氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

塔野明里

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第30話 人形と公爵

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 第30話 人形と公爵

 裁判の結果、カミーユ王子は王位継承権を剥奪されカルディアナ王国の北部にある都市で幽閉されることになった。

 あの人にもう会うことはない。そう思うと少しだけ安心できる。

 フェルナンド公爵邸の再建が終わるまで、私はこの郊外の別邸で過ごすことになった。ジェロームさんやジゼルさんとも再会し、私は少しずつ元の生活に戻っている。

 変わったことがあるとすれば、裁判の次の日から私宛に見舞いの品がたくさん贈られてくるようになったことくらい。
 しかもその品々が少し変わっている。ペアのワイングラスや、ペアの装飾品、男女対になった置物など。なぜか全部男女ペアの物ばかり。まるで結婚式の引き出物みたい。これは一体どういう意味なんだろう?

「いや…それは…その……。」

 クロードに聞いてみてもはっきりとした返事は返ってこないし、いまだによく分からなかった。

 * * *

「渚、体調は本当にもう大丈夫か?」

「もう大丈夫です。腕の跡も綺麗に消えました。」

 手首の包帯も必要なくなり、もう痛みもまったくない。クロードは安心したように微笑んでくれた。


 あの裁判の次の日、私は全てを彼に打ち明けた。日本というこの世界とはまったく別の世界で生きていたこと。事故で死に、神様に会ったこと。そして突然このカルディアナ王国の森にいたこと。
 家族のことも全て話した。話し始めると涙が止まらなくて、そんな私の話をクロードはずっと聞いていた。

「君は本当に天からの使いだったんだな…。」

 呆れることも疑うこともなく、彼は信じると言ってくれた。嬉しくて私はさらに涙が止まらなかった。


「それでお話ってなんでしょうか?」

 夕食後、いつものように一緒にデザートを食べ部屋に戻ろうとするとクロードから話があると引き止められた。

 私はいよいよかと思った。とうとうこの時が来てしまった。ずっと覚悟していたけど…。

 しかし、二人きりになってすぐ彼は黙り込んでしまい話が始まらない。

「私、クロードにとても感謝しています。」

 このなにも分からない世界で私が不自由なく暮らせるのは全て彼のおかげ。もう返せないほどたくさんのものを貰ってしまった。

「私にできる事はあまりないですが、絶対にこの恩はお返します。」

 お金で返すのは難しいだろうか。働いてなんとか返せるといいのだけど。

「ここで働くのが難しいなら、街に出て働きます。時間はかかりますが必ずお返しします。住むところだけ少しの間貸していただけたら…。」

「な、…渚?君は一体なんの話をしているんだ?」

 ダメだ。ここで泣いてしまったら、クロードを困らせてしまう。それだけはしてはいけない。

「最近、アンジェリカとして過ごすことがなくなってしまいました。それじゃあ私にはここで出来ることがありません。クロードに私は何もお返しできないんです。」

 そんな私がこのまま彼の側にはいられない。

「だから必要であればすぐに出ていきます。わたし…大丈夫ですから。」

 今までが恵まれ過ぎていたのだ。私なんかが公爵である彼の屋敷にずっといられるわけない。分かっていたことなのに、いざとなるとやっぱり……。

「渚は…ここを出ていきたいのか?」

 ソファに腰掛ける私の前にクロードが跪いた。そんな悲しそうな顔で私を見ないで。

「ちがう…。出ていきたくないです、でも…。」

 私の手に彼の手が重なる。



「渚、私は君が好きだ。」



 一瞬、クロードが何を言っているのか分からなかった。

「すまない…。本当ならもっと早く伝えるべきだったんだ。君の信頼を裏切りたくないと言い訳ばかりしていた。」

 好き…?彼が私を?

「君に拒絶されたらと思うとどうしても言えなかった。本当に情けない。」

「待って!なんで…?私なんて。」

 目の前の状況に心が全然追いつかない。彼が私の手を強く握りしめた。

「言っただろう?君は私を受け入れてくれた。私の大切なものを一緒に大切にしてくれた。それがどれだけ嬉しかったか。
 いや、多分それも違う。後付けだ。初めて君を見たときから私は目が離せなかったんだ。母に似てるからじゃない。君に惹かれていた。」

 必死に涙を堪えた。最近、私は泣いてばかりだ。

「私の側にいてくれないか?アンジェリカとしてじゃなく、渚として。どうかここにいてほしい。」

 神様は言ってくれた。私を必要としてくれる人は必ずいると。諦めないでと。
 嘘だと思ってた。ずっと、そんな人現れないって。

「わたし…、諦めてたの。ずっとずっとそんなこと言ってくれる人なんているわけないって。だって誰もいなかった。誰も私なんて必要としてない。」

 世界が変わっても、それは変わらない。だって私は私のまま、なにも変わっていないのだから。

「本当にここにいてもいい?諦めなくていいの?」

 クロードの右手が私の頬に触れる。長い指が涙を優しくなぞった。

「私もクロードが好き。好きなの。離れたくないよ。」

 次の瞬間、彼の唇が私の唇と重なった。
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