上 下
17 / 41

第17話 公爵の疑念

しおりを挟む
 第17話 公爵の疑念

「渚が可愛いんだ。」

 あの茶会から一週間。しばらく落ち込んでいた渚、しかし今はもう普段通りに過ごしている。いや今まで以上だ。

「突然なぁに?さすがに気持ち悪いよぉ。」

 話をしながらも私は積み上げられた書類に目を通し、訂正を加え、必要な印を押していく。仕事を定時で終えるため私の処理能力は日々向上していた。
 仕事もせず私の執務室で茶を飲んでいるボケ王子とは違う。その横で汗だくになって腹筋と背筋を繰り返している筋肉馬鹿とも違う。

「渚さんが可愛いのはぁいつもの事じゃないの?」

「ちがう!なにか違うんだ!」

 私の昔話を聞いても彼女は今までと変わらない態度でいてくれる。それがどれだけ私にとって嬉しいことか。

「なんというか、表情がとても柔らかいというか。いままでよりも可愛らしく笑うんだ。これまでも美しかったが、更に輝いている。」

 いままであった緊張や遠慮のようなものがなくなり、より彼女の心に近づいたような気がする。

「へぇ…それってもしかして…?」

「男でも出来たんじゃないか?」

 汚らしい汗の水溜りを作りながら、筋肉馬鹿が口を挟む。

「バカは休み休み言え。彼女の外出の時は必ず同行している。男の入る隙などない。」

 唯一の例外はあのお茶会だけ。しかし茶会に参加していたのは全て貴族令嬢だったのだ。それは有り得ない。

「クローディアスはぁ、その発言の異常さに早く気づいたほうがいいと思うけどねぇ。」

 彼女は自分の魅力にあまりにも無防備で、側で見ている私の方が不安になる。

「そんなに可愛いなら早く告白してさぁ、さっさと結婚しなよ。今は大丈夫でも、いつの間にか横から奪われたなんてシャレにならないよぉ。」

 そんな簡単に言われても困る。彼女は私を後見人として信頼しているんだ。いきなり結婚してくれなど、言えるわけないだろう。

「渚さんがどこから攫われてきたかも結局分からないままだし。話も聞けてないんでしょ?」

「聞こうとするとひどく動揺するんだ。彼女が話したくないなら無理強いはしたくない。」

 初めて会ったとき彼女は何も覚えていないと言った。多分、それは嘘だ。
 しかしどうしてそんな嘘をつくのか。何故話してくれないのか。

「彼女を探しているような家族も見つからない。なにか理由があるんだろう。」

 もし家族が見つかり、彼女が帰りたいと望んだら…。私は彼女を見送ることができるのだろうか。

「あんな細っこいやつがいいなんてお前は本当に変わってるな。俺はもっと胸も尻もデカイやつがいい。」

「トラヴィス、お前彼女を変な目で見るな。本気で追い出すぞ。」

 汗を拭いながら、筋肉馬鹿は気にする素振りもない。

「まぁ処女と童貞でお似合いだな。」

「なっ!!?」

 カインが紅茶を吹き出しそうになるのを必死に堪えている。

「ハハっ、本当にトラヴィスって面白いよねぇ。渚さんが男の体を知らないって何でわかるの?」

「勘だな!」

 この筋肉馬鹿の唯一信頼できるところはこの動物のような第六感だ。しかし、そんなこと言われなくても彼女は清らかだと思う。思いたい。

「それにクローディアスは童貞じゃないよぉ。忘れたの?昔一緒に娼館に行ったの。それを言うなら素人童貞ってやつだよ。」

 二十歳になる直前、この二人に強引に連れられ娼館に行った。成人し、公爵家の家督を継いでしまったら遊べなくなるとか…なんとか。
 行ってみて分かったことは、好きでもない女を抱くのは苦痛でしかないという事だけ。それから二度と行っていない。

「とりあえずさ、あんまり余裕ぶってないで早く気持ち伝えないと後悔しても知らないからねぇ。」

 笑い涙を堪えているカインの言葉。その時は深く考えてもいなかった。
 可愛らしく笑ってくれるようになった彼女がただただ愛おしい。

 * * *

 しかし翌日、渚宛に送られてきた一通の手紙で状況は一変する。
 今まで渚への招待状や縁談は全て私宛に送られてきていた。彼女宛の手紙が来たのは初めてのことだ。

 差出人の名はヨゼフ・リッカーマン。リッカーマン男爵家の二男で王国騎士団に所属している騎士だ。

 渚はその手紙を嬉しそうに開き、習ったばかりの文字で返事を書き始めた。
 それからは3日と空けずに手紙が来るようになり、彼女はその度に返事を出している。

 これは一体どういうことなんだ!?

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一夜の戯れと思っていたら、隣国の騎士団長に甘く孕まされました

樹 史桜(いつき・ふみお)
恋愛
女ばかりの国・ローゼンブルグ王国で騎士隊長を務めるロミは、ある日休暇で訪れた隣国でゴロツキに絡まれたところをジュリアンという男に助けられる。まるで絵画や彫刻のような美貌を持つ彼に魅了され、ロミは彼と初めてにして濃厚な熱い夜を過ごす。しかしこれは一夜の戯れに違いない……そう思ったロミは眠る彼に手紙を残して立ち去った。ところが後日、二人は思いもよらない形で再会する。彼は隣国イーグルトン帝国の騎士団長だったのだ。ずっとロミを探していた彼からあの夜のことを秘密にする代わりに期間限定の「恋人ごっこ」の賭けを迫られる。その条件は二週間内に身籠ったら、騎士を辞めて結婚することで――!? 2023.10.16 ノーチェブックス様より書籍化して頂きました。 旧題「ロミジュリ!〜一夜の戯れの相手は隣国の騎士団長!?〜」

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

あなたの事は記憶に御座いません

cyaru
恋愛
この婚約に意味ってあるんだろうか。 ロペ公爵家のグラシアナはいつも考えていた。 婚約者の王太子クリスティアンは幼馴染のオルタ侯爵家の令嬢イメルダを側に侍らせどちらが婚約者なのかよく判らない状況。 そんなある日、グラシアナはイメルダのちょっとした悪戯で負傷してしまう。 グラシアナは「このチャンス!貰った!」と・・・記憶喪失を装い逃げ切りを図る事にした。 のだが…王太子クリスティアンの様子がおかしい。 目覚め、記憶がないグラシアナに「こうなったのも全て私の責任だ。君の生涯、どんな時も私が隣で君を支え、いかなる声にも盾になると誓う」なんて言い出す。 そりゃ、元をただせば貴方がちゃんとしないからですけどね?? 記憶喪失を貫き、距離を取って逃げ切りを図ろうとするのだが何故かクリスティアンが今までに見せた事のない態度で纏わりついてくるのだった・・・。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★ニャンの日present♡ 5月18日投稿開始、完結は5月22日22時22分 ★今回久しぶりの5日間という長丁場の為、ご理解お願いします(なんの?) ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

蹴落とされ聖女は極上王子に拾われる

砂城
恋愛
大学で同級生ともみあっていたはずが、気が付くと異世界へ召喚される途中だった絵里。あまりのことに呆然としていると、一緒に召喚されたらしい同級生に突き飛ばされる。そのせいで、彼女は異世界の辺境に落ち、聖女になる予定だった立場をその同級生に乗っ取られてしまった。そんな絵里を助けてくれたのは、超好みの「おっさん」! その男性に惚れ込んだ絵里は、やがて彼と心を通わせ、一夜を共にする。ところが翌朝、隣にいたのは好みとは似ても似つかないキラキラした王子様で――!?

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

クリスティーヌの本当の幸せ

恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。 この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!

処理中です...