上 下
26 / 36
第三章 タカ

01.心の無いコンドル

しおりを挟む

 バルチャーの人生は長い。

 自分がどんな親から生まれたのかはよくわからないが、寿命の長い種だったのだと思う。

 途中から数えるのも飽きてやめたので正確にはわからないが、今現在で既に四百年以上生きているはずだ。なのにまだ死ぬ気がしない。体力の衰えも、感覚の鈍りも感じないのでまだまだ当分の間生き続けるのかもしれない。

 生まれてすぐに教育係から言われた。


「バルチャー、あなたは将来、医術師となり国に仕え、空龍様のお世話をするのですよ」


 まだ幼かったバルチャーは、その医術師や空龍様と言うものがよくわからなかったが、当時から聡く自分の立場を理解していたため、はい、と答えた。口答えはしない。
 その為だけに勉学に励み医術を学ぶのと同時に、空龍の世話の仕方を実地で見て学ばされた。


 当時の空龍は、同じく空龍の世話係を任命されていた男とつがいであり、世話係はいつも空龍の側にいて彼の言う事を聞いていた。

 空龍の魔力は圧倒的で、その身体から出る周りへの威圧感が強大すぎて番以外は他者をまともに寄せつけもしなかった。
 ただし、人型を取っている時は、その身体から滲む覇気が軽微になる事は、一体いつ気づいたのだったか。それに気づいてからのバルチャーは世話の仕方を学ぶ事は止めて空龍の生態を観察することに長い時間を費やした。


 空龍は不定期に龍型になり空へと飛び立つ。


 飛び立つたび、王城は、周囲に住まうものは、畏れその一方で敬い城の内外はひどく落ち着きがなくなる。日常の些細な事でも変化を好まないバルチャーはできればあまり出かけてほしくないと思い、彼らの出かける理由も観察した。


 空龍もしくは空龍の番が、気分転換の散歩や外に遊びに出かける時が最も回数が多い。
 肝心の龍本来の務めである、神の気紛れで起こる、大荒れの空や人間に害を及ぼすであろう病が振り撒かれる時、それらを止める為に飛び立つ事は実はそう多くないと学んだ。


 そうしておよそ百年、空龍の生態を観察し続けていたある日、とうとうその日がやってくる。


 現空龍の守護の力が弱まり、次代の龍を作る時だ。
 龍は番と閨にこもり、営み、番の腹へと魔術で作った核を植え付ける。空龍の核を植え付けられれば女性でなくとも卵が産める事に驚きながらも、産まれてくるのは己が世話をする龍だ。だからバルチャーは黙って観察を続けた。

 バルチャーは他の医官達とその時を待つ。
 植え付けられてまもなく、番は後孔からいとも簡単に核が卵へと変化したものを産みおとす。

 卵が孵り、中身が成人すると現空龍は消える。それがこの世の、西浮国の理だ。

 で、あるなら。
 それまで、中身が成人するまでにやらなくてはいけない事をバルチャーは考える。ただ闇雲に、空龍を崇め奉り世話をするだけではいけない。この先も何百年何千年、不確かなものに国が振り回され続ける。これまでに長いこと続いてきたその愚かな風習は今ここで途絶えさせなくてはいけない。


 
 バルチャーは、自身の使命をまっとうすることに執着していた。


 王の元へ通い、進言し、話し合い、正論をぶつけ、時にそそのかし、そうして新たな次代の空龍への善後策は決まる。
 それらの決定は、その時にはまだ卵の中におり何も知らずに眠っていた、次代の龍であるピーファウルの人生の運命が決まったのと同義でもあった。


 ピーファウルが孵った後、バルチャーは幼いピーファウルから片時も離れずに教育した。


 それまでの空龍がされていたように、崇め奉ることはせず、自分はあなたの番なのだと、あなたの唯一で絶対なのだと教え込む。
 番の言うことは何があっても絶対に聞くものなのだと、まだ何も知らないピーファウルに何度も何度も繰り返す。ピーファウルが自分ひとりでは何も考えられなくなるように。その全てを、自分が、人間が操ることができるように、何度だって、繰り返す。


 幼いうちから性教育をも施した。ピーファウルが精通をむかえた後、バルチャー自身が知らないうちにどこぞで子をなしては困る。
 仕組みはよくわからないが空龍とは男相手にすら卵を産ませられるような存在だ。男も女も全てを相手にして次代の龍候補をあちらこちらに作ってばらまかれては、こちらの管理が行き届かなくなり、この先の計画が台無しになってしまう。
 だから貞操帯のようなものを作らせて、まだ性というものがよくわかっていないピーファウルの股間にはめこんだ。
 最初のうちは、自分の股間につけられた銀色のつやつやした綺麗なものに喜んでいたピーファウルだったが、大きくなるにつれ生理現象によって股間が膨らむたびに、ピーファウルはその痛みで泣いた。何度も泣いて痛みで叫び、悶え苦しみ、お願いだからこれを外してと涙を流しながら縋ってきた。それでも。


 それでも、バルチャーはそれを外すことはしなかった。

 そのうちピーファウルは泣くのをやめた。


 泣かなくなったピーファウルを見ても、バルチャーは特に思うことはなかった。そもそも、泣いているピーファウルを見ても、思う所なんか何一つなかったのだから。

 ただ、そのうちに、困った事がひとつ。

 生きているものの自然の摂理として、そして、成人の証として、ピーファウルに発情期がやってきた。バルチャー自身にも発情期はあったはずだが、煩わしいといつも薬で散らしていた為、そこに頭がまわらなかった。

 再び、ピーファウルが痛いと泣くようになった。
 幼子の頃とは違い、まもなく成人する人型だ。そして、この発情期が終われば彼は次代の龍へと成るのであろう。

 仕方がないのでバルチャーは今度は対策を講じることにする。

 まず最初に、投薬にてピーファウルの欲を散らす事を試す。
 だが、ピーファウルは元が人間ではなく龍になる個体であるためか、薬がほとんど効かない事がわかった。

 で、あれば。バルチャーは過去の文献を読み漁る。西浮国に残る全ての医術書を紐解く。そうして、見つけたのが「射精不能者の精液採取方法」だ。

 バルチャーにとってピーファウルは、管理対象でありながらも実験体と同等の扱いになっていることにもはやバルチャーは気づかない。

 周囲の医官や、王族ですら、バルチャーのやることに口出しや手出しはできない。その時点でバルチャーの握る国内での実権は膨大なものとなっていた。
 だが、もしかしてこの時点で誰かが止めてさえいれば、後にバルチャーもピーファウルも、別の人生を歩んでいたのかもしれない。


 止める者のいない、導き出された答えは。


 バルチャーは、ピーファウルの後孔へ鉄の棒を突っ込んだ。突っ込んで、躊躇すること無くその棒に微弱な電流を流した。


 ピーファウルは泣いた。
 ぽろぽろと涙をこぼして静かに泣いた。
 なぜピーファウルが泣いたのかやはりバルチャーには理解できなかったが、その方法により陰茎に力はないまま微量の精液が出たことで、ピーファウルの発情期は終わりを迎えた。


 ピーファウルが発情期を終えてしばし。


 王城内の龍の部屋にいたはずの空龍が久方ぶりに龍型へと姿を変え、ゆったりと空へと飛び立つ。口にはだらりと力をなくした番である世話係を咥えて。世話係がその時点で生きていたのか、死んでいたのか、もはや誰にもわからない。

 龍の世代交代がなされる。
 西浮国の頭上をゆっくりと旋回し、高度をあげていく空龍。

 どんどん小さくなっていく空龍はその後、王城から見えなくなり番と共にこの世界から消える。

 同時にピーファウルの身体から無尽蔵にも思える魔力が溢れ出す。

 歴史的とも言える空龍の世代交代が目の前で成った瞬間、バルチャーは何の感慨もなく、ただただそれを受け入れた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...