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第11話 人形と図書館
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第11話 人形と図書館
「…すごい!」
二階まで吹き抜けになった巨大なホール。壁一面の本棚と隙間なく並べられた本たち。
ここはカルディアナ王国立図書館。首都カルディアンの外れに位置し、お屋敷からは馬車で30分くらい。
「本を借りたければ、そのペンダントを司書に見せればいい。返却は使用人でもできる。」
仕事の忙しいクロードが私のために時間を作ってくれた。これがこの国にやってきて初めての外出だ。
「わかりました。ありがとうございます。」
棚はジャンル別に並んでいるようだ。歴史、地理、経済、このあたりは屋敷の書斎にもあったものが多い。私は読みたかったものを探しに足を進める。
図書館に行ってみたいと言ったとき、クロードは少し困ったような表情をした。
最近、仕事が忙しいのか私は彼の人形であるアンジェリカとして過ごす時間がとても少なくなっていた。朝の食事の時間と夕食のほんの一時だけ。
それ以外の時間ジェロームさんからの授業もあったが、それもだいぶ終わりに近づきつつあった。この国の歴史や地理、クロードの仕事や王族について学び、あとは社交界についてだけ。それはこの屋敷から出たことのない私には学びようがない。
そこで少しずつ外出をしたほうがいいのではないかと勧められたのだ。今日はその第一歩。
「ここかな?」
そこは所謂大衆小説の棚。社交界やこの国の国民の考えを知るにはまずは読書から。日本でも本を読むのは好きだったので、知らない物語がたくさん並んでいるのに心が踊った。
ジェロームさん、ジゼルさん、そして若い使用人の人たちにお薦めしてもらった本を探しながら本棚の間を歩く。
「楽しいか?」
いつの間にかクロードがいることを忘れていた。変な顔をしていなかっただろうか。
「はい!とっても!」
彼にもお薦めを聞きながら、また私は時間を忘れてしまった。
* * *
繊細なレースに縁取られたペールブルーのワンピース、共布の腰についた大きなリボン。日焼け防止のための麦わら帽さえ彼女の華奢な体を引き立てる小道具でしかない。
わざわざ一番利用者の少ない平日の昼間を選んで来たにもかかわらず、彼女への男共の視線が気になって仕方ない。
なかには王城で見かけたことのある貴族もいる。勤務中だろう、仕事しろ。
口元に微笑みを浮かべ本棚の間を進む彼女はいつになく楽しそうだ。連れてきて本当に良かった。
しかし彼女の笑顔を見るのは自分だけでありたい。そう願うのはいけないことだろうか。
今、また本棚の向こうを男が通り過ぎた。その視線は本ではなく彼女の白い肌に注がれている。無意味に行き交う男は皆彼女ばかり見ているようだ。
「フェルナンド公爵様。」
皇族付きの従者にのみ許された白い衣装。突然現れた長身の男は見たことのない者だった。
「誰だ、お前は?」
「殿下の使いで参りました。少々お時間よろしいでしょうか?確認していただきたい案件がございます。」
カイン王子の従者は全て名前まで把握している。しかし目の前の男は記憶になかった。
「名を名乗れ。」
「お時間がございません。どうかご容赦くださいませ。」
正直彼女一人を残していくのは嫌だ。しかし彼女をアイツに会わせるのはもっと嫌だ。
「渚、少し待っていてくれ。」
「?わかりました。」
本棚の間を抜け、従者の後に続く。途中通りかかった女性司書に渚の案内を頼んだ。やはり彼女を一人にしたくない。
「おい、どこに向かっている?」
「もう少しでございます。」
図書館の外に出たとき、目の前に止まっていた馬車にはこの国で一番見たくない紋章が付いていた。
3人も王子がいるせいでこの国では紋章の色でその者がどの王子に連なる者か分かるようになっている。カインは赤、カミーユは緑、三男のカザンは青。
目の前にある紋章は性悪王子の緑色だ。その時、背後で図書館の扉が閉まった。
「…すごい!」
二階まで吹き抜けになった巨大なホール。壁一面の本棚と隙間なく並べられた本たち。
ここはカルディアナ王国立図書館。首都カルディアンの外れに位置し、お屋敷からは馬車で30分くらい。
「本を借りたければ、そのペンダントを司書に見せればいい。返却は使用人でもできる。」
仕事の忙しいクロードが私のために時間を作ってくれた。これがこの国にやってきて初めての外出だ。
「わかりました。ありがとうございます。」
棚はジャンル別に並んでいるようだ。歴史、地理、経済、このあたりは屋敷の書斎にもあったものが多い。私は読みたかったものを探しに足を進める。
図書館に行ってみたいと言ったとき、クロードは少し困ったような表情をした。
最近、仕事が忙しいのか私は彼の人形であるアンジェリカとして過ごす時間がとても少なくなっていた。朝の食事の時間と夕食のほんの一時だけ。
それ以外の時間ジェロームさんからの授業もあったが、それもだいぶ終わりに近づきつつあった。この国の歴史や地理、クロードの仕事や王族について学び、あとは社交界についてだけ。それはこの屋敷から出たことのない私には学びようがない。
そこで少しずつ外出をしたほうがいいのではないかと勧められたのだ。今日はその第一歩。
「ここかな?」
そこは所謂大衆小説の棚。社交界やこの国の国民の考えを知るにはまずは読書から。日本でも本を読むのは好きだったので、知らない物語がたくさん並んでいるのに心が踊った。
ジェロームさん、ジゼルさん、そして若い使用人の人たちにお薦めしてもらった本を探しながら本棚の間を歩く。
「楽しいか?」
いつの間にかクロードがいることを忘れていた。変な顔をしていなかっただろうか。
「はい!とっても!」
彼にもお薦めを聞きながら、また私は時間を忘れてしまった。
* * *
繊細なレースに縁取られたペールブルーのワンピース、共布の腰についた大きなリボン。日焼け防止のための麦わら帽さえ彼女の華奢な体を引き立てる小道具でしかない。
わざわざ一番利用者の少ない平日の昼間を選んで来たにもかかわらず、彼女への男共の視線が気になって仕方ない。
なかには王城で見かけたことのある貴族もいる。勤務中だろう、仕事しろ。
口元に微笑みを浮かべ本棚の間を進む彼女はいつになく楽しそうだ。連れてきて本当に良かった。
しかし彼女の笑顔を見るのは自分だけでありたい。そう願うのはいけないことだろうか。
今、また本棚の向こうを男が通り過ぎた。その視線は本ではなく彼女の白い肌に注がれている。無意味に行き交う男は皆彼女ばかり見ているようだ。
「フェルナンド公爵様。」
皇族付きの従者にのみ許された白い衣装。突然現れた長身の男は見たことのない者だった。
「誰だ、お前は?」
「殿下の使いで参りました。少々お時間よろしいでしょうか?確認していただきたい案件がございます。」
カイン王子の従者は全て名前まで把握している。しかし目の前の男は記憶になかった。
「名を名乗れ。」
「お時間がございません。どうかご容赦くださいませ。」
正直彼女一人を残していくのは嫌だ。しかし彼女をアイツに会わせるのはもっと嫌だ。
「渚、少し待っていてくれ。」
「?わかりました。」
本棚の間を抜け、従者の後に続く。途中通りかかった女性司書に渚の案内を頼んだ。やはり彼女を一人にしたくない。
「おい、どこに向かっている?」
「もう少しでございます。」
図書館の外に出たとき、目の前に止まっていた馬車にはこの国で一番見たくない紋章が付いていた。
3人も王子がいるせいでこの国では紋章の色でその者がどの王子に連なる者か分かるようになっている。カインは赤、カミーユは緑、三男のカザンは青。
目の前にある紋章は性悪王子の緑色だ。その時、背後で図書館の扉が閉まった。
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