氷の公爵はお人形がお気に入り～少女は公爵の溺愛に気づかない～

第３６話 神様との約束

　第３６話　神様との約束

「早く医者を！」

　彼女のドレスの胸元がみるみる真っ赤に染まる。倒れ込む体を抱き寄せるとその細い腕が力なく揺れた。

「渚…！」

「旦那様！動かしてはいけまけん！」

　王国の紋章。それを疑う者はいない。なぜしっかりと確認させなかったのか。
　カインは2日前から婚約式のためにタリシアン共和国に行っている。これを贈ったのはカインではない。

　カイン以外でいま国の紋章を使う者……。

「城に使いをやってくれ！」

　こんなことで失ってたまるものか。ようやく見つけた私の愛しい人。

　＊　＊　＊


　もふもふ、ふわふわ。


　おでこに当たる柔らかい感触。そろそろこの白い天井も見慣れてきたな。

「渚さん…？良かった。今度こそ間に合った。」

「神様、全然間に合ってないと思います。こんなに血まみれに……。」

　起き上がりながら胸元、手のひらを確認するけど、そこにさっきまであった赤黒い血はなかった。

「大丈夫。少し喉が焼けただけです。体の中に入る前に私が取り除きました。」

　大きくなったお腹を撫でる。怖かった。私だけじゃなくこの子に何かあったら…。

「あのお茶は…？」

「あれは毒入りのお茶でした。甘い匂いで毒の匂いを誤魔化していたんです。」

　王国の紋章が入った箱。美しい紅茶缶。毒味なんて考えたこともなかった。

「もう私の力は残り少ないので、最後に貴女を助けられて良かった。」

「最後？最後ってどういうことですか？」

　ふわふわと漂う神様。私を日本からこの世界に連れてきてくれた神様。

　私に世界を信じさせてくれた。

「もう会えないんですか？」

「そうですね………この姿で会うのは最後になるでしょう。」

　手のひらにふわりと降りてきた神様はほとんど重さを感じない。

「神はあらゆる世界の無垢な魂から選ばれます。人を助け、導き、世界を良い方向に変えていくのです。」

　私を助けてくれたことで世界は何か変わったのかな。

「渚さんを助けたのは私の独断と偏見です。」

　ふふふと神様は見当たらない口で笑った。

「神の仕事を1000年続けると、選択のときが訪れます。このまま神を続けるか、なにか他のものに転生するか。私も選ばなければなりません。」

　神様はずっと、永遠に神様なんだと思っていた。

「私もずっとこのまま神として仕事を続けるんだと思っていました。しかし、最近やりたいことができました。」

「やりたいこと？」

　手のひらの上から白いもふもふが私を見上げている。やっぱりほのかに温かい。

「私は人間になろうと思います。そして貴女と同じ世界に行きます。」

　私と同じ世界？今のわたしと同じ…。

「だから渚さん、どうか私に貴女の娘さんを下さい。」

「………えっ……、！？」