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第三章
29話 試合の裏で~リーエル~
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29話 試合の裏で~リーエル~
「シオン、すごいおこってる……。」
ガロンたち第4騎士団の試合が始まってすぐ、隣に座るリリが不安そうに呟いた。試合をする舞台からこの観覧席までは距離があるので試合を待っている2人の表情はほとんど見えない。
「リリみえるの?」
「うーん、みえないけどなんとなく……?」
私には普段冷静であまり表情の変わらないシオンが怒っているところがなかなか想像できなかった。
「あの2人、もうわざと負けるのやめるんだね。」
隣に座るメルヴィンさんは、今日もとても楽しそうだ。
「わざと…ですか?」
私たちがガロンやシオンが闘うところを見るのは初めてだ。わざと負けるってどういうことだろう?
「勝ってもメリットがないとか云って、負けたら負けたで陰でいろいろ言われるのにね。まぁ今日でそれも終わりだ。大好きな奥さんの前でカッコ悪いところ見せられないもの。」
奥さんと言われると、なんだかとても慣れなくて嬉しいような恥ずかしいような気持ちになってしまう。
「エル姉さま顔が赤いよー!」
メアリちゃんの言葉にさらに顔が赤くなってしまった。
わぁっという歓声に顔を上げると一回戦のソレイさんが負けてしまったところだった。
「今のはわざとだけどね……。」
メルヴィンさんの呟きが聞こえたけれど、その意味は分からなかった。
次はいよいよガロンの番だ。怪我したりしないかな…。
* * *
「メアリがいないわ!」
メアリちゃんのお母さんシルヴィアさんの声が響く。しかし大きな歓声でその声は掻き消えてしまった。
「さっきまでうとうとしてたのに…!もう!すぐそうやって…!」
メアリちゃんは脱走の常習犯だ。魔法の講義の時も、いつ抜け出したのか分からない早さでどこかに行ってしまう。きっと試合を見るのに飽きてしまったのだろう。あんまりじっとしてるのが好きじゃないみたいだから。
ちょうどガロンの試合が終わって、会場のあちこちから歓声が上がっているときだった。ガロンの剣術は早くて強くて、とてもカッコ良かった。あとでたくさん伝えなきゃ。
「わたし、さがしにいきます!」
「いやいやっ、リーエルさんにそんなことさせたら僕がガロンに怒られるよ。」
メアリちゃんの脱走ルート。私はその行き先を知っている。こっそり教えてもらったその場所は、多分私しか知らない。
私に続いて、リリも立ち上がった。
「ダメだよ、リリはシオンのことみてないと!」
「でもっ、エル…。」
「だいじょうぶだよ!ねっ?」
会場からいつも魔法の講義を受けている場所へ、そのまま城内を進む。みんな試合を見に行っているのか、全然人がいないみたいだ。
メアリちゃんに聞いた王族専用の台所。その隣にある食料倉庫には城の中庭に行ける抜け道があるらしい。案の定、倉庫の扉は鍵がかかっていなかった。
倉庫の奥の奥小さな扉を開けると、それは温室に繋がっていた。暖かい空気と草や花の匂いがする。小さい頃に憧れた秘密基地みたい。
「エル姉さまー!」
木陰から飛び出してきたメアリちゃんが、私の腰に抱きつく。
「みつけたー!やっぱりここにいた!」
この温室は使用人さんしか使わない場所らしい。メアリちゃんの秘密の場所。
「こっちこっち!姉さま来て!」
手を引かれ、花壇の間を進む。その先は美しいバラ園になっていた。
「これ!もうすぐ咲きそうなのに、元気がないの…。」
大きく膨らんだピンク色の薔薇の蕾。しかし、葉っぱは萎れていて今にも茎が折れてしまいそうだ。
「ちょっとまっててね…。」
薄紅色の蕾に手を添える。心のなかで精霊に呼びかけてみた。最近魔法を使うコツがちょっとだけ分かってきたところだ。使おうと思うんじゃなく、呼び掛けるように。
するすると葉の色が鮮やかになり、茎は力強く蕾を持ち上げる。そのまま美しい鮮やかな花を咲かせた。
「わぁ!!姉さますごーい!」
嬉しそうな笑顔につられて、私も微笑んだ。
「素晴らしいですね。」
「!」
突然かけられた男の人の声。振り返ると、目に飛び込んできたのはその大きな翼。そして眼鏡の奥にのぞく冷たい瞳。
「シュトヘルさん…?」
音もなく現れた男は、怪しく微笑んだ。
「シオン、すごいおこってる……。」
ガロンたち第4騎士団の試合が始まってすぐ、隣に座るリリが不安そうに呟いた。試合をする舞台からこの観覧席までは距離があるので試合を待っている2人の表情はほとんど見えない。
「リリみえるの?」
「うーん、みえないけどなんとなく……?」
私には普段冷静であまり表情の変わらないシオンが怒っているところがなかなか想像できなかった。
「あの2人、もうわざと負けるのやめるんだね。」
隣に座るメルヴィンさんは、今日もとても楽しそうだ。
「わざと…ですか?」
私たちがガロンやシオンが闘うところを見るのは初めてだ。わざと負けるってどういうことだろう?
「勝ってもメリットがないとか云って、負けたら負けたで陰でいろいろ言われるのにね。まぁ今日でそれも終わりだ。大好きな奥さんの前でカッコ悪いところ見せられないもの。」
奥さんと言われると、なんだかとても慣れなくて嬉しいような恥ずかしいような気持ちになってしまう。
「エル姉さま顔が赤いよー!」
メアリちゃんの言葉にさらに顔が赤くなってしまった。
わぁっという歓声に顔を上げると一回戦のソレイさんが負けてしまったところだった。
「今のはわざとだけどね……。」
メルヴィンさんの呟きが聞こえたけれど、その意味は分からなかった。
次はいよいよガロンの番だ。怪我したりしないかな…。
* * *
「メアリがいないわ!」
メアリちゃんのお母さんシルヴィアさんの声が響く。しかし大きな歓声でその声は掻き消えてしまった。
「さっきまでうとうとしてたのに…!もう!すぐそうやって…!」
メアリちゃんは脱走の常習犯だ。魔法の講義の時も、いつ抜け出したのか分からない早さでどこかに行ってしまう。きっと試合を見るのに飽きてしまったのだろう。あんまりじっとしてるのが好きじゃないみたいだから。
ちょうどガロンの試合が終わって、会場のあちこちから歓声が上がっているときだった。ガロンの剣術は早くて強くて、とてもカッコ良かった。あとでたくさん伝えなきゃ。
「わたし、さがしにいきます!」
「いやいやっ、リーエルさんにそんなことさせたら僕がガロンに怒られるよ。」
メアリちゃんの脱走ルート。私はその行き先を知っている。こっそり教えてもらったその場所は、多分私しか知らない。
私に続いて、リリも立ち上がった。
「ダメだよ、リリはシオンのことみてないと!」
「でもっ、エル…。」
「だいじょうぶだよ!ねっ?」
会場からいつも魔法の講義を受けている場所へ、そのまま城内を進む。みんな試合を見に行っているのか、全然人がいないみたいだ。
メアリちゃんに聞いた王族専用の台所。その隣にある食料倉庫には城の中庭に行ける抜け道があるらしい。案の定、倉庫の扉は鍵がかかっていなかった。
倉庫の奥の奥小さな扉を開けると、それは温室に繋がっていた。暖かい空気と草や花の匂いがする。小さい頃に憧れた秘密基地みたい。
「エル姉さまー!」
木陰から飛び出してきたメアリちゃんが、私の腰に抱きつく。
「みつけたー!やっぱりここにいた!」
この温室は使用人さんしか使わない場所らしい。メアリちゃんの秘密の場所。
「こっちこっち!姉さま来て!」
手を引かれ、花壇の間を進む。その先は美しいバラ園になっていた。
「これ!もうすぐ咲きそうなのに、元気がないの…。」
大きく膨らんだピンク色の薔薇の蕾。しかし、葉っぱは萎れていて今にも茎が折れてしまいそうだ。
「ちょっとまっててね…。」
薄紅色の蕾に手を添える。心のなかで精霊に呼びかけてみた。最近魔法を使うコツがちょっとだけ分かってきたところだ。使おうと思うんじゃなく、呼び掛けるように。
するすると葉の色が鮮やかになり、茎は力強く蕾を持ち上げる。そのまま美しい鮮やかな花を咲かせた。
「わぁ!!姉さますごーい!」
嬉しそうな笑顔につられて、私も微笑んだ。
「素晴らしいですね。」
「!」
突然かけられた男の人の声。振り返ると、目に飛び込んできたのはその大きな翼。そして眼鏡の奥にのぞく冷たい瞳。
「シュトヘルさん…?」
音もなく現れた男は、怪しく微笑んだ。
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