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1章 春嬢編
第十九話
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第十九話
今までたくさんの男性の相手をしてきた。良い人もいたし、もちろん嫌な客も大勢いた。
それでもこんなに男に対して嫌悪感を持つのは初めてだ。貴族だから、金を持っているから何をしても許されると本気で思ってるの?女将が宥めるのも聞かず、男は大声で喚いていた。
「俺を誰だと思っている!こんな娼館などすぐに潰せるぞ!」
私がゆっくりと階段を降りていくと獣のような男の眼がギラリと光った。
「おぉ、やっとお出ましか?お前のせいで俺を怒らせたのだ。今日こそ俺の相手をしろ、可愛がってやる。」
昼間だというのに男はすでに赤ら顔だ。
「私がお相手すれば、嫌がらせをやめていただけますか?」
「嫌がらせ?なんのことか分からんが?しかしまぁ、お前が俺を満足させられればそんなものなくなるだろうな。」
拳を握りしめて必死に気持ちを押さえた。悔しがる顔なんて見せたくない。笑顔を作らなければ。
「分かりました。私が必ず貴方を満足させます。」
私の作り笑顔に男はイヤらしく笑った。体を舐め回すような視線に鳥肌が立った。
「では、私の部屋に…。」
「いいや、お前は俺と来い。俺の屋敷で可愛がってやるよ。こんな場所で女を抱くのは懲りた。品のない場所で品のない女を抱いても疲れるだけだ。」
「お客様!それは困ります!マリアはうちの売れっ子なんですよ?」
止めに入る女将の横で私は怒りに震えていた。
リリスのことを言っているの…?アンタのせいでリリスは怪我をして、店にだって出られないのに。
私の震える肩に小さな手がかかった。
そこにいたのはテシアという私に手紙をくれた同僚だ。
「マリア、ごめんなさい。女将には止められたの。でもリリスが…。」
テシアはリリスを姉のように慕っている。リリスが私にかまうのを良くは思っていなかった。
「いいの、教えてくれてありがとう。私のせいでごめんね。」
テシアはその大きな瞳からポロポロと涙を溢した。
「マリアのせいじゃない。リリスもずっとそう言ってるわ。
ごめんなさい、ずっとマリアのことが羨ましかった。貴女は私たちとは違うってみんな言ってた。本当は羨ましかったんだよ。楽しそうに働いてるマリアが。」
ずっと嫌われてるんだと思っていた。私が周りと違うからと勝手にみんなを遠ざけていたのは私のほうだ。
「おい、なにをしてる?さっさと行くぞ。」
「待ってください!マリアは…。」
「分かりました…。一緒に参ります。」
私の答えに男は満足そうに頷いた。
「お前は賢いな。やはりそこらへんの女とは違うよ。」
* * *
小さな馬車に押し込められ到着したのは、首都のなかで貴族だけが住む高級住宅街。貴族だというのは本当らしい。
「降りろ。」
周りの屋敷より一回り大きな屋敷だ。しかし今朝まで王城にいた私にはそれほど素晴らしくは見えなかった。
それは使用人たちの表情が暗く、屋敷に活気がなかったからかもしれない。
私が屋敷を進む間、誰もこちらを見ようとはしなかった。
「まずは体をきれいにしてこい。病気など持ち込まれたら堪らんからな。」
春嬢は自分とお客様のために魔法具を使って病気を防ぐのがマナーだ。そんなことも知らないで娼館に来るなんて。
豪華な浴室の中で、膝を抱えてうずくまった。
今頃、王城ではなんと言われているだろう。こんなに無責任なことをして国王陛下はガッカリしただろうな。
ケインにお別れすら言えなかった。きっともう二度と会えない。こんなふうに帰ってきて、許されるわけがない。
「おい!なにをしてる?さっさと出てこい!」
ガンガンと乱暴に扉を叩く音が響いた。こんな男に抱かれるくらいなら、このままどこか遠くに逃げてしまいたい。でもそんなことをすれば娼館になにをされるか分からなかった。
「いま参ります。」
ケインと重ねた体を、他の男と重ねてしまったらもう戻れない。必死に涙を拭った。
「ほぉやはりいい身体してるな。」
上手く笑えない。男の手が肩に回され、そのまま腰を撫でまわされる。薄いレースのキャミソールのしたで体が震えた。
「こっちを向け、今日は1日可愛がってやるからな。」
酒臭い顔が近づく。ぎゅっと目を閉じた。
「お待ちください!ここがどなたの屋敷かご存知なのですか?」
部屋の外を大勢の足音が近づいてくる。
「おい!何事だ!」
立ち上がった男の前で勢いよく扉が開いた。そこに立っていたのはあの日の白い仮面をつけた人だった。
「誰だ貴様!ここは俺の屋敷だぞ!」
ツカツカと男を無視して、仮面の人が私の前に膝をついた。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめんなさい…わたし。」
「貴様!俺を無視するな!」
飛びかかる男の腕が、彼の仮面を弾き飛ばした。美しい金髪と青い瞳。その顔を見た瞬間、男が目を見開く。
「あっ…あなた…貴方様は…?」
「娼館への嫌がらせ、春嬢への暴行、女を恐喝して誘拐?自分が何をしたのかわかってるよな?」
部屋の入り口を剣を携えた騎士たちが塞ぐ。
「お前みたいな貴族がいるから、この国は良くならないんだよ。」
「だ、第二王子様、わ、わたしは…。」
「貴族でいられると思うな。いますぐその首切り落としてやりたいが、お前は見せしめだ。
連れていけ。」
両脇を騎士に抱えられ、男は半裸のまま連れていかれた。その惨めな泣き顔をリリスに見せてやりたい。
「ケイン…どうして?」
抱き締める彼の腕は驚くほど優しかった。
今までたくさんの男性の相手をしてきた。良い人もいたし、もちろん嫌な客も大勢いた。
それでもこんなに男に対して嫌悪感を持つのは初めてだ。貴族だから、金を持っているから何をしても許されると本気で思ってるの?女将が宥めるのも聞かず、男は大声で喚いていた。
「俺を誰だと思っている!こんな娼館などすぐに潰せるぞ!」
私がゆっくりと階段を降りていくと獣のような男の眼がギラリと光った。
「おぉ、やっとお出ましか?お前のせいで俺を怒らせたのだ。今日こそ俺の相手をしろ、可愛がってやる。」
昼間だというのに男はすでに赤ら顔だ。
「私がお相手すれば、嫌がらせをやめていただけますか?」
「嫌がらせ?なんのことか分からんが?しかしまぁ、お前が俺を満足させられればそんなものなくなるだろうな。」
拳を握りしめて必死に気持ちを押さえた。悔しがる顔なんて見せたくない。笑顔を作らなければ。
「分かりました。私が必ず貴方を満足させます。」
私の作り笑顔に男はイヤらしく笑った。体を舐め回すような視線に鳥肌が立った。
「では、私の部屋に…。」
「いいや、お前は俺と来い。俺の屋敷で可愛がってやるよ。こんな場所で女を抱くのは懲りた。品のない場所で品のない女を抱いても疲れるだけだ。」
「お客様!それは困ります!マリアはうちの売れっ子なんですよ?」
止めに入る女将の横で私は怒りに震えていた。
リリスのことを言っているの…?アンタのせいでリリスは怪我をして、店にだって出られないのに。
私の震える肩に小さな手がかかった。
そこにいたのはテシアという私に手紙をくれた同僚だ。
「マリア、ごめんなさい。女将には止められたの。でもリリスが…。」
テシアはリリスを姉のように慕っている。リリスが私にかまうのを良くは思っていなかった。
「いいの、教えてくれてありがとう。私のせいでごめんね。」
テシアはその大きな瞳からポロポロと涙を溢した。
「マリアのせいじゃない。リリスもずっとそう言ってるわ。
ごめんなさい、ずっとマリアのことが羨ましかった。貴女は私たちとは違うってみんな言ってた。本当は羨ましかったんだよ。楽しそうに働いてるマリアが。」
ずっと嫌われてるんだと思っていた。私が周りと違うからと勝手にみんなを遠ざけていたのは私のほうだ。
「おい、なにをしてる?さっさと行くぞ。」
「待ってください!マリアは…。」
「分かりました…。一緒に参ります。」
私の答えに男は満足そうに頷いた。
「お前は賢いな。やはりそこらへんの女とは違うよ。」
* * *
小さな馬車に押し込められ到着したのは、首都のなかで貴族だけが住む高級住宅街。貴族だというのは本当らしい。
「降りろ。」
周りの屋敷より一回り大きな屋敷だ。しかし今朝まで王城にいた私にはそれほど素晴らしくは見えなかった。
それは使用人たちの表情が暗く、屋敷に活気がなかったからかもしれない。
私が屋敷を進む間、誰もこちらを見ようとはしなかった。
「まずは体をきれいにしてこい。病気など持ち込まれたら堪らんからな。」
春嬢は自分とお客様のために魔法具を使って病気を防ぐのがマナーだ。そんなことも知らないで娼館に来るなんて。
豪華な浴室の中で、膝を抱えてうずくまった。
今頃、王城ではなんと言われているだろう。こんなに無責任なことをして国王陛下はガッカリしただろうな。
ケインにお別れすら言えなかった。きっともう二度と会えない。こんなふうに帰ってきて、許されるわけがない。
「おい!なにをしてる?さっさと出てこい!」
ガンガンと乱暴に扉を叩く音が響いた。こんな男に抱かれるくらいなら、このままどこか遠くに逃げてしまいたい。でもそんなことをすれば娼館になにをされるか分からなかった。
「いま参ります。」
ケインと重ねた体を、他の男と重ねてしまったらもう戻れない。必死に涙を拭った。
「ほぉやはりいい身体してるな。」
上手く笑えない。男の手が肩に回され、そのまま腰を撫でまわされる。薄いレースのキャミソールのしたで体が震えた。
「こっちを向け、今日は1日可愛がってやるからな。」
酒臭い顔が近づく。ぎゅっと目を閉じた。
「お待ちください!ここがどなたの屋敷かご存知なのですか?」
部屋の外を大勢の足音が近づいてくる。
「おい!何事だ!」
立ち上がった男の前で勢いよく扉が開いた。そこに立っていたのはあの日の白い仮面をつけた人だった。
「誰だ貴様!ここは俺の屋敷だぞ!」
ツカツカと男を無視して、仮面の人が私の前に膝をついた。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめんなさい…わたし。」
「貴様!俺を無視するな!」
飛びかかる男の腕が、彼の仮面を弾き飛ばした。美しい金髪と青い瞳。その顔を見た瞬間、男が目を見開く。
「あっ…あなた…貴方様は…?」
「娼館への嫌がらせ、春嬢への暴行、女を恐喝して誘拐?自分が何をしたのかわかってるよな?」
部屋の入り口を剣を携えた騎士たちが塞ぐ。
「お前みたいな貴族がいるから、この国は良くならないんだよ。」
「だ、第二王子様、わ、わたしは…。」
「貴族でいられると思うな。いますぐその首切り落としてやりたいが、お前は見せしめだ。
連れていけ。」
両脇を騎士に抱えられ、男は半裸のまま連れていかれた。その惨めな泣き顔をリリスに見せてやりたい。
「ケイン…どうして?」
抱き締める彼の腕は驚くほど優しかった。
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