氷の公爵はお人形がお気に入り~少女は公爵の溺愛に気づかない~

塔野明里

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第27話 人形と約束

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 第27話 人形と約束

「渚さん、坂崎、渚さん……。」

 顔の周りを何かふわふわしたものが行ったり来たりしている。もふもふ、さわさわ、とてもくすぐったい。

「…ん~。」

「渚さん、起きてください。」

 真っ白な部屋。聞き覚えのある声。あれ?私どこにいるんだっけ?

「わたし、また……?」

「いいえ、死んでませんよ。これは夢の中ですからね。」

 白い部屋で上半身だけ起こすと、膝の上に神様がふわりと降りてきた。

「良かった。渚さんがご無事で。」

「……すごく怖かったです。」

 思い出しただけで手が震えてきた。掴まれた手首の痛み、太ももを這う手の感覚がまだ残っている。

「上手く渚さんをサポートできませんでした。そろそろ私も限界のようです。」

「…?限界?」

 そっと神様に触れる。やはり柔らかく少し温かい。

「今度必ずお話します。いまはあまり時間がありません。皆、渚さんを心配していますから。」

 大切な人たちの顔が浮かぶ。いま一番会いたい人も。

「もう一度、もう一度だけ渚さんに会いに行きます。どうかそのときは私の願いを聞いてくれませんか?」

 神様が私にお願い?わたしなんかに叶えられることがあるかな?

「渚さんにしか叶えられないことなんです。」

 やはり神様には考えていることがお見通しだ。

「私にできることなら…必ず聞きます。」

「良かった。では…また………。」

 神様の最後の言葉を聞くことはできなかった。

 * * *

 目が覚めたとき、私がどこにいるのか。いまは何時なのか。まったく分からなかった。明け方なのか夕方なのか、外は薄暗い。

 ただひとつ分かることは私の左手を握る温かさ。ベッドの横でクロードが私の手を握ったままウトウトと眠っている。

 彼の手を両手で握りしめる。涙が出て止まらなかった。

「……?…渚?」

 目覚めたクロードはあまり顔色が良くなかった。私のためにずっと側にいてくれたのだろうか?

「渚?大丈夫か?どこか痛むところはないか?」

 小さく首を振り起き上がる。手首には丁寧に包帯が巻かれていた。

「まだ横になっていたほうがいい…、!!」

 そのまま彼に思い切り抱きついた。どうしたんだろう。涙は止まらないし、なんで泣いてるのか怖いのか安心したのか。全然分からない。

「怖かった……怖かったよ。」

 ゆっくりと彼の指が私の頭を抱き締めた。もう片方の手が優しく背中をさすってくれる。

「もう大丈夫だ。なにも心配しなくていい。」

 そのまま声をあげて泣いた。私が泣き止むまで彼はずっと頭を撫でてくれていた。



「ごめんなさい…クロードの大切な人形守れなかった。」

 枕元ではアンジェリカの人形だけがこちらを見て微笑んでいる。

「もういいんだ。君が無事ならそれでいい。」

 また涙が出てきた。

 ここはフェルナンド公爵家の別邸。首都から少し離れた郊外にある別荘のような場所らしい。
 フェルナンド公爵邸は人形部屋と書庫の半分ほどが焼け、現在修繕中らしい。その程度で済んだのはジェロームさんたち使用人の方たちのおかげだそうだ。

「皆さんご無事ですか?」

「誰も怪我していないし、みな渚を心配している。」

 この際、古くなった部分を全て新しく作り変えようと使用人全員で修繕を手伝っているそうだ。皆さん逞しい。

「良かった。本当に……。」

 気持ちが落ち着いていてくると急に恥ずかしくなってきた。いきなり抱きついて、わんわん泣いて絶対ひどい顔をしている。

「渚?」

 恥ずかしい。せっかくクロードが好きって気づいたのに、こんな子どもみたいに泣いて。嫌がられてないかな…。

「ひゃ…、ん。」

 彼の指が私の頬を撫でた。驚いて変な声が出ちゃった。恥ずかしくて顔が火照る。

「…、す、すまない。」

 目元は腫れてるし、顔は赤いし。絶対変に思われた。

 * * *

 怒り。今まで生きてきた中で、これほどまでに怒りを感じたことはなかった。大切な母の人形をなくしたことよりも、代々受け継いできた屋敷が燃えたことよりも、彼女を傷つけられたことが何よりも耐えられなかった。

 その細い手首にはくっきりと手形がついていた。赤く腫れた跡を見て、怒りとともに湧いてきたのは明らかな殺意だ。


 償いは必ずさせる。


 周りが止めるのも聞かず、タリシアン共和国から馬を走らせ帰ってきた。気を失ったように眠り続ける彼女を見て、私にはその手を握ることしかできなかった。

 彼女を安全な別邸に移し、側に居続けた。ずっと側に居るべきだった。
 手を振って見送ってくれた彼女ばかり思い出す。どうか早く目を覚ましてくれ。


「渚?!」

 目を覚ました彼女に抱きつかれ、一瞬頭が真っ白になった。
 柔らかな髪を撫でると彼女は声を上げて泣き出した。その声に胸が張り裂けそうになる。

 少し落ち着いてくると、彼女は体を離した。ものすごく名残惜しい。ずっと抱きしめていたい。

 真っ赤な瞳、白い肌。まるでウサギのようだ。頬の涙を拭うとその頬が赤く染まった。

 可愛い。彼女の可愛さはとどまることを知らない。たかが一週間ほど会ってなかっただけなのに渚はどんどん可愛くなる。

「後のことは私にまかせてくれ。渚はなにも心配しなくていい。」

 さっさと終わらせよう。全てを終わらせて、彼女との時間を取り戻す。その結果、この国がどうなろうと知ったことではない。

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