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15.セレスティナ

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「これは、これは。ようこそお越しくださいました、デラクルス公爵令嬢」

 壮年の神殿長が慌てて公太子の婚約者、未来の大公妃を出迎えます。
 わたくしは少数の護衛とアベル一人を連れ、こぢんまりした古びた神殿――――旧神殿を訪れていました。

「公爵令嬢ほどの御方が先触れもないとは、よほど緊急のご用件でしょうか?」

「いいえ。こちらは一人用の祈祷室があったと記憶しているのだけれど、しばらくお借りできるかしら? 最近の大神殿は騒がしくて、落ち着いて祈りを捧げることもできないのです」

「ああ、若い聖神官見習いが次々病人や怪我人を癒すので、患者が殺到しているそうですな。ご案内しましょう、こちらへ」

 納得した旧神殿長の案内で、わたくしはアベルだけ伴って質素な祈祷室へ入室します。

「しばらく一人にしていただけるかしら。考え事をしたいのです」

 わたくしは人払いすると、そっと祈祷室を出ました。

「漫画でも、詳しい道順は描写されていなかったの。おそらく奥だと思うけれど…………」

 わたくしはひとまずアベルのあとについて、神殿の奥の、外部の人間は立ち入れない区域に入り込みます。いくつかの回廊や渡り廊下を進むと、小さな中庭にたどり着きました。

「ここだわ! 夢で見た、漫画の中の風景と同じ…………!」

 中庭は素朴な花壇に囲まれ、等身大の石の聖女像が立っています。
 わたくしは誰も来ないようアベルに見張らせながら、聖女像に歩み寄りました。

「漫画が正しければ、たしかこれを…………」

 石の聖女の額飾りラリエットの中央にある、宝石を模した丸い石に触れると、そこだけ動きます。上下左右にあれこれ動かしていると、ふいに、ぽろりと石が外れました。わたくしの胸が高鳴ります。
 さらに石を何度か持ち替え左右にねじると、ぱかりと二つに割れました。内部が空洞になっているのです。
 そしてその空洞の中に、小さな石が一つ。

「まあ、なんて美しい…………」

 現れたのは、白銀に輝く水晶のような丸い石でした。
 見張りに立っていたアベルもやって来て、わたくしの手元をのぞきます。

「セレスティナお嬢様のお髪の色に似ています。これが、お探しになっていた品ですか?」

「ええ。《聖印》ね。漫画によれば、普段はこの石像の中で眠っていて、聖女アンブロシアが現れると目覚めて、新たな聖女と証明するの。本来はゲームのヒロインであるアリシア・ソルのものになる設定だけれど、漫画では、それを思い出した悪役令嬢セレスティナが『あのヒロインに渡すのは危険だ』と、前世の記憶を活かしてアリシア・ソルより先に手に入れて、《聖印》も最終的にはセレスティナわたくしを聖女と認める展開だったわ」

 わたくしはしげしげと石を見つめました。
 一点のくもりもない、夜空に輝く星が落ちてきたかのような白銀の玉。
 首飾りネックレスティアラに加工すれば、さぞ映えるでしょう。
 けれど。

「今、わたくしが手に入れていいのかしら? わたくしが授かる展開運命ではあるけれど、時期がまるで違うわ。ただでさえアリシア・ソルのせいで展開が変わっているのに、ますます本来の展開から外れてしまったら…………」

「ご心配はわかります。けれど、ここで確保すべきと、私は思います。セレスティナお嬢様」

 悩むわたくしにアベルが説きました。

「アリシア・ソルは、セレスティナお嬢様と同じく『マンガ』のことを知る者。であれば、この《聖印》についても、すでに知っていると考えるべきでしょう。今は大神殿での癒しに忙しく身動きとれないようですが、もし、アリシア・ソルが《聖印》を見つけてしまったら…………」

 アベルの声がひそめられます。

「今の彼女は、まだ悪事を犯しておりません。マンガのように聖魔力をとりあげられていないのです。その状態で、先に《聖印》を見つけられてしまったら――――アリシア・ソルが《聖印》の持ち主と認められてしまうかもしれません」

 アベルの仮説に、わたくしは思わず目眩を覚えます。
 その時でした。

『――――…………』

 わたくしは、はっ、と顔をあげました。

「聞こえる!? アベル!」

「はい、かすかですが、確かに」

『―――――――――』

「持って行けと、言っているわ…………これ聖印はわたくしのものだ、と――――」

 わたくしは中庭の空にむかって叫びます。

「神よ! わたくしを選ばれたのですか!? セレスティナ・デラクルスこそ聖女と、お認めくださるのですか!?」

 答えはありません。声も気配も、すでにふつりと途切れています。
 けれど神に背を押されて、わたくしの心は決まりました。

「持って行きましょう、アベル。もともとセレスティナわたくしのものになる品だし、なにより神のお告げですもの。逆らうわけにはいかないわ。きっと神も、偽物であるアリシア・ソルが讃えられている今の状況を、憂えておられるのね」

 アリシア・ソルが《聖印》を手に入れれば、彼女が聖女と認められて、本物の聖女であるわたくしの存在は埋もれてしまう。真の聖女に対して許される展開ではありません。

「この世界漫画のためにも、わたくしこそが真の聖女と、世に知らしめなければ」

 わたくしは《聖印》をいったんアベルに預けると、石の入れ物をもとの形に戻して、聖女像の額飾りに嵌め直しました。ひとまず《聖印》はハンカチに包みます。

「とても美しいけれど…………時機がくるまでは、他人に見せてはいけないわね」

「少々お待ちください。隠し方を考えましょう」

 わたくしは婦人用手提げ袋レティキュールにハンカチをしまい、いそいで祈祷室に戻ります。
 そして平静をよそおって旧神殿長を呼びました。

「すっかり長居してしまいましたわ。もう帰ります」

「またお越しください」

 旧神殿長に見送られて馬車に乗り込み、車輪の音と共に馬車が動き出して旧神殿が見えなくなると、ほっと胸をなでおろしました。
 先ほどの感触がよみがえります。

(弱々しかったけれど、あれはたしかに神のお声…………わたくしは神の声を聞き、神から《聖印》を授かったのね。やはりわたくしセレスティナこそが、選ばれし真の聖女…………!)

 ようやく実感がわいてきて、わたくしは込み上げる思いと共に、手提げ袋を胸に抱きました。

 

 

 それからしばらく、わたくしは召使い達の目を盗んで魔術の修行に励みました。
 魔力そのものは、魔王ビブロスのおかげで放出できるようになっているので、あとはこれをどう操るか。
 色々試した結果、わたくしは《聖印》を身につけている時だけ、聖魔力を発現できるようになったことに気づきました。それも白銀色の聖魔力です。

「漫画で読んだわ! 普通の聖魔力は青だけれど、白銀色の聖魔力は、聖女のみが使える特に純粋で強力な『星銀の聖魔力』…………! やはり、わたくしこそが真の聖女なんだわ!!」

「おめでとうございます、セレスティナお嬢様」

 わたくしはしげしげと手の中の白銀色の玉を見つめます。

「この《聖印》は、わたくしの魔力を底上げしているのかもしれないわ。悪役令嬢であるセレスティナは、そのせいで生まれ持った魔力は弱く、アリシア・ソルから聖魔力をとり戻して、ようやく強い力を発現させる設定なの。今のわたくしはまだ聖魔力をとり戻していないから、《聖印》に力を強化してもらうしかないのね。とはいえ、星銀の聖魔力を発現できたのだから、わたくしが聖女には違いないけれど。――――この事実を、どう世間に伝えればいいのかしら?」

「ふむ」とアベルが考え、わたくしに提案してきます。

「それでは一つ、私めに献策をお許し願えるでしょうか、セレスティナお嬢様」

 

 

 一カ月後。
 きたる秋の恒例行事、大公家専用の森で大々的に催された狩猟大会で。
 手提げ袋に《聖印》を隠し持ったわたくしは見事、蛇の毒に倒れた大公陛下を癒してみせました。
 周囲にはレオ様をはじめ大勢の貴族達がおり、彼ら一人一人が証人です。
 アリシア・ソルはなんの役にも立ちませんでした。

「すばらしい! なんて奇跡だ、君こそ本物の聖女だ、私のティナ!!」

 レオ様がわたくしを抱えあげます。わたくしは恥じらいながらも、アベルとの事前の打ち合わせどおり、気を失ったふりをしてそれ以上の追及を逃れました。
 休憩用の天幕に戻ってレオ様が出て行かれると、さっそくアベルに報告します。

「成功よ! 計画どおり、わたくしが先に大公陛下を癒してさしあげられたわ、アベル! あの悪女は出る幕もなかったの!!」

「おめでとうございます、さすがはセレスティナお嬢様」

「あなたにもお礼を言わないと。あなたが、あの魔女アリシア・ソルを止めてくれていたおかげよ、魔王ビブロス」

 ビブロスはちらりとわたくし達へ顔をむけると、すぐに読書に戻ります。
 実は、アリシア・ソルが大公陛下を癒せなかったのは、魔王である彼の力でした。
 アベルから、

「魔王の力を使ってアリシア・ソルを足止めしましょう」

 と提案されていたのです。

「先にアリシア・ソルに陛下を癒されては、意味がありません。魔王にアリシア・ソルの力を封じさせ、殿下を癒せない様を周囲に見せつけるのです。そのうえでセレスティナお嬢様が陛下を癒せば、周囲は自然とアリシア・ソルを無能と、セレスティナお嬢様こそ本物の聖女と認識をあらためるでしょう」

「まあ、なんて名案! さすがアベルだわ」

 アベルの提案をわたくしは手を合わせて採用し、ふたたび魔王ビブロスを召喚しました。
 今回の対価は、彼のおかげで詳細に思い出せた、前世と漫画の情報を記したメモです。
 正直、このようなものが『本』として認められるか、心配ではありました。けれど。

「文字で書かれたものなら、記録の類も受け付けているよ。人間の間では前世に関しての研究は進んでいないし、そういう意味ではこれは面白い文書だ。対価として中の上――――いや、上の下と認めよう」

 図書館の魔王ビブロスはそう言って、依頼どおり、狩猟大会でわたくしが大公陛下を癒し終えるまで、アリシア・ソルの力を抑えてくれていたのです。

「予想より聖魔力が強かった。対価が多すぎたかと思ったけれど、充分だったよ。それじゃ」

 そう言うと、ビブロスはそっけなく姿を消してしまいます。

「もう。今度こそ、ちゃんとお礼をしたかったのに…………」

 前世を詳細に思い出せるようになったおかげで、わたくしは日本で作った数々のレシピも詳しく思い出せるようになり、よくレオ様やお父様達にお菓子をふるまっています。

(魔王はケーキを食べるのかしら?)

 そう思いつつ彼の分も焼いていたのですが、取りつく島もありません。
 わたくしは気をとりなおしました。

「これで、きっと漫画本来の展開に戻っていくわ。アリシア・ソルは偽者、わたくしこそが本物の聖女と、ノベーラ中に知れ渡るのも時間の問題ね。全部あなたのおかげよ、アベル」

「もったいないお言葉にございます、セレスティナお嬢様」

 実際に翌日から、

「セレスティナ・デラクルス嬢が白銀色の聖魔力を発現させた!」

「真の聖女は、デラクルス嬢かもしれない!」

 という噂が、狩猟大会に招待されていた貴族を中心に広がりだします。
 我が公爵邸も歓喜に盛りあがります。

「我が家から聖女が出るかもしれないとは! そなたは神からの贈り物だ、セレス!!」

「未来の公太子妃が聖女だなんて、これ以上の祝福はありません」

 父も召使い達も、今回ばかりは身分の差も忘れて、一緒になって喜びます。
 わたくしは大神殿で審査をうけることになり、正式な通達が届きました。
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