上 下
24 / 41

第23話 人形と悪夢

しおりを挟む
 第23話 人形と悪夢

 気がつくと真っ白な部屋にいた。どこまでも白く目を凝らさないとどこが壁なのかも分からない。

 その部屋に小さなもふもふが浮いている。見覚えのある白い塊。

「…かみさま……?」

 声が出ない。音も聞こえない。神様の声はどんなだったっけ?男とも女とも言えないような中性的な声だった気がする。

「……………。」

 なにか話しかけられている。でも聞こえない。聞こえないと伝えようとしても、どうしても伝えられない。

「………て。」

 何て言ったの?聞こえない。その瞬間、部屋が光に包まれる。
 待って、まだ何も……。

「き…を…つけて。」


 ハッと目を覚ますと、私はいつものベッドの上。外はうっすらと明るくなったばかりだ。

「夢……?」

 * * *

 カルディアナ王国にやってきて、半年が経った。いつの間にか夏が通り過ぎ、朝夕の風が冷たくなってきている。
 私の日常は相変わらず、クロードの屋敷で穏やかに過ごしていた。図書館や貴族街での買い物など行動範囲が少し広がったくらい。

 温かい人たちに囲まれた優しい日々。日本で生きていた事がまるで夢だったように感じる。それでも悪夢は時々やってきて、私は怖くなってしまう。

『き…を…つけて。』

 神様はたしかにそう言った。あれが夢だったのか、現実だったのか。考えていると頭がふわふわして分からなくなってしまう。
 一体何に気をつけるんだろう。なにかすごく胸騒ぎがする。

「渚?どうかしたのか?」

 心配そうにクロードがこちらを覗き込んでいる。いけない。せっかくの朝食の時間に考えごとなんて。

「なんでもありません。大丈夫です。」

 微笑み返しても、彼の心配そうな顔は変わらない。

「具合が悪いのか?顔色がよくないが。」

 私になにかあるのなら構わない。でもクロードに何かあったら?私は一体どうしたらいいんだろう。

「どうして泣いているんだ?」

 気づくと涙が溢れていた。止めようと思っても全然止められない。

「ごめんなさい。私……。」

 左手にクロードの右手が重なった。

「渚、少し話をしよう。」


 早々と朝食を終え、並んでソファに腰掛ける。涙は止まったがきっと目が腫れていてみっともないはずだ。こんな顔を見られたくない。でもクロードは手を握ったまま、離してくれなかった。

「クロードお仕事に遅れませんか…?」

「仕事なんかより渚のほうが大切だ。」

 大切…私なんかのどこが大切なんだろう。昔の夢を見るたび、日本にいた頃を思い出すたびに怖くてたまらなくなる。
 お前なんかいらないといつか言われてしまうんじゃないか。

「渚…私にその涙の理由を教えてくれないか?」

 信じてくれるだろうか。私はこの世界の人間じゃないこと。一度死んで神様に出逢ってここへ来たこと。
 家族にも友人にも必要とされない。いらない子だったこと。ずっと死にたいと思っていたこと。ここに来てからずっと忘れていたのに、今になってこんな気持ちになるなんて。

 ふるふると首を振る。怖い。クロードに嫌われたくない。

「渚……。」

 ふわりと長い腕に抱き締められた。誰かにこんな風に触れられるのはいつ以来だろう。

「君は私を受け入れてくれた。それがどんなに嬉しかったか。本当に感謝してもし足りない。」

 彼の大切な人形たち。気味が悪いなんて思わない。

「今度は私が君を支えたいんだ。ずっと…ずっと。」

 私にそんな言葉を言ってもらう資格なんてあるのかな?なにも返せないのに。

「君の家族をずっと探していたんだ。でも、どこを探しても見つからない。渚という不思議な名前も、どこの国のものかも分からない。」

「…えっ?」

 クロードがそんなことをしてくれていたなんて。見つからなくて当たり前だ。この世界のどこにも私を知っている人はいない。

「家族は…いません。もう二度と会えないと思います。」

 コンコンッ

 部屋の扉がノックされる音がやけに大きく響いた。彼の胸元から顔を上げると、水色の瞳がこちらを見つめている。

「ごめんなさい、私。」

 クロードのシャツには涙のシミが付いていた。

「気にしなくていい。いま…。」

 コンコンッ

 続けてノックの音がする。クロードは大きくため息をついた。

「入れ。」

 入ってきたのは執事長のジェロームさんだった。

「しばらく人払いをしろと言ったはずだが。」

「申し訳ございません。いまカイン殿下より急ぎの言伝が参りました。すぐに城に来てほしいと。」

 泣き顔を見られたくない。このお屋敷の優しい人に心配をかけたくなかった。

「タリシアン共和国との国境でなにやら動きがあったようです。国王陛下がカイン殿下とご当主様をお呼びだと。」

 第二王子カミーユ様が引き金となり、冷戦状態になっているタリシアン共和国とカルディアナ王国。

 あの夢を見たいま、どうしてこのタイミングでクロードが呼ばれるの?

 胸騒ぎがどんどん酷くなっていく。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

【R18】悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様で10月中旬に連載、完結した作品になります。 ※R18に※、睡姦等  伯爵令嬢のリモーネは、クラーケ侯爵と婚約していた。しかし、クラーケは将軍の娘であるセピア公爵令嬢と浮気。あげくの果てに彼女は妊娠してしまい、リモーネとクラーケの婚約は破棄されることになる。  そんな中、頼りにしていた父が亡くなり、リモーネは女伯爵になることに。リモーネの夫になったものが伯爵の地位を継げるのだが、位の高いクラーケとセピアのことが怖くて、誰も彼女に近づかない。あげく二人の恋路を邪魔したとして、悪役としての汚名をリモーネは受けることに……。  そんな孤独な日々の中、彼女の前に現れたのは、立身出世まっしぐら、名高い騎士に成長した、幼馴染のシルヴァお兄ちゃん。リモーネは、彼から「爵位が欲しいから結婚してほしい」と求婚されて……?  お人好しのなりゆき悪役令嬢リモーネ×言葉足らずの無愛想で寡黙な年上イケメン騎士シルヴァ。  浮気男との婚約破棄後、偽装結婚からはじまった幼馴染同士の二人が、両想いになるまでの物語。 ※ざまあというか、浮気男たちは自滅します。

清廉潔白な神官長様は、昼も夜もけだもの。

束原ミヤコ
恋愛
ルナリア・クリーチェは、没落に片足突っ込んだ伯爵家の長女である。 伯爵家の弟妹たちのために最後のチャンスで参加した、皇帝陛下の花嫁選びに失敗するも、 皇帝陛下直々に、結婚相手を選んで貰えることになった。 ルナリアの結婚相手はレーヴェ・フィオレイス神官長。 レーヴェを一目見て恋に落ちたルナリアだけれど、フィオレイス家にはある秘密があった。 優しくて麗しくて非の打ち所のない美丈夫だけれど、レーヴェは性欲が強く、立場上押さえ込まなければいけなかったそれを、ルナリアに全てぶつける必要があるのだという。 それから、興奮すると、血に混じっている九つの尻尾のある獣の神の力があふれだして、耳と尻尾がはえるのだという。 耳と尻尾がはえてくる変態にひたすら色んな意味で可愛がられるルナリアの話です。

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

孤独なメイドは、夜ごと元国王陛下に愛される 〜治験と言う名の淫らなヒメゴト〜

当麻月菜
恋愛
「さっそくだけれど、ここに座ってスカートをめくりあげて」 「はい!?」 諸般の事情で寄る辺の無い身の上になったファルナは、街で見かけた求人広告を頼りに面接を受け、とある医師のメイドになった。 ただこの医者──グリジットは、顔は良いけれど夜のお薬を開発するいかがわしい医者だった。しかも元国王陛下だった。 ファルナに与えられたお仕事は、昼はメイド(でもお仕事はほとんどナシ)で夜は治験(こっちがメイン)。 治験と言う名の大義名分の下、淫らなアレコレをしちゃう元国王陛下とメイドの、すれ違ったり、じれじれしたりする一線を越えるか超えないか微妙な夜のおはなし。 ※ 2021/04/08 タイトル変更しました。 ※ ただただ私(作者)がえっちい話を書きたかっただけなので、設定はふわっふわです。お許しください。 ※ R18シーンには☆があります。ご注意ください。

腹黒伯爵の甘く淫らな策謀

茂栖 もす
恋愛
私、アスティア・オースティンは夢を見た。 幼い頃過ごした男の子───レイディックと過ごした在りし日の甘い出来事を。 けれど夢から覚めた私の眼前には、見知らぬ男性が居て───そのまま私は、純潔を奪われてしまった。 それからすぐ、私はレイディックと再会する。 美しい青年に成長したレイディックは、もう病弱だった薄幸の少年ではなかった。 『アスティア、大丈夫、僕が全部上書きしてあげる』   そう言って強姦された私に、レイディックは手を伸ばす。甘く優しいその声は、まるで媚薬のようで、私は抗うことができず…………。  ※R−18部分には、♪が付きます。 ※他サイトにも重複投稿しています。

元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち

せいめ
恋愛
 侯爵令嬢のアンネマリーは流行り病で生死を彷徨った際に、前世の記憶を思い出す。前世では地球の日本という国で、婚活に勤しむアラサー女子の杏奈であった自分を。  病から回復し、今まで家や家族の為に我慢し、貴族令嬢らしく過ごしてきたことがバカらしくなる。  また、自分を蔑ろにする婚約者の存在を疑問に感じる。 「あんな奴と結婚なんて無理だわー。」  無事に婚約を解消し、自分らしく生きていこうとしたところであったが、不慮の事故で亡くなってしまう。  そして、死んだはずのアンネマリーは、また違う人物にまた生まれ変わる。アンネマリーの記憶は殆ど無く、杏奈の記憶が強く残った状態で。  生まれ変わったのは、アンネマリーが亡くなってすぐ、アンネマリーの従姉妹のマリーベルとしてだった。  マリーベルはアンネマリーの記憶がほぼ無いので気付かないが、見た目だけでなく言動や所作がアンネマリーにとても似ていることで、かつての家族や親族、友人が興味を持つようになる。 「従姉妹だし、多少は似ていたっておかしくないじゃない。」  三度目の人生はどうなる⁈  まずはアンネマリー編から。 誤字脱字、お許しください。 素人のご都合主義の小説です。申し訳ありません。

処理中です...