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第二章

幕間2 祭り

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 幕間2 お祭り

 「イヤ!ぜったいおまつりにいく!」

 3月下旬春の風が吹くと、ランディオール王国首都ヴィンドヘイムでは春祭りの準備が始まる。西側の広場には屋台が並び、市場も活気づく。郊外の町や村からも多く人が訪れ、みなで今年の豊作を願うのだ。
 祭りは三日三晩続き、最終日にはランディオール城で盛大な夜会が開かれる。

 今日は、その祭りの2日目。日も暮れはじめこれから祭りが盛り上がるという頃、首都の東側貴族たちの暮らす上層地区ロックスフォード家のお屋敷では小さな反抗が起こっていた。


「いや、連れていきたいのは山々なんだけど、本当に忙しいんだ。」
「本当にすまない。なにか甘いものを買ってくるから。」

 ランディオール王国第4騎士団のシオン団長とガロン副団長は、可愛らしい奥様方を必死に宥めていらっしゃいます。第4騎士団は、一部の貴族から雑用騎士団などと言われていますが、国民からの信頼が厚く、貴族平民関係なく働ける騎士団として平民出身の騎士たちから大変人気があります。
 若くして騎士団長になられ、活躍されているお二人の結婚の話題はあっという間に城内だけでなく、騎士団、そして今はヴィンドヘイム中に広まっています。ただの結婚ではなく、お相手が人間であり精霊の呼び人であるということも噂が広まる原因になっていることは、間違いありません。

「イヤ!ぜったいいく!ふたりでいく!」
「それは絶対ダメだ。」
「それだけは駄目だ。」

 騎士団長であり無表情で有名なシオン様が、大切な奥様の前ではこんな優しい顔をされるのかと最初は驚きました。ガロン様のその溺愛ぶりにも驚きましたが…。

 私、ヘルガ・ケットラーが精霊の呼び人である、リーリア様とリーエル様の護衛に任命されてからそろそろ1ヶ月。お二人がこんなに自分の意見を仰るのは初めてのことです。
 その時、部屋の扉が豪快に開きました。

「それでは、俺と一緒にいこう!!可愛い娘たち!!」

 鼓膜がビリビリするほどの大声で現れたのは、我が国で最強の騎士とうたわれる鬼将軍、もといマキシム様です。私の直属の上官であり、騎士たちに厳しく稽古をつけ、その強面から鬼将軍と呼ばれています。しかし、いまその面影はありません。

「おとうさま、いっしょにいってくれるの?」
「おしごとはだいじょうぶですか?」

 お二人が駆け寄るだけで、その顔はデレデレに溶け、満面の笑みです。それが逆に怖い。

「なんの問題もない!」

 問題大有りです。祭りの間、城内の警備、街中の警戒や見回り、諍いの仲裁などなど、騎士の仕事は山ほどあります。それを指揮するのがマキシム様の仕事であり、大切なお役目です。

「親父、なんで家にいるんだよ。」
「可愛い娘たちが祭りに行けなくて困っていると聞いてな!俺の出番だろう!」

 えっへんとばかりに胸を張る父親の姿に、団長方も呆れ顔です。

「おとうさまがいっしょならいってもいい、ガロン?」
「ヘルガさんもいるし、おねがいシオン?」

 うるうると潤んだ瞳の上目遣い。このお願いを断れる男はいないと思います。

「どこで、そんな技を覚えたんだ…。」

 案の定、シオン様、ガロン様ともに体を震わせています。おねだりは効果抜群のようです。

「心配するな!お前たちより俺の方が頼りになるからな!」

 おそらく仕事を抜け出してきたマキシム様が、威張るところではないと思います。

「……わかった。でも絶対一人になるなよ。親父とヘルガから離れるな。あと、歓楽街には絶対近づくな。危ないやつがいたら、すぐに逃げろ。あと…。」
「だいじょうぶ!ガロンおしごといってらっしゃい!」
「だいじょうぶ!シオンおしごとがんばって!」

 * * *

 「わぁ!おとうさま!あれはなに?!」

 城の西側の広場には様々な屋台が並び、色とりどりの食べ物や菓子が並んでいます。その間を、白い外套を着たお二人がふわふわと駆けていきます。動きやすいスカートとブーツ、頭まで覆う外套。格好だけなら市民のものですが、お二人の可憐さでものすごく目立っています。後ろを歩くマキシム様のせいもありますが。

「あれは、春の訪れを祝う花飾りだ。どれ、二人の分も買おう!」

 春を祝うこの祭りでは、街のあちこちに花飾りを吊るします。布で作った造花でくす玉を飾り付け、祭りの終わりとともにそのくす玉を割ります。中には春一番に咲いた花々が入っていて、その花びらが街を舞う光景はとても美しいものです。
 いまマキシム様が買われたのは、造花の花冠。祭りの間、女性はその花冠をつけます。リリ様は桃色、エル様は黄色の花冠をつけられました。

「あの子たち、かわいくね?」
「すげー美人じゃん、話しかけろよ。」

 その瞬間、マキシム様が鬼将軍の顔で近くの男たちを睨み付けます。睨まれた男たちは、すごい早さで逃げていきました。

「おとうさま、あれはなんのたべものですか?」
「どれどれ、見に行こう!」

 すぐにまたデロデロなにやけ顔です。周りの者たちも鬼将軍の満面の笑みに驚きの視線を向けています。無理もありません。
 王国最強とも言われる近衛隊長が、少女(にしか見えない)二人を連れ、恐ろしいほどの笑顔で歩いていたら誰だって驚きます。

「マキシム様……?」
「あれ、鬼将軍だよな?」
「じゃあ、あのお連れの方が?」
「噂の精霊姫か?」

 少しずつ見物人が足を止め、人だかりができてきました。そろそろここを離れたほうがよさそうです。
 マキシム様に声をかけようとしたそのとき、近づいてくる3人組がいました。

「どうしたどうした?」
「なにかありましたか?」
「立ち止まらないでくださーい!」

 その中に、よく知る顔を見つけました。

「姉貴?なにしてんだよ、こんなとこで?」

 ランド・ケットラー。王国第4騎士団の騎士であり、私の弟です。狼の獣人である私たち姉弟は、揃って騎士学校に入り、こうして騎士として働いています。
 私が指差す先を見て、彼らもまた驚いたようです。

「将軍じゃん、なにしてんのこんなとこで。」
「将軍の笑ってるとこ初めて見たわ。」
「えっ、あれってもしかして…?」

 弟は、将軍が誰といるか気づいたようです。

「おお!お前たち!いいところに来た!」

 マキシム様は手にたくさんの菓子を抱え、こちらに近づいてきます。可愛らしい色の菓子と顔のギャップがすごい。

「見回りご苦労!ちょうど良かった!」

 騎士3人組は、鬼将軍の笑顔に若干引いています。マキシム様の稽古を受けたことのある者なら当然の反応でしょう。その稽古の厳しさに、気絶する者が続出する訓練です。その鬼の形相を夢に見てうなされる奴もいるとか。

「おとうさま?」

 その鬼将軍の後ろから現れた二人に、弟たちはさらに驚きました。

「え?」
「わっぁ?」
「…!」

 花冠をつけたリリ様とエル様は、まさしく精霊姫と呼ぶにふさわしい美しさです。
 さらに我々獣人は、基本的に小さく庇護欲を掻き立てる者を好みます。シオン様ガロン様がお二人を外に出したがらない理由も、おそらくそこにあるのでしょう。

「リリ、エル。この者たちはシオンとガロンの部下だ。」

 するとお二人はパッと明るい顔になりました。

「おしごとおつかれさまです。リーリアです。」
「リーエルです。おしごとがんばってください。」

 その可憐な微笑みに3人は固まってしまいました。私は弟の背中を小突きます。

「あっ、えっとランドです。団長たちにはいつもお世話になってます!」
「ソレイです!」
「ギュスターヴです!お会いできて光栄です!」

 エル様がじっと弟を見つめています。

「ランドさんは、あったことありますか?」
「はいっ!あの…カーフェの診療所で、一回お会いしました…。」

 初耳だった。他の騎士たちも初めて知ったようだ。

「は?ランドお前、そんなこと聞いてないぞ!」
「なんで言わないんだよ!そんなすごいこと!」

 あたふたと言い訳をする弟。広場の中央から音楽が聞こえ始めました。

「おお、始まった。リリ、エル行こうか。お前たち引き続き頼んだぞ。」

 騎士3人は胸に手をあて、敬意を表して将軍を見送ります。精霊姫とともに大量の菓子を抱えたまま、マキシム様は去っていきました。

「なんか、すごいもの見ちゃったな。」
「あぁ……、精霊姫可愛すぎないか?」
「姉貴、まじで精霊姫の護衛なのか。」

 呆けた顔をした3人を残し、私は上官と大切な姫たちを追いかけます。

「ヘルガさん!」

 すぐに追い付いた私に、リリ様とエル様が小さな手で花冠を被せてくださいました。

「ヘルガさんは、みずいろ。」
「とってもにあいます。」

 平民出身の上に女である私は、騎士になったとしても出世を望むことはできません。それでも、必死に稽古をこなしマキシム様の部下に配属されたときは涙がでるほど嬉しい思いでした。そしていま、このような大役を任されています。必ずこの恩に報いなければ。

「ありがとうございます。リリ様。エル様。」

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