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第一章
5話 手料理
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5 手料理
* * *
怖い夢ばかり見る。目が覚めると、元の世界に戻っている夢。
泣きながら飛び起きて、隣で眠るエルを見てやっと安心する。いまの生活を失うのが怖くてたまらない。
クレアはきっと気づいてる。私たちが気づかないふりをしていることに。シオンたちの優しさに甘えていることに。
* * *
「リリ、エル、本当にいいのか?」
不安な俺と兄貴の横で、2人は笑顔で頷いている。俺たちは包丁を持ち直し、目の前のまな板に向かう。
あの日エルとリリの料理を食べた俺は衝撃を受けた。2人がシチューと呼んだ白くてどろどろしたスープを初めて見たとき、正直俺はどうしようかと思った。温かいスープに牛乳を入れるってだけで驚きなのに、このどろどろは何なんだ?
しかし一口食べると、その美味しさにスプーンが止まらなくなった。野菜の甘さと、具の香ばしく焼かれた鮭の旨味が口のなかに広がり、牛乳の味もまったく気にならない。こんなに美味しいものを食べたことがなかった。
その話を兄貴にすると、一人で勝手にエルとリリの手料理を食べたこと、自分が忙しく働いている間に診療所に行ったこと…等々。恐ろしく不機嫌になった兄貴から説教を食らう羽目になった。
その機嫌を直すため、俺は2人に料理を作ってもらおうと提案したのだ。材料を用意していけば、クレアも文句は言わないだろう。
そして、いま俺たちはなぜか包丁を握り、まな板の前に立たされている。
この町では魚料理が主流で中々肉にありつけない。そろそろ限界がきていた俺たちは、町で唯一肉を扱っている行商人を訪ねた。しかしタイミングが悪く、肉を売りに出して帰ってきたばかりらしく大量の切れ端しか買うことができなかった。
食料品を大量に抱えて診療所にやってきた俺たちをクレアは鼻で笑っていた。
エルとリリに大量の肉の切れ端を見せると、何やら話し合いをしたあと、俺たちに包丁を握らせた。たどたどしい説明を聞くと、どうやらこれを細かく切ってほしいらしい。
診療所のテーブルで兄貴とともに大量の肉のミンチを作る光景はシュールだった。
そうやってできたミンチにエルとリリは同じように細かく刻まれた玉ねぎや卵を混ぜて、一生懸命捏ねている。
この世界の料理は基本的にあまり手間をかけないものが多く、焼く、煮る、茹でる、単純なものばかり。味付けも単調だ。それに比べ、2人の料理は丁寧で、味の想像がつかなかった。
出来上がった肉を捏ねたものを丸い形に整えると、それをフライパンで焼き始める。するとジュージューと食欲をそそる音が聞こえてきた。
「美味しそうな音がするじゃないか。」
クレアが物珍しそうに、様子を見にきた。
「お前らが揃って包丁握ってるのは、気持ち悪い光景だったな。」
言いながら当然のように食卓に着く。エルフは菜食主義者が多いが、この魔女には関係ないようだ。
「「かんせーい!」」
香ばしく焼かれた丸い肉の塊。茶色いソースのかかったそれは俺たちの見たことない物だった。
「いただきます。」
おそるおそるナイフを入れると、中からジュワっと肉汁が溢れた。
「うおっ、すげー旨そう。」
一口食べると、そのジューシーさと思った以上の肉の旨味に驚いた。
「本当にうまいな!」
「美味しい…。」
俺たちの反応にエルとリリは、嬉しそうに飛び跳ねている。
「肉の切れ端がこんな風になるなんてね。2人で料理屋でもやったらいいんじゃないか?」
クレアも気に入ったようだ。次々と口に運んでいる。
「それはダメだ。2人が店なんかやったら男の客が押し寄せるだろ。」
「同感だ。2人の料理を他の男に食べさせるなんて絶対に嫌です。」
クレアは呆れたように、食事に戻った。
* * *
リリとエルはとても良く似ている。顔に背格好、それこそ髪や瞳の色以外違うところがないようだ。しかし、彼女たちと過ごしていくうちに、その性格は正反対だった。
エルは、いつも明るく笑顔を絶やさない。勉強は苦手なようで、読み書きがまだまだ怪しい。家の中にいるよりも、太陽の下にいるのがよく似合う。
リリは、思慮深くまわりを観察し、エルの後ろで控えめに微笑んでいる。物覚えがよく、話すだけでなく読み書きも、もう問題ないだろう。彼女が窓辺に腰かけて本を読んでいるのを見るのが、私は好きだ。
感情がすぐ顔に出るところがエルとガロンは、とても似ている。逆にリリは、あまり感情を表に出さないところが私と似ているのだろうか。
「リリ、片付けを手伝う。」
「シオン?だいじょうぶ、ひとりでできるよ。」
控えめな彼女の笑顔。その小さな頭を撫でると、濃紺の瞳がさらに細くなった。それだけで仕事の疲れを忘れられる。
先日の罪滅ぼしなのか、ガロンがクレアとエルを連れ出し庭へ出ていった。
リリと居られる時間。有り難くあいつの好意に甘えることにする。側にいるだけで、どうしてこんなにも癒されるのか。
「リリは料理がうまいな、また作ってくれるか?」
「うん、がんばる。」
皿を洗う彼女の長い髪が一房、小さな耳から滑り落ちた。私は咄嗟にその髪に、そして彼女の頬に触れる。
「シオン?」
こちらを見つめる彼女。安らぎとともに、ひどい罪悪感に苛まれる。
私たちは卑怯だ。彼女たちの安全を理由に、町に行かせず、他の者に会わせることもしない。
彼女が他の者を頼ることがないように、選択肢を奪っている。リリがそのことを知ったら、私を軽蔑するだろうか。
「シオン、おしごと、たいへん?」
心配そうにこちらを見上げる彼女が愛しくてたまらない。彼女を誰にも渡したくない。絶対に。
「リリがいるから、大丈夫だ。」
* * *
怖い夢ばかり見る。目が覚めると、元の世界に戻っている夢。
泣きながら飛び起きて、隣で眠るエルを見てやっと安心する。いまの生活を失うのが怖くてたまらない。
クレアはきっと気づいてる。私たちが気づかないふりをしていることに。シオンたちの優しさに甘えていることに。
* * *
「リリ、エル、本当にいいのか?」
不安な俺と兄貴の横で、2人は笑顔で頷いている。俺たちは包丁を持ち直し、目の前のまな板に向かう。
あの日エルとリリの料理を食べた俺は衝撃を受けた。2人がシチューと呼んだ白くてどろどろしたスープを初めて見たとき、正直俺はどうしようかと思った。温かいスープに牛乳を入れるってだけで驚きなのに、このどろどろは何なんだ?
しかし一口食べると、その美味しさにスプーンが止まらなくなった。野菜の甘さと、具の香ばしく焼かれた鮭の旨味が口のなかに広がり、牛乳の味もまったく気にならない。こんなに美味しいものを食べたことがなかった。
その話を兄貴にすると、一人で勝手にエルとリリの手料理を食べたこと、自分が忙しく働いている間に診療所に行ったこと…等々。恐ろしく不機嫌になった兄貴から説教を食らう羽目になった。
その機嫌を直すため、俺は2人に料理を作ってもらおうと提案したのだ。材料を用意していけば、クレアも文句は言わないだろう。
そして、いま俺たちはなぜか包丁を握り、まな板の前に立たされている。
この町では魚料理が主流で中々肉にありつけない。そろそろ限界がきていた俺たちは、町で唯一肉を扱っている行商人を訪ねた。しかしタイミングが悪く、肉を売りに出して帰ってきたばかりらしく大量の切れ端しか買うことができなかった。
食料品を大量に抱えて診療所にやってきた俺たちをクレアは鼻で笑っていた。
エルとリリに大量の肉の切れ端を見せると、何やら話し合いをしたあと、俺たちに包丁を握らせた。たどたどしい説明を聞くと、どうやらこれを細かく切ってほしいらしい。
診療所のテーブルで兄貴とともに大量の肉のミンチを作る光景はシュールだった。
そうやってできたミンチにエルとリリは同じように細かく刻まれた玉ねぎや卵を混ぜて、一生懸命捏ねている。
この世界の料理は基本的にあまり手間をかけないものが多く、焼く、煮る、茹でる、単純なものばかり。味付けも単調だ。それに比べ、2人の料理は丁寧で、味の想像がつかなかった。
出来上がった肉を捏ねたものを丸い形に整えると、それをフライパンで焼き始める。するとジュージューと食欲をそそる音が聞こえてきた。
「美味しそうな音がするじゃないか。」
クレアが物珍しそうに、様子を見にきた。
「お前らが揃って包丁握ってるのは、気持ち悪い光景だったな。」
言いながら当然のように食卓に着く。エルフは菜食主義者が多いが、この魔女には関係ないようだ。
「「かんせーい!」」
香ばしく焼かれた丸い肉の塊。茶色いソースのかかったそれは俺たちの見たことない物だった。
「いただきます。」
おそるおそるナイフを入れると、中からジュワっと肉汁が溢れた。
「うおっ、すげー旨そう。」
一口食べると、そのジューシーさと思った以上の肉の旨味に驚いた。
「本当にうまいな!」
「美味しい…。」
俺たちの反応にエルとリリは、嬉しそうに飛び跳ねている。
「肉の切れ端がこんな風になるなんてね。2人で料理屋でもやったらいいんじゃないか?」
クレアも気に入ったようだ。次々と口に運んでいる。
「それはダメだ。2人が店なんかやったら男の客が押し寄せるだろ。」
「同感だ。2人の料理を他の男に食べさせるなんて絶対に嫌です。」
クレアは呆れたように、食事に戻った。
* * *
リリとエルはとても良く似ている。顔に背格好、それこそ髪や瞳の色以外違うところがないようだ。しかし、彼女たちと過ごしていくうちに、その性格は正反対だった。
エルは、いつも明るく笑顔を絶やさない。勉強は苦手なようで、読み書きがまだまだ怪しい。家の中にいるよりも、太陽の下にいるのがよく似合う。
リリは、思慮深くまわりを観察し、エルの後ろで控えめに微笑んでいる。物覚えがよく、話すだけでなく読み書きも、もう問題ないだろう。彼女が窓辺に腰かけて本を読んでいるのを見るのが、私は好きだ。
感情がすぐ顔に出るところがエルとガロンは、とても似ている。逆にリリは、あまり感情を表に出さないところが私と似ているのだろうか。
「リリ、片付けを手伝う。」
「シオン?だいじょうぶ、ひとりでできるよ。」
控えめな彼女の笑顔。その小さな頭を撫でると、濃紺の瞳がさらに細くなった。それだけで仕事の疲れを忘れられる。
先日の罪滅ぼしなのか、ガロンがクレアとエルを連れ出し庭へ出ていった。
リリと居られる時間。有り難くあいつの好意に甘えることにする。側にいるだけで、どうしてこんなにも癒されるのか。
「リリは料理がうまいな、また作ってくれるか?」
「うん、がんばる。」
皿を洗う彼女の長い髪が一房、小さな耳から滑り落ちた。私は咄嗟にその髪に、そして彼女の頬に触れる。
「シオン?」
こちらを見つめる彼女。安らぎとともに、ひどい罪悪感に苛まれる。
私たちは卑怯だ。彼女たちの安全を理由に、町に行かせず、他の者に会わせることもしない。
彼女が他の者を頼ることがないように、選択肢を奪っている。リリがそのことを知ったら、私を軽蔑するだろうか。
「シオン、おしごと、たいへん?」
心配そうにこちらを見上げる彼女が愛しくてたまらない。彼女を誰にも渡したくない。絶対に。
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