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第25話 盗まれた人形

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 第25話 盗まれた人形

 クロードが出発してから5日が経った。私は眠れないベッドの中で寝返りを打つ。眠ると嫌な夢ばかり見てしまう。

 何も起こらない。きっと大丈夫。クロードは無事にタリシアン共和国に着いたと連絡が来たもの。

 帰ってきたら全部話そう。何もかも。クロードはきっと信じてくれる。


『渚、こんな問題も解けないのか?それじゃお姉ちゃんみたいな良い学校に行けないぞ。』

『渚?なにその髪型。お化けがいるのかと思ったわ。服もダサいし。まったく私の娘だとは思えないわね。』

『そこどいて、邪魔。』

『お前ってなんでこの家にいんの?存在意味が不明だわ。』


 家族の言葉が頭に浮かんでは消えていく。振り払うように頭まで布団をかぶった。
 やめて、違う、私はいらない奴なんかじゃない。彼は、クロードは言ってくれた。私が大切だって、そう言ってくれたもの。

 カタンっ……

 その時部屋の外から物音がした。クロードは居ない、屋敷の二階にいるのは私だけ。

 足音のような気配はクロードの部屋に向かっていく。扉を開け、廊下を覗くと小さな灯りが角を曲がっていった。

 ジェロームさん?もう日付が変わり、外は月明かりもない暗闇。こんな時間に何をしているんだろう。

 音を立てないように灯りの向かったほうへ進む。そのとき話し声が聞こえた。

「お前はあの部屋に行け。女は傷つけるな。」

 咄嗟に柱の陰に隠れ息を殺す。黒いフードを被った人影が私が寝ていた部屋に向かっていった。

 泥棒?まるで屋敷の中を知り尽くしているかのように怪しい二人組。もう一人はクロードの部屋に入っていった。

 誰か人を呼ばないと。階段を降りようとしたその時、人形部屋から焦げ臭いにおいがした。

「おい、誰もいないぞ。」

 戻ってきた男を隠れてやり過ごし、急いで部屋に戻った。

 カーテンが燃えている。男が火をつけたんだ。

「ダメ……!」

 クロードの大切な人形たち。このままでは全部燃えてしまう。

 枕元に置いてある水桶を持ち、カーテンにかけた。でもそんな量の水では消えてくれない。

「どうしよう…。」

「どうもしなくていいよ、燃やすんだから。」

 振り返った瞬間、首筋に衝撃を感じた。

「手間かけさせるなよ。」

 床に倒れ込んだ私は、目の前に転がったアンジェリカの人形を必死に抱きしめた。口元を布で塞がれ意識が遠のいていく。

 * * *

 見慣れた物置部屋のなか。私はぬいぐるみを抱きうずくまっていた。横には水に濡れてふやけた教科書やノート、学生カバン。
 教科書にはビッチ、援交女、死ね、様々な言葉が並んでいる。

 明日からこの教科書で授業を受けるのかと思うと憂鬱になった。教科書を買い直すお金なんてないし、親が買ってくれるとも思えない。

 死にたい。

 もう何度そう思っただろう。私が死んでも誰も悲しまない。電車のホーム、橋や鉄橋の上、あと一歩踏み出せば終わらせられる。でも、その一歩がとてつもなく遠い。

「渚…。」

 やめて。私を呼ばないで。もう誰とも関わりたくない。

「今度は私が君を支えたいんだ。」

 優しい声。ずっとずっと私の欲しかったもの。わたしの大切な人。


 …………、………………………。


 目が覚めたとき、私は豪華なベッドに寝かされていた。お屋敷よりもさらに大きなベッド。ベルベットの生地は繊細な刺繍で飾られている。

 アンジェリカがこちらを見つめている。そのとき人形部屋の炎を思い出した。

「人形が燃えちゃう…!」

 立ち上がろうとして、右手がベッドに繋がれていることに気づいた。

 右手はガッチリとベッドの縁に結ばれている。解こうとしても片手ではどうしようもない。

「なにこれ……。」

「ようやく目が覚めましたか?」

 部屋唯一の扉。そこに黒いフードを被った男が立っている。どうしてだろう、その声に聞き覚えがあった。

「誰…?」

 男がフードを外すと、サラサラと金髪がこぼれ落ちた。その瞳は見覚えのある翡翠色。

「カミーユ様……。」

「その人形、貴女が離してくれなくて困ってしまいました。」

 どうしてカミーユ王子がここに?私はいまどこにいるの?

「あまり驚いていませんね。反応がなくてつまらないな。」

「ここはどこですか?」

 フードを脱ぎ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。私は後ろに下がりながらアンジェリカを抱きしめた。

「ここは私の別荘です。声を出してもいいですよ?誰も来ませんけどね。」

 カミーユ王子が大きなベッドの縁に腰掛けた。

「どうしてこんなこと…。」

「単純な興味ですかね。あの氷の公爵を落とした女性にものすごく興味があります。」

 笑っているはずなのに、なんて冷たい目をするんだろう。

「その人形。本当に気味が悪い。わざわざ自分の母親に似せるなんて、虫唾が走る。」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めた。

「それが最後のひとつですよ。もう他は全部燃えましたから。」

「…え、?」

 カーテンについた炎。たくさんの人形たち。大切な大切な家族。

「どうして?なんでそんなことするんですか?」

「決まってるでしょう。あの男が憎いからですよ。」

 
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