48 / 71
オスカー×ユージィン編
45.剣術師団長は肉食獣か否か
しおりを挟む――ああ、俺はまだまだだ。
気づいたら、月明かりに照らされ横たわるユージィンを見ながら、独り言が漏れていた。
この宮の庭が好きだと言っていたユージィンは、カーテンを開けて外を見たまま眠ってしまったらしい。
そうしたのも頷けるような見事な月明かりだ。
そんな月明かりの中、普通の人より高く盛り上がった肩甲骨をこちらにしているユージィンへ、一歩近づいた。
肩甲骨の辺りが擦れるとまだ痛い、と言っていたと聞いている。
だからこそ、何も身につけずに横たわっているのだろうが、この一切の無駄を省いたように波打った美しい形の首から肩、肩甲骨、背骨を繋ぐ線はどうだ。
自ら発光する事はなくなったが、月明かりを反射して淡く光っているようでオスカーはまた一歩近づく。
完全に光に捉われる虫のソレだ。
窓の方を向いて眠るユージィンの顔を見たく思わず前面へと廻り込み、オスカーの枕を抱いて眠るユージィンを見て、心の中の一番柔らかな部分をぎゅうと押されたような気持ちになった。
まだまだ、わかっていなかった。
自分は理屈ではなく、無条件でこの存在が心底好きだ。
ユージィンがユージィンである、それだけでどうしようもなく惹かれる。
それなのに、そんな存在がまさか、自分の枕を抱いて寝ているとは。
にわかには信じられないが、本当に自分の事を恋しく思っていてくれたらしい。
いや。
思い出せ。
彼は最初から、無意識のうちに自分を選んでくれていたではないか。
オルシラの求婚を受け入れず、自分を選んだ時、自らユージィンにその理由を決めつけて自惚れている、そう伝えたではないか。
ベッドの脇に膝をついた。
ユージィンの顔にかかる金色に光る髪の毛をかきあげる。
常人が持ち得ないような、金粉をはたいたような髪の毛を手に取り口付けた。
これは誓いだ。
今度こそ、全てを護ると。
ユージィンはちゃんと護ってくれた、と言っていたが、本当はこの人にほんの少しの痛みすら与えたくなかった。
回復までに、だいぶ苦しんだだろう。
そのような思いを、もうさせたくない。
濃くもなく薄くもない綺麗な形の眉毛から、まつ毛に目を移す。
長いまつ毛の下から覗く金色の光が見たい。
す、と通った鼻筋から下にある、血が透けたような綺麗な色の唇が紡ぐ音を聞きたい。
だが、あえて起こす事は本意ではない。
今日はもう寝て、明日の朝、顔を見ながらおかえりと言ってもらおう。
そう思った時、ユージィンのまつ毛が密やかに揺れ、オスカーが渇望した金色の光が見えた。
「……ああ、確かに、……心底いやになる……」
寝ていたせいかいつもより少しかすれた声で呟かれた言葉に意図せず心臓がはねた。
内容そのものよりも、久しぶりのユージィンの声だ。どんな言葉でも嬉しい。
「……何がいやになる……?」
「……どうせなら、夢じゃなく……現実でオスカーに会いたい……。
寝る前にせめてオスカーの夢をみたいと思って寝たけど……夢で会えても目が覚めたら、また、いなくなる……いやになる……」
ガツンと何かに殴られたような錯覚を覚える。
言葉の暴力とは剣で仕掛けられる攻撃よりも強烈だ。
「俺に、……会いたいと……?」
「うん、……会いたい、オスカー、……声だけでも聞きたいのに通信魔術も繋いでくれないなんて、ひどい……」
「いや、それは」
確かに酷い。
だが、和平を結んでいない他国に居る時にほんの少しだけでもユージィンの痕跡を残したくなかった。
それから。
声を聞いたらきっと自分は耐えられなかった。
最後まで任務を遂行できなかった。何も為さず帰還していた。王族としても師団長としても、最悪だ。
でもそれは、今はどうでも良い。
「悪かった」
想う相手が手を伸ばせば触れられる距離でかわいらしく、ひどい、と言うのだ。何度でも謝ろう。ついでに先ほどの続きとばかりに髪に手を伸ばす。
「さわらないで……」
「なぜ」
思わず手を引き、かけて、やはりそのまま止めずに伸ばした。
髪を撫でたい。
「……触られた刺激で俺の目がさめたら……どうするの……」
「大丈夫だ」
ユージィンの言葉に、愛おしさから身体が震えた。
無様にも答える声がかすれたが、気にせず身を乗り出す。
え? と言う表情のユージィンの髪を撫でながら、おでこに、頰に、唇を寄せた。
え? あれ? と呟くその唇もふさぐ。
ん、と喉から声を出しながらもユージィンはおとなしくオスカーを受け入れる。
浅く合わせた唇を舌で撫でる。
ふと力の抜けた唇に舌を潜り込ませ、そのままユージィンの前歯を舐めた。
「……ォ、……スカー……?」
「……なんだ……?」
ぴちゃりと音をたてて前歯の奥に潜む舌先も舐めた。
「……もっと」
鼻にかかる声で、名を呼びながら続きをねだられた。
ユージィンの髪をかきあげながら、合わせた唇を深くした。
加減をしながらユージィンの舌先から側面へと、自身の舌を這わせる。ユージィンが自分の舌を伸ばしてきたので、軽く噛んでみた。
んんん、とすぐ間近から聞いているだけでこちらが気持ちよくなってしまいそうな声が聞こえてくる。
あ、これ以上はまずい。
本日何度目のまずいなのかわからないが、これは心底まずい。
帰還中も含めてここ最近の中では一番まずい。
正真正銘のっぴきならない、まずい、だ。
そっと離れたら、頬を上気させたユージィンが睨んでくる。
睨んでいても酷くかわいいのだから、俺のユージィンの存在は本当に奇跡だな!!! などと、周りが聞いたら棒読みで「本当ですね」と反応されかねない事を真剣に考えながら「怒っているのか?」と、至極真面目な表情で聞いた。
「……怒っていますよ……もう、……ひどい……。
帰ってくるなら教えてくれたら良いのに……!
その上もっとって言ってるのに……やめるんですか? 本当に……? やめたい……?」
「いや、馬鹿な、やめたい気持ちなんてあるわけないだろう!
俺が会えない間どれ程お前を想い続けていたと思っている!」
「じゃあ……もっと、オスカー、帰ってくるの……本当に待ってた……」
オスカーの頭の中のオスカーは意味をなさない叫びをあげ続けている。
その上、もっと、オスカー、待ってた、もっと、オスカー、待ってた、もっと、オスカー、待ってた……無限にユージィンの言葉が繰り返されている。どうすれば、いやどうするも何も、どうしようもないだろう。
本当に、自分も、ユージィンも、どうしようもないだろう。
だがだめだ。断腸の思いで身を引き数歩下がった。
「すまん、できたら理解して欲しい。
俺はお前が心底好きだが、同じように心底その身を案じている。
……今、これ以上ユージィン、お前に触ったらその身体にひどい事をしてしまいそうだ、いや、する、間違いなくする。俺にお前を傷つけさせないでくれ」
それを聞いたユージィンは、花がほころぶような笑顔を見せた。
ほとんど笑顔を見せてくれないユージィンだ。
この笑顔を見るたびに自分は何度でもユージィンに囚われてしまうだろう。
そしてきっと、この笑顔を見るためなら何でもしてしまう。
「オスカー、……これ、……」
口元に笑みを残したまま身体をずらしたユージィンは、下半身にかけていた掛布を剥いでいく。
白い腰から、双丘、すらりと伸びた太ももとふくらはぎが焦らされる事なく露わになっていく。
意識せず、オスカーの喉奥が鳴った。
心底腹を空かせた肉食獣の前に、草食獣が自ら食べてと現れたのだ。
「……ね、帰ってくるのを本当に待ってたって、さっき……言いましたよ……?」
耳の奥から、自身の心臓の音がうるさい程に響いている。
目の前の草食獣は早く食べてと言っているのだ。
それを、いや食べないと頑なになっているのは肉食獣の自分だ。
酷く滑稽な話じゃないか。
これを食べずどうする。
「……身体の、痛みは……?」
じり、と少し近づいた。
それを聞いたユージィンが口角を上げたまま「もうありません」と答える。
「……どこか、辛いところは……?」
更に少し、近づいた。
ユージィンが変わらずこちらを見つめながら言う。
「肩甲骨の先が少し……オスカーが、舐めてくれたら、……治ります」
オスカーの心臓が一際大きく跳ねた。
興奮でどうにかなりそうな気持ちを抱えながらも、痛かったら言え、と、漸くの思いで無理やり声を出し、残りの距離を一気に詰めてユージィンの背中から乗りかかった。
オスカーの目の端に映ったユージィンは、嬉しそうに頷いた。
0
お気に入りに追加
346
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる