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「姫のお好きなものはなんだ?」
翌日。アレクシアは正餐を終えるとジークフリートに質問された。
王妃に誘われたお茶会の席でのことである。アレクシアの膝には相変わらず竪琴とねこさん。
『贈り物をする時は、相手の意見や好みを先に訊いておくこと』を昨日、学習したためだろう。さっそく実践しているようだ。
(それにしても直球すぎる)
アレクシアは内心、あ然とした。彼女の知る世慣れた男達は、もっとさり気なく聞き出しては、後日「あっ」と言わせたものだ。
(まあ、それならそれで、やりようはあるけれど)
アレクシアはいつもの手を使うことにする。
「剣が好きです」
「剣」
「はい。我がプファンクーヘン家は、武をもって公国に仕えてきた一族。私もその家名に恥じぬよう、幼い頃から父の指導をうけてまいりました。己が手で身を守れることは大変に心地よく、誇らしいものでございます。特に、この竪琴」
アレクシアは常に携帯している竪琴を両手に持って見せる。
「公子殿下との婚約の祝いとしてシュネーゼ公からいただいた品ですが、これに勝る剣はございません」
この返事にはいくつもの情報が詰まっていた。つまり、
一、昔から剣術を習っており、それなりの腕前であると暗に強調している。
二、何度か危険に巻き込まれた経験があるが、自分で自分を守れる程度の実力がある、と暗に強調している。
三、そういう自分に満足している、誇りに思っている。逆にいえば「令嬢は淑やかに、男性に守られるべきだ」という価値観は受け容れておりません、と暗に主張している。
四、聖遺物を持っています。つまり聖遺物使いです、と暗に強調(以下略)
五、しかもその聖遺物をくれたのは国の最高権力者です、と暗に(以下略)
六、私は公子の婚約者です。手を出したらそちらの立場が悪くなりますよ、と(以下略)
七、この竪琴が最高の剣です。なので、新しい剣の贈り物は不要です。(以下略)
これだけ伝えれば、たいていの男は怯む。
何故なら「全世界に二十、存在するかどうか」と伝わる聖遺物を起動させられるのは飛び抜けた魔力の持ち主に限られ、聖遺物を使える人間は間違いなく、その国でも指折りの重要人物――――聖遺物使いとして認定されているからである。
つまり、そこらの貴族や大臣の息子より、よほど立場が強い。
公子の婚約者で国の重要人物で、とどめにそこらの男よりよほど強くて――――と、ここまでそろえば大概の男は口説くことをあきらめるものだが。
「そうか。俺も幼い頃からいろいろ武術を習ってきたが、剣が一番、性に合っている。形は違えど、聖遺物も持っているし、姫とは案外共通点があるな! こんな形で剣技を体得したことを嬉しく思ったのは、初めてだ」
王子殿下のてらいのない笑顔。
(そうではなくて)
アレクシアは内心でうめいた。膝でねこさんが「うにゃん」と励ましの声をかけてくれる。
「それに、自分で自分の身を守れるのは気持ちいい、というのも理解できると思う。いちいち護衛を引き連れるのは面倒だし、自分の身は自分で守れるほうが、なにかと便利で手間もかからない。なまじ護衛や従者がいると、なにかあった時にそちらを守らないといけないからな」
(王子が護衛を守るのは、本末転倒では?)
アレクシアはそう思う一方、
(でも、この王子の実力なら、そうなるか)
とも思う。
どう考えても、この王子を守れる護衛なんているとは思えない。
「剣でも弓でも、聖遺物以上の武器というのは、聞いたことはないな。そもそも別の武器を持つと、聖遺物が拗ねることもあるからなあ」
「拗ねる、ですか? 聖遺物が?」
「俺はそう表現している。人間のような明確な感情表現があるわけではないが。長く使っていると、なんとなくいつもと調子が違ったり、やたら好調だったりする時がないか?」
「ない、とは申しませんが…………私の魔力によるものだと思っていました。使い手の体調や魔力が影響しているのだろう、と」
アレクシアは膝の竪琴を見やり、ジークフリートに訊ねる。
「聖遺物にも意志や感情があるのでしょうか? 人間に聖遺物を授けた天界の乙女は、すべての聖遺物と対話できた、と語る伝説もありますが」
「俺も正確なところは知らない。ただ俺自身はそう感じる、というだけの話だ。あまり気にしなくていい。姫はその竪琴をすばらしく使いこなせているのだから、それでいいと思うぞ?」
ジークフリートは言ったが、アレクシアは納得できなかった。
やはり、この王子のほうが聖遺物の扱いについて、一日分も一年分も進んでいると思う。
そのジークフリートは先ほどの質問をくりかえしてきた。
「剣以外に好きなものは? 趣味とか」
「趣味も剣術でしょうか」
「ドレスとか花は? 令嬢はそういう物を好むと思っていたが」
「ドレスは嫌いではありません。ですが、飾りの多い高価なものは動きにくいので、あまり。花も嫌いではありません」
「では、剣や花やドレス以外では」
「ねこさんが好きです」
「うにゃんっ」
さらりと出た言葉に、膝の毛玉が即、反応した。にこにこした顔がますます、にこにこして見える。
「貴女の友だったな。貴女に求婚するには、ねこさんの許しも必要だろうか?」
「そういうわけではありませんが、友好的な関係を築いていただきたいとは思います」
「努力しよう。よろしく、ねこさん」
「…………うにゃ」
ジークフリートは手を差し出したが、ねこさんはちょっと鳴いて、アレクシアの膝に顔をうずめた。身分の高低や老若に関係なく、大好きな飼い主に近づく男に対するねこさんの態度はこんな感じだ。
「竪琴といえば。プファンクーヘン嬢の演奏は、シュネーゼ公妃が催す音楽会で非常に評判だとか。機会があれば、是非聞かせていただきたいものです」
白磁のカップから口を離してゆったりと述べたのは、エルヴィーラ王妃である。
王妃として義理の母として、王子が連れて来た娘に探りを入れる目的で、ずっと口をはさまずに会話を見守っていたのだ。
昨日こそ、アレクシア姫がジークフリート王子と対等に戦える水準の聖遺物使いと判明し、苦悩もしたが、見方を変えれば、新たな聖遺物と聖遺物使いを確保する好機でもある。あれだけの実力者なら、さぞ王国に貢献してくれるだろう。
扱い方を間違えなければ。
王妃は紅茶のお代わりを勧めながら、慎重に異国の姫を観察する。
茶話の中で判断する限り、アレクシア姫はこれといった瑕疵のない令嬢だった。
ひかえめで口数も少なく、飛び抜けた美しさを持ちながらも、場の主役になろうとする自己顕示欲はまるで感じない。姿勢は正しく物腰は優雅で、作法にもおかしな点はなく、じっとしていると本当に大理石の彫像かなにかのようだった。
典型的な、誰もが称賛する理想的な貴族令嬢といえよう。
猫を離さないことと、剣が趣味ということ、そして問題児の息子と互角に戦える点をのぞけば。
一方、アレクシアも慎重に周囲を観察していた。
フリューリングフルス王妃もだが、特にジークフリート王子だ。
英雄と名高い王子のこと、てっきり自分の武勇や功績を、これでもかと強調してくると思ったのに、当人は聞き役と質問役に徹して、しゃべっているのはもっぱら王妃と、質問に答えるアレクシアである。
(少し意外)
男の自慢話というものに、不本意だが慣れてしまったアレクシアは、彼の反応は逆に居心地悪い。なんでもいいから一方的に話してくれれば「まあ」「そうですか」「立派ですわね」の三言をくりかえしつつ、右から左に流して終わりなのに。
王妃が訊ねてきた。
「今日で二日目ですが、テュルペ城はいかがですか? なにか不自由はありませんか?」
「いいえ。突然の訪問にも関わらず、とても丁重に扱っていただいております。みなさまのあたたかい歓待には、心から感謝を述べさせていただきます」
お愛想だが、異国の美姫はひかえめにほほ笑み、そのまぶしさに同性ながら王妃は目がくらみかける。ジークフリートも言った。
「俺からも確認したい。貴女のことは突然、前置き無しに連れて来てしまったんだ。もてなしに不足があれば遠慮なく、なんでも言ってくれ。すぐに用意させよう。物でも人でも」
「特にございません」
これは本音だった。
「急な滞在にも関わらず、城の方々にはよくしていただいております。お部屋もとてもすてきで、お食事もすばらしいですし」
「そうか? 嫌いな食べ物とか、苦手な物が出ていたりしないか?」
「いいえ。どれも美味しいお料理ばかりです」
「魚が苦手とか肉が苦手とか、特定の香辛料が嫌いだとか、そういう好みがあったら、どんどん言ってくれ。貴女には出さないよう、料理長に伝えておく。逆に好きな食べ物があれば、それもどんどん教えてくれ。厨房に伝えておくし、そういう話をもっと貴女としたいんだ」
ジークフリートの具体的な問いにつられて、アレクシアも今朝までの献立を思い返す。
「嫌いな物は特にありません。肉も魚もパンも野菜も、たいていの物は食べられますし、苦手な香辛料もほとんどありません。好きなのは甘い物ですが、だからといって塩気のあるものや苦味のあるものが食べられないわけではございません」
「つまり、豚でも羊でも兎でも?」
「はい」
「魚も?」
「淡水でも海水でも大丈夫ですし、貝も食べられます」
「野菜やキノコは?」
「たいていの物はいただきます」
「甘いものが好き、ということは、菓子とか果物だろうか?」
「大好きです」
アレクシアの玲瓏たる美声に力がこもる。
「アプリコットとかザクロとか葡萄とか。今の時季なら黒スグリ、ブルーベリー、ラズベリー…………」
「どれも大好きです」
「レモンやオレンジとかも?」
「素晴らしいです!!」
アレクシアはうっかり拳をにぎっていた。
「オレンジの砂糖漬けは好物です。レモンのはちみつ漬けにお湯を足して飲むのも、甘くて口の中がさっぱりして、最高です。一度、生のオレンジを食べてみたいのですが、シュネーゼではさっぱり」
「そうなのか?」
「シュネーゼでは、オレンジはすべて干した輸入品です。寒すぎて木が根付きませんから」
「フリューリングフルスの最南端ではオレンジを栽培しているし、南部以外の地域にも干した物と生の物、半々が出回っているぞ?」
「本当ですか!?」
アレクシアは紫と薄緑色の目をみはった。
「羨ましい…………フリューリングフルスは本当に暖かいのですね。私も珍しい食べ物をいただくことは多いですが、生のオレンジが手に入ったことはありません。早馬で運んでも、シュネーゼに到着する前に傷んでしまいますから」
残念そうに視線を伏せたアレクシアに、ジークフリートが身を乗り出す。
「では時季になったら、俺から姫に生のオレンジを贈ろう」
「本当ですか?」
「百個でも千個でも、貴女の好きなだけ」
「いえ、三、四個で充分です」
「では四個、贈ろう。約束する」
「ありがとうございます。では私からは、お礼に白の湖の鮭を贈ります。ご存じでしょうが、毎年、白の湖に産卵のために戻ってくる鮭は、公国自慢の特産品の一つです」
「俺が贈りたいから贈るだけで、礼とかは気にしなくていいが。貴女が贈ってくださるというなら、喜んで受けとろう」
ジークフリートは笑った。ようやく恋した姫の好きな物、喜んでもらえそうな贈り物が一つ決まって、本当に嬉しそうだった。
「次のオレンジの季節までの楽しみができた」
黒髪の王子のあまりに素直な笑顔に、アレクシアも警戒心が削がれる。破格の美貌でありながら、むしろ惹きつけられるのは子供のように無邪気な笑顔とは、どういうことだろう。
(うーん…………)
どうにも対応しにくくて落ち着かなくて、アレクシアはつい、わしゃわしゃと手を動かし、突然、毛並みをいじられたねこさんがびっくりした。
「…………」
ジークフリートは何事か考え込む。
四男の沈黙に義母が不吉を覚えはじめた頃、ジークフリートは口を開いた。
「魚も甘い物もお好きなら、魚釣りはどうだろう?」
「魚釣り、ですか?」
「王家の果樹園でもいいが、王都の外の森に川がある。そこで川魚とベリーを獲って、獲れたてをごちそうしたい」
いくら「なんでも食べる」「甘い物が好き」と聞いたからといって、どうして若い令嬢相手に男の子に対するような誘い方をするのだ。そう、王妃は眉間に皺を寄せたのだが。
「行きます」
美姫は拳をにぎりしめる勢いで即答した。
「うにゃ…………」
ねこさんがなにか言いたげに飼い主を見あげる。
翌日。アレクシアは正餐を終えるとジークフリートに質問された。
王妃に誘われたお茶会の席でのことである。アレクシアの膝には相変わらず竪琴とねこさん。
『贈り物をする時は、相手の意見や好みを先に訊いておくこと』を昨日、学習したためだろう。さっそく実践しているようだ。
(それにしても直球すぎる)
アレクシアは内心、あ然とした。彼女の知る世慣れた男達は、もっとさり気なく聞き出しては、後日「あっ」と言わせたものだ。
(まあ、それならそれで、やりようはあるけれど)
アレクシアはいつもの手を使うことにする。
「剣が好きです」
「剣」
「はい。我がプファンクーヘン家は、武をもって公国に仕えてきた一族。私もその家名に恥じぬよう、幼い頃から父の指導をうけてまいりました。己が手で身を守れることは大変に心地よく、誇らしいものでございます。特に、この竪琴」
アレクシアは常に携帯している竪琴を両手に持って見せる。
「公子殿下との婚約の祝いとしてシュネーゼ公からいただいた品ですが、これに勝る剣はございません」
この返事にはいくつもの情報が詰まっていた。つまり、
一、昔から剣術を習っており、それなりの腕前であると暗に強調している。
二、何度か危険に巻き込まれた経験があるが、自分で自分を守れる程度の実力がある、と暗に強調している。
三、そういう自分に満足している、誇りに思っている。逆にいえば「令嬢は淑やかに、男性に守られるべきだ」という価値観は受け容れておりません、と暗に主張している。
四、聖遺物を持っています。つまり聖遺物使いです、と暗に強調(以下略)
五、しかもその聖遺物をくれたのは国の最高権力者です、と暗に(以下略)
六、私は公子の婚約者です。手を出したらそちらの立場が悪くなりますよ、と(以下略)
七、この竪琴が最高の剣です。なので、新しい剣の贈り物は不要です。(以下略)
これだけ伝えれば、たいていの男は怯む。
何故なら「全世界に二十、存在するかどうか」と伝わる聖遺物を起動させられるのは飛び抜けた魔力の持ち主に限られ、聖遺物を使える人間は間違いなく、その国でも指折りの重要人物――――聖遺物使いとして認定されているからである。
つまり、そこらの貴族や大臣の息子より、よほど立場が強い。
公子の婚約者で国の重要人物で、とどめにそこらの男よりよほど強くて――――と、ここまでそろえば大概の男は口説くことをあきらめるものだが。
「そうか。俺も幼い頃からいろいろ武術を習ってきたが、剣が一番、性に合っている。形は違えど、聖遺物も持っているし、姫とは案外共通点があるな! こんな形で剣技を体得したことを嬉しく思ったのは、初めてだ」
王子殿下のてらいのない笑顔。
(そうではなくて)
アレクシアは内心でうめいた。膝でねこさんが「うにゃん」と励ましの声をかけてくれる。
「それに、自分で自分の身を守れるのは気持ちいい、というのも理解できると思う。いちいち護衛を引き連れるのは面倒だし、自分の身は自分で守れるほうが、なにかと便利で手間もかからない。なまじ護衛や従者がいると、なにかあった時にそちらを守らないといけないからな」
(王子が護衛を守るのは、本末転倒では?)
アレクシアはそう思う一方、
(でも、この王子の実力なら、そうなるか)
とも思う。
どう考えても、この王子を守れる護衛なんているとは思えない。
「剣でも弓でも、聖遺物以上の武器というのは、聞いたことはないな。そもそも別の武器を持つと、聖遺物が拗ねることもあるからなあ」
「拗ねる、ですか? 聖遺物が?」
「俺はそう表現している。人間のような明確な感情表現があるわけではないが。長く使っていると、なんとなくいつもと調子が違ったり、やたら好調だったりする時がないか?」
「ない、とは申しませんが…………私の魔力によるものだと思っていました。使い手の体調や魔力が影響しているのだろう、と」
アレクシアは膝の竪琴を見やり、ジークフリートに訊ねる。
「聖遺物にも意志や感情があるのでしょうか? 人間に聖遺物を授けた天界の乙女は、すべての聖遺物と対話できた、と語る伝説もありますが」
「俺も正確なところは知らない。ただ俺自身はそう感じる、というだけの話だ。あまり気にしなくていい。姫はその竪琴をすばらしく使いこなせているのだから、それでいいと思うぞ?」
ジークフリートは言ったが、アレクシアは納得できなかった。
やはり、この王子のほうが聖遺物の扱いについて、一日分も一年分も進んでいると思う。
そのジークフリートは先ほどの質問をくりかえしてきた。
「剣以外に好きなものは? 趣味とか」
「趣味も剣術でしょうか」
「ドレスとか花は? 令嬢はそういう物を好むと思っていたが」
「ドレスは嫌いではありません。ですが、飾りの多い高価なものは動きにくいので、あまり。花も嫌いではありません」
「では、剣や花やドレス以外では」
「ねこさんが好きです」
「うにゃんっ」
さらりと出た言葉に、膝の毛玉が即、反応した。にこにこした顔がますます、にこにこして見える。
「貴女の友だったな。貴女に求婚するには、ねこさんの許しも必要だろうか?」
「そういうわけではありませんが、友好的な関係を築いていただきたいとは思います」
「努力しよう。よろしく、ねこさん」
「…………うにゃ」
ジークフリートは手を差し出したが、ねこさんはちょっと鳴いて、アレクシアの膝に顔をうずめた。身分の高低や老若に関係なく、大好きな飼い主に近づく男に対するねこさんの態度はこんな感じだ。
「竪琴といえば。プファンクーヘン嬢の演奏は、シュネーゼ公妃が催す音楽会で非常に評判だとか。機会があれば、是非聞かせていただきたいものです」
白磁のカップから口を離してゆったりと述べたのは、エルヴィーラ王妃である。
王妃として義理の母として、王子が連れて来た娘に探りを入れる目的で、ずっと口をはさまずに会話を見守っていたのだ。
昨日こそ、アレクシア姫がジークフリート王子と対等に戦える水準の聖遺物使いと判明し、苦悩もしたが、見方を変えれば、新たな聖遺物と聖遺物使いを確保する好機でもある。あれだけの実力者なら、さぞ王国に貢献してくれるだろう。
扱い方を間違えなければ。
王妃は紅茶のお代わりを勧めながら、慎重に異国の姫を観察する。
茶話の中で判断する限り、アレクシア姫はこれといった瑕疵のない令嬢だった。
ひかえめで口数も少なく、飛び抜けた美しさを持ちながらも、場の主役になろうとする自己顕示欲はまるで感じない。姿勢は正しく物腰は優雅で、作法にもおかしな点はなく、じっとしていると本当に大理石の彫像かなにかのようだった。
典型的な、誰もが称賛する理想的な貴族令嬢といえよう。
猫を離さないことと、剣が趣味ということ、そして問題児の息子と互角に戦える点をのぞけば。
一方、アレクシアも慎重に周囲を観察していた。
フリューリングフルス王妃もだが、特にジークフリート王子だ。
英雄と名高い王子のこと、てっきり自分の武勇や功績を、これでもかと強調してくると思ったのに、当人は聞き役と質問役に徹して、しゃべっているのはもっぱら王妃と、質問に答えるアレクシアである。
(少し意外)
男の自慢話というものに、不本意だが慣れてしまったアレクシアは、彼の反応は逆に居心地悪い。なんでもいいから一方的に話してくれれば「まあ」「そうですか」「立派ですわね」の三言をくりかえしつつ、右から左に流して終わりなのに。
王妃が訊ねてきた。
「今日で二日目ですが、テュルペ城はいかがですか? なにか不自由はありませんか?」
「いいえ。突然の訪問にも関わらず、とても丁重に扱っていただいております。みなさまのあたたかい歓待には、心から感謝を述べさせていただきます」
お愛想だが、異国の美姫はひかえめにほほ笑み、そのまぶしさに同性ながら王妃は目がくらみかける。ジークフリートも言った。
「俺からも確認したい。貴女のことは突然、前置き無しに連れて来てしまったんだ。もてなしに不足があれば遠慮なく、なんでも言ってくれ。すぐに用意させよう。物でも人でも」
「特にございません」
これは本音だった。
「急な滞在にも関わらず、城の方々にはよくしていただいております。お部屋もとてもすてきで、お食事もすばらしいですし」
「そうか? 嫌いな食べ物とか、苦手な物が出ていたりしないか?」
「いいえ。どれも美味しいお料理ばかりです」
「魚が苦手とか肉が苦手とか、特定の香辛料が嫌いだとか、そういう好みがあったら、どんどん言ってくれ。貴女には出さないよう、料理長に伝えておく。逆に好きな食べ物があれば、それもどんどん教えてくれ。厨房に伝えておくし、そういう話をもっと貴女としたいんだ」
ジークフリートの具体的な問いにつられて、アレクシアも今朝までの献立を思い返す。
「嫌いな物は特にありません。肉も魚もパンも野菜も、たいていの物は食べられますし、苦手な香辛料もほとんどありません。好きなのは甘い物ですが、だからといって塩気のあるものや苦味のあるものが食べられないわけではございません」
「つまり、豚でも羊でも兎でも?」
「はい」
「魚も?」
「淡水でも海水でも大丈夫ですし、貝も食べられます」
「野菜やキノコは?」
「たいていの物はいただきます」
「甘いものが好き、ということは、菓子とか果物だろうか?」
「大好きです」
アレクシアの玲瓏たる美声に力がこもる。
「アプリコットとかザクロとか葡萄とか。今の時季なら黒スグリ、ブルーベリー、ラズベリー…………」
「どれも大好きです」
「レモンやオレンジとかも?」
「素晴らしいです!!」
アレクシアはうっかり拳をにぎっていた。
「オレンジの砂糖漬けは好物です。レモンのはちみつ漬けにお湯を足して飲むのも、甘くて口の中がさっぱりして、最高です。一度、生のオレンジを食べてみたいのですが、シュネーゼではさっぱり」
「そうなのか?」
「シュネーゼでは、オレンジはすべて干した輸入品です。寒すぎて木が根付きませんから」
「フリューリングフルスの最南端ではオレンジを栽培しているし、南部以外の地域にも干した物と生の物、半々が出回っているぞ?」
「本当ですか!?」
アレクシアは紫と薄緑色の目をみはった。
「羨ましい…………フリューリングフルスは本当に暖かいのですね。私も珍しい食べ物をいただくことは多いですが、生のオレンジが手に入ったことはありません。早馬で運んでも、シュネーゼに到着する前に傷んでしまいますから」
残念そうに視線を伏せたアレクシアに、ジークフリートが身を乗り出す。
「では時季になったら、俺から姫に生のオレンジを贈ろう」
「本当ですか?」
「百個でも千個でも、貴女の好きなだけ」
「いえ、三、四個で充分です」
「では四個、贈ろう。約束する」
「ありがとうございます。では私からは、お礼に白の湖の鮭を贈ります。ご存じでしょうが、毎年、白の湖に産卵のために戻ってくる鮭は、公国自慢の特産品の一つです」
「俺が贈りたいから贈るだけで、礼とかは気にしなくていいが。貴女が贈ってくださるというなら、喜んで受けとろう」
ジークフリートは笑った。ようやく恋した姫の好きな物、喜んでもらえそうな贈り物が一つ決まって、本当に嬉しそうだった。
「次のオレンジの季節までの楽しみができた」
黒髪の王子のあまりに素直な笑顔に、アレクシアも警戒心が削がれる。破格の美貌でありながら、むしろ惹きつけられるのは子供のように無邪気な笑顔とは、どういうことだろう。
(うーん…………)
どうにも対応しにくくて落ち着かなくて、アレクシアはつい、わしゃわしゃと手を動かし、突然、毛並みをいじられたねこさんがびっくりした。
「…………」
ジークフリートは何事か考え込む。
四男の沈黙に義母が不吉を覚えはじめた頃、ジークフリートは口を開いた。
「魚も甘い物もお好きなら、魚釣りはどうだろう?」
「魚釣り、ですか?」
「王家の果樹園でもいいが、王都の外の森に川がある。そこで川魚とベリーを獲って、獲れたてをごちそうしたい」
いくら「なんでも食べる」「甘い物が好き」と聞いたからといって、どうして若い令嬢相手に男の子に対するような誘い方をするのだ。そう、王妃は眉間に皺を寄せたのだが。
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美姫は拳をにぎりしめる勢いで即答した。
「うにゃ…………」
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