金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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ウィレナーズ×ズィーロ編

01.抗おうともしなかった人

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 中草国の体術師団にはズィーロ・ヴュイアと言う男がいる。

 明るく聡明、人の心の機微に敏く、いつも楽しい事を考え裏表がない。体術にも明るく、同僚は皆、ズィーロの身体の動きが美しいと褒めてくれる。
 そのズィーロ・ヴュイア本人ですら忘れがちだが、彼の本名はズィーロディオ・ヴュイアと言う。
 あまりに本名を使わない為、本人どころか、父母ですら本名を忘れていそうだ。

 友達や仲の良い同僚は沢山いるが、あえて誰かに話した事はないので皆ズィーロはズィーロだと思っているはずだ。

 ズィーロの唯一の幼馴染は……本名を知ってはいるはずだが、必要がなければ思い出さないだろうし、思い出したとしても面倒がって本名は呼ばないだろう。

 今となっては。
 ズィーロのことを本名を連想させる名前で呼ぶのは、ズィーロの初恋の相手だけだ。

 幼い頃から好きで好きで、大好きで、どうしようもなく惹かれて、何度も何度も好きだと伝えて、それでも、何度伝えても笑って本気になんかしてもらえなくて。
 成人してから、相手が自分のことを乱暴に扱えない優しさにつけこんで、無理矢理乗っかって既成事実を作って恋人にしてもらったなんて。そこまでしないと手を出してもらえなかったなんて。寂しい限りだ。

 ――いや、当たり前だ。
 相手はちゃんとした分別のある大人だ。

 逆を言えば、一番最初に恋心を告げた幼い自分に夢中になるような大人だったとしたら、多分真性でそう言う趣味の人だろうから、ズィーロが大人になった今、きっと捨てられている。間違いない。

 いやいや、それよりも、だ。
 大人になってから受け入れられたから捨てられないだなんて、そんなの自己欺瞞だ。

 だって現に、最近のあの人は怪しすぎる。
 浮気を疑った事はただの一度もないが、自分が思うあの人の中の自分の存在意義が迷子すぎて、いつでも捨てられるんじゃないかと心のどこかで不安が消えない。
 会いに行っても、いつも忙しいと言って帰されてしまう。
 実際忙しそうだから文句も言えないのだけれど、せめて十日に一度、夜の数時間くらい自分にくれても良いと思う。

「おれはまだ二十代だから相手してくれないと溜まる」と自分でもどうかと思う無理矢理な理屈をこねてみたら、そうか、と静かに答えて抜いてくれた。

 気持ちよかったし、耳元で囁かれる「ロディオ」と言うあの人しか使わない自分のあだ名を久しぶりに聞けた事も嬉しかった。が、そう言う事じゃない。
 抜いてくれなくても良いから、ただじっとして、抱きしめて欲しかった。
 そして、ちゃんと好きだから大丈夫だと安心させてほしかった。


「なーんてなー!」


 ズィーロは自分の考えていた事がこっぱずかしくなってしまって思わず声を上げてしまった。
 どこぞの乙女か。気持ち悪い。
 二十代なんて言ったが、ぎりぎり二十代、もう間も無く三十歳、当然性処理ぐらい自分でできるし片思い期間が長すぎた為と、それでもいつか乗っかってやる、と虎視眈々と機会を狙う傍ら、いつ乗っかれる機会が来ても良いように散々自分で後ろを慣らしたので最早玄人の域だ。自己性処理の玄人とはなんだ。


「最近ほんとまともに会ってねぇからなぁ……まじで溜まってんのかな……抜けばすっきりすんのか……?」


 呟いた言葉も虚しい。抜いたところですっきりするような気持ちなら、ここまで引きずっていないのだから。
 つい先日幼馴染と飲んで、恋のなんたるかを思わず語ってしまった。


 恋は、抗えない。
 気づいたら、落ちてる。


 よく言うよ、と自分に突っ込みたい。だけど、真理だとも思う。だってズィーロはこの気持ちに抗えた試しはないし、落ちてる事も気づかないまま、好きになってしまっていた。
 ……今夜は、会いに行っても良いだろうか。
 拒絶されたら悲しい。でもそれ以上に、会いたい。会って、少しでも良いから、話したい。目を見て、……あまり愛想のいい相手ではないが、それでも自分の目を見て微笑んでくれたら。

 そこまで考えた時、周りがざわついていることにようやく気付いた。なんだ。ここは鍛錬場、空き時間に鍛錬したい師団員が大勢集まる場所だ。それでもこの騒がしさは何だ。ズィーロは騒がしさの中心が自分に向かってきたことを知る。


「貴様、気流師のユージィン・ギャザスリーの幼馴染だな」


 突然の声に振り向くと、普段そうそうお目にかかれない副師団長兼第七王子が立っていた。王族は皆等しく圧が凄い。

 そうしてズィーロは、これより後、酷い嵐に巻き込まれる。好きな人に会いたい、なんて切ない気持ちになっていた事は、一旦、……どころか割と長い事棚上げになる程の嵐だった。
 本当に、心底、酷い嵐だった。それは、二度と経験したくないほどの――。


◇◇◇


「こんにちはー! 入りまーす!」


 王城と王宮を繋ぐ楼門の上に立つ近衛師団員に声をかけた。近衛師団員は挨拶を返しながらも上段にある欄干越しにこちらを見下ろし、ズィーロを認めると笑顔で手を上げながら門を開けてくれた。

 結婚直後で幸せな世界にいたばずの幼馴染が拐われ、いつ死んでもおかしくない状態で見つかった、と聞いた時は勝手に流れてくる涙に苦労した。

 ズィーロの幼馴染は、ユージィンは、そんな酷い目にあって良いような人ではないのだ。酷い目、と言うなら、一生分以上を幼い頃に既に受けている。ユージィン本人がそのことについてどう思っているかは知らないが、それがようやく幸せに、安寧に暮らせるようになったのに。

 ――だから、通った。
 自分の恋はこの際どうでも良い、どうせ相手も忙しくしているのだ。それよりもユージィンの意識がようやく戻って、日がな一日暗く鬱々とベッドに臥せっている為、元気付けたくて通える限りで通った。

 要所要所に立つ近衛師団員に適宜挨拶しながら、第五王子の宮へと向かう。
 宮へと通じる門も、近衛師団員に開けてもらい通い慣れた道を歩く。

 さて、本日のユージィンの調子はどうか。


「入るぞー」


 扉を軽く叩きながら寝室へと入る。
 ようやくベッドの上でほんのすこしだけ起き上がれるようにはなったらしいが、まだ横になっていないと辛い、とは二日前に本人から聞いた話だ。が。


「え? なに? もう立ってんの?! 早くない??!!」


 金粉を撒き散らしながら生きているような幼馴染は、なぜか立ち上がってぷるぷる震えていた。もうこんなに回復したのだろうか。さすが気流師……だがなぜ、そんなに震えている……?


「あ、ばか、ズィーロ、声が大きい!」
「いや、おまえの声も十分でかいよ。何? 誰かに聞かれたらまずいわけ?」
「誰に聞かれてもまずい。その辺に王族付きの気流師か、シェルフェストがふらふらしてなかったか? もしくは、ウィレナーズ、他には、近侍の誰か、後は近衛師団員」
「聞かれてまずいやつが多いな……そりゃ、誰かはふらふらしてんだろ、王宮なんだから。
 それより、座った方が良くないか、お前めちゃくちゃぷるぷるしてるけど、何それ大丈夫なの?」
「いや……どちらかと言うと大丈夫ではない、気流の不安定さが酷いな、程なく倒れる」
「座れよ!!! ばかなの!!? いや、ばかだね???!!!」
「ああ、ズィーロ!!! だから!!! 声が大きい!」


 扉が開いたのは、その時だ。
 王族の寝室を勝手に開けられる人は限られている。ズィーロはユージィンの表情から、入ってきた人を察した。ユージィンは表情に乏しいなどと言われることが多いが、その実、瞳はひどく雄弁だ。ズィーロの後ろに立つ人物を認めて、全ての反論を諦めた瞳、この男にあんな顔をさせられるのはこの世に一人しかいない。


「……ユージィン」
「ごめんなさい」


 素直に謝ることにしたらしい。さすが、わきまえている。
 ズィーロの横を通り抜けてユージィンに近づいた人物は、やはり彼の兄のウィレナーズだ。ユージィンを軽々と持ち上げると無言でゆっくりベッドへと戻し、ズィーロへと視線を合わせ「頼む」と告げると、ウィレナーズはそのまま出て行った。


「ユージィン、お前今日はもう立つなよ、次立ってんの見つかったら俺がウィレナーズに怒られる」
「うん、……そうだな、早く立ちたくて、つい」
「俺、気流師じゃないけどまだ無理だろなってわかるぞ」
「俺、気流師だけど、まだ無理ってわかる」
「お前、ばかだな」
「ああ、ばかだな」


 どうも、この幼馴染は悩んでいるようだ。
 見た目よりはるかに単純な男だ。ばかと言われて是を返す時、大抵この幼馴染は悩んでいる。わかりやすい。


「ユージィン、悩み事は何だ」
「何で悩んでる事がわかるんだよ……いや、わかるよな、ズィーロだもんな……」
「いいから話せよ、めんどくさい
「あー……俺な、俺、の、見た目……変わっただろ。色んな人から人外って言われるんだよな」


 そうだ。みなみに拐われ金龍と融合しかかったユージィンは、元々の人外っぷりに更に磨きがかかり……そもそもはからかい半分で「人外のようだ」などと言っていたが、今や完全に純粋な人間には見えなくなってしまっていた。
 ユージィンを見慣れすぎているズィーロですら、何だかふらふら近寄って行ってしまいそうな、おかしな魅力に溢れている。……中身はただのユージィンなのでズィーロがふらふら行く事は無いが。

 せっかくの機会なので、不躾な程に観察してやった。

 髪の毛が金粉を振りまいているようだ。なんだかありがたい。
 肌の色と質感も磨きに磨いた白蝶貝のようだ。良い値がつきそうだ。
 瞳は、多分、龍の影響で瞳孔が大きくなった。それも以前より輝きの強い金色だからか、瞬きする度になんだかちかちかして見える。
 指半ばから金色がかった爪が生え、……ヤスリで磨いて角を取っているようだが、……その磨いた爪の粉は売ったらいくらに。いや、違う。
 後は服でよく見えないが、肩甲骨が翼の形に隆起したらしいし、見つかった時は発光していたらしいので、これはもう庇いようのない、どこに出しても恥ずかしくない人外だ。


「まぁ……人外、と言うか、ユージィンお前……高く売れそうだな……」
「はぁ? 売るなよ俺を」
「売らねぇし売れねぇけど……シージィって言われても信じられそうな」
「なんだよそのシィジィって」
「ニンジャの話しをしてた奴が、本物みたいなのに本物ではない美しい作り物の事をシージィって言うって言ってたわ。そいつの国の人間を模したような高額な工芸品か美術品の事じゃないかと思う」
「まぁ……人外はアレだが……高額な工芸品なら、受け入れられるか……?」
「……で? それと、この無茶な立ちあがり訓練に何の意味が?」
「オスカーに、申し訳ないと」
「……? 意味がよっくわかんないけど……?」
「見た目が人外な上に、歩くこともできない配偶者って、なんか嫌じゃないか? だからせめて立てるようになろうかと……」
「高額な工芸品はそこにあるだけで価値があるぞ。てか、オスカー殿下は気にしないよ、断言できる、人外だろうが、歩けなかろうが、立って震えてようが、そんで倒れて身体が益々悪くなる粗忽者だろうが、あの人は気にしないさ」
「粗忽者ではないが……?」
「なりかけたろうがよ、今。粗忽者に。良いから大人しく寝とけよ。また来るからな」


 昼休みがもうすぐ終わる。粗忽者の幼馴染は身体の具合は別として、元気そうな事が確認できたので、またな、と言い合い寝室を後にした。

 確かにユージィンは見た目だけなら人外に寄ったが、中身は余程人間らしく、以前に比べたら情緒面の飛躍が著しい。

 恋とはなんと素晴らしい。うんうん、と一人頷きながら廊下を歩いていたら、後ろから名前を呼ばれ、ズィーロの心臓が跳ねた。
 ぐぐぐ、と首をまわして振り返る。そこにいたのは紙袋を持つウィレナーズだ。


「昼」


 いつもの事ながら短くしか喋らない。どうやら、ズィーロに昼ご飯を作ってきてくれたらしい。
 戻りがけに何か適当に買うか、と思っていたのでとてもありがたいが。……が、だ。


「ありがと、あの……ウィレナーズ、今日の夜は、忙しい?」
「ああ」
「……ん、わかった」
「明日なら」
「え?! 明日ならいいの?!」
「ああ」
「あ、りがとう、あの、……嬉しい、お昼も、明日の夜も」
「そうか」


 いつ以来だ。
 一体、どれ程ぶりに夜会うことを了承してもらえたのか。
 ウィレナーズが北方領主の館に勤めていた頃の話だから、軽く一月は超えているはずだ。


「やばい」


 気恥ずかしくて、顔が熱い。
 でも、それより嬉しい。

 早く明日になれ。明日になれば会える。
 抱きしめて、無理やりにでも、ウィレナーズの匂いを吸い込みまくってやる。

 ズィーロはにまにまと顔を緩ませつつ、体術師団へと急いだ。
 その後食べたウィレナーズの用意してくれたお昼ご飯は、美味しかった。



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