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オスカー×ユージィン編
49.気流師と宮の庭
しおりを挟む朝が来た。
カーテンの隙間から漏れてくる光のちらつきに、ユージィンは覚醒した。
自身をがっちりと抱えて離さない存在は、相変わらず深い深い眠りの中にいるらしい。
昨晩帰還したオスカーの今日からの予定がどのようなものとなっているのかは知らないが、まだ早朝とも呼べる時間帯で、今すぐ朝議が始まることもないだろう。そう思って、オスカーを起こさないようにゆっくりと慎重に腕から抜け出した。
一旦ざっと湯を使い、そのまま簡易な服を着て庭へと出る。朝と夕に庭を歩き回るのはここ最近のユージィンの日課だ。
遠くに昨晩ウィレナーズと雑談していた近衛が見える。
どうやら交代の時間のようで、引き継ぎでもしているのか数人が向かい合って話し合っているようだった。
ユージィンに気づいたようで、一斉に敬礼され、ユージィンも胸に手を当てて礼を返す。
昨晩あれだけ動いた、……というか、いや、動いたのとも違うが、汗をかくような行為をしたわりに身体は元気だ。
自分で自分の気流を視ても、問題があるようにも思えないし、これなら何かしらの職務に携わることも可能かもしれない。
立場上今までのような仕事に関わることはできないだろうが、まずはシェルフェストたちと気流の研究をする事くらいであれば許されるような気がする。
朝食が終わったらシェルフェストに連絡を取ってみよう。
そんな事を考えながら庭を歩いていると、どこからか名を呼ばれたような気がした。
振り返り見渡すと小道の向こうから走って来るオスカーが見える。
起こしてしまったらしい。
「ユージィン……いなくなるなら声をかけてくれ」
「いなくなってないけど……オスカーが気持ちよく寝ていたから起こしたらかわいそうかと」
「気づいたらお前がいなくなっている方がかわいそうだろう、次からは必ず声をかけてくれ」
「わかりました」
了承を聞き安心したのか、ユージィンの手を取りオスカーは歩き出す。共に散策をすることにしたらしい。
「初めて来た時から思っていましたが……ここの庭が好きです。緑が多くて、……緑が多くて好ましい理由は自分が花に詳しくないのでたくさんあってもわからない、と言うのが正解ですが」
「庭師に全て任せているが、ここの庭の葉は全て口にする事ができるぞ」
「え」
「食べられる、薬になる、茶で飲める、料理の味付けに使える、食べ物を包んで保存しておける、ウィレナーズが初めてここを見た時歓喜していたな」
「へぇ……」
「歩道を設けていない奥の方では野菜も育てているから、そのうちウィレナーズに案内してもらえ。ウィレナーズの好きなものを植えさせたから喜んで教えてくれるだろう。庭師とも仲良くなったらしくて、次の季節にはこの庭に生えているものを少し変えたいなどと相談していたな」
知らなかった。
本当に心配する必要なんてなかった。
ウィレナーズはユージィンが思った以上に馴染んでいるし、ここの生活を楽しんでいるらしい事が分かって、出てきた時よりも幸せな気持ちで宮へと戻る。
既に用意されていた朝食を口にしながら、朝の日課であるその日一日の確認が始まる。
昨日の朝まではここには自分しかいなかったし、ユージィンがこの場で朝食を食べられるようになったのも体調の不振によりここ一週間程の事だったので、ウィレナーズが「本日のご予定は?」と聞いてきても「部屋に戻って休みます」などと答えていたが、今日からはオスカーがいる。
「朝食の後は朝議に出る。その後剣術師団に顔を出すが急務がなければ昼には一度戻る。良ければユージィンも、ここで共に昼食を。……何か予定がなければ、だが」
「昼食はぜひ。予定と言う程ではありませんが、朝食後に王族付きの気流師に身体を視てもらい、問題がなければ一度気流師団に行こうと思っていました。婚姻を結んで以来一度も顔を見せておりませんので……第二城壁から外には出ませんのでよろしいですか?」
「ううううううん……今の時期に何かが起こるとは思えないが……手の空いている近衛を全員連れて行くのであれば」
「え、いや、それは……いくらなんでも多いでしょう……」
「多くて困る事があるか。ウィレナーズ、今すぐ動ける近衛は何人ぐらいいる?」
「そうですね、全体の人数から早番中番遅番と各持ち場の割り振りを考えると……四十から五十名ほどはいるかと」
「よし、それだけいれば良いだろう、呼んでこい」
「ちょっと待って! いやだ、いやですよ!!! なんでたかだか師団に顔出しするだけでまるで一個小隊連れ歩くみたいな真似をしないといけないんですか。
戦前戦中でもないのに不穏すぎます。滞在中の各国の王族に要らぬ警戒心を与えますって!」
「…………仕方ない、分隊で手を打つ。それ以下は許さん。本来なら俺が着いていけない時は宮に閉じ込めておきたいぐらいだ。
みなみから拐われる脅威が薄れたとは言え貴様は自分の価値に気づいていないのか? 貴様は気流師で、金龍と融合しかけた名残が残っている。そんな珍しい人間を欲しがる者はいくらでもいるだろう。
選べ、俺がいない時は外出できない生活と、近衛分隊と外出する生活を」
「ええ……」
分隊一つでおよそ十名前後になる。
嫌すぎる、と思ったがこの話ぶりではオスカーはこれ以上譲歩はしてくれないだろうし、ユージィンが拐われた時のことがオスカーの心に重く傷となっているならば多少でも軽くなるまでこの過保護は続くのだろう。
受け入れなければ出歩けないのかと考えるとそれもどうかと思うが、仕方がない、とユージィンも譲歩した。
その後、食事を終えたオスカーは意気揚々と久しぶりの朝議へと向かったが、ユージィンは割と重たい気持ちでシェルフェストの所へと向かったのだった。
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