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ウィレナーズ×ズィーロ編
11.幼馴染と過ごす人
しおりを挟む信じられない。
自分の恋人は人をからかったり意地悪したりしない、寡黙で落ち着いた年上の男だと思っていた。
なのに、あんな、誰が通るかわからないような場所で、あんな、……あんな、いやらしくからかってくるなんて、……あんな。
ズィーロは足を止めた。
恥ずかしすぎて走って逃げてきてしまった。
信じられないのは自分だ。ちょっとからかわれたぐらいで恥ずかしいからと言って悪態までついて逃げ出すなんて、いい年をした大人のやることじゃない。
しかも、からかわれて嫌だったのかと言えば、正直全く嫌じゃなかったし、むしろ完全に人が通らないとわかっている空間であったなら進んで「うん、意地悪して」ぐらい言い出しかねない自分が怖い。
幸せだ。
なんだか、涙が出そうなぐらい幸せだ。
ウィレナーズが自分を正しい意味で恋人としてからかってくる日がくるなんて思わなかった。夜、執事棟に戻ってウィレナーズとゆっくり過ごす時間が取れるようなら、悪態ついてごめんね、と、それから、意地悪してほしいって言おう
割といやらしい事を真剣に決意して、ズィーロはユージィンのご機嫌伺いに向かうべく足を進めた。
ここ数日まともに会っていなかった幼馴染は、緑の中で相変わらずきらきらと輝いていた。
以前、本人が気に入っていると言ってた宮の庭の真ん中で座り込み、庭の木々を眺めているようだった。
「ユージィン」
名を呼ぶ。
ゆっくりとこちらを振り向く眼の前のキラキラした生き物。自分で人外みたいになったと言っていたのも頷ける。
「ズィーロ、ん? ……なんか、気流が変わったか……?」
どきりとする。会って早々に気流が変わったなんて言われるとは思わなかった。
「さぁ? 俺気流とかわかんないですし……。ここ何日か風邪で寝込んでたからそれでかな?」
気流の事は全くわからないながら、とりあえずしらばっくれた。ユージィンはそもそもあまり興味がないのか、それとも騙されてくれたのか、追求はしてこない。
「外に出られるようになったんだな」
「ああ、最近は思いついた場所に針を刺してみてるんだが、三日ほど前に刺したのが予想以上に当たって歩くのが苦じゃなくなった。それ以来、できるだけ庭の散策をしている」
「思いついた場所に針を」
「……」
「良いのか、それ」
「……どうかな?」
あまり褒められた事ではないらしい。遠くを見ながら「昨日もシェルフェストに怒られたんだよ」とユージィンはぼやく。怒られても毎日刺している辺りがユージィンらしい。
「まぁ、でも、だいぶ回復したように見えるな」
まともに歩いて庭まで出て来られるなんて、少し前のユージィンは歩くことはできず立ったら立ったで倒れると騒いでいたのに。そして怒られていたのに。
着々と回復しているようで喜ばしい。
「恋は抗えず落ちるもの……」
「……はい?」
「お前が言ったんだ、以前。確かに、俺は気づいたらうっかり落ちてしまっていたからな、孤独死の心配はなくなったが落ちっぱなしでいつまでも頭の中がお花畑でも困るだろ、だから這い上がる為にも邁進する」
驚いた。一瞬自分の事を言われたのかと思った。だけどユージィンは自分の事を言っているらしい。そして、芯は真面目で努力家のユージィンらしい言葉だ。
「そうだな、……孤独死の心配がなくなって良かったな」
「ズィーロは」
「?」
「多分、孤独死はしないだろうが。……ジジィになっても誰とも婚姻を結んでなかったとしても、俺たちがいるから安心しろ」
「俺たちって……お前とオスカー殿下か?」
ユージィンは珍しく声をあげて笑った。なんでそこにオスカーがでてくる、とひとしきり笑った後、綺麗に微笑んでズィーロを見て言う。
「俺と、ウィレナーズだろ」
「……」
少しの沈黙の後、おう、そうだな。そう答えるのが精一杯だった。なんだか、気持ちが一杯でうまいこと切り返せない。
いつもみたいに軽く冗談混じりで返せば良かったのかもしれないが、それができない。ユージィンも特に何も言わない。穏やかな表情で庭の木が風にさざめくのを見るともなく見ている。
それでも良いかなと思えた。何も言わなくても、景色は良いし風は気持ちが良い。恋愛としての感情はないが、親愛の情は誰より感じている相手だ。そのまま、しばらくの間二人で庭を眺めて過ごした。
◇◇◇
久しぶりに穏やかで満たされた気持ちで師団に顔を出すと、第七王子のオルシュレイガー副師団長と会った。
ユージィンが自力で歩いて庭まで出ていると話したら、その回復具合にオルシュレイガーが酷く喜び、間も無くオスカー兄上も戻るようだから、ユージィン兄上も気持ちが上がって更に回復するだろうな、などと言う。
ユージィンを大事に思ってもらえる事が嬉しく、ズィーロは笑顔で同意した。次の言葉を聞くまでは。
「ユージィン兄上がそこまで回復しているのなら、もう間も無くお会いする事もできるだろうな。ズィーロ、もし君になにか都合があるなら執事棟を出て自宅に戻っても良いぞ」
「あ、はい、そうですね……」
固まった表情のまま答えた。
そうだった。ユージィンの近くに居て様子を教えてくれ、と言われたからこその執事棟滞在だった。実際にはズィーロは寝込んでいたのでほぼ役には立たなかったが。
自宅には戻りたくないなぁ、と思う。
長年の片思いが実った事もあるが、それより何よりお互いに帰れば会える安心感と、ここ数日ですっかり甘やかされる心地よさが癖になってしまった。
でも、戻らないとおかしいよなぁ、とも思う。
ウィレナーズと婚姻を結んだら、ここにこのまま住んでいても良いのだろうか。
でもなんだか、同じ所にこのまま住んでいたいからなんて理由で婚姻を決めるのもおかしな話だよな、と思ってしまう。
王族などと違い、一般の人間は成人していてその時点で誰かと婚姻を結んでいなければ、誰とでも何度でも婚姻を結べる。重婚はできないが、それは言ってみれば小さな約束事のようなものだ。その小さな約束事にどれくらい重きを置くか、それは人によって違うから簡単に反故にする人もいれば死ぬまで添い遂げる人もいる。
自分にとって簡単に決められない理由はそこだ。
そもそもズィーロは自らウィレナーズから離れることはない。その上死ぬ時まで一緒と相手の言質をとったのだから、自分とウィレナーズはずっとずっと一緒だ。
ウィレナーズは自分の事を重いと言っていたけど、ズィーロからするとウィレナーズよりも自分の方が余程重い。この、何より重い気持ちを、今同じ所にこのまま住みたい、だけの理由で婚姻に当てはめてしまっていいのか。
他人が聞いたら、うわぁめんどくさ!好きにしろ! と思うような事を真剣に考えながら、ズィーロは執事棟へと戻った。
大好きなウィレナーズはまだ戻ってはおらず、ユージィンが寝ると言ってから下がってくると言っていたなと思い出す。
お腹が空いた、と、台所に何か漁りに行くと、ズィーロあての夕飯が置いてあった。
もともと料理人だったからか、ウィレナーズは料理をすることを苦にしない。執事棟に戻る時間ができたときにさっと作って置いてくれるのは本当にありがたい。なにせズィーロは料理ができない。いや、できないというか、興味がわかない。父も母も酒場を切り盛りしているのだから料理はそれなりに上手だが、その様を幼い頃から見ていても興味は持てなかった。唯一できるのはナッツに塩を振って乾煎りすることだ。カリカリしてうまいので麦酒が進む。完全に肴だ。
作ってもらったものをありがたくいただき湯を使ってベッドへと倒れ込んだ。
今朝まで使っていた恋人のベッドではなく、初日自分が借りた部屋のベッドだ。もう身体が治ったのにいつまでも入り浸るのはよくないと思っていたが、ここ数日ウィレナーズのベッドでウィレナーズの匂いにつつまれて寝ていたせいで、どうもそっけない感じを受けてしまう。
そう言えば、身体が治ったら一緒に風呂にと言われていたのだったか……? いや、あれは全身を洗ってあげようなんていう、ウィレナーズなりのからかいだったっけ……? いいや、一緒には入りたいけど、おしりを洗われるのは本当に恥ずかしい……あんな恥ずかしさ、正気の時に味わえる気がしない……。
そんな事をうすらぼんやり考えながら、ズィーロの意識は眠りに溶けていった。
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