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1章 春嬢編

第七話

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 第七話

 「快適すぎるぅ……。」

 娼館の二階にある自室より何倍も広い部屋には、天蓋付きのダブルベッドに豪華なテーブルセット、ソファは私が寝転がってもまだまだ余るくらいの大きさだ。

「マリア様、お茶のご用意ができました。」

 メイドのアゼルさんが用意してくれるお茶とお菓子はいつだって美味しくて、このままだと絶対太る。

「アゼルさん!私このままだと給料泥棒になっちゃいます!」

 国王陛下からのお願いを受けてから3日が経った。あの日からケインは私を避け続けている。この部屋に来ないどころか顔も見ていない。


 陛下からのお願いは、第二王子であるケイニアスの教育係になること。彼が女性との接し方を学ぶように私が指導すること。

 1ヶ月という短い時間しかないのに、もう3日も過ぎてしまった。このままでは何もできないまま終わってしまう。

「マリア様は何も悪くございません。心配はありませんよ。」

 アゼルさんは落ち着いた様子でお茶を注いでくれた。仕方なくテーブルにつく。

「でも、こんなに高いお給料をもらったのにまだ何もしてないどころか、彼と話もできてないなんて…。」

 * * *

「お前がここまで馬鹿だとは…。思っていた以上に重症だな。」

「誰のせいだと思ってんだクソ親父。」

 王城内、王族とその側近しか入ることの許されない居住区には今日も国王と第二王子の言い争う声が響いていた。

「誰がこんなことしてくれって頼んだよ!」

「それが彼女に会わない理由になるのか?このままだと給料泥棒になってしまうと彼女は悲しんでいるそうだが。」

 陛下の言葉に王子はみるみる青ざめ、さっきまでの勢いはどこへやらです。

「まぁ…いきなり彼女を連れてきた私にも責任はある。もし今日もお前が彼女に会わないつもりなら私が会いにいこう。今夜にでも。」

「はぁ?!」

「楽しみだ。城下で一番の春嬢があんなに可憐な女性だとは思わなかった。ぜひその人気の理由を確かめるとしよう。自分の体で。」

「殺すぞ、くそじじい。」

 青かった顔がみるみる真っ赤になります。私の主は本当に忙しい方です。

 私、クリストファー・アグニスがお仕えするケイニアス様はこの国の第二王子でありながら、言葉が汚いことがやはり欠点ですね。

「陛下、発言をお許しいただけますか?」

「なんだクリス。珍しいな。」

 使用人の子どもながら幼い頃から王子と共に育ち、こうして執事として雇われている身。ケイニアス様の長所も欠点も熟知しております。

「皇后様が亡くなられて十年。とはいえ国王陛下の人気は衰えず、後妻の話も後を絶ちません。たとえ春嬢といえども国王陛下が夜を共にされるのはいかがかと存じます。」

「ほぉ、ではどうしろと?」

「お許しいただけるのならば、わたくしがマリア様に会いに行って参ります。今夜にでも。」


 静寂。窓の外で鳥の囀ずる声しか聞こえません。


「クリス…………。」

「はい、陛下。」

「抜け駆けは許さんぞ!私だって彼女とお近づきになりたい!」

 城下や国民の間で国王陛下の知性や威厳が讃えられていることは存じております。しかし、王城に使える者たちの陛下への印象はそれとはだいぶ異なるのです。いろんな意味で。

「私だってそうです!一晩で10枚もの金貨が消える春嬢なんて前代未聞ですよ!わたくしの給料では何年がかりになると思ってるんですか!?」

 国王陛下に対してこんな軽口が許されるのは多分この国くらいでしょう。決して真似をしてはいけません。

「しかも!失礼ながら、私はもっと…こう…派手な女性がいらっしゃると思ってたんです!それが何ですか、あの可憐な女性は?言われなければ誰も春嬢だと気づきませんよ!はっきり言ってタイプです!」

「クリス!私もそう思っていたんだ!まるで少女のような顔と体に、あの豊満な胸!」

「そもそも!全ての元凶はケイニアス様ではありませんか!」

 我々の剣幕に言葉を失っている第二王子。しかし反論の余地など与えません。

「マリア様は国中の男たちの憧れと言っても過言ではございません。そのマリア様に筆下ろししてもらった挙げ句、1ヶ月間も彼女を独占できる権利をもらっておきながらそれを放棄するとはどういうことですか!」

 何を思い出したのか、またまた赤い顔になるケイニアス様。そんな顔をするくらいならさっさと会いに行けばいいのに。

「そうだ!お前は彼女と天国を見たのだろう、次は私の番だ!」

 国王陛下は若干ズレたことを仰っている気がします。

 バンっ!

 ケイニアス様はそのまま部屋を出ていかれました。

「ふぅ…このくらい焚き付ければ、さすがに会いに行かれるでしょう。」

「本当か?さらに意地になりそうにも見えるが…。」

「そうなったら本当に馬鹿王子です。」

 一体なにをそんなに気にしているのか。1ヶ月間という貴重な時間の3日間を無駄にするほどのことでしょうか。

「それにしてもクリス。お前だいぶ本気だっただろう?」

「それは陛下も同じではありませんか。演技には見えませんでしたが。」

 皇后様が亡くなられてから、国王陛下は自分のお気持ちを表に出すことがほとんどなくなりました。しかし、ここ最近はなにやら楽しそうです。

「しかし、彼女は綺麗な黒髪だったな。まさしく女神だ。」

「どういう意味でございますか?」

「そうかお前は知らなかったな。女神アルチェと妹のアーリは黒髪の乙女だと言われている。」

 この国では偶像崇拝が禁じられている。アーリの姿絵の過ちを繰り返さないためです。

「アイツにとっての女神になるといいがな。」

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