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第4話 真面目な人形

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 第4話 真面目な人形

 朝のドレスが決まっていたことを除けば、クロードはいつも通りにやってきた。いつも通りに挨拶をして、食事をとり、笑顔で仕事に出掛けた。

 それを見送ったあと、ソファに腰かけ私はある可能性について考えていた。
 おそるおそる自分の二の腕をつまみ、さらに下腹をつまんだ。むにむにとつまめるお肉。

 私…太った!?

 それもそうだ。日本にいた頃朝ごはんは栄養補助食品のゼリーやお菓子で済ませ、昼も菓子パンひとつくらい。夕食は私の分は用意されていないので、ほとんどコンビニで済ませていた。

 それが今や毎食豪勢なフルコースにアフタヌーンティーまで。これで太らないはずがない。

 コルセットまでつけてドレスを着る世界なのだから、太ってしまったらさぞ醜いと思われるに違いない。
 人形として体型維持はしっかりとやらなくては!

 私はその日のおやつから量を減らしてほしいとお願いすることにした。

 すると執事のジェロームさんは今まで見たことないくらい慌て、どうかそんなこと言わないでくださいと土下座する勢いで頭を下げられる。
 おやつくらいでどうしてそこまでするのだろうと思いながら、しぶしぶ願いを取り下げた。

 食べる量が減らせないなら、体を動かすしかない。今日の夜から、さっそくストレッチを始めよう。

 * * *

「ジェローム…?いまなんと云った?」

 仕事の疲れも彼女とともに食事をするだけで消えてしまうから不思議だ。慢性的に悩まされていた頭痛も、この1ヶ月症状が出ることはない。

「渚様は、アフタヌーンティーをなくしてもらえないかと仰っておりました。私には豪勢すぎると…。しかし、どうにか説得し納得していただきました。」

 こめかみをぐりぐりと押さえた。頭痛がなくてもこめかみに手を当てるのが癖になってしまっている。

「どうして突然そんなことを、あんなに喜んで食べていたじゃないか。」

 ここに来たばかりの頃、美しいケーキやお菓子を嬉しそうに食べていた彼女はやはり天使のようで、いつまでも見ていたかった。彼女を飽きさせないよう、毎日メニューを変えて出していたのに。

「それが……。」

 私が生まれたときから仕えている執事が珍しく言葉を濁した。

「はっきり言え、理由を知っているのか?」

 長い沈黙のあと、老執事は重い口を開く。

「当主様が毎朝のドレス選びをやめて、着るものを指定されたのは、自分が太ってしまったからではないかと。渚様は気にされているようです。」

 一瞬その言葉を理解することができなかった。

「なっ!?馬鹿なことを!彼女の一体どこが!」

 ここに来た当初に比べれば、幾分ふっくらとしたかもしれない。しかしそれでも足りないほど彼女は痩せているのだ。

「人形として体型維持をするのも仕事のうちだと、夜はお部屋で運動されているようです。」

 私は頭を抱えた。彼女のドレス選びをやめたのは、私が耐えられないからだ。これ以上彼女の無防備な姿を見ていては何をしてしまうか分からない。

 やはりあんなことをお願いするんじゃなかった。しかし今さら取り消す勇気が、私には無い。

 * * *

 彼女を屋敷に連れ帰ったあの日、私は迷うことなくこの人形部屋に連れてきた。それは願望のような確信のようなもので、彼女なら私のことを受け入れてくれるような気がした。

  このフェルナンド家の屋敷は二階建ての構造になっている。多くの使用人が働いているが、屋敷の二階に上がることが許されている者は少ない。
 代々当主が使用する私室と執務室、大きな書庫、そして母が使っていたこの人形部屋。

 人攫いを騎士たちに任せ、使用人すら寄せ付けないこの部屋に彼女を連れてくるのは案外簡単だった。

 彼女は最初人形たちに驚いた様子だったが、その後は興味深そうに眺めていた。
 彼女の傷の手当てをメイドのジゼルに任せ、執務室に向かう。

「当主様、あの少女は?」

「人攫いにあっていたところを助けた。」

 私の言葉に老執事は戸惑いの表情を浮かべた。当然だ、私だって驚いている。初対面の人間を屋敷に入れ、さらにあの部屋に通すなんて。ジェロームに詳しい事情を話すと、さらに彼の顔は険しくなる。

「それならば、救護院か神殿にお連れするべきではないのですか?」

 当然の意見だ。しかし、貴族の息のかかる救護院に行けば彼女は貴族の使用人としてこき使われ、神殿に行けば神官たちの雑用をさせられる。なにかあればすぐに追い出され、果ては娼婦になるしかない。それが分かっていて、どうして連れていくことができるだろう。

「何も持たない彼女を放り出せば、どうなるか分かるだろう。」

「しかし…。屋敷のメイドとして雇うということですか?」

 その時、ジゼルから彼女の手当てと着替えが終わったと声がかかった。執事の疑問には答えず、人形部屋に向かう。

 なぜこんなにも胸が騒ぐのだろう?彼女が亡くなった母に似ているからか?それだけでこんなにも…。

「入るぞ。」

 返事も待たずに扉を開けると、彼女はその細い体をソファに沈めていた。

「………。」

 言葉が出なかった。そこにいたのは紛れもなく肖像画の母だ。若い頃に描かせたという肖像画は母が死んでからは見ないようにしていた。しかし母の着ていた寝着を着た彼女は、絵のなかで微笑む彼女そのものだった。

「当主様…彼女は……。」

 執事もまた私の側で息を飲んでいる。私の父の執事でもあった彼は、母のこともよく知っている。

「あの…!ありがとうございます。手当てしていただいて、着替えまで…。」

 立ち上がり頭を下げる彼女から目が離せなかった。

 そのときふと彼女の視線が動いた。

 彼女の視線の先にはアンジェリカと名のついた人形がいる。それは母に似せて作られたもの。母は金色の瞳だった。そこだけが目の前の少女とは違う。

「これはアンジェリカという。私の母に似せて作られた人形なんだ。」

 人形を手に取り、ゆっくりと彼女のもとへ進む。黒い瞳が不思議そうな顔でアンジェリカを見つめていた。

「すごく綺麗。とても大切にされているんですね。」

 彼女の細い指が、人形の髪を撫でる。いままで誰にもアンジェリカを触らせたことはなかった。

「アンジェリカになってくれないか?」

 自分自身が驚いていた。いま私は何を言ったんだ?

「えっ?」

「もし帰るところがないのなら、ここにいてくれないか?アンジェリカとして…この部屋に。」

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