金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

45.剣術師団長は肉食獣か否か

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 ――ああ、俺はまだまだだ。

 気づいたら、月明かりに照らされ横たわるユージィンを見ながら、独り言が漏れていた。
 この宮の庭が好きだと言っていたユージィンは、カーテンを開けて外を見たまま眠ってしまったらしい。
 そうしたのも頷けるような見事な月明かりだ。
 そんな月明かりの中、普通の人より高く盛り上がった肩甲骨をこちらにしているユージィンへ、一歩近づいた。
 肩甲骨の辺りが擦れるとまだ痛い、と言っていたと聞いている。
 だからこそ、何も身につけずに横たわっているのだろうが、この一切の無駄を省いたように波打った美しい形の首から肩、肩甲骨、背骨を繋ぐ線はどうだ。
 自ら発光する事はなくなったが、月明かりを反射して淡く光っているようでオスカーはまた一歩近づく。
 完全に光に捉われる虫のソレだ。

 窓の方を向いて眠るユージィンの顔を見たく思わず前面へと廻り込み、オスカーの枕を抱いて眠るユージィンを見て、心の中の一番柔らかな部分をぎゅうと押されたような気持ちになった。

 まだまだ、わかっていなかった。

 自分は理屈ではなく、無条件でこの存在が心底好きだ。
 ユージィンがユージィンである、それだけでどうしようもなく惹かれる。
 それなのに、そんな存在がまさか、自分の枕を抱いて寝ているとは。

 にわかには信じられないが、本当に自分の事を恋しく思っていてくれたらしい。
 いや。
 思い出せ。
 彼は最初から、無意識のうちに自分を選んでくれていたではないか。
 オルシラの求婚を受け入れず、自分を選んだ時、自らユージィンにその理由を決めつけて自惚れている、そう伝えたではないか。

 ベッドの脇に膝をついた。

 ユージィンの顔にかかる金色に光る髪の毛をかきあげる。
 常人が持ち得ないような、金粉をはたいたような髪の毛を手に取り口付けた。
 これは誓いだ。
 今度こそ、全てを護ると。
 ユージィンはちゃんと護ってくれた、と言っていたが、本当はこの人にほんの少しの痛みすら与えたくなかった。
 回復までに、だいぶ苦しんだだろう。
 そのような思いを、もうさせたくない。

 濃くもなく薄くもない綺麗な形の眉毛から、まつ毛に目を移す。
 長いまつ毛の下から覗く金色の光が見たい。
 す、と通った鼻筋から下にある、血が透けたような綺麗な色の唇が紡ぐ音を聞きたい。

 だが、あえて起こす事は本意ではない。
 今日はもう寝て、明日の朝、顔を見ながらおかえりと言ってもらおう。
 そう思った時、ユージィンのまつ毛が密やかに揺れ、オスカーが渇望した金色の光が見えた。


「……ああ、確かに、……心底いやになる……」


 寝ていたせいかいつもより少しかすれた声で呟かれた言葉に意図せず心臓がはねた。
 内容そのものよりも、久しぶりのユージィンの声だ。どんな言葉でも嬉しい。


「……何がいやになる……?」
「……どうせなら、夢じゃなく……現実でオスカーに会いたい……。
 寝る前にせめてオスカーの夢をみたいと思って寝たけど……夢で会えても目が覚めたら、また、いなくなる……いやになる……」


 ガツンと何かに殴られたような錯覚を覚える。
 言葉の暴力とは剣で仕掛けられる攻撃よりも強烈だ。


「俺に、……会いたいと……?」
「うん、……会いたい、オスカー、……声だけでも聞きたいのに通信魔術も繋いでくれないなんて、ひどい……」
「いや、それは」


 確かに酷い。
 だが、和平を結んでいない他国に居る時にほんの少しだけでもユージィンの痕跡を残したくなかった。
 それから。
 声を聞いたらきっと自分は耐えられなかった。
 最後まで任務を遂行できなかった。何も為さず帰還していた。王族としても師団長としても、最悪だ。
 でもそれは、今はどうでも良い。


「悪かった」


 想う相手が手を伸ばせば触れられる距離でかわいらしく、ひどい、と言うのだ。何度でも謝ろう。ついでに先ほどの続きとばかりに髪に手を伸ばす。


「さわらないで……」
「なぜ」


 思わず手を引き、かけて、やはりそのまま止めずに伸ばした。
 髪を撫でたい。


「……触られた刺激で俺の目がさめたら……どうするの……」
「大丈夫だ」


 ユージィンの言葉に、愛おしさから身体が震えた。

 無様にも答える声がかすれたが、気にせず身を乗り出す。
 え? と言う表情のユージィンの髪を撫でながら、おでこに、頰に、唇を寄せた。
 え? あれ? と呟くその唇もふさぐ。
 ん、と喉から声を出しながらもユージィンはおとなしくオスカーを受け入れる。
 浅く合わせた唇を舌で撫でる。
 ふと力の抜けた唇に舌を潜り込ませ、そのままユージィンの前歯を舐めた。


「……ォ、……スカー……?」
「……なんだ……?」


 ぴちゃりと音をたてて前歯の奥に潜む舌先も舐めた。


「……もっと」


 鼻にかかる声で、名を呼びながら続きをねだられた。

 ユージィンの髪をかきあげながら、合わせた唇を深くした。
 加減をしながらユージィンの舌先から側面へと、自身の舌を這わせる。ユージィンが自分の舌を伸ばしてきたので、軽く噛んでみた。
 んんん、とすぐ間近から聞いているだけでこちらが気持ちよくなってしまいそうな声が聞こえてくる。
 あ、これ以上はまずい。
 本日何度目のまずいなのかわからないが、これは心底まずい。
 帰還中も含めてここ最近の中では一番まずい。
 正真正銘のっぴきならない、まずい、だ。

 そっと離れたら、頬を上気させたユージィンが睨んでくる。

 睨んでいても酷くかわいいのだから、俺のユージィンの存在は本当に奇跡だな!!! などと、周りが聞いたら棒読みで「本当ですね」と反応されかねない事を真剣に考えながら「怒っているのか?」と、至極真面目な表情で聞いた。


「……怒っていますよ……もう、……ひどい……。
 帰ってくるなら教えてくれたら良いのに……!
 その上もっとって言ってるのに……やめるんですか? 本当に……? やめたい……?」
「いや、馬鹿な、やめたい気持ちなんてあるわけないだろう!
 俺が会えない間どれ程お前を想い続けていたと思っている!」
「じゃあ……もっと、オスカー、帰ってくるの……本当に待ってた……」


 オスカーの頭の中のオスカーは意味をなさない叫びをあげ続けている。
 その上、もっと、オスカー、待ってた、もっと、オスカー、待ってた、もっと、オスカー、待ってた……無限にユージィンの言葉が繰り返されている。どうすれば、いやどうするも何も、どうしようもないだろう。

 本当に、自分も、ユージィンも、どうしようもないだろう。
 だがだめだ。断腸の思いで身を引き数歩下がった。


「すまん、できたら理解して欲しい。
 俺はお前が心底好きだが、同じように心底その身を案じている。
 ……今、これ以上ユージィン、お前に触ったらその身体にひどい事をしてしまいそうだ、いや、する、間違いなくする。俺にお前を傷つけさせないでくれ」


 それを聞いたユージィンは、花がほころぶような笑顔を見せた。
 ほとんど笑顔を見せてくれないユージィンだ。
 この笑顔を見るたびに自分は何度でもユージィンに囚われてしまうだろう。
    そしてきっと、この笑顔を見るためなら何でもしてしまう。


「オスカー、……これ、……」


 口元に笑みを残したまま身体をずらしたユージィンは、下半身にかけていた掛布を剥いでいく。
 白い腰から、双丘、すらりと伸びた太ももとふくらはぎが焦らされる事なく露わになっていく。
 意識せず、オスカーの喉奥が鳴った。
 心底腹を空かせた肉食獣の前に、草食獣が自ら食べてと現れたのだ。


「……ね、帰ってくるのを本当に待ってたって、さっき……言いましたよ……?」


 耳の奥から、自身の心臓の音がうるさい程に響いている。
 目の前の草食獣は早く食べてと言っているのだ。
 それを、いや食べないと頑なになっているのは肉食獣の自分だ。
 酷く滑稽な話じゃないか。
 これを食べずどうする。


「……身体の、痛みは……?」


 じり、と少し近づいた。
 それを聞いたユージィンが口角を上げたまま「もうありません」と答える。


「……どこか、辛いところは……?」


 更に少し、近づいた。
 ユージィンが変わらずこちらを見つめながら言う。


「肩甲骨の先が少し……オスカーが、舐めてくれたら、……治ります」


 オスカーの心臓が一際大きく跳ねた。
 興奮でどうにかなりそうな気持ちを抱えながらも、痛かったら言え、と、漸くの思いで無理やり声を出し、残りの距離を一気に詰めてユージィンの背中から乗りかかった。
 オスカーの目の端に映ったユージィンは、嬉しそうに頷いた。



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