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1章 春嬢編

第九話

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 第九話

 結局その日もケインには会えないまま夜になってしまった。しかし、私は待ちます。夜の教育係なんだから、まだ諦めるには早い。

 レースの夜着に着替え一人大きなソファに腰かける。王城にこんな春嬢しか選ばないような寝着があるのはどうしてなんだろう。わざわざ用意してくれたのかな。何故そこまでして教育係を雇うのか。

 仮面を外した彼は、まだ少しだけ幼さの残る凛々しい顔だった。わざわざ私である理由が分からない。

 今ごろ娼館では私のことはどう伝わっているのだろう。今回の給料で女将への借金は返済できるけど、自分で店を持つにはまだまだ足りない。1ヶ月後、あそこに戻ったとき他の春嬢からどう思われるか。それが気になった。

 豪華なドレスも広い部屋も、私には遠いものだ。日本にいた頃だってこんなに綺麗なものに囲まれて過ごしたことはない。

 1ヶ月という時間の中で自分にできることをしよう。そんなことを思いながらいつのまにか眠ってしまっていた。

 * * *

 …人の気配で目が覚めた。ここはどこだっけ?見慣れない天井に寝ぼけた頭が追いつかない。
 あぁここは王城の中だと思いながら、夜間この部屋の鍵を持っているのは一人しかいないことに気がついた。

「ケイン…?」

 月明かりの下で彼の金髪がキラキラと輝いている。薄暗い部屋の奥で青い瞳がこちらを見つめていた。

「そのまま寝とけば良かったのに。」

 やっと彼に会えたことが自分で思っていた以上に嬉しかった。

「良かった。今日も会えないかと思った。」

 窓辺に腰かける彼に笑いかけても、それ以上の返事はない。
 時計を見るとまだ日付が変わる前だった。ここに来て規則正しい生活に慣れてしまったら、戻るのが大変そうだ。

「巻き込んで悪かった。まさかこんなことになるなんて思ってなかったんだ。」

 その瞳が不安そうに揺れている。

「嫌なら断ったって良かったんだ。親父の馬鹿に付き合わなくていい。金が全部前金なのはいつ出ていってもいいように……。」

「ケインは私に会いたくなかった?」

 そのまま言葉を飲み込んでしまった彼にまた笑いかける。

「私は会いたかった。この間来てくれたとき、もっといろんなことしてあげれば良かったと思って。もっといろいろ話したかった。だから今ここにいるの。それじゃだめ?」

 分からないことだらけだ。何故私なのか、どうして教育係が必要なのか、ケインが会いにこないのはなんでなんだろう。一人で考えても答えなんて出ないし、ケイン以外の人に聞くのも何か変な気がした。

「もしこれが国王陛下の意思で、ケインにとって本当に必要ないものなら私は帰るよ。また気が向いたらお店に来てくれたら嬉しい。もし、そうじゃないなら…。」

「会いたかった…。」

 私を見つめる彼はとても幼い少年のようで、その瞳が少し潤んでいるように見えた。

「俺も会いたかった。3日も無視して本当にごめん。どんな顔して会えばいいか分からなかった。」

 国王陛下をクソ親父と言ったり、恥ずかしいと顔を真っ赤にしたり、子どもと大人の中間のような王子様。

「ケインって……可愛いね。」

 するとまた彼の顔は耳まで赤く染まった。

「ばっ、バカにしてんのか!?」

「まずはその言葉遣いを直したほうがいいと思うよ。モテないし、いちお王子様なんだから。」

 そんな彼に手招きをするとゆっくりと私の横に腰掛けた。

「関係ないだろ、言葉遣いなんか。人に会うときは外面良くするし。」

「関係あると思うけどな、大事なことだよ。」

 顔を見て話そうと思っても、なぜか思い切り視線をそらされる。

「なんでこっち見ないの?」

「なんなんだよ!その格好、服着ろよ!」

 自分の服を見下ろした。薄いピンク色のレースのナイトドレス。胸元が大きく開いていて谷間が綺麗に見える。レースのワンピースの下には同じ色の下着。可愛いらしいけど、この着心地の良さは高級品の証だ。

「着てるよ?」

「それは服じゃない!」

「私の裸みたのに、これはダメなの?」

 するとケインはそのままそっぽを向いてしまった。

「俺はそういうことをしにきたんじゃない。」

 耳まで赤くしながらだとあんまり説得力がないけど。

「こないだはオレンジ色の髪だったね。髪型も違ったし、あれはどうやったの?」

 彼の指が右耳を指差した、そこには小さなピアスが光っている。

「変装用の魔法具だ。髪の色と髪型を変えられる。」

 なるほど、魔法具にはそんなものもあるのか。

「でも顔や瞳、声までは変えられない。」

「だから仮面をつけてたんだ。」

 私には分からなくても王子様は有名人だろう。娼館に行くのも一苦労だ。

「まさか親父にバレてるなんて知らなかったんだ。本当に驚いた。よく俺だって気づいたな。」

「分かるよ。一晩一緒にいた人だもん。」

 後ろを向いた彼の背中に抱きついた。ワイシャツから少しだけ汗のにおいがする。

「…!いや、本当にそういうつもりじゃない。」

「私じゃ嫌?」

「マリアが嫌とかじゃない!おかしいだろ、夜の教育係って。意味がわからない。」

 ぎゅっと胸を押し付けると彼の体が強張った。

「でもこのままじゃ私、給料泥棒だよ。」

「いいよ、親父の金なんて気にするな。」

 ケインは意外と強情だ。でも、ちょっぴり詰めが甘い。

「じゃあなんでこんな時間に会いにきたの?」

 ギクリと体が震えた。頑固だけど嘘のつけないタイプ。

「昼間ならメイドさんたちもいるし、私だってこんな格好しないよ?目を見て話せる方がいいよね?」

 素直じゃなくて、でもすぐ顔に出る。

「ケインがしたくないなら、私がしてあげる。この間できなかったこと。ダメ?」



 
    
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