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第一章
2話
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2話
その日私は常連の原田さんのテーブルについていた。よく私を指名してくれるおじさまで会社での中間管理職の大変さをたくさん話してくれる。お客様はみんな話を聞いてほしくてやってくる。話の内容は会社の愚痴、家族の愚痴、はたまた猥談までなんでもあり。どんな内容でも楽しそうに興味深そうに聞くこと、そして相槌をうつこと。それができたらだいたい大丈夫。私はそう思っている。
明日は朝イチで大事な会議があるからと早めに帰る原田さんを外まで見送り、店に戻ると入口でオーナーから声をかけられた
「アヤお疲れ様。いま大丈夫?」
「オーナーお疲れ様です。」
オーナーは白髪混じりの髪を綺麗に真ん中分けにしたひと昔前の俳優さんみたいな渋い人。この『アイリス』の他にも2店舗キャバクラを経営している。私はもともとオーナーの他のお店で働いていて、1年くらい前このアイリスが開店する時に移ってきた。
「この後指名入ってる?」
「いえ、今日の指名はこれで終わりです。」
「じゃあこのあとアリサのVIPテーブルに入ってくれる?大事なお客様なんだ。」
「VIPですね、わかりました。」
笑顔で応えると、そのまま店内に戻る。
アリサはうちのナンバー1キャバ嬢だ。派手な金髪の巻き髪に胸元がガバッとあいた、体にぴったりしたロングドレス。鼻筋の通った派手な美人。お客様の名前をしっかりと覚え、自身の容姿を磨くことに努力を惜しまない不動のナンバーワン。そのアリサがついているということは相当大事なお客様なんだろう。粗相のないようにしないと。
そう思いながら店内の奥に向かうと、入口近くのボックス席から不穏な話し声が聞こえた。
「お前、俺だけだって言ったよな。」
「当たり前じゃん、リュウジだけだよ。」
声を荒げるホスト風の男と隣に座っているのは、うちの店のナンバー2のユリだ。ユリはアゴのラインで切り揃えた茶髪に色白で切れ長の目が印象的な和風美人。客あしらいが上手く、指名客も多いが同じくらいトラブルも多い。客とすぐ関係をもち、恋人になる。それだけならまだいいが、同時に何人も関係をもち、バレて最後はドロドロの修羅場。店で客同士が揉め出したこともある。ナンバー2だからと見逃してもらっているが、オーナーも頭を悩ませていた。
(また揉めてるよ。いい加減そういう男はやめればいいのに。)
そんなことを思いながら、店の一番奥にあるVIP席に近づく。
「失礼します。アヤです。よろしくお願いします。」
そう言って小さくお辞儀をする。顔をあげると、アリサが
「うちの可愛い系ナンバーワンのアヤです。アヤ、こちらに座って。」
「はーい。」
パッとテーブルを観察する。目を引くのはアリサの左隣の外国人だ。ソファに座っているのに立っている私と目線があまり変わらないくらい背が高い。褐色の肌に彫りの深い顔、色素の薄いグレーがかった瞳と同じ色の波打つ髪を伸ばしゆるく結わいて後ろに下ろしている。パッと見はアラブ系のようにも見えるが、どこの国の人かはわからない。高そうなスーツを着崩しているが胸板の厚みがすごい、マッチョなハリウッド俳優のようだ。その外国人の隣には真面目そうなサラリーマン風の日本人、アリサの右隣には茶髪でチャラそうなホスト風の男が座っている。
「失礼しまーす。」
サラリーマン風の男の前を通り、外国人との間に座る。
「こちら貿易会社社長のギルバートさん、出張で日本に来ているんですって。そちらは秘書の田中さんと、こちらは運転手の佐々木さん」
アリサが順番に紹介してくれる。サラリーマン風の男が秘書の田中、チャラ男が運転手の佐々木。この見た目で運転手なんだ。
「初めまして、アヤです。よろしくお願いします。」
仕事用の名刺を取り出し、社長だというギルバートに手渡す。すると、
「初めまして、ギルバートです。ギルと呼んでいただいて大丈夫ですよ。」
ものすごい流暢な日本語で返ってきた。笑顔と白い歯がまぶしい。
「日本語お上手なんですね。びっくりしました。じゃあ…ギルさん?」
「はい、仕事相手が日本人の方が多くて、たくさん勉強しました。」
そう言ってまた笑顔。ちょーイケメン。
「お仕事だけじゃないじゃないですかー。田中さん困ってますよー。」
そう言いながらアリサが話し出す。
「ギルさん、いま結婚相手探し中なんだって!日本に来た目的は仕事よりそっちがメインなんですって!」
そう言いながらアリサがスッとギルさんの膝に手を置いた。
「でも、会う人会う人みーんなお断りしてるって。」
「私にはもったいない人ばかりだったので。」
ギルさんは苦笑いしながら、さっとアリサの手をどけた。
(なるほど、足は触られたくないのか)
私は前のお店で先輩キャバ嬢から言われたことを思い出す。
『男の人ってボディタッチ好きだけど、どこでもいいから触ればいいってもんじゃないのよ。』
そう言った先輩は自らの経験論を話すのが好きな人だった。
『まず、その人が女の子のどこを触ってるかみるのよ、肩を抱いてくる人は肩、太ももさわってくる人は太もも、その人が触るところってその人が触ってほしいところなのよ。
逆に触られてイヤそうなところはすぐやめたほうがいいわね。軽いやつって思われるわ。』
なるほどと思った私はこの経験論を結構活用している。
ギルさんは足はイヤと、なら手はどうかな…と手を伸ばそうとしたタイミングでウェイターが近づいてきた。
「失礼します。すみません、アリサさんご指名です。」
「はーい。ギルさん、田中さん、佐々木さん、ちょっとだけ失礼しまーす。」
アリサは立ち上がっていく。今日もナンバーワンは忙しいらしい。
「すみません。私で我慢してください。」
そう言ってギルさんのグラスにお酒をそそぐ。
「我慢なんてとんでもない。アヤさんとても綺麗です。」
笑顔が作り物みたいに整っていて、お世辞でも嬉しい。
「こんなにかっこよかったら、お相手なんてよりどりみどりですね。」
そう隣の田中さんに話を振ると、困り顔で
「お相手の女性は乗り気でも本人がどうも……」
と額の汗を拭っている。
「社長、理想が高いんじゃないですかー。今日会った人だってめっちゃ美人だったのにー。」
と運転手の佐々木さん。社長にその言葉遣いでいいの?
「理想なんて…ただもう少し考えたいんだよ…」
運転手の言葉遣いなんて気にせず、当の本人はだいぶ疲れた顔をしている。
「いい方が見つかるといいですね。」
ギルさんの手をスッと握ってみる。
少し驚いた顔をしながらも、手を離されたりはしなかった。
「明日は…」と話をつづけようとしたそのとき…
「てめぇ、ふざけんのもいい加減にしろよ!!」
入口あたりから大声が聞こえた。
その日私は常連の原田さんのテーブルについていた。よく私を指名してくれるおじさまで会社での中間管理職の大変さをたくさん話してくれる。お客様はみんな話を聞いてほしくてやってくる。話の内容は会社の愚痴、家族の愚痴、はたまた猥談までなんでもあり。どんな内容でも楽しそうに興味深そうに聞くこと、そして相槌をうつこと。それができたらだいたい大丈夫。私はそう思っている。
明日は朝イチで大事な会議があるからと早めに帰る原田さんを外まで見送り、店に戻ると入口でオーナーから声をかけられた
「アヤお疲れ様。いま大丈夫?」
「オーナーお疲れ様です。」
オーナーは白髪混じりの髪を綺麗に真ん中分けにしたひと昔前の俳優さんみたいな渋い人。この『アイリス』の他にも2店舗キャバクラを経営している。私はもともとオーナーの他のお店で働いていて、1年くらい前このアイリスが開店する時に移ってきた。
「この後指名入ってる?」
「いえ、今日の指名はこれで終わりです。」
「じゃあこのあとアリサのVIPテーブルに入ってくれる?大事なお客様なんだ。」
「VIPですね、わかりました。」
笑顔で応えると、そのまま店内に戻る。
アリサはうちのナンバー1キャバ嬢だ。派手な金髪の巻き髪に胸元がガバッとあいた、体にぴったりしたロングドレス。鼻筋の通った派手な美人。お客様の名前をしっかりと覚え、自身の容姿を磨くことに努力を惜しまない不動のナンバーワン。そのアリサがついているということは相当大事なお客様なんだろう。粗相のないようにしないと。
そう思いながら店内の奥に向かうと、入口近くのボックス席から不穏な話し声が聞こえた。
「お前、俺だけだって言ったよな。」
「当たり前じゃん、リュウジだけだよ。」
声を荒げるホスト風の男と隣に座っているのは、うちの店のナンバー2のユリだ。ユリはアゴのラインで切り揃えた茶髪に色白で切れ長の目が印象的な和風美人。客あしらいが上手く、指名客も多いが同じくらいトラブルも多い。客とすぐ関係をもち、恋人になる。それだけならまだいいが、同時に何人も関係をもち、バレて最後はドロドロの修羅場。店で客同士が揉め出したこともある。ナンバー2だからと見逃してもらっているが、オーナーも頭を悩ませていた。
(また揉めてるよ。いい加減そういう男はやめればいいのに。)
そんなことを思いながら、店の一番奥にあるVIP席に近づく。
「失礼します。アヤです。よろしくお願いします。」
そう言って小さくお辞儀をする。顔をあげると、アリサが
「うちの可愛い系ナンバーワンのアヤです。アヤ、こちらに座って。」
「はーい。」
パッとテーブルを観察する。目を引くのはアリサの左隣の外国人だ。ソファに座っているのに立っている私と目線があまり変わらないくらい背が高い。褐色の肌に彫りの深い顔、色素の薄いグレーがかった瞳と同じ色の波打つ髪を伸ばしゆるく結わいて後ろに下ろしている。パッと見はアラブ系のようにも見えるが、どこの国の人かはわからない。高そうなスーツを着崩しているが胸板の厚みがすごい、マッチョなハリウッド俳優のようだ。その外国人の隣には真面目そうなサラリーマン風の日本人、アリサの右隣には茶髪でチャラそうなホスト風の男が座っている。
「失礼しまーす。」
サラリーマン風の男の前を通り、外国人との間に座る。
「こちら貿易会社社長のギルバートさん、出張で日本に来ているんですって。そちらは秘書の田中さんと、こちらは運転手の佐々木さん」
アリサが順番に紹介してくれる。サラリーマン風の男が秘書の田中、チャラ男が運転手の佐々木。この見た目で運転手なんだ。
「初めまして、アヤです。よろしくお願いします。」
仕事用の名刺を取り出し、社長だというギルバートに手渡す。すると、
「初めまして、ギルバートです。ギルと呼んでいただいて大丈夫ですよ。」
ものすごい流暢な日本語で返ってきた。笑顔と白い歯がまぶしい。
「日本語お上手なんですね。びっくりしました。じゃあ…ギルさん?」
「はい、仕事相手が日本人の方が多くて、たくさん勉強しました。」
そう言ってまた笑顔。ちょーイケメン。
「お仕事だけじゃないじゃないですかー。田中さん困ってますよー。」
そう言いながらアリサが話し出す。
「ギルさん、いま結婚相手探し中なんだって!日本に来た目的は仕事よりそっちがメインなんですって!」
そう言いながらアリサがスッとギルさんの膝に手を置いた。
「でも、会う人会う人みーんなお断りしてるって。」
「私にはもったいない人ばかりだったので。」
ギルさんは苦笑いしながら、さっとアリサの手をどけた。
(なるほど、足は触られたくないのか)
私は前のお店で先輩キャバ嬢から言われたことを思い出す。
『男の人ってボディタッチ好きだけど、どこでもいいから触ればいいってもんじゃないのよ。』
そう言った先輩は自らの経験論を話すのが好きな人だった。
『まず、その人が女の子のどこを触ってるかみるのよ、肩を抱いてくる人は肩、太ももさわってくる人は太もも、その人が触るところってその人が触ってほしいところなのよ。
逆に触られてイヤそうなところはすぐやめたほうがいいわね。軽いやつって思われるわ。』
なるほどと思った私はこの経験論を結構活用している。
ギルさんは足はイヤと、なら手はどうかな…と手を伸ばそうとしたタイミングでウェイターが近づいてきた。
「失礼します。すみません、アリサさんご指名です。」
「はーい。ギルさん、田中さん、佐々木さん、ちょっとだけ失礼しまーす。」
アリサは立ち上がっていく。今日もナンバーワンは忙しいらしい。
「すみません。私で我慢してください。」
そう言ってギルさんのグラスにお酒をそそぐ。
「我慢なんてとんでもない。アヤさんとても綺麗です。」
笑顔が作り物みたいに整っていて、お世辞でも嬉しい。
「こんなにかっこよかったら、お相手なんてよりどりみどりですね。」
そう隣の田中さんに話を振ると、困り顔で
「お相手の女性は乗り気でも本人がどうも……」
と額の汗を拭っている。
「社長、理想が高いんじゃないですかー。今日会った人だってめっちゃ美人だったのにー。」
と運転手の佐々木さん。社長にその言葉遣いでいいの?
「理想なんて…ただもう少し考えたいんだよ…」
運転手の言葉遣いなんて気にせず、当の本人はだいぶ疲れた顔をしている。
「いい方が見つかるといいですね。」
ギルさんの手をスッと握ってみる。
少し驚いた顔をしながらも、手を離されたりはしなかった。
「明日は…」と話をつづけようとしたそのとき…
「てめぇ、ふざけんのもいい加減にしろよ!!」
入口あたりから大声が聞こえた。
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