金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

53.気流師と剣術師団長と金の龍【完】

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 忙しなく、慌ただしく、しかし穏やかに日々は過ぎる。

 各国間の国境で小さな揉め事程度の諍いは多少起こるとは言え、今までのような大きな戦は起こるべくもなく。

 間違いなく、金龍復活の各国会談後には全ての国の国民に心の安寧が訪れていた。
 それは、誰しもが永いこと切望し、しかしこの先永遠にも等しく訪れないと思いこんでいたものだ。
 憂いがなくなり国が落ち着くと、当然その国の民も落ち着き、前を向ける。今すぐに発展しなくても、発展について思いを寄せる事ができる。
 世の中は明らかに良い方向に向かっていた。

 そんな平穏な日々を送ること数ヶ月。
 一旦は散会し帰国していた各国の王族の代表が、ある婚姻の儀に参加するために再度中草国へと集結していた。

 最初の各国会談で、南海国の第二王子と他所の国の王族が監視目的で婚姻、と言う話が出た時、今までの歴史を鑑みどこの国の王族も皆躊躇したものだ。
 まだ年若い東砂国の王女は、その事実を聞かされ遁走を計ったとも言われているし、王女がいても婚姻に適した年齢ではなかったり、既に婚約、婚姻している王女もおり、適齢期の未婚王女を三人抱える中草国へ視線は集中した。

 視線を集めた所で、中草国の内部でも人選は揉めた。
 そもそも監視目的での婚姻に無理がある、などと言う全てを覆す話しまで出てくる始末に決着がついたのは、中草国魔術師団に属していた第二王女のアヴロヴァが自ら手を挙げたことにある。


「私がどなたかと婚姻に臨むとしたら、自身の思いや気持ちなどでは動かし難い確たる理由があった上での事だと、物心ついた時から思っていました。今がその時だと、わかります。私が南海国へと参りましょう」


 背筋を伸ばし胸を張り、彼女は喜んでその責務につくと言った。
 彼女は、一人の人間としてではなく、王族として生きることを選んだのだ。


 ――その婚姻の儀が、今日これから王城前広場にて、普段は一部しか開いていない大玄関門を開け放して行われる。
 王城前広場で婚姻の儀を行った後は、城下町を祝賀行進の予定で、過去に類を見ない婚礼のためか、今回の婚礼は各国の王族以外にも国外から観に来ている人がいるらしい。

 オスカーとユージィンは、そろそろ式が始まる、と中草国の王族の参列席へと並んでいた。
 中草国の上座には、王のオスタバルトと王妃のアレイシャも見える。それもそのはずで、式の執行者は金龍であるアズバルドの予定となっており、既に全ての参列者が揃っている状態だ。


「あの……オスカー?」


 小さな囁くような声音で、ユージィンがオスカーへと声を掛けた。


「なんだ……?」


 オスカーはじっと見つめながら返す。
 ユージィンは、戸惑いながらも、答えた。


「……前を向かなくても大丈夫……? さっきからずっと見られていて……居心地が悪い……」


 今朝、ユージィンが正装をしてオスカーの前に出てから、オスカーの口数は少なく、代わりに一時も目を離そうとはせずにユージィンを見ている。


「いや……勘弁してくれ……目が離せないんだ。なんだ、なんなんだ貴様のその美しさは、いっそ罪だな……俺の心の中では完全に有罪だぞ、その上目を離せと言うのか? 罪の上塗りにも程があるが……?」


 ユージィンは、はぁ?と、出かかった声を慌てて止めた。国内外の王族が勢ぞろいしている中で、その反応はあまりに不敬だと思ったのだ。席が多少離れているとは言え、聞こえないとも限らない。
 空気を読んだユージィンに反し、饒舌になったオスカーの言葉は一度出てしまったせいか止まらない。


「だいたいにして俺と同じく王族の正装をしているだろう。信じられないほど似合うぞ。お前以上にこれが似合う人間はいないだろうな。いや、いるわけがない。銀糸に絡まる金の龍の刺繍はまるで俺に絡みつくお前のよ「おしまい、もうおしまい!」」


 思わず手が出た。
 恥ずかしさから聞いていられずに、オスカーの口を塞いでしまった。
 手のひらの下で、オスカーの口元がふ、と笑みを作ったのがわかる。両手をあげて、降参、のような格好をするのでユージィンもその手を離した。


「もう……これ以上からかわないで……ちゃんとした式典、慣れていないせいでこれでも緊張してるから……」
「わかった、からかった訳ではないがお前の希望だ。前を向いていよう、だがなユージィン」
「はい?」
「俺はお前を心底愛しているし、婚姻の際には誓いもしたからな、俺の人生の全てでお前を愛し慈しみ護ると。
 いつでもそれを実行しているだけだと思っておいてくれ。もう無いとは思うが、二度と会うことができなくなったらと思った時、言葉は惜しみなく与えると更に自分に誓ったからな」


 それを聞いて、自分より頭一つ高い位置にある端正な横顔を思わず見つめて口を開く。


「……あなたとこうなる前に、……」


 確かにオスカーの言う通りだ。
 会えなくなった後でいくら気持ちを伝えても意味はない。
 言える時に言える言葉を惜しむ必要はない。目の前には思う人がいるのだから。


「……あなたとこうなるまえに、好きな人が、……欲しかったんです。誰かを好きと思ってみたい、と。
 でも、こうなった今だからわかります。好きな人が欲しかったわけではなく、欲しかったのはあなただったんです、オスカー」


 びく、と、オスカーの肩が震えて耳の先が赤くなる。
 前を向いたまま手を伸ばし、ユージィンの手を掴んできた。


「帰ったら、……もう一回言ってくれ……目を見て、顔を見て聞きたい。その後で、抱きしめさせてくれ」
「……はい……何度でも」


 ユージィンが返事をしたと同時に、バサリと風が巻き起こり、空高くから金の龍が舞い降りて周囲から歓声があがった。
 いよいよ婚姻の儀が始まるようだ。
 繋いだ手をそのままに、オスカーも、ユージィンも、この先の未来に想いを馳せた。
 金の龍となったアズバルドが人型となり祭壇の中心で微笑んでいる。
 だから、大丈夫だ。
 全てを見通す龍が笑える未来が来るはずだ。


「これより、婚姻の儀を執り行う」


 よく響く綺麗な声が、金龍から立ち上った金色の名残と共に晴れた空へと吸い込まれていく。
 それはまるで、この先の輝きに満ちた未来を予言しているようにも見えた。







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