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「今それを言うか!」と、無言で目をむいた。ウィンフィールドが。

 アレクシアはさらにつづける。

「むろん、お気に入りの装飾品はいくつか持っております。この髪飾りも、その一つです。ですが、積極的に新しい品を購入したいと思う程には、求めていないのです」

 この場に他の女人がいれば「なんでそんなことを言うの、せっかくのお気持ちなのに失礼じゃない!」もしくは「黙ってもらっておけばいいのに!!」と叫んだことだろう。

 しかしアレクシアの意見は違った。
 何故なら彼女の経験上、

(自分が高価な贈り物をしたと思う男ほど、もとをとろうとして、しつこくなるのよ!!)

 と知っていたからである。
 アレクシアは竪琴を抱える手に力を込める。
 経験上、こういう風に拒絶すると、何割かの確率で逆ギレする男がいるのも事実だ。
 だがジークフリート王子は怒りはしなかった。
 暗い洞窟の中、「うーん」と真剣なまなざしを宙にさ迷わせる。

「そういえば、貴女の意見を訊いた覚えがなかったな! 貴女は宝石は不要だったのか!!」

 ぽん、と手を叩くように声をあげた。
 アレクシアもウィンフィールドも脱力する。
(今頃そこに気づいたのか)と、同じ言葉が脳裏に浮かんだ。

「貴女に結婚してほしくて、女人の口説き方をウィンに訊いて、ウィンが『贈り物はどうだ』と言って…………城を出てきたわけか。つまり悪いのはウィンフィールド、お前だな」

「待て待て待て!!」

 危険な光を瞬かせた美しい瞳を向けられ、ウィンフィールドはいそいで両手を前に突き出す。この王子の実力を考えれば、あまりに儚い抵抗だ。代わりに懸命に口を動かす。

「俺が提案したのは、一般論だ、一般論! 一般的な令嬢は、高価な宝石の贈り物なんて大喜びなんだ!! この姫君が一般的でなかっただけだ!!」

「…………」

 アレクシアは唇を引き結ぶ。

「それに、ここまで来たのは無駄じゃない! 少人数で一緒に過ごせたんだ、楽しかっただろ!?」

「それは否定しないが…………」

「あのな」と、ウィンフィールドは真面目な表情で声をひそめ、さも重要な秘密を教えるかのように王子に顔を近づける。

「男女の距離が近づくには、一緒の時間を過ごすのが一番てっとり早いんだ。ひんぱんに顔を合わせて、なんでもいいから会話をかわす。できれば二人きりか、それに近い状態で、楽しく。人間、よく知る相手や、楽しい時間を共に過ごした相手には好意を持ちやすいんだ、よほどアレな中身でない限り」

(でもコイツ、けっこう中身がアレだよな)と、ウィンフィールドが思ったのは内緒だ。

「実際、三人だけでここまで来たおかげで、昨日より打ち解けただろ? 王城でお互いの両親と大勢の侍女侍従に囲まれて、向かい合っただけで終わる王族の見合いなんぞより、よほど親しくできたと思わないか?」

「それは、まあ」

「見合いより、三人で鉱山に来る方がはるかに楽しかっただろ?」

「それは間違いなく、楽しかった。こんなに気持ちが浮き立った鉱山視察は初めてだ」

「だったら、いいじゃないか、それで。第一、ジークは姫君のことを、もっと知りたかったんだろ? ここまで来たおかげで、姫が宝石はそこまで好きじゃないとわかった。姫のことが、また一つわかったじゃないか!!」

「たしかに、言われてみれば姫について、新しいことを知ることができた。まだ腑には落ちないが、無駄ではなかったか…………」

「そうそう」

 陽気な若者は陽気な声質で、高貴な友人に賛同する。
 命がかかっているので、琥珀色の瞳はこれ以上ないほど真剣だ。

「まあ、今回は俺も考えが甘かった。詫びに、今度また重要そうな情報が入ったら教えるから、それで勘弁してくれ」

「割に合わん気もするが…………まあ、勘弁しておく。お前を焼いても、ラッヘは食べそうにないからな」

 昨夜、出会った幻獣ラッヘの姿を思い出し、アレクシアは少し肝が冷えた。
 この王子なら、本気で今の言葉を実行しそうな気がする。
 ウィンフィールドも同感だったのだろう、冷や汗をかきながら「食べない食べない」とくりかえす。
 アレクシアはなんだか気の毒になって、助け船を出すことにした。

「殿下、ウィンフィールド卿のおっしゃるとおりです。私は宝石自体には興味は薄いですが、今日の外出そのものは大変興味深い、新鮮なものでした。一角獣に騎乗したのも、鉱山を見学したのも生まれて初めてですし、道中のフリューリングフルスの広大な平野も輝くようで…………まさに絶佳です。退屈する間もありません」

 現実問題、この王子と出会ってから退屈など寄ってくる余地もない。いろんな意味で。

「そうなのか?」

「はい。ですから、連れ出していただいたことは楽しかったのです」

 個人的な経験から述べると、こういう対応は一長一短だった。
 これで「良かった」と安堵する男性もいるが、「だったら」と、喜ばれた部分をくりかえすようになる男性も少なくない。
 だが、わかっていても「全部駄目」と言い切るほどには、アレクシアは非情でも女優でもなかった。

「そうか」

 美麗な王子の形良い口もとがほころぶ。

「楽しんでいただけた部分があったなら、良かった」

『心から』という単語がぴったりの笑顔を見せつけられた。
 アレクシアは謎の胸の痛みに襲われる。
 たしか、ジークフリート王子は一歳年上の十九歳と聞いていた。
 しかし、こうも気取らない反応を見せられると、いろいろやりにくい。
 体は大人でも中身が素直な子供では怒りにくいし、利用に徹しにくい。
 その図体だけ大人な王子は率直に謝罪してきた。

「宝石の件は、気づかなくて申し訳なかった。どうも俺は、思いつくと体が先に動くようで」

(でしょうね)と、アレクシアは心中でうなずく。

 この王子の行動力は、出会ってからまだ一日も経っていないが、十分すぎるほど思い知らされている。

(なんというか、きれいな顔にごまかされているけれど、かなり行動力あふれる――――いえ、勢いで突っ走る人種の気がする。実行を可能にするだけの能力を備えているせいもあるだろうけれど…………幻獣を召喚すれば即、どこへでも行けるし、あれだけ強ければ護衛の兵をそろえる手間も必要もないもの)

 親には相当心労をかけまくっているようだが、間諜としてはなかなか有能なのではないだろうか。惜しむらくは、どこへ行っても確実に印象と記憶に残る美貌である。

「ここまで連れ出して、申し訳なかった。城に帰ろう」

 ジークフリートはアレクシアをうながした。が。

「ちょっと待て!!」

 商人の息子である友人が断固たる口調で反対してきた。

「まだ帰るのは早い!!」

 いつの間にか、ウィンフィールドは地下の妖精達と商談の真っ最中だ。ドワーフ達が持ってきた数々の煌びやかな品をはさんで、互いに指で数字を出し合っている。「百」とか「三百」とか、金貨と仮定すると、新興貴族のアレクシアには耳を疑う金額である。
 ここでようやく、彼が持参した革袋の中身が判明した。

「これを足す。ブラオ海で採れた真珠。それから珊瑚だ」

 大商人の息子はやわらかい布にくるんだ白や黒や薄紅色の珠と、赤い枝をドワーフの前に置く。ドワーフ達はいっせいに興味津々の顔つきでそれを囲む。

「地底だと、海の宝石は採れないだろ? ついでに、これもつける」

 茶色のまだら模様をした金色の板のようなものを三つ、並べた。

「鼈甲だ。亀の甲羅を薄く削ったもので、これを金銀で細工しても美しいぞ?」

 地下の妖精達は地下以外で産出される美しい素材をしげしげ見つけていたが、やがてなにやら相談しあうと、指を数本立てながら、ウィンフィールドが持参した素材と自分達が用意した宝石を交互に指さす。

「もう少し、色をつけてくれ!」

 ウィンフィールドは眉間に皺をよせ、手を合わせて懇願する。
 するとドワーフ達は、意味ありげな目つきでウィンフィールドの革袋を指さした。袋はまだふくらみが残っている。

「目ざといなあ」

 言いつつ、予想していたようにウィンフィールドは切り札を披露した。
 葡萄酒ワイン林檎酒シードルの瓶である。
 ドワーフ達は歓喜した。地下の妖精達は酒好きなのだ。
 ドワーフ達は大喜びでウィンフィールドに望みの品を差し出し、一部はずんぐりむっくりした体をゆらしながら、酒瓶と海の素材を掲げて暗闇の奥へと戻っていく。

「よし。帰っていいぞ」

 商人の息子はきらきらした瞳で友人達をふりかえった。今度は爽やかな汗をかいている。

「ここでドワーフに会うと、わかっていたのですか?」

 アレクシアは訊ねた。でなければ、できない準備である。
 ウィンフィールドは否定した。

「いいや。だが鉱山の妖精や幻獣といえばドワーフが定番だし、ジークかいれば、なにかしら寄ってくるから、用意しておいて幸いだった」

 ウィンフィールドはほくほくと空になった革袋に戦利品を詰めていく。

「今度こそ、本当に帰ろう」

 ジークフリートがうながすと、ドワーフ達が「まだ行かないで」と言うように彼の長い足をとり囲んだが、ジークフリートは「そろそろ帰らないと夕食に遅れる」と笑う。
 泣き出しそうな妖精達からきれいな色の原石を二つもらって、代わりにべルトにはさんでいた小瓶と、懐から出した小さな袋を渡した。

「量は少ないが、いい酒だ。それと金貨」

 ちゃんと対価を支払い、王子は妖精達から品物を受けとった。
 名残惜しそうに手をふる彼らに見送られて、来た道を逆に戻る。

「殿下、ご無事でしたか!!」

 待っていた鉱山の最高責任者が、半泣きの顔で駆け寄ってきた。
 あと少し待って戻らなければ兵士達を呼ぶところだった、と説明され、アレクシアは申し訳ない気持ちがわいたが、ジークフリート王子は平然としている。

「待たせた詫びに」

 と、ドワーフからもらったばかりの原石を一つ、責任者の手に乗せる。

「こ、これは!? ここでもなかなか採れない、上物ですぞ!? この先は掘り尽くしたはずなのに、いったいどこで…………!?」

「ドワーフにもらった」

 王子はなんてことないように答えたが、責任者は煙に巻かれたと思ったのだろう。しばらく粘ったが、穴を出ると空は夕暮れに染まっており、帰らなければならないのは明白だった。
 鉱山の者達に礼と別れを告げて、アレクシア達は先ほど二頭の幻獣を返した場所に戻る。日が暮れはじめて視界が悪くなっていたので、帰りは昨夜同様、ラッヘを召喚してトゥルペ城まで運んでもらった。





 幸い、夕食には間に合った。王族の食堂でジークフリートが王妃に青玉の見事な首飾りを渡すと、国王が「鉱山に行っていたそうだな」と、さぐるまなざしで訊いてくる。

「はい。良い品が見つかりました」

「…………念のために訊くが、『買った』のだな? 『自分で掘る』と称して、山を破壊したりなどしておらぬだろうな!?」

 国王のみならず、上の王子二人も真剣なまなざしで弟王子の返事に耳を澄ませる(第三王子は留守中)。

「純粋に買ってきました。物々交換です。心配なら、鉱山に使者を送ってください」

「なら、良いが…………」

 普通の家庭なら「父親が息子に訊く事柄ではない」とアレクシアも思ったろう。けれど昨夜からのあれこれを考慮すると、フリューリングフルス国王の心配も、もっともなこととしか思えなかった。
 むしろ、ドワーフから買うほうが平和の極みである。
 アレクシアは沈黙を守って、目の前の兎のシチューと野菜のテリーヌに集中した。
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