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第39話 神様の話

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 第39話 神様の話

 天高く澄み渡る秋の日。私は初めてカルディアナ王国の大地を踏んだ。いや、もうすぐこの国はカルディアナ王国ではなく、カルディアナ協議国になる。

 王太子だったカイン殿下が国王に即位したのは2年前のこと。貴族たちを説得し、他国との協議を重ね、まもなく王政が廃止される。その後王族は公爵位となり他の貴族とともに貴族議会を持って国の運営にあたる。

 民主主義にはまだ程遠い。しかし、この世界は確実に変わり始めている。

「アーサー!ボーッとするなよ?いくら片想いのご令嬢に会えるからって仕事は仕事だからな!」

 アーサーになって16年。人間というのは本当に飽きない。楽しいことも苦しいことも飽きる暇がなかった。

「ボーッとなんてしていませんよ。僕より団長のほうが浮かれてるんじゃないですか?」

「ば、バカかお前!俺は浮かれてなんかいないぞ!」

 我がタリシアン共和国騎士団がカルディアナ王国での秋の豊穣祭と夜会に招待されてから、団長をはじめ団員たちは皆浮足立っている。

「カルディアナの宝石にお目にかかる機会なんてそうそうありませんからね。」


 カルディアナ王国の皇后が幽閉となり、王国の社交界は活気を失った。社交界の華と呼ばれたタナリー侯爵令嬢も事実上の国外追放。王政廃止の噂も重なり、貴族たちは皆誰に付いていくべきが様子を伺っていた。

 そこに現れたのは、次期皇后のシトリン様。そしてフェルナンド公爵夫人の渚さんだった。

 カイン殿下の寵愛を受けるおっとりとしたシトリン様。そして今回の幽閉事件の被害者でありながら、そんなこと気にもかけず美しく気品溢れる渚さんが貴族たちの中心になるのに時間はかからなかった。

 メルリアが生まれ、シトリン様もすぐに女の子と男の子の双子を生んだ。

 渚さん、シトリン様は貴族令嬢たちの憧れとなり今ではカルディアナ王国の宝石とまで言われている。

「お前、本当にあのメルリア様と結婚するつもりなのか?相手は公爵令嬢だぞ?あの公爵の娘さんだぞ?」

 フェルナンド公爵は今だに氷の公爵と呼ばれている。妻である渚さんと一人娘の前でしか絶対に笑顔を見せない冷血漢。

「そのつもりです。必要なら僕が婿養子に入ることも考えています。」

「まぢかよ……。あの渚様と暮らせるなんて羨ましいけどよぉ、あの父親は勘弁だぜ。」

 僕は何の爵位も持たないただの騎士だった。様々な戦地で武功をあげ、やっと男爵の爵位を授かったがそれでも公爵とは釣り合わない。
 しかし諦めるという選択肢はない。彼女が成人するまであと2年。僕の成人までは4年ある。必ず認められるだけの力をつけるのだ。

「会ったこともないご令嬢のためになんでそこまでするんだよ?アーサーならいくらでも選べるだろ?」

 意味がないのだ。他の人では。私は彼女を護ると誓ったのだから。

 * * *

 神としてたくさんの人間を助けた。戦争、病、飢饉、自然災害。人間は愚かで醜く、救っても救ってもキリがない。

 その少女を見つけたのは本当に偶然だった。まもなく1000年の仕事を終え、選択の時がやってくる。人間たちを観察するのが私の日課になっていた。

 家族に疎まれ、家にも学校にも居場所のない彼女は儚げで今にも消えてしまいそうだった。

 皆、彼女に嫉妬しているのだ。いくら疎まれても美しい心を持ち続ける彼女に。虐げられても決して失われない清らかさに。

 そして彼女はその優しさ故に命を落とした。運命さえも変えてしまう優しさを持った彼女。神である私の運命さえも変えてしまった。


 本当なら私が彼女を助けたかった。


 側にいて、その涙を拭き、笑いかけて欲しかった。しかし神のままでは叶わない。彼女の涙を拭う手も指もない私では駄目なのだ。

 彼女は新しい世界で大切な人と出逢った。孤独を知っている彼ならば彼女の心に寄り添えるだろう。

 優しい彼女と彼女を心から愛する彼。その二人の間に出来た新しい命。

 守りたい。その小さな命をこの手で。

 恋なのか、愛なのか。言葉などどうでも良かった。私が初めて感じた願い。この願いを叶えるために私は生まれてきたのだ。


「もうすぐ。もうすぐ君に会える。」


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