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2章 侍女編
第三十四話
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第三十四話
~少し時は遡る~
「マリアさんはステラファード家に来ていただきます!」
「いいえ、マクミラン家ですわ。それは譲れません。」
アルバ公国に留学に出て、早半年が過ぎようとしていた。事業も軌道に乗り、その収入は私には見たこともない桁の数字になっていて少し怖い。これも全て、共に事業をしてくれたミシェル婦人とその人脈で顧客を作ってくれたララさんのおかげだ。
しかし今、恩人である二人は私のために言い争いをしている。
この留学にあたり私が一番驚いたこと。それはミシェル婦人が、ミシェル公爵夫人だったことだ。
城の使用人でさえ、誰もそのことを知らなかった。留学に付いてきてくれたアゼルさんでさえもまったく知らなかったらしい。
ミシェル婦人は首都に暮らす男爵家の三女だった。貴族とは思えないほど貧乏だったのよと婦人は笑いながら話してくれた。
男爵は三女のミシェル婦人にまで縁談を探すことができずその代わり王城の侍女として仕えさせることにした。そこでマクミラン公爵に見初められ、侍女から公爵夫人へとその地位を上げたのだ。
しかし、夫人は子どもを授かることが出来なかった。公爵の遠縁の子を養子にもらい彼に公爵位を譲ってすぐ、夫である公爵は病に倒れ帰らぬ人となってしまう。
悠々自適な隠居生活を送りながら、ミシェル婦人は公爵の残してくれた遺産で事業を起こした。それがあの化粧品店だ。
婦人も侍女のとき、私と同じ温室の担当になりそこで公爵様と出逢ったらしい。
「そもそも、マリアさんがケイニアス様とご結婚されれば自ずとララさんとは家族になるではないですか。わざわざ養女とする必要がありますか?」
「わたくしはお姉様が欲しいのです!それではマリアさんは妹になってしまいますわ!」
養女にしてください。二人にそう伝えたことは一度もなかった。事業を成功させ、自立した自分になってケインに会いにいく。それでいいと思っていた。平民の私にできることはそれしかない。
「王子様と恋をしているのね。」
しかしミシェル婦人にはお見通しだったようだ。その後すぐに養女になってくださいと言われ、頭が真っ白になった。まさに青天の霹靂。
「ミシェル様!抜け駆けはいけませんわ!」
なぜかララさんも加わりどちらの家の養女になるか話し合いがおこなわれた。
ララさんはその可愛いらしい見た目に反して意外と頑固で決めたことは譲らないことが多い。私としては姉でも妹でもララさんと家族になれるのはすごく嬉しいけれど。
「ひとつ発言をお許しいただけますか?」
私が留学に行くことが決まり、真っ先にアゼルさんは同行すると言ってくれた。それからその優秀さに何度も助けられている。
「ぜひアゼルさんの意見も聞きたいです。」
「トリスト王国第一王子、第二王子、ともに結婚相手がアルバ公国の公爵令嬢となるのは外交的に少し問題があるかと思います。
権力の偏りや貴族の反発を招きかねません。でしたら、マリアさんはマクミラン公爵夫人の養女となられる方が円滑に行くのではないでしょうか?」
ぐうの音も出ない完璧な理論だ。ララさんも何も反論できない。
「決まりです。マリアさんは今日から私の養女ですわ。」
あっという間に手続きが済み、私はミシェル婦人の養女となった。嬉しいやら気恥ずかしいやら、でもこの世界に来て母ができるとは思ってもいなかった。まだまだお母さんなんて呼べないけれど。
私から婦人へのお願いはひとつだけ。遺産相続の権利を放棄すること。私には不相応な位をもらい、それ以上のものを受け取るわけにはいかない。
「貴女はそう言うだろうと思いました。遺産の相続は放棄してもいいけれど、事業の権利は絶対に受け継いでもらいますからね。」
* * *
「じゃあこの話はここまで!次はお仕事の話をしましょう!」
するとさっきまでとは違いみんなの視線が私に集まる。養女の話のときは私の意見なんて聞いてくれなかったのに。
「マリアさん!早く見せてくださいませ!」
「楽しみだわ。」
私は今日のために用意した試作品を取り出す。
「今回のは自信作ですよ。」
今までの可愛らしいデザインとは違い、今回は黒を基調とし蝶や薔薇をデザインしたシックな物。コンパクトや口紅だけでなく、今回からはハンカチやヘアアクセサリーなども作ってみた。
「…素敵です。」
一番に声を出したのは意外にもアゼルさんだった。
「素晴らしいわ。今までの物も良かったけど、今回のは私でも持ちやすい。」
ミシェル婦人はハンカチを手に取る。蝶の刺繍を施し、縁に黒いレースをあしらった。
「これからの販売について私から提案があります。今年の冬から期間限定の商品を販売したいと考えています。」
ずっと考えていた‥。日本だろうと異世界だろうと女性の好きな物は変わらない。淑やかさのなかで自宅での楽しみを見つけ、いつだって美しく好きなものに囲まれていたい。
その気持ちに寄り添っていきたい。
「期間限定とはどういうことですの?」
「春夏秋冬、それぞれの季節にあったモチーフの商品をその季節だけ限定で発売します。冬なら柊やシクラメン、雪の結晶。春ならチューリップや可愛い動物たち。夏なら向日葵。」
この世界にも四季が存在する。それぞれに違った花が咲き、女性たちの流行も変わるはず。
「その季節にしか買えないということですか?」
「そうです。冬が終わればその冬の商品は買えません。次の年にはまた違うデザインを売り出します。」
期間限定。女性はいつだってこの言葉に弱い。
「それは………。」
3人が黙り込んでしまった。いい考えだと思ったけど、ここでは難しいかな。
「そんな…その季節にしか買えないなんて!全部揃えたくなってしまいます!」
「買い占めが起こるかもしれないわね。」
やっぱりどんな場所でも女性の好きなものは変わらないのだ。
「これからも忙しいわよ。」
女性として、私らしく。そうしてやっと彼の隣に立てる。
~少し時は遡る~
「マリアさんはステラファード家に来ていただきます!」
「いいえ、マクミラン家ですわ。それは譲れません。」
アルバ公国に留学に出て、早半年が過ぎようとしていた。事業も軌道に乗り、その収入は私には見たこともない桁の数字になっていて少し怖い。これも全て、共に事業をしてくれたミシェル婦人とその人脈で顧客を作ってくれたララさんのおかげだ。
しかし今、恩人である二人は私のために言い争いをしている。
この留学にあたり私が一番驚いたこと。それはミシェル婦人が、ミシェル公爵夫人だったことだ。
城の使用人でさえ、誰もそのことを知らなかった。留学に付いてきてくれたアゼルさんでさえもまったく知らなかったらしい。
ミシェル婦人は首都に暮らす男爵家の三女だった。貴族とは思えないほど貧乏だったのよと婦人は笑いながら話してくれた。
男爵は三女のミシェル婦人にまで縁談を探すことができずその代わり王城の侍女として仕えさせることにした。そこでマクミラン公爵に見初められ、侍女から公爵夫人へとその地位を上げたのだ。
しかし、夫人は子どもを授かることが出来なかった。公爵の遠縁の子を養子にもらい彼に公爵位を譲ってすぐ、夫である公爵は病に倒れ帰らぬ人となってしまう。
悠々自適な隠居生活を送りながら、ミシェル婦人は公爵の残してくれた遺産で事業を起こした。それがあの化粧品店だ。
婦人も侍女のとき、私と同じ温室の担当になりそこで公爵様と出逢ったらしい。
「そもそも、マリアさんがケイニアス様とご結婚されれば自ずとララさんとは家族になるではないですか。わざわざ養女とする必要がありますか?」
「わたくしはお姉様が欲しいのです!それではマリアさんは妹になってしまいますわ!」
養女にしてください。二人にそう伝えたことは一度もなかった。事業を成功させ、自立した自分になってケインに会いにいく。それでいいと思っていた。平民の私にできることはそれしかない。
「王子様と恋をしているのね。」
しかしミシェル婦人にはお見通しだったようだ。その後すぐに養女になってくださいと言われ、頭が真っ白になった。まさに青天の霹靂。
「ミシェル様!抜け駆けはいけませんわ!」
なぜかララさんも加わりどちらの家の養女になるか話し合いがおこなわれた。
ララさんはその可愛いらしい見た目に反して意外と頑固で決めたことは譲らないことが多い。私としては姉でも妹でもララさんと家族になれるのはすごく嬉しいけれど。
「ひとつ発言をお許しいただけますか?」
私が留学に行くことが決まり、真っ先にアゼルさんは同行すると言ってくれた。それからその優秀さに何度も助けられている。
「ぜひアゼルさんの意見も聞きたいです。」
「トリスト王国第一王子、第二王子、ともに結婚相手がアルバ公国の公爵令嬢となるのは外交的に少し問題があるかと思います。
権力の偏りや貴族の反発を招きかねません。でしたら、マリアさんはマクミラン公爵夫人の養女となられる方が円滑に行くのではないでしょうか?」
ぐうの音も出ない完璧な理論だ。ララさんも何も反論できない。
「決まりです。マリアさんは今日から私の養女ですわ。」
あっという間に手続きが済み、私はミシェル婦人の養女となった。嬉しいやら気恥ずかしいやら、でもこの世界に来て母ができるとは思ってもいなかった。まだまだお母さんなんて呼べないけれど。
私から婦人へのお願いはひとつだけ。遺産相続の権利を放棄すること。私には不相応な位をもらい、それ以上のものを受け取るわけにはいかない。
「貴女はそう言うだろうと思いました。遺産の相続は放棄してもいいけれど、事業の権利は絶対に受け継いでもらいますからね。」
* * *
「じゃあこの話はここまで!次はお仕事の話をしましょう!」
するとさっきまでとは違いみんなの視線が私に集まる。養女の話のときは私の意見なんて聞いてくれなかったのに。
「マリアさん!早く見せてくださいませ!」
「楽しみだわ。」
私は今日のために用意した試作品を取り出す。
「今回のは自信作ですよ。」
今までの可愛らしいデザインとは違い、今回は黒を基調とし蝶や薔薇をデザインしたシックな物。コンパクトや口紅だけでなく、今回からはハンカチやヘアアクセサリーなども作ってみた。
「…素敵です。」
一番に声を出したのは意外にもアゼルさんだった。
「素晴らしいわ。今までの物も良かったけど、今回のは私でも持ちやすい。」
ミシェル婦人はハンカチを手に取る。蝶の刺繍を施し、縁に黒いレースをあしらった。
「これからの販売について私から提案があります。今年の冬から期間限定の商品を販売したいと考えています。」
ずっと考えていた‥。日本だろうと異世界だろうと女性の好きな物は変わらない。淑やかさのなかで自宅での楽しみを見つけ、いつだって美しく好きなものに囲まれていたい。
その気持ちに寄り添っていきたい。
「期間限定とはどういうことですの?」
「春夏秋冬、それぞれの季節にあったモチーフの商品をその季節だけ限定で発売します。冬なら柊やシクラメン、雪の結晶。春ならチューリップや可愛い動物たち。夏なら向日葵。」
この世界にも四季が存在する。それぞれに違った花が咲き、女性たちの流行も変わるはず。
「その季節にしか買えないということですか?」
「そうです。冬が終わればその冬の商品は買えません。次の年にはまた違うデザインを売り出します。」
期間限定。女性はいつだってこの言葉に弱い。
「それは………。」
3人が黙り込んでしまった。いい考えだと思ったけど、ここでは難しいかな。
「そんな…その季節にしか買えないなんて!全部揃えたくなってしまいます!」
「買い占めが起こるかもしれないわね。」
やっぱりどんな場所でも女性の好きなものは変わらないのだ。
「これからも忙しいわよ。」
女性として、私らしく。そうしてやっと彼の隣に立てる。
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