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第四章 アメリカムラサキバン
06.それからの火食鳥と水鶏【完】
しおりを挟む信じられないぐらいの気持ちよさを味わってしまった、と、レイルは思う。
こんなすごい事をされてしまったらもう後戻りできないな、とぼんやり考えながら、一体どこに後戻りするつもりなんだと思わず笑う。後戻りする必要はないし、そもそもこんなすごい事を自分にしでかす相手は、自分の生涯の唯一だ。
きっとこれから、龍という存在である間ずっと一緒に暮らして、次代の龍の時代がやってきたら共に空へと還るのだ。そんな、根拠のない確信がある。
根拠はないが、これは本能が知っている。間違いなく、レイルの未来はそうなるだろう。
それよりも、無人島とは言え青空の下で最後までやってしまったなんて。
信じられない。自分はそんなことのできる人間だっただろうか。いや、できる人間になったのだ。だって、カジュリエスに対して「……どちらの意味でも。どちらが良いですか?」そう言った時には、瞬時に島全体を覆う程の外から見えない魔術を施してしまった。施せてしまった。
それでも尚、自分の魔力は枯渇せずに潤沢にあるのを感じる。龍ってすごい。
そんなことを、廃屋の中に寝転びながらレイルは思う。
先程まで寝転んできた木の根本は、自分が体液を飛ばしてしまったことからなんだか居たたまれなくなってしまい、場所を移動した。廃屋なので屋根はないが、床が残っている為に、そこに寝転がっている。
遮るものがなくて眩しい、と文句をいったら、カジュリエスがレイルに覆いかぶさるようにしながら、その漆黒の羽を広げて太陽の光を遮ってくれた。
「これから、どうするんだ?」
優しくほほえみながら、カジュリエスが聞く。
レイルはもう知っている。この問いかけが、カジュリエスが巡察官として自分の動向を探るためなどではなく、純粋に知りたくて聞いているのだということを。
そうして、何と答えたところできっと目の前の男は気にせず「そうか」と受け入れてくれるのだろうなということを、知っている。
「わからないけど……。おれ、王城には住みたくないな……」
「いいんじゃないか。だが、今までの借家ではちょっと手狭だろうが……」
「父さんの家があるだろ、あそこに。くれるって言ってたし魔力を封じる布が中庭にあるから、そこにこもれば自分で魔力をおさえなくてもゆっくり休めそうだし」
「そうか、俺も一緒に引っ越す」
レイルの髪の毛を束にして手で弄びながら、当然のようにカジュリエスが言う。
「あとは……」
「うん?」
「この島……おれ気に入ったんだけど……ここって、買ったらいくらぐらいするのかな、そもそも買える値段なのかな」
カジュリエスはレイルの髪を触るのを止めて身体を起こす。周囲を見渡しながら、答えた。
「ここなら安いだろうし……。本来龍は棲家に関しては好きなところを選べるはずだから……。だから、お前が本当にほしいなら、ほしいと一言言えば自分のものになると思う。ならないなら、俺が買う。それぐらいの貯えはある」
「ふふ、カジュリエス、かっこいいな」
レイルは褒めたつもりだったのだけど、カジュリエスは複雑そうな表情でレイルの方を向いた。
「俺だって必死なんだ。お前にかっこいいと思っていてもらいたいから」
「カジュリエスが?」
「どういう意味だよ」
「……じゅうぶん、かっこいいけど……」
「……いつまでも、そう思っていてもらえるかわからないだろ。それにそんなこと、初めて言われたぞ」
そういうものなのだろうか。
普段から自信のなかったレイルならいざしらず、カジュリエス程の男でもそう思うものなのかと新鮮な気持ちだ。
今までは自分に自信がなさすぎて……それから、自分は遊び相手だと勝手に勘違いしていたから戒めとして言わずに居たが、カジュリエスも言っていたではないか。「もうすれ違いはしたくない」と。
「カジュリエス……お前、おれにとったら……世界で一番かっこいいぞ……?」
だから、今まで言えなかったことを、これからは言っていこうと思う。
そう思って、レイルは素直に告げた。
「っ……そうか、……」
どうやら照れたらしいカジュリエスは自分の羽をばさり、と動かしながらそっぽを向いてしまった。褒められるのは慣れていないのだろうか。
「カジュ……」
「ん?」
「おまえ、普段から褒められ慣れてるんじゃないの、これぐらいで照れちゃうのか?」
「レイル……」
心底、と言ったようにため息をつきながらカジュリエスが再び覆いかぶさってきた。眼前にカジュリエスの顔面が見えるのだから少しドキドキしてしまう。
「他からいくら褒められても、意味なんてないだろう。俺はお前に褒めてほしいし、褒めてほしかったよ、いつだって」
カジュリエスの、どこまでも黒い瞳を見つめる。なんてきれいな瞳だろう。真っ黒で、ずっと見ているとどこまでも沈んでいきそうだ。
「カジュリエス……あの」
「なんだ」
「おれも……もう、すれ違いとか嫌だからちゃんと言うけど。……おまえがおれの人生にいなかったら……つまらなかったと思う。」
「……」
「……だから。おれを見つけて、おれを、愛してくれて、ありがとう……。おれ、カジュリエスに出会えてなかったら……本当にひどい人生送ってたと思うのわかるから……一緒にいてくれてありがとう」
ほんの少しだけ潤んで光るカジュリエスの瞳はどこまでも綺麗だ。
誰よりも強くて大きな脚と爪を持っている、とか、その職業が巡察官である、とか、国の中心の孵卵施設で育っているとか、そういう所に劣等感を持ったりせずにきちんと目を見て話せばわかっていたのかもしれない。
きっとずっとこの目でレイルをまっすぐに見てくれていたのに、今まで気づかずにいてしまったのが、少しもったいなかったなと思ってしまう。
レイルの瞳を覗き込むようにしながらカジュリエスが口を開く。
「俺は。……最初にお前の後ろ姿を見た時から、ずっとお前の全部が欲しくて仕方がない……レイル。羽の大きさとか、色とか、俺にとってはどうだって良かったんだ」
最初から、ずっと、ただのレイルを求めていたカジュリエス。遠回りをしてしまったけれど、ようやく理解できたような気がする。
「おまえ、……他にほしいものないの……?」
「ああ、ないぞ」
「……欲がない」
その即答っぷりに思わず、笑う。
笑ったレイルをみながら、カジュリエスも笑いながら言い募る。
「いや、欲まみれだ。レイル以外では満たされないからな。困ったものだ、一生そばに居てもらわないと満たされない」
「……わかった、一生、カジュリエスのそばにいる」
「ああ、そうしてくれ」
「それで、空に還る前に」
「……空に還る前に……?」
悪戯っぽい表情で軽口を叩くカジュリエスに益々楽しい気持ちになりながら、レイルは答えた。
「いつかおまえの有精卵を産んでやる」
―完―
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