上 下
40 / 41

第39話 神様の話

しおりを挟む
 第39話 神様の話

 天高く澄み渡る秋の日。私は初めてカルディアナ王国の大地を踏んだ。いや、もうすぐこの国はカルディアナ王国ではなく、カルディアナ協議国になる。

 王太子だったカイン殿下が国王に即位したのは2年前のこと。貴族たちを説得し、他国との協議を重ね、まもなく王政が廃止される。その後王族は公爵位となり他の貴族とともに貴族議会を持って国の運営にあたる。

 民主主義にはまだ程遠い。しかし、この世界は確実に変わり始めている。

「アーサー!ボーッとするなよ?いくら片想いのご令嬢に会えるからって仕事は仕事だからな!」

 アーサーになって16年。人間というのは本当に飽きない。楽しいことも苦しいことも飽きる暇がなかった。

「ボーッとなんてしていませんよ。僕より団長のほうが浮かれてるんじゃないですか?」

「ば、バカかお前!俺は浮かれてなんかいないぞ!」

 我がタリシアン共和国騎士団がカルディアナ王国での秋の豊穣祭と夜会に招待されてから、団長をはじめ団員たちは皆浮足立っている。

「カルディアナの宝石にお目にかかる機会なんてそうそうありませんからね。」


 カルディアナ王国の皇后が幽閉となり、王国の社交界は活気を失った。社交界の華と呼ばれたタナリー侯爵令嬢も事実上の国外追放。王政廃止の噂も重なり、貴族たちは皆誰に付いていくべきが様子を伺っていた。

 そこに現れたのは、次期皇后のシトリン様。そしてフェルナンド公爵夫人の渚さんだった。

 カイン殿下の寵愛を受けるおっとりとしたシトリン様。そして今回の幽閉事件の被害者でありながら、そんなこと気にもかけず美しく気品溢れる渚さんが貴族たちの中心になるのに時間はかからなかった。

 メルリアが生まれ、シトリン様もすぐに女の子と男の子の双子を生んだ。

 渚さん、シトリン様は貴族令嬢たちの憧れとなり今ではカルディアナ王国の宝石とまで言われている。

「お前、本当にあのメルリア様と結婚するつもりなのか?相手は公爵令嬢だぞ?あの公爵の娘さんだぞ?」

 フェルナンド公爵は今だに氷の公爵と呼ばれている。妻である渚さんと一人娘の前でしか絶対に笑顔を見せない冷血漢。

「そのつもりです。必要なら僕が婿養子に入ることも考えています。」

「まぢかよ……。あの渚様と暮らせるなんて羨ましいけどよぉ、あの父親は勘弁だぜ。」

 僕は何の爵位も持たないただの騎士だった。様々な戦地で武功をあげ、やっと男爵の爵位を授かったがそれでも公爵とは釣り合わない。
 しかし諦めるという選択肢はない。彼女が成人するまであと2年。僕の成人までは4年ある。必ず認められるだけの力をつけるのだ。

「会ったこともないご令嬢のためになんでそこまでするんだよ?アーサーならいくらでも選べるだろ?」

 意味がないのだ。他の人では。私は彼女を護ると誓ったのだから。

 * * *

 神としてたくさんの人間を助けた。戦争、病、飢饉、自然災害。人間は愚かで醜く、救っても救ってもキリがない。

 その少女を見つけたのは本当に偶然だった。まもなく1000年の仕事を終え、選択の時がやってくる。人間たちを観察するのが私の日課になっていた。

 家族に疎まれ、家にも学校にも居場所のない彼女は儚げで今にも消えてしまいそうだった。

 皆、彼女に嫉妬しているのだ。いくら疎まれても美しい心を持ち続ける彼女に。虐げられても決して失われない清らかさに。

 そして彼女はその優しさ故に命を落とした。運命さえも変えてしまう優しさを持った彼女。神である私の運命さえも変えてしまった。


 本当なら私が彼女を助けたかった。


 側にいて、その涙を拭き、笑いかけて欲しかった。しかし神のままでは叶わない。彼女の涙を拭う手も指もない私では駄目なのだ。

 彼女は新しい世界で大切な人と出逢った。孤独を知っている彼ならば彼女の心に寄り添えるだろう。

 優しい彼女と彼女を心から愛する彼。その二人の間に出来た新しい命。

 守りたい。その小さな命をこの手で。

 恋なのか、愛なのか。言葉などどうでも良かった。私が初めて感じた願い。この願いを叶えるために私は生まれてきたのだ。


「もうすぐ。もうすぐ君に会える。」


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

幼なじみと契約結婚しましたが、いつの間にか溺愛婚になっています。

紬 祥子(まつやちかこ)
恋愛
★第17回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました★ 夢破れて帰ってきた故郷で、再会した彼との契約婚の日々。 【表紙:Canvaテンプレートより作成】

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

処理中です...