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第7話 老執事の悩み

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 第7話 老執事の悩み

 翌週、貴族たちの間をある噂が駆け巡った。あのフェルナンド公爵家のクローディアスがある女性の後見人になったというのだ。

 公爵と言えばこのカルディアナ王国で一、二を争う切れ者として知られ、その手腕で第一王子カイン様を支えている。

 しかし、彼にはある欠点があった。氷の公爵と呼ばれるほどの無表情無関心。人付き合いが極端に悪く、そのせいか三十歳になった今も独身だ。
 その正妻の座を多くの貴族令嬢が狙っていたが、何故かことごとく見合いは失敗。現在ではこのまま独身を貫くのだろうと思われていた。

 その氷の公爵が女性の後見人になったのだ。話題にならないはずがない。
 公爵様だけでなく、その女性も噂の的になっていた。しかし、いくら調べても女性の素性も分からずその姿を見た者もいない。

 謎は深まるばかりだった。

 * * *

 フェルナンド公爵家執事長としてこのお屋敷に勤めて何十年。クローディアス様のお父上の代から執事として働く私ジェロームには、いまある悩みがございます。

 2ヶ月ほど前、このフェルナンド家当主クローディアス様がある少女をお連れになりました。渚という変わった名前の少女は、人攫いに遭い、当主様に助けられたのです。

 人に無関心だと言われる当主様ですが、正義感が強く頼れる方です。私は誇らしく思いました。
 しかし、その少女をこの屋敷に、しかも亡き奥様が使われていたあの部屋に住まわせると言われ私は驚きました。
 それも、彼女を人形として過ごさせる契約までして。私は頭を抱えました。

 それもこれも彼女が公爵様の亡き母上に似ていたからでしょう。

 私の心配とは裏腹に彼女は本当に着せ替え人形のように振る舞い、公爵様と仲睦まじく過ごしていました。
 公爵様は彼女の前ではよく笑い、氷の公爵など微塵も感じさせません。

 話してみれば渚様はとても賢く、思慮深い女性でした。十八歳という年齢にしては随分大人びて見えますが、笑うととても可愛らしい。

 公爵様が彼女に惹かれていることはすぐに分かりました。それはただ彼女が母上に似ているというだけの感情には見えませんでした。

 残念なことに公爵様の想いは渚様にはまったく伝わっておりません。これっぽっちもです。

 しかしもうそんなことは言っていられません。渚様の後見人になった今、もう公爵様はこれまでのようにはいられないでしょう。


 後見人には二つの意味があります。一つ目は一般的に使われる後見人の意味。後継者のいない夫婦や貴族が跡取りを迎えるために若人の後見人となり、その後養子に迎え世継ぎにすることです。

 そして二つ目。これは正式な意味ではありませんが、貴族界では暗黙の了解となっています。
 男性が年若い女性の後見人になる場合、それはその女性が自分の愛人、愛妾であることを意味します。その昔、正妻に隠れて男性が愛人を匿うために後見人の制度を使ったことが始まりだとか云われておりますが…。

 ここで問題があります。公爵様には正妻も婚約者もおりません。そんな当主様が女性の後見人になるとはどういうことなのか。

 長年女性の気配すらない公爵様が後見人になったということは、その女性がクローディアス様にとって大切な女性であることは明らかです。
 貴族たちは考えるでしょう。ではなぜ婚約でなく、後見人なのかと。
 クローディアス様の恋のお相手は身分の低い女性なのだ。後見人として側に置き、いずれ婚約されるつもりなのだと。
 フェルナンド家は大貴族であり、その当主である公爵様に釣り合う身分の女性となるとこの国中を探しても限られますから。

 それが本当のことであれば、私は心配などいたしません。思い悩むこともないでしょう。

 しかし、渚様はこの二つ目の意味などまったく知らないのです。当主様を自分の身元保証人としてしか思っていないのですから。

 渚様にその二つ目の意味をお教えしたほうが良いのでしょうか?彼女の側に仕えるたびに思います。

 しかし!もしそれをお伝えして、渚様がクローディアス様に不信感を抱かれたら。最悪、ここを出ていくことになったら!

 クローディアス様はきっともう立ち直れないでしょう。女性不信になり、結婚など夢のまた夢。ただでさえ公爵様の趣味を理解してくださる女性など皆無だと言うのに。

 そうならないため、なんとしてでも渚様には公爵様と結ばれていただかなくては!!

 この歳になっても、私の悩みは尽きることがありません。


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