金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

41.気流師の帰還

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 頭が痛い。
 息が苦しい。
 身体が全く思うようにならず、目も見えない。

 次々と感覚が潰えていくなか、最後まで見えていた気流も視えなくなり、どれ程の時間が経過したか。とうとう、金龍と思わしき意識すら、自分の中に違和感なく感じるようになってしまった。他者と自分の境界が曖昧になっていく。

 ああ、自分は、これから死ぬんだな。
 金龍の器となって、消えるのか。
 ……最後にオスカーに、会いたかったな。

 そう自覚した時に、耳に聞こえた自分を呼ぶ声。

 ユージィン

 そう、呼ぶ声に、全く動かなかった身体が震えた。ように感じた。
 本当に震えたのかはもう自分では分からなかった。

 視えないながらも瞼を開けて、なんとか状況を探ろうとする。

 身体が動く。
 いや、何かに動かされた。


「ユージィン」


 そう、呼ばれながら抱き起こされる。
 ああ、オスカーだ。視えなくても確信できる、これは求めていたオスカーだ。
 きてくれた。
 一人で怖くて会いたくて、不安で、消えていく意識の中でそれでも名前を呼んでいた。
 そうしたら、きてくれた。
 信じられない。
 本当に来てくれるなんて。

 帰ろう、と言われて心が震えた。
 そうだ、ずっと、一生、一緒にいるはずだった。
 毎朝一緒に朝食を食べる約束だった。

 もう、約束を守れない。

 つい先程、理解した。

 自分は器となるのだ。
 それを、伝えなくては。

 器になることをようやくに伝え、その上で何とか最後の気力を振り絞って、好きだと伝えた。

 こんな言葉を、自分の人生で誰かに言うなんて信じられなかった。
 でも、今言わないと、もう自我を保っていられない。

 自分はまだ、自分か。
 それとも、もう、金龍か。

 曖昧な中で頑張って伝えたのに、オスカーからの返事は、待てとか許さんとかで、ユージィンはそれを不満に感じながらも既にそれに対して反論ができる状態にはなかった。

 ――最後に会えて良かった。

 そう、話した気がする。気がするだけで、ユージィンの意識はもう、無かったのだけど。




 ……。
 …………。
 ふわり。
 ふわり、ふわり。
 意識が漂う。
 意識とは。
 意識とは何だ。
 自分だと言う証明か。
 そもそも自分である事に証明なんているのか。
 自分が何者であったとしても、自我を保っていられなければ、それはもはや自分ではないのだから。
 では。
 今のこの、ふわりと漂う、これは。
 わからないが、酷く気持ちが良い、ように思うし、このままふわりと漂いながら最後は消えて行くのなら、それはそれで構わない。


「……消えるのは許さんと言ったろうが。何度言わせる気だ」


 突如降ってきた声に、ふ、と、引きずられる。
 声の方へ。


「……ユージィン……、早く、起きろ。早く、ここにお前が確かにいると感じさせてくれ」
「アズバルドは……既に目覚めたそうだぞ……お前は、いつ、目覚める……?」
「お前の瞳に……早く俺を映せ。……瞳は何色になった? 元のままか? それとも、別の色になったのか? 何色でも良いんだ、お前の瞳が見られさえすれば。なあ、ユージィン」
「……な、にい、ろ、……ですか、ね……?」


 ざわり、と周囲の空気が揺れた。
 それまで至極穏やかな空気の中、オスカーの声が聞こえるのが心地よかったのに、どうして。なにが。


「ユージィン?」
「……はい……?」
「どこか、辛いことはないか」
「つ、らい、と、は……あ、あああ、い、たい、から、だ、痛いいいい」


 覚醒を意識したと同時に身体中に鋭い痛みが無数に走る。
 どうして、今まで、ふわりふわりと良い気持ちだったのに、なんだこれは。
 酷い、嫌だ、痛い、さっきの所に戻して。痛みが強く、身体の震えが止まらなくなる。


「オスカー殿下、失礼、避けてください!」


 どこかで聞いた声が近づき身体のあちこちを触る。
 痛い痛い痛い、なんだこれは、痛い。先程普通に声が出ていたはずの口からは、うめき声しか出てこない。
 痛い痛い痛い、痛い。身体の中が、外が、全部が痛い。
 頭の中が痛みに支配されかかった頃、ようやく痛みが引いた。


「ユージィン、聞こえますか。
 目を、開けることはできますか。できるなら、目を開けて」


 穏やかな声がする。
 目を開けられる事に、今更気付く。ぎゅ、とつぶっていた目の周りの筋肉をゆるめ、そろりと目を開けた。


「私が誰か、わかりますか」
「シェルフェ、スト」
「はい、そうです。では、この指の数、数えられます?」
「……三、本」
「大丈夫そうですね。どこか、痛むところは……処置をしたので無いとは思いますが、どうです?」
「大丈夫、ない、です」
「良かった。
 ……オスカー殿下、もう、大丈夫ですよ。
 ただ、痛みの気流を止めているだけなので実際にはまだ完全に回復していません。
 動きもまだ、ままならないと思います。なので、無理をさせない範囲で、どうぞ」


 目の前にいたシェルフェストが後ろへ下る。
 会いたくて仕方がなかった人物へと視界が入れ替わり、部屋に居たであろう人たちが出て行った事を感じた。


「オスカー、……」


 堰を切ったように涙が溢れた。なぜ涙が出てくるのかなんて、自分ではわからない。でも、見上げた先のオスカーの瞳も潤んでいる。


「あの……あえ、て、また、あえて、良かったです」


 泣きながらも会えた喜びを伝えた。
 身体がうまく動かせないのがもどかしい。


「ユージィン」
「はい」
「ユージィン……」
「……はい」
「すまなかった」


 なにが、と、口を開きかけた瞬間に抱き起こされた。
 ぎゅ、と腕に力を込めて、抱かれる。


「護る事を誓っておきながら、お前を護りきれなかった。本当にすまない」


 オスカーの腕が震えている。


「オスカー、……あなたはまた会えて、嬉しいですか」
「……当然だろう、こんなに嬉しいのはお前との婚姻の日以来だ」
「では……謝罪よりも、喜びの言葉をください、……私が消えそうに、なりながら……それでもまた会う事を切望していたあの時、きてくれたでしょう。それだけで、充分護ってくれた、……あなたの誓いは、破られていない、だから」
「……会えて嬉しい、これ以外の言葉が……見つけられない」
「私もです。あなたに会えて、嬉しい」
「探索の間ずっと、お前の事だけ、思い続けていた」
「私もです。待っている間、あなたの事を思い続けていました」
「お前が側にいないと、呼吸すら苦しい」
「私もです。側にいない事が不安で苦しくなりました」
「会えない間は、ずっと、……心底、……辛かった」
「私もです。早く会いたくて、見つけて、ここにいる、と、心の中でずっとあなたに呼びかけていました」
「……」
「……オスカー?」
「……お前を、……愛してる」
「私もです、オスカー、私も愛してる」
「……」
「……オスカー?」
「いやになるな……こんな都合のいい……」
「……は?」
「目が覚めたら、お前はまだ昏睡しているのだろうな。……俺は……こんな、毎日毎日自分に都合のいい夢ばかり見て……自分が情けない……全く……いやになるな」
「いえ、あの、……オスカー?」
「まぁだが……夢なら好都合、せっかく俺の希望通りの事をユージィンが話してくれるのだ。俺の目が覚めるまで、普段なら絶対言わないような事でも言ってもらうか」


 自分を抱きしめていたオスカーの腕が緩んだ。
 ユージィンの顔を、何かたくらんでいるような表情で覗き込んでくる。


「……瞳は……金色のままか。俺の頭では他の色は浮かばないからな、当然か。……お前は、夢の中でも、美しいなユージィン」
「……あなたも、……夢の中じゃなくても、いつでもとても素敵ですよオスカー」
「……っ……そうか、それは……ありがとう……」
「どういたしまして」
「……はぁ……たまらないな、お前が俺を褒めるなんてな。
 早く、目を覚ませ。起きて、また俺と日々を過ごしてくれ。そして、……直接俺に愛を囁いてくれ、ユージィン」
「……オスカー……」
「なんだ」
「そろそろ目を覚ましてください」
「……いやだ……」
「いやだじゃありませんよ、正気に戻って、ちゃんと私を見てください」
「……」
「……」
「これは……現実か?」
「はい、現実です、私は起きています。起きて、あなたに、愛を囁いています。
 あなたが想像している以上に、自分でも驚くくらいあなたを想っていたみたいで」
「本当に現実か?」
「はい」
「シェルフェスト!!!!! ユージィンが目覚めたぞ!!!!!」


 扉の外に待機していたらしいシェルフェストが顔を覗かせる。


「知ってますけど……何かありました? 大丈夫です? 感動の再会かと思い下がっていましたけど、もういいですか? いいならちゃんと診察しますけど」


 シェルフェストの反応でようやく現実を感じたらしいオスカーが、「いや、いやではなくいい、いや、ではなくて」としどろもどろになっているのを眺めながらユージィンは自分の身の上に起きた事が一区切りついたことを実感した。



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