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第20話 公爵と騎士

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 第20話 公爵と騎士

 「なんで帰らない?!」

 馬車の中から外を窺う。渚とヨゼフ少し離れて歩くジゼルの3人は屋敷とは反対方向に歩き出した。

「せっかくのデートなのにぃ。買い物が終わって、じゃあさようならってなるわけないじゃない。」

「違う!デートじゃない!ただの買い物だ!」

 なにが違うのさぁと面白がっているだけのカインを無視して御者に声をかける。
 ゆっくりと進む馬車の中から見る彼女はどこか手の届かない遠くへ行ってしまったようだ。

「それにしてもぉ、飛んでいった帽子を拾ってもらったって。恋愛小説の始まりみたいな出逢いだねぇ。」

「始まってない、恋なんて始まってない。」

 手紙のやり取りが続くこと二週間。耐えきれず相手のヨゼフについて渚に聞いてしまった。
 庭の散歩中飛んでいってしまった帽子を拾ってくれたこと。丁寧な手紙をくれたこと。ヨゼフには渚と同い年の妹がいるらしく女性の利用する店に詳しいため、買い物の案内を買って出てくれたこと。

 たった一本のリボン。しかも先がほんの少し汚れただけ。そんなもの私がいくらでも買ってくるのに。
 なぜわざわざそんな男を頼るんだ。渚の隣にいるのは私だけでいい。

 彼女たちは一軒のカフェに入っていった。

「あそこ若い女性に人気のスイーツがある店だねぇ。ヨゼフやるじゃん。」

「おい、お前は誰の味方なんだ?」

 今日のために先週から業務をこなしまくり、休みを申請した。しかしなぜか申請した日付がカインに知られており、こいつは馬車にスタンバイしていた。

「うるさいトラヴィスを置いてきてあげたんだからぁ感謝してよ。」

 渚とヨゼフは窓際の席に案内されたようだ。これならここからでもよく見える。しかし何を話しているかが分からない。

「さすがに店に入ったらバレるよね。どうしよっか?」

 * * *

「とっても可愛いお店ですね。」

 店内にいるのは若い女性ばかり。前に一度妹と一緒に来たことがあるが、やはりこの雰囲気には慣れない。

「ここは夏限定のアイスクリームがとても人気なんですよ。」

 メニューを楽しそうに眺める彼女を店中の女性たちがチラチラと窺っている。
 いくら地味な格好をしていても、渚さんの上品さは隠せない。後ろに侍女を控えさせ、日焼けなど縁のないその白い肌はどこから見ても貴族令嬢だ。

 私も彼女からの手紙に自分はただフェルナンド公爵に保護された平民なのだと書いてあった時は目を疑った。

 自分はスタンダードなバニラアイス。渚さんは苺のアイスクリームを2つ頼んだ。侍女であるジゼルにも食べてほしいらしい。恐縮する侍女も心なしか嬉しそうに見える。渚さんは屋敷でも大切にされているようだ。

「本当にありがとうございました。自分で買い物をしたのは初めてで…。」

「公爵様のお屋敷にいれば仕方ないでしょう。」

 フェルナンド公爵に頼めば彼女の欲しいものはなんでも手に入るだろう。屋敷から出る必要もない。商人たちの方から喜んで最高級品を運んでくるはずだ。

「渚様、少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 彼女が頷くとすぐに侍女は席を立った。なぜか店の外に出ていく。

「どうしたんでしょうか?」

 侍女の進む先には1台の馬車が止まっている。

「知っている方でも居たのでしょうかね?」

 首を傾げる彼女の髪には先程買った水色のリボンが揺れていた。帽子に付ける物とは別に彼女が買ったものだ。

「とても似合っています。そのリボン。」

 すると彼女の頬の赤みが増した。照れた顔も可愛いな。

「お慕いしているんですね。公爵様を。」

 続けた言葉にさらに彼女は赤くなってしまった。耳まで真っ赤な顔を両手で隠す。
 自分で言っておきながら軽く傷ついた。この身の程知らずの想いはまだどうしようもない。

「ち、違うんです。そういう意味ではなくて。たしかに大切な方の色を身につける意味を知ってはいるんですが……。」

 さっきまでの大人びた表情とは違う。年相応な彼女がそこにいた。

「本当に違うんです!確かにお慕いしていますが、そういう意味ではないんです!」

 自分と公爵はただの後見人でそれ以上の関係ではないと言う。渚さんが言うのならそうなのだろう。彼女が嘘をつくとは思えない。
 しかし公爵のほうはどうなんだ?こんな女性が側にいて本当に何も思ってないのか?

 フェルナンド公爵と話したことはない。王城で見かけたことがある程度だ。しかし、その冷たい表情は氷の公爵の名にピッタリだった。

「席を外してしまって申し訳ございませんでした。」

 侍女が戻るのと同じタイミングで注文していたアイスクリームがテーブルに届けられた。嬉しそうに渚さんは食べ始める。

 外を見るとさっきまでそこにいた馬車が消えていた。

 * * *

「本当に今日は楽しかったです。」

 フェルナンド公爵家まで彼女を送り届ける頃には陽が傾き始めていた。

「お役に立てて良かったです。また何かあればそのときは………。」


「渚……」


 銀縁の眼鏡の奥、その瞳の色はまさしく彼女の買ったリボンと同じアイスブルー。俺を見つめるその温度は驚くほど冷たい。

「公爵様!ただいま帰りました!」

 駆け寄る彼女の肩を抱くその姿は、やはりただの後見人には見えなかった。

「ヨゼフ殿。今日は彼女に付き添ってもらって感謝している。」

 その声色に感謝の気持ちはまったく感じられない。

「身に余るお言葉です。渚様とご一緒させていただいたこと光栄に思っております。」

 下げた頭の上に冷たい声が降る。

「次があるか分からないが、そのときはよろしく頼む。」

 公爵は彼女の手を取り、二人は屋敷に消えていく。

 淡い想いだ。最初から叶うとも思っていない。しかし、あそこまで分かりやすい態度で渚さんは本当に気づいてないのだろうか。

 ため息をつきながら帰路についた。怖いものみたさでまた手紙を書くかどうか悩ましいところだ。

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