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1章 春嬢編
第十六話
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第十六話
「始めまして、マリアと申します。」
いつもより念入りにメイクをした私はピンク色のドレスに身を包み温室に向かった。昨日と同じテーブルで待っていたのは、驚くほど背の高い男性だった。
「アルセイン・トリストです。本日はお越しくださって本当にありがとうございます。」
茶色の髪を刈り上げ、優しく微笑む目元は優しげで緑色の瞳が印象的だ。握手を交わすその手は大きくて私の両手がスッポリと収まってしまう。
「いつまで握手してんだよ。」
なぜか同席することになったケインはものすごく不機嫌だ。三人で鮮やかなティーセットの用意がされたテーブルにつく。
「女神が現れたのかと思いました。噂以上に美しい方で驚いています。」
嫌味のないお世辞をさらっと言ってしまうところは見た目だけでなくケインとはまったく似ていないみたい。
「ありがとうございます。」
第一王子にまで届いている私の噂って一体なんなんだろう。知らないのは噂の張本人だけだ。
「ケイニアスの教育係だとお聞きしました。弟は何か失礼をしてはいませんか?」
「先日国王陛下からも同じ質問をされました。ケインはとても優しいです。」
不機嫌そうな横顔が少し赤くなった。
「羨ましいです。貴女のような方と出逢えた弟が。」
アルセイン様は誰かを思い浮かべているようだった。微笑みがとても優しい。
その言葉に私は少し胸が痛む。もう少しで私はここから居なくならないといけないのだから。
「アルセイン様も素敵な方と出逢えたのではないのですか?」
私の言葉にアルセイン様は驚いた様子だった。
「なんでそんなこと分かるんだよ。」
「女の勘…かな。」
「意味わかんねぇ。」
ケインとの軽口にアルセイン様は笑っている。
「ケイニアスをケインと呼ぶことにも驚きましたが、弟とこんなに楽しそうに話す女性は初めてです。」
面倒見のいいお兄さんの顔がのぞく。もしかしたらこういうところもお母さん似なのかもしれない。
「マリアさんの言う通りです。私はアルバ公国で素晴らしい女性と出逢いました。」
この見た目で気遣いと優しさがあってモテないわけがない。
「しかし、どうしても彼女に想いを伝える前に解決したいことがあるのです。私はそのために戻ってきました。」
俯いたその顔は真剣で、今日私が呼ばれた理由が分かった。
「私にできることなら協力させてください。」
「ダメだ!話すだけだからな!それ以上はダメだ!」
「ケインはちょっと黙ってて!」
ケインは一体何をしにきたのか。お兄さんがこんなに悩んでるのに。
「しかし、こんな話を女性にしてもいいのかどうか。」
「それは大丈夫だ。こいつに淑やかさなんてないからな。」
「もうケイン本当にうるさい!話が進まないでしょ!黙ってて!」
そういうと彼はそっぽを向いてしまった。本当に何しにきたんだろう。
「マリアさんは仮面舞踏会をご存知ですか?」
舞踏会?一般人の私には縁のない単語だ。
「すみません。なにか特別な舞踏会なのですか?」
「私もこの国を出て初めて知ったのですが。いわゆる出逢いの場といいますか…貴族同士が一夜の相手を探す舞踏会なのです。」
仮面で顔を隠し、男女で話が合えば会場に設えられた個室に消えていく。なるほど貴族たちはそうやって夜遊びするのか。
「この国にはそういう会はありません。でも私はどうしても…経験したかったのです。」
きっとそれはケインが私に会いに来たのと同じ理由。
「初めての仮面舞踏会で声をかけてくれた女性と気が合い、その人と個室に入りました。」
きっと娼館なんかとは比べられないほど豪華な部屋なんだろうな。
「そこで初めてをしようとしたのですが…。」
「…ですが?」
沈黙。ケインもお兄さんの様子を窺っている。
「は……。」
「は?」
「入らなかったんです!」
突然の告白。アルセイン様の顔は真っ赤だ。
「えっと、それは…アルセイン様のが大きくてということですか?」
「多分そうだと思います…。」
それはなかなか誰にも言えない話だな。この国では特に。
「結局その夜は出来ずに終わりました。その後も何度か試しましたがやはり同じ結果だったんです。」
そんなに…。それはちょっと辛い。大きければいいってわけではないもの。
「その後、王子として参加した夜会で知り合った女性と恋に落ちました。いずれその方をこの国に迎えたいと思っているのですが…。」
「なるほど…、それは心配ですね。」
他国の女性でも貴族令嬢となるとそういう知識は難しいかもしれない。私は一生懸命知恵を絞る。
「だからってマリアはダメだ。」
「そうだな。私が間違っていたよ。」
何やら兄弟で話しているみたい。何を話しているのか聞こえなかった。
「たとえばなんですが、道具を使ってみるのはどうでしょう?」
「ど、道具ですか?」
「はい、ローションとか…。」
兄弟揃って顔がポッと赤くなった。そこは似てるんだ。
「ば、お前…。そういうことをさらっと言うな。」
「ケインも使ってみたい?」
なぜかケインだけでなく、アルセイン様まで赤面がひどくなった。
「ケイン、お前いつもそんなことを…。」
「してない!いや、……してないわけじゃない…。」
結局仲良し兄弟だ。
「アルセイン様が心配されるのはよく分かります。失敗したことがあると尚更ですよね。
でもあまり心配しすぎなくていいと思いますよ?大切な人と少しずつ絆を深めるように体を重ねるのは女性にとっても嬉しいことですから。」
私の言葉を噛み締めるように、アルセイン様は頷いていた。
「彼女の前で恥をかきたくないという思いが強いのかもしれません。一緒にしていくことの大切さを考えたことはありませんでした。」
アルセイン様に想われる人はきっと幸せだろう。
「まず彼女に私の気持ちを正直に伝えてみようと思います。その…、夜のことも含めて。」
「きっと大丈夫だと思います。アルセイン様の優しさはしっかり伝わってきますから。」
「ありがとうございます、マリアさん。どうか弟をよろしくお願いします。」
私は…微笑みを返すことしかできなかった。
「始めまして、マリアと申します。」
いつもより念入りにメイクをした私はピンク色のドレスに身を包み温室に向かった。昨日と同じテーブルで待っていたのは、驚くほど背の高い男性だった。
「アルセイン・トリストです。本日はお越しくださって本当にありがとうございます。」
茶色の髪を刈り上げ、優しく微笑む目元は優しげで緑色の瞳が印象的だ。握手を交わすその手は大きくて私の両手がスッポリと収まってしまう。
「いつまで握手してんだよ。」
なぜか同席することになったケインはものすごく不機嫌だ。三人で鮮やかなティーセットの用意がされたテーブルにつく。
「女神が現れたのかと思いました。噂以上に美しい方で驚いています。」
嫌味のないお世辞をさらっと言ってしまうところは見た目だけでなくケインとはまったく似ていないみたい。
「ありがとうございます。」
第一王子にまで届いている私の噂って一体なんなんだろう。知らないのは噂の張本人だけだ。
「ケイニアスの教育係だとお聞きしました。弟は何か失礼をしてはいませんか?」
「先日国王陛下からも同じ質問をされました。ケインはとても優しいです。」
不機嫌そうな横顔が少し赤くなった。
「羨ましいです。貴女のような方と出逢えた弟が。」
アルセイン様は誰かを思い浮かべているようだった。微笑みがとても優しい。
その言葉に私は少し胸が痛む。もう少しで私はここから居なくならないといけないのだから。
「アルセイン様も素敵な方と出逢えたのではないのですか?」
私の言葉にアルセイン様は驚いた様子だった。
「なんでそんなこと分かるんだよ。」
「女の勘…かな。」
「意味わかんねぇ。」
ケインとの軽口にアルセイン様は笑っている。
「ケイニアスをケインと呼ぶことにも驚きましたが、弟とこんなに楽しそうに話す女性は初めてです。」
面倒見のいいお兄さんの顔がのぞく。もしかしたらこういうところもお母さん似なのかもしれない。
「マリアさんの言う通りです。私はアルバ公国で素晴らしい女性と出逢いました。」
この見た目で気遣いと優しさがあってモテないわけがない。
「しかし、どうしても彼女に想いを伝える前に解決したいことがあるのです。私はそのために戻ってきました。」
俯いたその顔は真剣で、今日私が呼ばれた理由が分かった。
「私にできることなら協力させてください。」
「ダメだ!話すだけだからな!それ以上はダメだ!」
「ケインはちょっと黙ってて!」
ケインは一体何をしにきたのか。お兄さんがこんなに悩んでるのに。
「しかし、こんな話を女性にしてもいいのかどうか。」
「それは大丈夫だ。こいつに淑やかさなんてないからな。」
「もうケイン本当にうるさい!話が進まないでしょ!黙ってて!」
そういうと彼はそっぽを向いてしまった。本当に何しにきたんだろう。
「マリアさんは仮面舞踏会をご存知ですか?」
舞踏会?一般人の私には縁のない単語だ。
「すみません。なにか特別な舞踏会なのですか?」
「私もこの国を出て初めて知ったのですが。いわゆる出逢いの場といいますか…貴族同士が一夜の相手を探す舞踏会なのです。」
仮面で顔を隠し、男女で話が合えば会場に設えられた個室に消えていく。なるほど貴族たちはそうやって夜遊びするのか。
「この国にはそういう会はありません。でも私はどうしても…経験したかったのです。」
きっとそれはケインが私に会いに来たのと同じ理由。
「初めての仮面舞踏会で声をかけてくれた女性と気が合い、その人と個室に入りました。」
きっと娼館なんかとは比べられないほど豪華な部屋なんだろうな。
「そこで初めてをしようとしたのですが…。」
「…ですが?」
沈黙。ケインもお兄さんの様子を窺っている。
「は……。」
「は?」
「入らなかったんです!」
突然の告白。アルセイン様の顔は真っ赤だ。
「えっと、それは…アルセイン様のが大きくてということですか?」
「多分そうだと思います…。」
それはなかなか誰にも言えない話だな。この国では特に。
「結局その夜は出来ずに終わりました。その後も何度か試しましたがやはり同じ結果だったんです。」
そんなに…。それはちょっと辛い。大きければいいってわけではないもの。
「その後、王子として参加した夜会で知り合った女性と恋に落ちました。いずれその方をこの国に迎えたいと思っているのですが…。」
「なるほど…、それは心配ですね。」
他国の女性でも貴族令嬢となるとそういう知識は難しいかもしれない。私は一生懸命知恵を絞る。
「だからってマリアはダメだ。」
「そうだな。私が間違っていたよ。」
何やら兄弟で話しているみたい。何を話しているのか聞こえなかった。
「たとえばなんですが、道具を使ってみるのはどうでしょう?」
「ど、道具ですか?」
「はい、ローションとか…。」
兄弟揃って顔がポッと赤くなった。そこは似てるんだ。
「ば、お前…。そういうことをさらっと言うな。」
「ケインも使ってみたい?」
なぜかケインだけでなく、アルセイン様まで赤面がひどくなった。
「ケイン、お前いつもそんなことを…。」
「してない!いや、……してないわけじゃない…。」
結局仲良し兄弟だ。
「アルセイン様が心配されるのはよく分かります。失敗したことがあると尚更ですよね。
でもあまり心配しすぎなくていいと思いますよ?大切な人と少しずつ絆を深めるように体を重ねるのは女性にとっても嬉しいことですから。」
私の言葉を噛み締めるように、アルセイン様は頷いていた。
「彼女の前で恥をかきたくないという思いが強いのかもしれません。一緒にしていくことの大切さを考えたことはありませんでした。」
アルセイン様に想われる人はきっと幸せだろう。
「まず彼女に私の気持ちを正直に伝えてみようと思います。その…、夜のことも含めて。」
「きっと大丈夫だと思います。アルセイン様の優しさはしっかり伝わってきますから。」
「ありがとうございます、マリアさん。どうか弟をよろしくお願いします。」
私は…微笑みを返すことしかできなかった。
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