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2章 侍女編

第二十二話

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 第二十二話

「マリアさん!次は西棟をお願いね!」

「はい!すぐに参ります!」

 掃除道具を抱え、次の場所に急ぐ。バタバタと足音を立ててはいけない。スカートの裾を乱してもダメ。この動作に慣れるだけで筋肉痛になってしまった。膝下丈のスカートなんて中学生の頃以来だ。

 ここはトリスト王国の王城。その東棟で私は掃除に励んでいる。膝下丈のスカートとエプロン。黒と白のメイド服は日本で見たことのあるものより高級感があり、やはり本物は違う。

 王城は中央に高い尖塔をもち、その下が国王陛下たちの暮らす王族居住区。東棟は二階が貴族たちの執務室、一階が使用人たちの暮らす居室になっている。
 西棟には騎士団の詰所や執務室、訓練所や厩舎などがある。

 私がついこの間までいた豪華な部屋は東棟の端の端。その部屋から一階のメイド用の居室に移って、そろそろ1ヶ月になろうとしていた。


 東棟の廊下掃除が終わり、ふぅと一息つく。掃除道具を抱え西棟に向かった。

「西棟かぁ……。」

 先日の私の誘拐?事件のとき、騎士たちの職権乱用や職務怠慢が問題になった。そのため大勢の騎士が解雇となり、同時に不正をおこなっていた使用人たちも解雇されたそうだ。
 そのため王城は今かつてない人手不足だ。仕事は山ほどある。

 貴族や使用人の使う東棟と比べ、西棟の掃除をやりたがる人は少ない。
 騎士たちの履物には訓練で土がこびりつき、廊下は何度掃除してもすぐに汚れてしまう。洗濯物も大量だし、1日雨が降っただけで大変なことになる。

 そして―――

「おっ、あの子じゃん?元春嬢のさ。」

「えっまじ?めっちゃ可愛い。一晩お願いしてみるか?」

 アハハと笑いながら騎士たちが私の横を通りすぎていく。これくらいならマシな方だ。

 珍しい黒髪と黒目。マリアという名前。私が春嬢だったことはすぐに城中に知れ渡った。変装用の魔法具を使うことも考えたが、それではまるで春嬢が恥ずかしいことみたいだ。

 掃除用具を置き、廊下の端から掃除を始める。たとえどこにいても、私はわたしらしくいたい。自分を好きだと言ってくれる人のためにも。

 床の掃き掃除から拭き掃除、窓のガラス拭き。それだけであっという間に時間が過ぎていく。西棟の掃除だけで午前中が終わってしまった。

「あれ?マリアちゃんじゃん!」

「ロベルト卿。訓練お疲れ様です。」

 恭しくお辞儀をするとその人懐こい顔が拗ねるように膨れた。

「もぉいい加減ロットって呼んでくれてもよくない?親しみを込めてロッティでもいいよ?」

 ローシェント・ロベルト卿。国王陛下直属の騎士団は赤の騎士団、青の騎士団の2つ。その青の騎士団で副団長をしているのが、目の前のロベルト卿だ。ちなみに、ケインは赤の騎士団に所属している。

 赤毛と茶髪の混ざったような髪色、同じ色の瞳。背が高く、女性にモテそうな甘い顔。顔に反して剣の腕は超一流らしい。青の騎士団の女性人気ナンバーワンは今日もチャラい。

「そうやってメイド全員に声をかけていらっしゃる。いつか痛い目に遭いますよロベルト卿。」

「今日も毒舌だなぁ。そういうとこ好きだよ。」

 笑顔でサラッと好きだとか言うこの男のせいで先週も一人の使用人が辞めていった。所謂男女の痴情のもつれというやつだ。その分の仕事を回される身にもなってほしい。

「私はあまり好きではないです。」

「アハハ、はっきり言うなぁ。」

 その時、廊下の向こうから白い騎士服に身を包んだ二人が現れた。私とロベルト卿は廊下の隅に立ち頭を下げる。

 白い騎士服を着ることが許されるのは王族の血縁者のみ。第一王子であるアルセイン様と第二王子のケイニアスは何やら話し合いながら目の前を通りすぎていった。

「もうそろそろ第一団が到着する頃だね。忙しくなりそうだ。」

 掃除をいつもより念入りにするのもその為だ。まだまだやることは多い。

「それが終わったら俺とデートしない?おいしいお菓子が食べれるカフェ見つけたんだ。」

「ご遠慮します。他の女性から恨まれたら嫌ですから。」

 食い下がるロベルト卿を無視して仕事に戻った。

 もうすぐこの王城で他国の貴族を招いた舞踏会が行われる。今日はその貴族たちの第一団がやって来る日だ。

 他国との交流という名目で開かれるこの舞踏会。しかし本当の目的は、第一王子であるアルセイン様のお見合いだ。
 そしてどうやらアルセイン様の想い人もやってくるらしい。あのアルセイン様が好きになったご令嬢。ぜひ覗き見したい。

 ふと振り返ると、遠くからケインがすごい顔でこちらを睨んでいる。私ではなくロベルト卿を。

 大きくため息をつく。私とケインの関係は、条件をクリアするまで秘密。当然だ。

 なんでもすぐ顔に出るケインに隠し事なんてできるのかと不安だったが、いまのところなんとかなっている。
 それも含めて国王陛下は私を侍女としてここに置いたのだろう。そのくらいの約束も守れずに何ができるのかと。

「一回デートするくらい、いいじゃん!」

「しつこいですよ。」

 そろそろアゼルさんが呼びに来る頃だ。ロベルト卿を残し、私は東棟へ戻った。

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