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2章 侍女編

第二十三話

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 第二十三話

 午後の仕事は主に洗濯物の取り込みとアイロンがけ。
 畳んだものをそれぞれの場所に運ぶだけで迷子になりそうだった頃と比べれば、だいぶ慣れてきた。

 そのあと私は自分の担当の場所へ向かう。使用人たちにはそれぞれ与えられる担当の場所がある。アゼルさんは王族居住区担当なので、基本的に休み時間や仕事終わりにしか顔を合わせない。

 私の担当は東棟の外れにある温室だ。国王陛下やアルセイン様とお茶をしたあの温室。しかしそこはほとんどひと気がなく、新人の私にはぴったりな割当てだった。
 担当といっても、花や木の世話は庭師さんの仕事。私は掃除や雑草の草むしり、枯葉のごみ捨てくらいしかやることはない。それだけでも広くて、1日では全然足りないんだけど。

 庭師さんと言葉を交わすようになり、週に一度の楽しみもできた。

「マリアさん。今日もお仕事ご苦労様。」

「ミシェル婦人!」

 草むしりをする私に優しく声をかけてくれるこのご婦人は、温室を訪れる数少ないお客様だ。

「今日は白薔薇が綺麗に咲いていました。よろしければご案内いたします。」

「えぇ、ぜひお願いするわ。」

 美しい白髪をひとつに纏め、品のある服はいつ見てもセンスがいい。週に一度必ず温室を訪れるミシェル婦人は、背筋をスッと伸ばし華々の間をゆっくりと進む。

『この温室は亡くなった主人との思い出の場所なの。』

 初めて会った日、目を細め懐かしむように話してくれる婦人の姿がとても綺麗だった。

「マリアさん、手が荒れているわ。」

「今日1日掃除ばかりしていて…。」

 咄嗟に隠そうとした私の両手をミシェル婦人の手が優しく包み込んだ。

「大切にしてちょうだい。こんなに綺麗な手が荒れていては可哀想だわ。」

 婦人は元々この王城の侍女だったそうだ。旦那さんが亡くなってから、毎週この温室にやってくる。
 私みたいな侍女にまで優しい婦人に、いつか旦那さまとの思い出をもっと聞いてみたかった。

「わかりました。今度の休みにクリームでも買ってきます。」

「それがいいわ。オススメのお店があるの、教えてあげる。」

 城下町にあるお店をいろいろ教えてもらいながら一通り温室を見て回った。そのまま婦人を使用人専用の裏口までお連れする。
 慣れた足取りで帰っていく後ろ姿を見送った。

「マリアさん。お疲れ様でした。」

 担当を終えたアゼルさんと一緒に使用人たちの食堂に向かった。

「舞踏会に参加する方々が先ほど到着されました。明後日には次の一団がいらっしゃいます。」

 アルセイン様の想い人はいつ来るのだろうか。

 * * *

 私たちが食堂に入ると、一瞬その場が静寂に包まれる。もう1ヶ月も経つのだからそろそろ慣れてほしい。

 お盆に食事を載せ、席に着くと皆チラチラとこちらに視線を向けてくる。私たちは気にせずに食事を始めた。

 使用人といっても、その生まれは様々だ。アゼルさんのような平民出身の人もいれば、貴族の子どもでも跡継ぎではない人や妾の子どもなどなど。
 そのなかでも春嬢だった私は相当珍しいらしい。奇異の目、ひそひそと話す声。平民だろうと貴族だろうと、陰口を言うのは変わらない。

「すみません。アゼルさんまで変な目で見られてしまって。」

「気にしていません。私もずっとそうでしたから。」

 人手不足のいま、平民出身の使用人もだいぶ増えてきた。しかし、アゼルさんがここで働き始めた頃はアゼルさんしかいなかったらしい。

「アゼルさんがいてくれて良かったです。」

「私こそ、マリアさんと働けて嬉しいです。」

 ふふっと声を出して笑った。彼女と笑いながら食事をするのが私の楽しみのひとつ。



「マリアさん、これを。」

 それぞれの居室に戻る途中、人目がないことを確認してからアゼルさんからいつもの鍵を受けとる。

「ありがとうございます。今日は忙しいんじゃないんでしょうか?」

「今日到着されたのは、それほど有力な貴族方ではないようです。明後日の一団が到着すれば舞踏会が終わるまでは難しくなりますから。」

 やはりお目当ての令嬢は明後日に来るのか。再度お礼を言って、私の部屋の前で別れた。

 使用人の居室は狭いけど小さなシャワールームも付いているし、なにより夜中に大声で起こされたりしなくて良い。

 ゆっくりとシャワーを浴びて身支度を整える。婦人に言われた通り、手が荒れていた。オススメしてもらったお店に明日にでも買い物に行ってみよう。
 使用人は週に1日休みを貰える。明日がその休日だ。城下町に行くこともできるし、思っていたよりずっと自由だった。給料は安いけど。


 使用人たちがみな寝静まった頃、私はそっと廊下に出る。足音を忍ばせ階段をあがる。東棟の奥の奥、見慣れた扉の前に立つ。

 ドアノブに手をかけると鍵はすでに開いていた。ゆっくりと扉を開けると、昼間すれ違った第二王子が不機嫌そうに私を待っている。

「またアイツと喋ってただろ。」

 最近のケインはいつもこんな調子だ。週に一度だけ陛下から許された逢瀬。その間くらい笑って過ごしたいのに。



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