16 / 73
15.セレスティナ
しおりを挟む
「これは、これは。ようこそお越しくださいました、デラクルス公爵令嬢」
壮年の神殿長が慌てて公太子の婚約者、未来の大公妃を出迎えます。
わたくしは少数の護衛とアベル一人を連れ、こぢんまりした古びた神殿――――旧神殿を訪れていました。
「公爵令嬢ほどの御方が先触れもないとは、よほど緊急のご用件でしょうか?」
「いいえ。こちらは一人用の祈祷室があったと記憶しているのだけれど、しばらくお借りできるかしら? 最近の大神殿は騒がしくて、落ち着いて祈りを捧げることもできないのです」
「ああ、若い聖神官見習いが次々病人や怪我人を癒すので、患者が殺到しているそうですな。ご案内しましょう、こちらへ」
納得した旧神殿長の案内で、わたくしはアベルだけ伴って質素な祈祷室へ入室します。
「しばらく一人にしていただけるかしら。考え事をしたいのです」
わたくしは人払いすると、そっと祈祷室を出ました。
「漫画でも、詳しい道順は描写されていなかったの。おそらく奥だと思うけれど…………」
わたくしはひとまずアベルのあとについて、神殿の奥の、外部の人間は立ち入れない区域に入り込みます。いくつかの回廊や渡り廊下を進むと、小さな中庭にたどり着きました。
「ここだわ! 夢で見た、漫画の中の風景と同じ…………!」
中庭は素朴な花壇に囲まれ、等身大の石の聖女像が立っています。
わたくしは誰も来ないようアベルに見張らせながら、聖女像に歩み寄りました。
「漫画が正しければ、たしかこれを…………」
石の聖女の額飾りの中央にある、宝石を模した丸い石に触れると、そこだけ動きます。上下左右にあれこれ動かしていると、ふいに、ぽろりと石が外れました。わたくしの胸が高鳴ります。
さらに石を何度か持ち替え左右にねじると、ぱかりと二つに割れました。内部が空洞になっているのです。
そしてその空洞の中に、小さな石が一つ。
「まあ、なんて美しい…………」
現れたのは、白銀に輝く水晶のような丸い石でした。
見張りに立っていたアベルもやって来て、わたくしの手元をのぞきます。
「セレスティナお嬢様のお髪の色に似ています。これが、お探しになっていた品ですか?」
「ええ。《聖印》ね。漫画によれば、普段はこの石像の中で眠っていて、聖女が現れると目覚めて、新たな聖女と証明するの。本来はゲームのヒロインであるアリシア・ソルのものになる設定だけれど、漫画では、それを思い出した悪役令嬢が『あのヒロインに渡すのは危険だ』と、前世の記憶を活かしてアリシア・ソルより先に手に入れて、《聖印》も最終的にはセレスティナを聖女と認める展開だったわ」
わたくしはしげしげと石を見つめました。
一点のくもりもない、夜空に輝く星が落ちてきたかのような白銀の玉。
首飾りか冠に加工すれば、さぞ映えるでしょう。
けれど。
「今、わたくしが手に入れていいのかしら? わたくしが授かる展開ではあるけれど、時期がまるで違うわ。ただでさえアリシア・ソルのせいで展開が変わっているのに、ますます本来の展開から外れてしまったら…………」
「ご心配はわかります。けれど、ここで確保すべきと、私は思います。セレスティナお嬢様」
悩むわたくしにアベルが説きました。
「アリシア・ソルは、セレスティナお嬢様と同じく『マンガ』のことを知る者。であれば、この《聖印》についても、すでに知っていると考えるべきでしょう。今は大神殿での癒しに忙しく身動きとれないようですが、もし、アリシア・ソルが《聖印》を見つけてしまったら…………」
アベルの声がひそめられます。
「今の彼女は、まだ悪事を犯しておりません。マンガのように聖魔力をとりあげられていないのです。その状態で、先に《聖印》を見つけられてしまったら――――アリシア・ソルが《聖印》の持ち主と認められてしまうかもしれません」
アベルの仮説に、わたくしは思わず目眩を覚えます。
その時でした。
『――――…………』
わたくしは、はっ、と顔をあげました。
「聞こえる!? アベル!」
「はい、かすかですが、確かに」
『―――――――――』
「持って行けと、言っているわ…………これはわたくしのものだ、と――――」
わたくしは中庭の空にむかって叫びます。
「神よ! わたくしを選ばれたのですか!? セレスティナ・デラクルスこそ聖女と、お認めくださるのですか!?」
答えはありません。声も気配も、すでにふつりと途切れています。
けれど神に背を押されて、わたくしの心は決まりました。
「持って行きましょう、アベル。もともとセレスティナのものになる品だし、なにより神のお告げですもの。逆らうわけにはいかないわ。きっと神も、偽物であるアリシア・ソルが讃えられている今の状況を、憂えておられるのね」
アリシア・ソルが《聖印》を手に入れれば、彼女が聖女と認められて、本物の聖女であるわたくしの存在は埋もれてしまう。真の聖女に対して許される展開ではありません。
「この世界のためにも、わたくしこそが真の聖女と、世に知らしめなければ」
わたくしは《聖印》をいったんアベルに預けると、石の入れ物をもとの形に戻して、聖女像の額飾りに嵌め直しました。ひとまず《聖印》はハンカチに包みます。
「とても美しいけれど…………時機がくるまでは、他人に見せてはいけないわね」
「少々お待ちください。隠し方を考えましょう」
わたくしは婦人用手提げ袋にハンカチをしまい、いそいで祈祷室に戻ります。
そして平静をよそおって旧神殿長を呼びました。
「すっかり長居してしまいましたわ。もう帰ります」
「またお越しください」
旧神殿長に見送られて馬車に乗り込み、車輪の音と共に馬車が動き出して旧神殿が見えなくなると、ほっと胸をなでおろしました。
先ほどの感触がよみがえります。
(弱々しかったけれど、あれはたしかに神のお声…………わたくしは神の声を聞き、神から《聖印》を授かったのね。やはりわたくしこそが、選ばれし真の聖女…………!)
ようやく実感がわいてきて、わたくしは込み上げる思いと共に、手提げ袋を胸に抱きました。
それからしばらく、わたくしは召使い達の目を盗んで魔術の修行に励みました。
魔力そのものは、魔王ビブロスのおかげで放出できるようになっているので、あとはこれをどう操るか。
色々試した結果、わたくしは《聖印》を身につけている時だけ、聖魔力を発現できるようになったことに気づきました。それも白銀色の聖魔力です。
「漫画で読んだわ! 普通の聖魔力は青だけれど、白銀色の聖魔力は、聖女のみが使える特に純粋で強力な『星銀の聖魔力』…………! やはり、わたくしこそが真の聖女なんだわ!!」
「おめでとうございます、セレスティナお嬢様」
わたくしはしげしげと手の中の白銀色の玉を見つめます。
「この《聖印》は、わたくしの魔力を底上げしているのかもしれないわ。悪役令嬢であるセレスティナは、そのせいで生まれ持った魔力は弱く、アリシア・ソルから聖魔力をとり戻して、ようやく強い力を発現させる設定なの。今のわたくしはまだ聖魔力をとり戻していないから、《聖印》に力を強化してもらうしかないのね。とはいえ、星銀の聖魔力を発現できたのだから、わたくしが聖女には違いないけれど。――――この事実を、どう世間に伝えればいいのかしら?」
「ふむ」とアベルが考え、わたくしに提案してきます。
「それでは一つ、私めに献策をお許し願えるでしょうか、セレスティナお嬢様」
一カ月後。
きたる秋の恒例行事、大公家専用の森で大々的に催された狩猟大会で。
手提げ袋に《聖印》を隠し持ったわたくしは見事、蛇の毒に倒れた大公陛下を癒してみせました。
周囲にはレオ様をはじめ大勢の貴族達がおり、彼ら一人一人が証人です。
アリシア・ソルはなんの役にも立ちませんでした。
「すばらしい! なんて奇跡だ、君こそ本物の聖女だ、私のティナ!!」
レオ様がわたくしを抱えあげます。わたくしは恥じらいながらも、アベルとの事前の打ち合わせどおり、気を失ったふりをしてそれ以上の追及を逃れました。
休憩用の天幕に戻ってレオ様が出て行かれると、さっそくアベルに報告します。
「成功よ! 計画どおり、わたくしが先に大公陛下を癒してさしあげられたわ、アベル! あの悪女は出る幕もなかったの!!」
「おめでとうございます、さすがはセレスティナお嬢様」
「あなたにもお礼を言わないと。あなたが、あの魔女を止めてくれていたおかげよ、魔王ビブロス」
ビブロスはちらりとわたくし達へ顔をむけると、すぐに読書に戻ります。
実は、アリシア・ソルが大公陛下を癒せなかったのは、魔王である彼の力でした。
アベルから、
「魔王の力を使ってアリシア・ソルを足止めしましょう」
と提案されていたのです。
「先にアリシア・ソルに陛下を癒されては、意味がありません。魔王にアリシア・ソルの力を封じさせ、殿下を癒せない様を周囲に見せつけるのです。そのうえでセレスティナお嬢様が陛下を癒せば、周囲は自然とアリシア・ソルを無能と、セレスティナお嬢様こそ本物の聖女と認識をあらためるでしょう」
「まあ、なんて名案! さすがアベルだわ」
アベルの提案をわたくしは手を合わせて採用し、ふたたび魔王ビブロスを召喚しました。
今回の対価は、彼のおかげで詳細に思い出せた、前世と漫画の情報を記したメモです。
正直、このようなものが『本』として認められるか、心配ではありました。けれど。
「文字で書かれたものなら、記録の類も受け付けているよ。人間の間では前世に関しての研究は進んでいないし、そういう意味ではこれは面白い文書だ。対価として中の上――――いや、上の下と認めよう」
図書館の魔王ビブロスはそう言って、依頼どおり、狩猟大会でわたくしが大公陛下を癒し終えるまで、アリシア・ソルの力を抑えてくれていたのです。
「予想より聖魔力が強かった。対価が多すぎたかと思ったけれど、充分だったよ。それじゃ」
そう言うと、ビブロスはそっけなく姿を消してしまいます。
「もう。今度こそ、ちゃんとお礼をしたかったのに…………」
前世を詳細に思い出せるようになったおかげで、わたくしは日本で作った数々のレシピも詳しく思い出せるようになり、よくレオ様やお父様達にお菓子をふるまっています。
(魔王はケーキを食べるのかしら?)
そう思いつつ彼の分も焼いていたのですが、取りつく島もありません。
わたくしは気をとりなおしました。
「これで、きっと漫画本来の展開に戻っていくわ。アリシア・ソルは偽者、わたくしこそが本物の聖女と、ノベーラ中に知れ渡るのも時間の問題ね。全部あなたのおかげよ、アベル」
「もったいないお言葉にございます、セレスティナお嬢様」
実際に翌日から、
「セレスティナ・デラクルス嬢が白銀色の聖魔力を発現させた!」
「真の聖女は、デラクルス嬢かもしれない!」
という噂が、狩猟大会に招待されていた貴族を中心に広がりだします。
我が公爵邸も歓喜に盛りあがります。
「我が家から聖女が出るかもしれないとは! そなたは神からの贈り物だ、セレス!!」
「未来の公太子妃が聖女だなんて、これ以上の祝福はありません」
父も召使い達も、今回ばかりは身分の差も忘れて、一緒になって喜びます。
わたくしは大神殿で審査をうけることになり、正式な通達が届きました。
壮年の神殿長が慌てて公太子の婚約者、未来の大公妃を出迎えます。
わたくしは少数の護衛とアベル一人を連れ、こぢんまりした古びた神殿――――旧神殿を訪れていました。
「公爵令嬢ほどの御方が先触れもないとは、よほど緊急のご用件でしょうか?」
「いいえ。こちらは一人用の祈祷室があったと記憶しているのだけれど、しばらくお借りできるかしら? 最近の大神殿は騒がしくて、落ち着いて祈りを捧げることもできないのです」
「ああ、若い聖神官見習いが次々病人や怪我人を癒すので、患者が殺到しているそうですな。ご案内しましょう、こちらへ」
納得した旧神殿長の案内で、わたくしはアベルだけ伴って質素な祈祷室へ入室します。
「しばらく一人にしていただけるかしら。考え事をしたいのです」
わたくしは人払いすると、そっと祈祷室を出ました。
「漫画でも、詳しい道順は描写されていなかったの。おそらく奥だと思うけれど…………」
わたくしはひとまずアベルのあとについて、神殿の奥の、外部の人間は立ち入れない区域に入り込みます。いくつかの回廊や渡り廊下を進むと、小さな中庭にたどり着きました。
「ここだわ! 夢で見た、漫画の中の風景と同じ…………!」
中庭は素朴な花壇に囲まれ、等身大の石の聖女像が立っています。
わたくしは誰も来ないようアベルに見張らせながら、聖女像に歩み寄りました。
「漫画が正しければ、たしかこれを…………」
石の聖女の額飾りの中央にある、宝石を模した丸い石に触れると、そこだけ動きます。上下左右にあれこれ動かしていると、ふいに、ぽろりと石が外れました。わたくしの胸が高鳴ります。
さらに石を何度か持ち替え左右にねじると、ぱかりと二つに割れました。内部が空洞になっているのです。
そしてその空洞の中に、小さな石が一つ。
「まあ、なんて美しい…………」
現れたのは、白銀に輝く水晶のような丸い石でした。
見張りに立っていたアベルもやって来て、わたくしの手元をのぞきます。
「セレスティナお嬢様のお髪の色に似ています。これが、お探しになっていた品ですか?」
「ええ。《聖印》ね。漫画によれば、普段はこの石像の中で眠っていて、聖女が現れると目覚めて、新たな聖女と証明するの。本来はゲームのヒロインであるアリシア・ソルのものになる設定だけれど、漫画では、それを思い出した悪役令嬢が『あのヒロインに渡すのは危険だ』と、前世の記憶を活かしてアリシア・ソルより先に手に入れて、《聖印》も最終的にはセレスティナを聖女と認める展開だったわ」
わたくしはしげしげと石を見つめました。
一点のくもりもない、夜空に輝く星が落ちてきたかのような白銀の玉。
首飾りか冠に加工すれば、さぞ映えるでしょう。
けれど。
「今、わたくしが手に入れていいのかしら? わたくしが授かる展開ではあるけれど、時期がまるで違うわ。ただでさえアリシア・ソルのせいで展開が変わっているのに、ますます本来の展開から外れてしまったら…………」
「ご心配はわかります。けれど、ここで確保すべきと、私は思います。セレスティナお嬢様」
悩むわたくしにアベルが説きました。
「アリシア・ソルは、セレスティナお嬢様と同じく『マンガ』のことを知る者。であれば、この《聖印》についても、すでに知っていると考えるべきでしょう。今は大神殿での癒しに忙しく身動きとれないようですが、もし、アリシア・ソルが《聖印》を見つけてしまったら…………」
アベルの声がひそめられます。
「今の彼女は、まだ悪事を犯しておりません。マンガのように聖魔力をとりあげられていないのです。その状態で、先に《聖印》を見つけられてしまったら――――アリシア・ソルが《聖印》の持ち主と認められてしまうかもしれません」
アベルの仮説に、わたくしは思わず目眩を覚えます。
その時でした。
『――――…………』
わたくしは、はっ、と顔をあげました。
「聞こえる!? アベル!」
「はい、かすかですが、確かに」
『―――――――――』
「持って行けと、言っているわ…………これはわたくしのものだ、と――――」
わたくしは中庭の空にむかって叫びます。
「神よ! わたくしを選ばれたのですか!? セレスティナ・デラクルスこそ聖女と、お認めくださるのですか!?」
答えはありません。声も気配も、すでにふつりと途切れています。
けれど神に背を押されて、わたくしの心は決まりました。
「持って行きましょう、アベル。もともとセレスティナのものになる品だし、なにより神のお告げですもの。逆らうわけにはいかないわ。きっと神も、偽物であるアリシア・ソルが讃えられている今の状況を、憂えておられるのね」
アリシア・ソルが《聖印》を手に入れれば、彼女が聖女と認められて、本物の聖女であるわたくしの存在は埋もれてしまう。真の聖女に対して許される展開ではありません。
「この世界のためにも、わたくしこそが真の聖女と、世に知らしめなければ」
わたくしは《聖印》をいったんアベルに預けると、石の入れ物をもとの形に戻して、聖女像の額飾りに嵌め直しました。ひとまず《聖印》はハンカチに包みます。
「とても美しいけれど…………時機がくるまでは、他人に見せてはいけないわね」
「少々お待ちください。隠し方を考えましょう」
わたくしは婦人用手提げ袋にハンカチをしまい、いそいで祈祷室に戻ります。
そして平静をよそおって旧神殿長を呼びました。
「すっかり長居してしまいましたわ。もう帰ります」
「またお越しください」
旧神殿長に見送られて馬車に乗り込み、車輪の音と共に馬車が動き出して旧神殿が見えなくなると、ほっと胸をなでおろしました。
先ほどの感触がよみがえります。
(弱々しかったけれど、あれはたしかに神のお声…………わたくしは神の声を聞き、神から《聖印》を授かったのね。やはりわたくしこそが、選ばれし真の聖女…………!)
ようやく実感がわいてきて、わたくしは込み上げる思いと共に、手提げ袋を胸に抱きました。
それからしばらく、わたくしは召使い達の目を盗んで魔術の修行に励みました。
魔力そのものは、魔王ビブロスのおかげで放出できるようになっているので、あとはこれをどう操るか。
色々試した結果、わたくしは《聖印》を身につけている時だけ、聖魔力を発現できるようになったことに気づきました。それも白銀色の聖魔力です。
「漫画で読んだわ! 普通の聖魔力は青だけれど、白銀色の聖魔力は、聖女のみが使える特に純粋で強力な『星銀の聖魔力』…………! やはり、わたくしこそが真の聖女なんだわ!!」
「おめでとうございます、セレスティナお嬢様」
わたくしはしげしげと手の中の白銀色の玉を見つめます。
「この《聖印》は、わたくしの魔力を底上げしているのかもしれないわ。悪役令嬢であるセレスティナは、そのせいで生まれ持った魔力は弱く、アリシア・ソルから聖魔力をとり戻して、ようやく強い力を発現させる設定なの。今のわたくしはまだ聖魔力をとり戻していないから、《聖印》に力を強化してもらうしかないのね。とはいえ、星銀の聖魔力を発現できたのだから、わたくしが聖女には違いないけれど。――――この事実を、どう世間に伝えればいいのかしら?」
「ふむ」とアベルが考え、わたくしに提案してきます。
「それでは一つ、私めに献策をお許し願えるでしょうか、セレスティナお嬢様」
一カ月後。
きたる秋の恒例行事、大公家専用の森で大々的に催された狩猟大会で。
手提げ袋に《聖印》を隠し持ったわたくしは見事、蛇の毒に倒れた大公陛下を癒してみせました。
周囲にはレオ様をはじめ大勢の貴族達がおり、彼ら一人一人が証人です。
アリシア・ソルはなんの役にも立ちませんでした。
「すばらしい! なんて奇跡だ、君こそ本物の聖女だ、私のティナ!!」
レオ様がわたくしを抱えあげます。わたくしは恥じらいながらも、アベルとの事前の打ち合わせどおり、気を失ったふりをしてそれ以上の追及を逃れました。
休憩用の天幕に戻ってレオ様が出て行かれると、さっそくアベルに報告します。
「成功よ! 計画どおり、わたくしが先に大公陛下を癒してさしあげられたわ、アベル! あの悪女は出る幕もなかったの!!」
「おめでとうございます、さすがはセレスティナお嬢様」
「あなたにもお礼を言わないと。あなたが、あの魔女を止めてくれていたおかげよ、魔王ビブロス」
ビブロスはちらりとわたくし達へ顔をむけると、すぐに読書に戻ります。
実は、アリシア・ソルが大公陛下を癒せなかったのは、魔王である彼の力でした。
アベルから、
「魔王の力を使ってアリシア・ソルを足止めしましょう」
と提案されていたのです。
「先にアリシア・ソルに陛下を癒されては、意味がありません。魔王にアリシア・ソルの力を封じさせ、殿下を癒せない様を周囲に見せつけるのです。そのうえでセレスティナお嬢様が陛下を癒せば、周囲は自然とアリシア・ソルを無能と、セレスティナお嬢様こそ本物の聖女と認識をあらためるでしょう」
「まあ、なんて名案! さすがアベルだわ」
アベルの提案をわたくしは手を合わせて採用し、ふたたび魔王ビブロスを召喚しました。
今回の対価は、彼のおかげで詳細に思い出せた、前世と漫画の情報を記したメモです。
正直、このようなものが『本』として認められるか、心配ではありました。けれど。
「文字で書かれたものなら、記録の類も受け付けているよ。人間の間では前世に関しての研究は進んでいないし、そういう意味ではこれは面白い文書だ。対価として中の上――――いや、上の下と認めよう」
図書館の魔王ビブロスはそう言って、依頼どおり、狩猟大会でわたくしが大公陛下を癒し終えるまで、アリシア・ソルの力を抑えてくれていたのです。
「予想より聖魔力が強かった。対価が多すぎたかと思ったけれど、充分だったよ。それじゃ」
そう言うと、ビブロスはそっけなく姿を消してしまいます。
「もう。今度こそ、ちゃんとお礼をしたかったのに…………」
前世を詳細に思い出せるようになったおかげで、わたくしは日本で作った数々のレシピも詳しく思い出せるようになり、よくレオ様やお父様達にお菓子をふるまっています。
(魔王はケーキを食べるのかしら?)
そう思いつつ彼の分も焼いていたのですが、取りつく島もありません。
わたくしは気をとりなおしました。
「これで、きっと漫画本来の展開に戻っていくわ。アリシア・ソルは偽者、わたくしこそが本物の聖女と、ノベーラ中に知れ渡るのも時間の問題ね。全部あなたのおかげよ、アベル」
「もったいないお言葉にございます、セレスティナお嬢様」
実際に翌日から、
「セレスティナ・デラクルス嬢が白銀色の聖魔力を発現させた!」
「真の聖女は、デラクルス嬢かもしれない!」
という噂が、狩猟大会に招待されていた貴族を中心に広がりだします。
我が公爵邸も歓喜に盛りあがります。
「我が家から聖女が出るかもしれないとは! そなたは神からの贈り物だ、セレス!!」
「未来の公太子妃が聖女だなんて、これ以上の祝福はありません」
父も召使い達も、今回ばかりは身分の差も忘れて、一緒になって喜びます。
わたくしは大神殿で審査をうけることになり、正式な通達が届きました。
67
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
婚約破棄され、聖女を騙った罪で国外追放されました。家族も同罪だから家も取り潰すと言われたので、領民と一緒に国から出ていきます。
SHEILA
ファンタジー
ベイリンガル侯爵家唯一の姫として生まれたエレノア・ベイリンガルは、前世の記憶を持つ転生者で、侯爵領はエレノアの転生知識チートで、とんでもないことになっていた。
そんなエレノアには、本人も家族も嫌々ながら、国から強制的に婚約を結ばされた婚約者がいた。
国内で領地を持つすべての貴族が王城に集まる「豊穣の宴」の席で、エレノアは婚約者である第一王子のゲイルに、異世界から転移してきた聖女との真実の愛を見つけたからと、婚約破棄を言い渡される。
ゲイルはエレノアを聖女を騙る詐欺師だと糾弾し、エレノアには国外追放を、ベイリンガル侯爵家にはお家取り潰しを言い渡した。
お読みいただき、ありがとうございます。
『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?
灰銀猫
恋愛
孤児のルネは聖女の力があると神殿に引き取られ、15歳で聖女の任に付く。それから3年間、国を護る結界のために力を使ってきた。
しかし、彼女の婚約者である第二王子はプライドが無駄に高く、平民で地味なルネを蔑み、よりよい相手を得ようと国王に無断で聖女召喚の儀を行ってしまう。
高貴で美しく強い力を持つ聖女を期待していた王子たちの前に現れたのは、確かに高貴な雰囲気と強い力を持つ美しい方だったが、その方が選んだのは王子ではなくルネで…
平民故に周囲から虐げられながらも、身を削って国のために働いていた少女が、溺愛されて幸せになるお話です。
世界観は独自&色々緩くなっております。
R15は保険です。
他サイトでも掲載しています。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる