空色の龍の世界で、最下層に生まれた青年は 〜すべてをもっているひと〜

朝子

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第一章 クイナ

06.誤解に気づく黒い爪 ※

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 よろけながらも、なぜかレイルが立ち上がる。

 横になっていないときつい程に身体が辛かったのではなかったのか、と思い、それから何か理由があって立ち上がったのだろうと様子を見ていたのだが、レイルはカジュリエスの真横を通ってそのままふらりふらりと部屋を出て行ってしまった。

 便所に用を足しにでも行ったか、と大人しく待ってしばし。


「あれ? カジュリエスのつがい、戻ってこないですね?」


 バルチャーの呑気な声に、ようやくおかしいと思ったカジュリエスだ。ボケにも程がある。


「様子が変でしたね、カジュリエスの番。体調が悪い以外にも苛立ってるように見えたけど……探してきたらどうです? ここで待ってますから。戻って症状を診せるように説得してきてくれると助かります」
「ああ、そうだな、……と、言うか一体レイルに何が起こっているんだ……?」
「番のあなたにわからないことはわかりませんよ。私にわかるのは病気の事だけです。それも診せてもらえないことには……」


 ごもっともな事を言われ、部屋を出た。
 あれだけ調子が悪そうだったのだ、そう遠くへ行っているとも思えない。

 レイルは、何度もカジュリエスに帰れと言っていた。
 わかってよ、頼むよ、としきりにお願いしていた。
 番と紹介されても困る、そうも言っていた。

 ――話したかった事って、これだろ?

 そう言うレイルは酷く悲痛そうな表情をしていた。

 そもそもカジュリエスはレイルからだろ、などと言われるような事はまだ何も話していなかったし、そこまで悲痛な表情になるような事とも思えない。

 カジュリエスが話したかったことは、これから来る自身の発情期についてなのだから。

 レイルとは今まで幾度となく……季節が二つ程巡る間付き合ってきたが、性行為について嫌がられていると思った事は一度も無い。その為、難色を示されたとしても断られるとは思わなかった。やる事すら嫌なら最初からカジュリエスをそういう関係に誘ったりしないだろう。

 と、言うことは、何かお互いに思い違いをしている事があるような気がする。
 そうでなければ、今まで共に過ごした時間の意味すらわからなくなってしまう。


 玄関を出て、さて、どこから探すかと思ったのとほぼ同時に、扉のすぐ脇の壁にぐにゃりと寄りかかって座るレイルを見つけた。
 遠くに行けるような身体じゃないことは、今日会った時からわかっている。

 レイルの正面に膝をつき、声をかけた。


「……レイル……? 大丈夫か? 部屋に戻ろう」


 レイルは俯いたまま小さく頭を振り、おまえらが帰るまでここにいる、と呟く。
 投げ出された手をそっと握った。ぴくり、と動いたものの振りほどかれることはなかった。振りほどく気力がないのかもしれない。繋いだ指先はとても熱く、ほんの少し震えている。


「レイル、……俺たちは、何か……お互いに誤解がないか?」
「さぁ……? あるかもな……」
「バルチャーと会って、話してくれ。その後で……誤解があるなら正したい。頼む、レイル」


 熱で熱くなっている手が、引き抜かれた。レイルの手を握っていたカジュリエスの手には何もなくなり、それがとてもさみしい。


「どうしておまえら官職に就いてるやつらは、自分本位なんだ、……番に会って、何を話せばいいんだよ、ほんの少しでもおれに、おれとの時間に情を感じていてくれていたなら……話せなんて言うなよ、……カジュリエスの番ですって言ってる男に、カジュリエスの性欲処理の相手ですとでも言えばいいのか?
 ……そんな自己紹介、……情けねぇだろ、無理だろ、察しろよ、察するのが無理なら頼むからそろそろ理解してくれ」


 ただならぬ言葉が聞こえてきてカジュリエスは耳を疑う。


「いや、おい、待て待て、俺の番はお前だよな?」
「……はぁ……? 今日連れてきたやつだろ、バルチャー? が、カジュリエスの番だってさっき自分で言ったろ」
「言ってないし言うわけないだろ、バルチャーにも番がいるし、俺にも選ぶ権利ぐらい……俺の番は、お前? だよな……? レイル?」
「いや違うはずだ……いつから、おれが……? おまえの番になった……?」
「最初から、一番最初にやった時、お前がベッドで寝るか? って誘った日からずっと番だろ?」
「違うけど……?」
「いや、そうだろ?」
「いや、違う」


 とうとう言い切られた。
 カジュリエスの頭の中は完全に混乱しているが、言い切った後に辛そうに息を吐くレイルを見て、まずはやるべき事をする事にした。


「悪い、持ち上げるぞ」
「は?」


 ぐったり座り込んでいるレイルを慎重に肩に担ぎあげる。
 え? あ? なに? と声をあげるレイルのお腹あたりをしっかり肩に固定して、ゆっくり歩き出した。顔の横にレイルの尻が来ている事は意識したらおしまいだ、そう言い聞かせて。


「やはり、お互い行き違いがあるだろ。話したい。
 だが、まずはバルチャーだ。あいつは今は巡察隊つきの医官だ。優秀な男だ、体調が悪いんだろ、診てもらってくれ。今の俺達に行き違いはあるが、巡察官の家族は無料で診てもらえるんだ、だから金の事は心配するな」
「家族……じゃない、けど……」
「そのつもりだったんだよ、俺は。ずっと」


 それほど大きな家ではない。すぐに寝室へと戻ると、レイルをベッドへと下ろす。室内で待っていたバルチャーへと場所を譲り、診察の邪魔になるかとカジュリエスは寝室を出た。
 いつも自分の物のように座っているソファへと身体を預けた。背もたれに頭を乗せて天井を仰ぎ見る。


 自分自身のこの気持ちを疑った事は一度もない。


 きっと、レイル以上に自分をここまで熱くさせる存在は後にも先にも現れないと思う。
 そして、この先レイルの気持ち次第ではその手を離してやれるかと聞かれたら、無理だ。レイルが何を思っていたとしても、カジュリエスからは離せない。
 自分が後戻りできない所まで来ている自覚はあるし、一度抱いてしまってからはあの存在を手放すなんて考え、今の今まで、意識すらしなかった。


 番なんてものは概念だ、それはもはや番だ、と周りから言われたことで柄にもなく浮かれてしまっていた。本人にきちんと確かめもせず、……レイルも自分を受け入れてくれていたように見えていたので、それに甘んじてしまっていた。

 悪かったな、と思う。同時に、悪いな、とも思う。

 レイルが何を言ってもこの先も離せないのであれば、結局はレイルの意見は聞かずに今と変わらずに過ごしていく。厄介な人間にレイルは捕まってしまったな、だから、悪いな、と。
 いや、本当は悪いなんて思ってすらいないのかもしれない。
 レイルが先程言っていた。「おまえら官職に就いてるやつらは、自分本位」だと。自分本位である自覚はある。

 それにしても、……レイルの身体は大丈夫なのか?

 そこまで考えた時、寝室の扉が開いた。天井から視線をずらして出てきたバルチャーを見ると、当のバルチャーはあまり見たことのない表情をしている。


「どうだ?」
「そうですね……何から話せばいいか……。取り急ぎ、一番重要な事を伝えますが……彼は、病気ではない」
「本当か! それは……よかった……が、でも本当に具合悪そうに見えたし熱もあったぞ」
「うーん……あなたの友人として伝えるなら……よかったですね、頑張って! と言って帰るんですが、さすがにそれじゃあ……。意味わからないだろうし……。
 医術師として伝えるなら……そうですね……。
 ……患者の番の方ですね、落ち着いて聞いてください。
 患者は今初めての発情期に酷く戸惑っている状態です。身体も心も、過去経験の無い事態に非常に混乱していると思われます。
 大丈夫です、取り急ぎ一度でも射精さえできれば、身体の混乱が落ち着いてスムーズに本来の発情期用に体調が移行するでしょう。現時点ではもしかしたら、自身の身体の変化に恐怖を覚えている可能性もありますので、まずは手伝ってさしあげると良いかと」


 患者の番の方ですね、から淀みなく張り付いたような笑顔で穏やかにバルチャーが告げる。無条件で信じて受け入れてしまいそうだが、いや、ちょっと待て。


「……お前、大丈夫か……? レイルにそんな寝込むほど強い発情期はないはずだぞ。孵卵施設育ちでもあるまいし」
「そうなんですよ、あなたと一緒にいすぎて引きずられましたかね……? まあでも、孵卵施設育ちじゃなくたって、誰にでも本能はあるんですからそういうことだってあり得るでしょう。
 私の診立てでは、あれは間違いなく発情なんですよ。医官人生を賭けてもいいです。だから治療も特にないです、どんな方法でもいいからまず射精させてください、それで解決」
「簡単に人生を賭けるなよ、適当なやつだな……でも、そうか、……レイルの発情期……」
「あなたもそろそろ入るでしょう、発情期。ちょうど良いから一緒に巣篭もったらいかがです? 隊には報告しときますから。あとは浮島亭か、……ついでだからそっちも上手いこと連絡しときますよ」


 長居する意味もないし帰ります。私も番に会いに行こう、最近うちの番は機嫌が悪くていけませんね。などとぶつぶつ言いながら、バルチャーは帰って行った。

 急に静かだ。
 寝室からは特に物音もしない。
 あそこの中に、発情期に入ったレイルがいるのか? そう考えただけで、心臓が大きく跳ねた。そのまま動悸が止まらなくなる。想像しただけでつられて自分もまだ先だと思っていた発情期に入ってしまいそうだ。
 まずは寝室に入らなくては。このままここに突っ立っていても仕方ない。
 カジュリエスは、足を踏み出す。
 寝室の扉を小さく叩き、開いた。


「……レイル? 大丈夫か……?」
「……カジュリエス……おれ、……どうしよう」


 仰向けに寝転んだまま、こちらも見ずに小さくレイルは呟いた。
 近づきながら声をかける。


「どうしよう、とは? わからない事があれば相談に乗るし、教えるぞ、発情期には割と詳しいから」


 そんな台詞を吐きながら自分自身に、なんだそれは、と心の中だけで突っ込んだ。こんな下心丸出しの言葉に乗ってくるやつがいるか。
 レイルはそんなカジュリエスにすがるような視線を向ける。


「ん……おしえて、カジュリエス……」


 はああああ??!! レイル??!! お前その答えは駄目だろ、悪い男に、いや、この場合の悪い男は自分のことだが、完全に良いようにされるぞ、なんだかんだ丸め込まれて最後は全部搾り取られるぞ、神様こんな最高かわいいレイルを自分の元に授けてくれてありがとうございます!!!!


 頭の中は非常に騒がしく、しかし、穏やかな表情を保ったままカジュリエスはレイルへと近寄った。


「ああ、確かにこれは」


 思わず声が出た。
 どうして気づかなかったんだろう。
 無駄に潤んだ目、紅潮する皮膚、輝くように滑らかな肌、いつもより早い呼吸、怠そうな身体、勃っていないと言うだけでそれ以外はどこをとっても発情期の様相だと言うのに、レイルが孵卵施設出身ではないと言うだけでその可能性を完全に排除していた。


「これは……なに?」


 不安そうな様子でレイルが聞く。
 レイルの髪を撫でた。指通りが気持ちがよく、レイルも気持ち良さそうにしている。


「いや、……辛いだろう、大丈夫だ、任せてくれ」


 まずは射精させれば解決、と、バルチャーが言っていた。

 レイルの様子につられて、自身の腹の奥底から何かがせり上がってきそうな、今すぐ目の前の番(仮)にのしかかって好き勝手に蹂躙したいような、純粋な、好きも何もない、ただの性欲が膨らんでいくのがわかる。
 お互いに好きな事をして気持ちよく全てを発散しながら気づいたら発情期が終わっていた、なんてことになれば最高だろうと思うが、自分の事はまた後で。
 最初になすべきことはレイルだ。


「少し、触るぞ」
「ん……あの、カジュリエス……」
「なんだ?」
「ごめん、あの……こんなことお願いするの、恥ずかしいんだけど……少し、こわいんだ、こんなの、初めてで……。
 お願い、……優しく、……してくれ」


 喉の奥から、裏返った変な声が出るかと思うほど驚いた。なんて事を言うんだ、この番(仮)は。


「レイル、そういう事を言うな、……優しくしてほしいと思うなら尚更だ」


 少し厳しい顔でそう告げたが、厳しい表情をうまく作れたかは、カジュリエス自身にももうわからなかった。

 レイルの唇を指でなぞり、軽く口付けた。レイルの唇が熱い。ぺろ、と唇を舐めながら、服の上からレイルの股間へと確認するように手を滑らせた。
 レイルの陰茎は兆してもいない。
 躊躇なく下穿きを脱がせて、反応していない柔らかいに香油を垂らした。滑りの良くなった手を、指を、優しく這わせ撫でているうちに徐々に硬くなってくる。
 前戯も何もない、我慢はさせない、どんな方法でもいいからまずは射精、その後でお楽しみが待っている。はずだ。
 同時にレイルの呼吸も荒くなる。腰を震わせながらカジュリエスの首へとしがみついてきた。潤みきっている目を合わせきて言う。


「カ、ジュリエス、だめ、なんか……なんか、だめ……っしらない、しらないの、きちゃう、っ……!」


 ぐちゃ、と香油で濡れきった陰茎を音を立てながら擦る。


「しらないのって……?」


 普段あまりお目にかかれない痴態に興奮して、思わず声が掠れた。


「わか、んないっ、……! なんか、なんか、カジュリエスっ、お腹の中、もぞもぞする、な、なぁ、凄いっ、もぞもぞ、する……!」
「気持ちいいってことか? レイル」


 涙目でこちらを見つめながら、うんうん、と首を縦に振る。頰が紅潮しているのと相まって、ひどく扇情的だ。
 ぱんと張った先の部分と、それから裏筋に連なる所を指の腹で引っ掻くように、手のひらで全体を擦るように刺激し続ける。


「ここ、好きだよな、レイル」
「ん、ん、うん、っ好き、すき、いく、かじゅ、……っもう、いく」
「ああ、いいよ」


 こめかみに口付けながら、更に手の動きを早めた。
 あ、あ、あ、と小さく声を上げながら数度腰を動かし、レイルは程なく吐精した。

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