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第四章

34話~ラディアル視点~

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 34話~ラディアル視点~

 わたくしは、人間が好きです。死霊として誕生してから今まで、人間のどんな醜態を見ても、その気持ちは変わりませんでした。美しく、愚かで、儚い、そして浅ましい人間がたまらなく愛しい。

 そんな人間の生み出したものの中で、わたしがこよなく愛するものがふたつ。1つは本。ありとあらゆることを記し、後生に伝える書物は、私にとってかけがえのないものです。
 そして、もうひとつは人形です。人間によって作られる写し身。笑っているようにも悲しんでいるようにも見えるその美しいお人形たちが私の心を掴んで離さないのです。

 いま、私の大切な城、国立図書館に、美しい美しいお人形を匿っています。その艶やかな髪、つぶらな瞳、細くたおやかな体。まるでお人形が動いているよう。
 初めてお見かけした時から、私は彼女に着せたい服や、してほしい髪型を考えることが楽しくて楽しくてたまりません。それがいま、私の手元にある。なんという幸せでしょうか。

 あの脅迫状の犯人に感謝したい気持ちでいっぱいです。


 以前より、綾様の周りはたくさんの噂で持ちきりでした。その噂話の趣きが変わってきたのはいつごろだったでしょうか。
 彼女が魔王城でのお披露目を終え、我が主オアゾ様との対面を終えられてしばらくした頃から、彼女への噂はひどく危ないものが混じるようになりました。
 魔王陛下の魔力が直接及ぶ魔人国内は比較的平和でしたが、獣人国ビスティア、そして死霊国ゴシカでは、彼女への興味、関心がひどく卑猥なものに変わっていました。

 簡単に言えば、彼女の体を奪えば、どれだけの快楽が得られるのかというものです。魔界で魔力を持つ者にとって、魔力と人間の持つ欲望、その両方をもち、さらにあの魔王陛下まで魅了する美しさまであわせ持つ彼女は、喉から手が出るほど欲しいもの。たとえ魔王陛下のものであったとしても、それは恐ろしいほどに魅力的なのです。

 それなのに、陛下は綾様の側にメイド一人を置くのみ。無防備にもほどがあります。清らかな彼女の側に男を置きたくない気持ちは分かりますが、それにしても手薄い。あの護衛隊長にも、忠告したのに、さして意味はなかったようです。
 今回の魔王城への侵入者、そして綾様への脅迫状、千春様の行方不明。全て犯人は同一と考えるのが自然でしょう。
 そして、私には犯人の心当たりがあります。しかし、それを裏付けるものはまだなにもありません。まずはそこから探さなくては。

 しかし、できることなら、いまの幸せが1日でも長く続きますようにと祈ってしまうのです。

 * * *

 首都中央議事堂執務室ゴシカ宰相であるオアゾ・ローゼンフェルドの仕事場であり、その第二秘書官であるラディアルの職場でもある。

 図書館から歩いて20分ほどの距離を行く彼女の足どりは今日はひどく軽やかだ。朝から、彼女の服と髪を整え、今日は手作りのクッキーまでもらってしまった。誰も見ていなければスキップでもしてしまいそうだ。

(あぁ、どうして食べ物は永久保存できないのでしょう。
 できることなら、一生飾っておきたいくらいです。)

 本当にケーキを焼いてくださるなら、フリルたっぷりのドレスを着せて、お茶会をしたい。
 妄想にニヤニヤが止まらないまま、あっという間に議事堂に着いてしまった。その扉を開ければ、ラディアルの表情はいつもの無表情に変わる。

「おはようございます。」

「「おはようございます!」」

 受付へ挨拶し、そのまま執務室に向かう。今日1日の予定を確認しながら、何時に図書館に戻れるかを計算する。
 図書館の地下室の存在はラディアルしか知らない。図書館には魔力封じが施してあるため、たとえ盟約を結んだ魔王陛下であっても彼女の居場所を探すのは困難だ。
 しかし、永久に彼女を隠すのは不可能だろう。特に、我が主オアゾ様の前では。

 コンコンっ

「失礼します。ラディアルです。」

 執務室の大きな扉を開けると、奥に宰相の執務机、その前に豪華なソファセット、壁には1面本棚が並ぶ。しかし、その机に主の姿はなかった。

「ラディアルさん、おはようございます。」

「おはよう、フィールディくん。」

 くすんだ金髪に碧眼の美青年。しかし、その瞳には光がなく死んだ魚のよう。180センチ以上の長身も、そのやる気の無さからくるだらしない姿勢の前では宝の持ち腐れだ。
 フィールディ・サラクライス、宰相の第三秘書官である。

「今日は早いのね。」

「オアゾ様が用があるって呼び出したくせに、本人がいないんです。」

「オアゾ様はどちらへ?」

「いま、アルデバランから使者が来てるそうですよ。魔王陛下の伴侶の件で。」

 綾様の失踪から今日で三日目。魔人国内では、どんな騒ぎになっているのか。そして魔王陛下は、犯人を誰だと考えているのか。

「私達、死霊国内の誰かと疑われているのでしょうね。」

「まぁ当然じゃないですか?オアゾ様もご執心でしたし。」

 綾様との謁見を終えてから、オアゾ様は彼女に何度も手紙を送っております。綾様本人からの返事はもらっていませんが、送った手紙を陛下がお読みになっていることはオアゾ様も分かっておいでです。その上で、熱烈なラブレターを送っているのですから、本当にいい性格をしていらっしゃる。こんなとき、真っ先に疑われても仕方ありません。

「でも、オアゾ様ならもっと上手くやるでしょう。人質とって、脅迫とか、やり方が雑すぎ。やるならもっとちゃんとやればいいのに。」

「あら、珍しいですね。フィールディくんがこういうことに興味を持つなんて。」

 何事にも興味を示さない彼が、今日はひどく饒舌です。

「僕まだ一回も会ってないんですよ、その噂の方に。このまま帰って来なかったら困るじゃないですか。」

「あなたも陛下の伴侶には興味があるのですね。」

「興味っていうか、好奇心っていうか……。」

 ふと黙ると、フィールディは鼻をひくつかせる。

「なんか今日、ラディアルさんすごい甘いにおいします。お菓子持ってます?」

 彼女から貰ったクッキーをポケットに入れたままの私は、心の中で舌打ちをした。これだから、彼は油断ならない。

 フィールディ・サラクライスは世にも珍しい死霊と獣人のハーフだ。見た目は死霊族だが、獣性も持ち合わせていて、人よりも感覚が鋭い。
 死霊族と獣人族は太古の昔から犬猿の仲で子どもはおろか、結婚さえもほぼない。そのハーフというだけで彼はこの秘書官という役職に就いたとも噂されている。

「さっき受付の方からいただいたんです。お昼に食べようかと思って。」

「いいなぁ、あとで僕も貰おう。」

 獣人は、なぜか甘党が多い。フィールディも甘いものには目がなかった。絶対にこのクッキーはあげないけれど。

 ガチャっ

 ゆっくりと執務室の扉が開き、部屋の主が入室した。今日もひどく顔色が悪い。まぁ、それはいつものことだが。
 伸ばした黒髪をひとつに束ね、ゴシカ宰相専用の議員服は黒一色でまるで喪服みたいだ。肩に着いた金の装飾だけが場違いのように輝いている。190センチ以上の長身も、ひどい猫背と細い体のせいで不健康そう。爬虫類のような黄色の瞳が、ギョロギョロと主張している。
 もう少し顔色がよく、もう少しシャキッと立てば、かっこよく見えなくもない。

「おはよう。朝から疲れました。」

「「おはようございます。」」

 フィールディと2人、深く礼をする。我が主、ゴシカ宰相オアゾ・ローゼンフェルドは朝から不機嫌そうだ。

「綾様への脅迫状は、いまだ出処が分からず、侵入者も捕まらないまま、陛下はひどく焦っているようですね。」

 執務机に座りながら、大きなため息をつく。

「そんなにイヤなら、もっとちゃんと囲っておけばいいのに。美しい鳥は、綺麗な鳥籠につないで、逃がさないように見張らないと。私なら、外に出したりしないのに。」

 どうやら、魔王陛下も死霊国内への疑惑はあるものの、決定的な証拠はなにも掴めていないようだ。使者も帰された。

 そのまま朝のミーティングを行い、1日の予定を確認する。仕事を早く片付ければ夕方には図書館に向かえるだろう。

「では、わたくしは失礼いたします。」

 ラディアルは執務室を離れ、雑務処理に向かう。

 * * *

「オアゾ様、僕に用ってなんですか?」

 執務室で宰相と二人。普段なら第一秘書官がいるはずだが、今は席を外している。あの人が宰相の側を離れるなんて珍しい。

「さっき、ラディアルとなにを話してた?」

「魔王陛下の伴侶を脅迫した犯人は雑だよねって。」

「それから?」

「ラディアルさん甘いにおいしますねって、あぁ、僕もお菓子もらいに行かなきゃ。」

 オアゾ様はなにやら考えこんでいる。僕には分からない難しいことだろう。

「フィールディ、今日の仕事はどのくらいで終わる?」

「やる気出したら夕方には終わりますかね。」

「あとでお菓子持っていかせますから、やる気だしてもらって。」


「仕事が終わったら、図書館に行って、おつかいをしてきてください。」

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