。
「水族館へは行かん」
「しゃ、喋れるんですか…?」
「いかにも」
思わぬ新情報。
「ペンギン」は喋る。
ちっちゃく口を開けて、「ペンギン」はぱくぱく声を出す。
「すまぬが、脚が疲れてしまった。少し運んで
くれぬか?」
「ペンギン」は勇ましい喋り方をする。
でも優しくて癒される声だ。
「お主、聞いとるか?」
「あ、はい」
言われるがまだ、私はペンギンを持ち上げる。
抱え方ってこうでいいのかしら。
あ、すべすべしてる。
「どこまで行きましょう?」
「うぅむ。海が見えるところかの」
「あぁ、それなら」
思い当たりがあった。
こうして「ペンギン」を抱えた私は、いろんな人にじろじろ見られながら海沿いに向かった。
いくつか細い道を抜け階段を上ると、海が見える公園についた。
周りに人はいなかった。
「いい場所だ」
「お気に召したなら良かったです」
とはいえここは私が元々知っていたところではない。
つい先程、「ペンギン」を拾う前に(拾うと言ったら失礼かしら?)とある男と来ていた場所である。
「海が見えるところへ行きたい」と言ったら、ここまで連れてきてくれたのだ。
「お主、名は?」
「私…薫と言います」
「薫。運んでくれて礼を言うぞ」
「あ、いえいえ」
さて、私には聞きたいことが山のようにあった。しかし、あんまり質問ばかりしても「ペンギン」は嫌かもしれないと思ったので聞くべきことをじっくりと選んだ。
「ペンギンさん?」
「ん?」
「お名前は何というのですか?」
「我はジョセフィーヌと申す」
まさかの洋名。
凛々しいお名前である。
「ジョセフィーヌさん」
「さん、はいらぬ」
「あ、はい。ジョセフィーヌは…何されてる方なんですか?」
「何を?うぅむ。薫らの世界で言うところの教師、かの」
「教師?」
「そう。空の飛び方や、人の語の喋り方、また恋愛の成功方法や世界史、数学などを教えておる」
「幅広い」
私は感動してしまった。
もしかしてこの方は、ペンギン界の中でも革命的な存在ではないのだろうか。
私が知らなかっただけで、ペンギンたちはこっそり集まって授業をしたりしているのだろうか。
ペンギン語とか、あるのだろうか。
頭の中にたくさんのペンギンたちがパタパタ脚を動かしながら集まってくる姿が浮かぶ。そして飛びながらやってくるジョセフィーヌ。
んん、可愛い。
「ペンギン界にも恋愛があるのですか?」
「当然だ。生きるとは即ち恋をすること」
「へ~」
間抜けな声が出た。
「なんだ、興味があるのか?」
「そうですね、あはは」
図星。
ほんの数時間前。私はこの場所で彼氏と別れたばかりなのだ。
一瞬の出来事だった。
久しぶりの再会も束の間、男はなんだか言いたいことがあるみたいで、私の希望に合わせてここに連れてきてくれた。
そして言いにくそうに、「別れたい」。
「なるほどな」
私はジョセフィーヌに一部始終話していた。
「それで、お主はどう思った?」
「色々不満があったのかなって、思います」
「ほう」
「付き合って一年、あんまり会うこともできなかったし、私ラインの返信もマメじゃないし」
「違う」
「え?」
「お主自身は、どう思ったのかと聞いておる」
「私は」
正直。
「そんなに悲しくないです」
「ならそれで良い」
「はぁ」
「引きずるものがないのなら、ささっと切り捨てて次に向かうと良いぞ」
「そうですか」
「ペンギンにも、別れたことを重く考える者がおる」
「ペンギンにも、ですか」
「そう。ずっと好きでいるなんて難しいことなのだ。心境の変化は誰にでもある。別れても悲しくないのなら、別れてしまうのも手だと我は思う」
「そっかぁ」
「ただ一つ言うなら」
「はい」
「何が好きだったのか、なせ付き合うに至ったのか。その時の気持ちをたまに思い出すことだ」
「たまに」
「うむ。一生は長いが短い。その中でそんな経験ができることは少ないからの。まるきり捨ててしまっては勿体ないだろう」
「は~。勉強になります」
心の奥の方で絡まっていた何かが、ほつれていく気がした。
思えば、赤裸々に人に相談したことなんて私は無かったのかもしれない。
もっとも今、相手は人ではないが。
「ジョセフィーヌ」
「何だ?」
「私にも空、飛べる?」
「厳しいが、辛い訓練に耐えれば飛べるかもしれぬ」
「本当??」
「過去に、我の弟子で2人、飛んだ者がいた」
「2人…人間⁇」
「いかにも。2人の男を弟子にとっておった時期があってな。名を、コッホーと、バーセンと
言った」
「が、外人さん…?」
「うむ。だが日本語も話せたぞ。我に教わってな。2人は、険しい修行を乗り越えた後、空を飛んだ」
「違う世界の話みたい」
…いや、今も充分おかしい状況だけども。
「修行って、何するの?」
「うむ。まずは精神統一。空を飛んでいる自分を強くイメージするのだ。そして、自身の腕を翼だと思い込む。そのまま腕を振る」
「へぇえ」
意外とシンプルだった。もっとも出来るとは思えないけど。
「さあやってみろ」
「こ、ここで?」
「センスが良ければすぐできる。コッホーは教えて15分で飛んだからな」
センスの塊すぎる。
険しい修行とはなんだったのか。
でも、ペンギンが話している今、人間だって本当は飛べるんじゃないかと信じてしまう。
ええと、飛んでる私。飛んでる私。
腕は翼。腕は翼。
「えいっ」
腕をパタパタと動かす。
飛べない。
普通に恥ずかしい。汗かいてきた。
「惜しいな」
「え?」
「いい線いっておるぞ」
そうなのか。
生まれてこの方、特に何の特技も無い私だが、空を飛ぶセンスはあるのかもしれない。
「えいっ」
パタパタ。パタパタ。
「おおっ」
何も変わって無いが、なにやら上手くいっているらしい。ジョセフィーヌは興奮気味にパタパタ脚を動かして歓声を飛ばしている。
しかし、飛べない。
「薫。お主、我の弟子にしてやろう」
「で、弟子に?」
額の汗を拭う。夏が近づきを感じる暑さだ。
「これが我の名刺だ。大事に持っておれ」
どこから出したのか、どこで挟んでいるのか、ジョセフィーヌの右手には紙が握られていた。
「なんでも教えます
ペンギン ジョセフィーヌ」
青と白のスッキリしたデザインの名刺を、私は財布に大事にしまっておいた。
「お主が望めば我はいつでもあらわれよう」
「嬉しいです」
本心だった。
ここまで偽りなく何かを話せる相手が、私にはずっといなかったかもしれない。
いつも本心とは裏腹に、仮面みたいな顔が笑顔を見せるのだ。あの男は私の、「素直で優しい」ところが好きだったみたいだけど、私はきっとそうじゃない。自分の言葉を、口に出したくないだけなのだ。怖いだけなのだ。
「先程話した、男たちはな」
「…はい」
「それぞれ悩みを抱えておった」
「え」
「コッホーは、女だけでなく、男も好きになってしまう、この国で言うバイセクシャルというやつでな。バーセンは自殺癖がある。」
「は、はぁ」
「コッホーはある男を好きになってしまった。これで本当に苦しんだらしい。世間から得られぬ理解と、自身の気味の悪さに嫌気が差したらしく、何度も人生を諦めようとした。」
「バーセンはとにかく自身のことが嫌いでな。様々な方法で自殺を試みていた。そのため手首や身体に傷が多くてな。」
「そんな…」
「2人からは、最期に空を飛びたいと懇願された。これが出来なきゃもう死ぬというかのような勢いであった。」
兄弟子(?)達の重い話に私は思わず身を引いた。ペンギンに教わりに来た変わり者たちは、人生に絶望した人たちだったのか。
「でも、2人は飛べたんですよね?」
「うむ、確かに飛んだ」
「今は、どうされてるんですか?」
「わからん」
「え」
「もう思い残すことはないと、2人は私の元を去った」
「…それって」
「その後の2人がどこで何をしているのか全くわからん」
…なんとも言えない。
まだ見ぬ私の兄弟子たち。もうこの世にはいないのだろうか。
「だがFacebookはやっておるぞ」
「はぁ?」
「コッホーは新しい彼氏ができたそうだの。バーセンは先日日本へ遊びに来たらしい」
「…変な言い方しないでください。嫌な考えしちゃったじゃないですか…」
「よほど飛べたことが嬉しかったのか、生きる希望が湧いたらしいぞ」
「び、び、びっくりした~もう」
兄弟子たちの生存を確認し、私はなんだか嬉しくなった。会ったこともないが。
「人でもペンギンでも、痛みを知った者は強い」
「痛みを、ですか」
「孤独も、暴走も必要なことだ。役に立たない経験なぞ、きっと無い。」
「…はい」
見慣れた天井。
カーテン越しの眩しい日差し。
あぁ…
「夢か」
痛かったんだけどなぁ、ほっぺ。
昨日は確か…
彼氏に別れを告げられて、悔しくなって一人で家でお酒飲んでたんだっけ。
あ、テレビもエアコンもつけっぱなし。
「最悪…」
頭が痛い。
なんだ、何が「そんなに悲しくない」だ。
大ダメージじゃないか。
夢の中でまで見栄張っちゃって、馬鹿みたい。
あぁ素敵なペンギンに話を聞けたのが全部夢か。じゃあ全部私が思う話を自分で聞いて納得してただけか。
ため息が出る。
ん?
通知がたくさん来ている。
「どうだった?話聞くよ(汗顔文字)」
可愛らしい顔文字と、滲み出る野次馬心理。
友人の香穂(こほ)と仙波(せんば)だ。
ん?
「…あ!」
コッホーとバーセンだ。
…くくく。ふふふふ。
ここからきてたのか。
なるほどなぁ。
…「了解。いつもの喫茶店来て。
今日は長くなるからね兄弟子たち。」
もしかしたら。
もしかしたら2人には重い悩みがあるのかも。
もしかしたら2人は空を飛びたいと思っているのかも。
弟弟子として聞いてやろう。
ジョセフィーヌ師匠の話もしたいし。
なんて考えて一人、くくくと笑う。
「さて、準備準備」
「さて、次のニュースです。
昨日、〇〇水族館より脱走したペンギンのジョセフィーヌ君ですが…」
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