双子獣人は番も双子でした。。~少女たちは、異世界で虎に溺愛され初めての愛を知る~

塔野明里

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第一章

2話 診察

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 2 診察

 * * *

 朦朧とした意識のなかで、頬に温かな手が触れた気がした。眠れない夜、孤児院のベッドで先生が頭を撫でてくれたあの手に似ている気がする。
 夢ならどうか覚めないで。このまま、優しい手に包まれていたい。

 * * *

 その診療所は、町外れの小高い丘の上にある。二階建ての小さな建物。建物の周り、広い庭ではたくさんの薬草やハーブが秋の木漏れ日に葉を揺らしていた。
 昼休憩の時間、診療所のドアを無遠慮に叩く音が響いた。ドンドンっ、ドアが壊れそうなほど何度も叩かれる。それを打ち消すように、中から大声が響いた。

「うるさいっ!いま行くよ!!」

 ドアを開け現れたのは、背の高いエルフだった。美しい青色の瞳は切れ長で見るものを威圧する鋭さがある。綺麗な白髪をひとつにまとめ白衣を着た彼女が、この診療所の所長クレアだ。年齢不詳で町の子どもたちからは魔女だと噂されている。

「なんだよ、騎士団長じゃないか。2人揃ってなんの用だぃ?」

 現場では怪我するやつも多く、この所長にはいつも世話になっている。突然現れた2人の抱えているものを見て、クレアの表情が変わった。

「頼む、急患なんだ。いますぐ診てくれ。」

 ガロンの抱える黒髪の少女の腕を一瞥し、シオンの抱える銀髪の少女の額に手を当てた。

「入んな。」

 真っ直ぐに診察室へ進む彼女の後を二人は付いていく。

「まずはその黒髪の方だね。ここに寝かせて。」

 診察室のベッドにゆっくりと下ろす。エルフや獣人も寝られるベッドは小さな彼女にはひどく大きい。

「随分時間が経ってるね。治癒魔法でも火傷痕までは治せないよ。」
「できる限りで大丈夫だ。頼む。」

 クレアが彼女の火傷に手を当て、呪文を唱えると淡い光が腕や背中を包み込んだ。火傷の傷がみるみる塞がっていく。しかし、焦げて時間が経ち黒ずんだ部分はそのままだ。
 それでも痛みが薄れ、彼女の表情が幾分落ち着いたように見えた。

「あとは解熱と…、この濡れた服だね。着替えさせるから、お前らは待合室にいな。そっちの子もここに寝かせといておくれ。」

 * * *

 着替えさせるだけにしては、だいぶ長い時間のあと、診察室の扉が開いた。クレアはひどく難しい顔をしている。待合室の長椅子に腰掛け俺は今日彼女たちを助けた経緯を話した。

「あの子たちは人間か?」
「あぁ、それは間違いない。私は昔一度だけ人間に会ったことがあるから、断言できるよ。」

 兄貴と顔を見合わせた。やっぱりか…。でもなんであんなところで…。
 俺は怪我を治したはずのクレアの顔がひどく険しいままなのが気になった。

「まだどこか悪いところがあるのですか?」

 兄貴の質問に、クレアは白衣のポケットからタバコを取り出し火をつけた。俺たちの向かいの椅子に腰かけ、ゆっくりと紫煙を吐き出す。

「私はあんたたちに会ってまだ1か月ばかりだけど、信頼してる。こんな辺鄙な町でよくやってるよ。だから、話す。他言無用だ。わかるね?」

 俺たちは強く頷いた。

「まず、あの子たち、特に黒髪の子だ。腹部から背中にかけて見えない場所は内出血だらけだった。あれは普段殴られて過ごしてる証拠だよ。黒髪の子は、いつも銀髪の子を庇っているのかもしれない。背中が特に酷かった。」

 息を飲んだ。あの折れそうな細い体を殴る?正気の沙汰とは思えない。

「あと、水でふやけて分かりにくいけど、足の裏に小さい傷がたくさんあった。裸足で長い距離あるいてきたみたいだね。」
「海にいたのにか?」
「そうだね、そこがわからない。」
「あと……。」

 そこでクレアは言葉を切った。こめかみを押さえ頭を抱える。

「まだあるのか?」

 顔をあげた彼女はなにか覚悟を決めた顔をしていた。

「これが一番重要なことだ。彼女たちの性器、前も後ろも裂傷と内出血で酷い状態だった。感染症にはなっていないがね、あれは一日二日でできるもんじゃない。あの子たちは何年も男に犯されて過ごしてる。無理矢理にだ。」

 その言葉を理解するのに時間がかかった。しかし、意味がわかったとき、俺の頭の中で火花が散った。

「ふざけんな!!そんな…許されることじゃねぇだろ!」

 勢いで目の前に置かれたテーブルの脚を蹴りつけた。重い音が部屋中に響く。

「私に怒っても仕方ないだろ。この国でそんなことが起こってるなんて、反吐が出る。」

 人間は世界中で絶滅危惧種に指定され、保護条例が出ている。この国の者がそれを破ったとなれば、その者の処分だけでなく、国の評価が下がるだろう。
 しかし、いまはそんなことどうでも良かった。さっき会ったばかりの少女の顔が頭から離れない。

「くそ野郎が、ぶっ殺してやる!」

 怒りで自分が抑えられない。いつ以来だろう、こんなに頭に血がのぼるのは。

 ゴンっっ!!

 拳を握りしめ立ち上がった俺の横の壁に穴が開いた。隣に座る兄貴の手から木片がパラパラと落ちていく。

「ガロン、いまはまだ待て。」

 兄貴の顔がヤバい。本気で頭にキテるらしい。普段驚くほど感情を表に出さない分、キレたら本当にヤバい。その顔を見て、俺は逆に冷静になった。

「…わかった…。」

 静かに椅子に座り直した。俺らのやりとりをクレアは面白がって見ている。

「お前も兄貴には敵わないんだね。」
「うるせぇ、ばばぁ。」
「ははっ。その壁、修理しろよ。」

 灰皿にタバコを押し付けて、クレアは窓の外に目を向けた。バカみたいに良い天気だ。

「でも、わからない。あの怪我で、裸足で、体だってガリガリだ。そう遠くから来たとは思えない。いったいどこから、歩いてきたのかね。」

 このカーフェの町は南を海に面し、あとは岩肌の険しい山と深い森に囲まれている。覚えている限り、山にも森にも誰も住んでいないはずだ。

「あの足で山を越えるのは無理だ。森にはモンスターも多い。これじゃあ本当に海から現れたみたいじゃないか。」

 結局分からないことだらけだ。俺たちで考えていても答えなんかでない。
 抱き上げたときの軽さを思い出した。あの小さな体にどれだけの傷を抱えてここまで来たのだろう。

「あの子たちは、うちで預かる。さっき解熱剤を飲ませたから、熱が下がれば目を覚ますだろう。話はそれからだ。」
「彼女たちが起きたらすぐに連絡してくれ。頼む。」

 そう言った俺の顔を見つめるクレアの澄んだ青い瞳からは感情が読み取れなかった。

「私の魔法で体の傷は治る。でも、あの子たちの本当の傷は治せないよ。目が覚めてまともに話せるかも分からない。もしかしたら自殺する為に海に飛び込んだ可能性だってある。それでも、まだあの子たちに関わるのかい?」

 名前も知らない。話したこともない。ほんの数時間前に偶然助けただけだ。それでも、あの子の白い顔が頭から離れない。瞳は何色だろう、どんな声で話すのか、どんなに可愛い顔で笑うのだろうか。全てを知りたくて知りたくて、たまらなかった。

「関係ない。あの子の顔が頭から離れないんだよ。あんたにダメだと言われても、俺は会いにくる。」

 俺の隣で兄貴も頷いていた。

「ふーん…お前それがなんなのか気づいてないのかい?」

 クレアの質問の意味が分からない。首をかしげる俺のかわりに兄貴が答えた。

「いまはまだ確証がありません。でも、あの子たちと関わっていかなければ、わからないことです。」

 兄貴の答えにクレアは納得したようだ。

「わかったよ。とりあえず今日は帰りな。あの子たちが起きたら、すぐに使いをやるから。」

 * * *

 クレアからの使いが来たのは、それから丸2日経ってからだった。

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