金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

39.剣術師団長の恐怖

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 人は、自身の理解が及ばない出来事に直面すると、どうなるのだろう。

 思考が停止する。
 流れに身を任せる。
 理解ができないとあらがう。
 逃げ出す。
 過去の経験から解決策を探る。

 正解はない。
 人によって違うだろうし、状況によってももちろん違うだろう。

 さて。
 オスカーは。

 オスカーは、身体中の毛が逆立つような高揚感を覚えていた。
 この、その場にその存在がある、と言うだけで純粋な恐怖を撒き散らすものに。
 戦場に立っていてもなかなか味わう事の難しい、純粋な恐怖だ。
 いつ死ぬかわからない。
 もがいた所で生きていられるとは限らない。
 ただただ無心で相手の隙をついて斬り裂いて行く。
 遅れれば自身が斬り裂かれる。
 周囲には腕や脚が中途半端にちぎれ、腹を裂かれた死体が転がり、土と血と脂と汚物、人のにおいが強烈に立ち昇る中、前へ前へと進む。
 その、高揚感だ。

 ユージィンと思われる塊へと、足を向ける。

 目に見えない恐怖に震えていた近衛師団の1人が前に出た。


「殿下、危険です!」
「……危険は承知だが……貴様は動けるのか」
「は、……いえ、はい、私は近衛です。私の身は王族の為にあります」


 固まり震える他の面々もそれを聞き、無理やりのように動き出す。
 だが、ぎこちない。恐怖心に身体がついてきていないのは一目瞭然だ。


「いい、さがれ。ついてこられても足手まといだ。
 まともに動ける者だけついてこい」


 オスカーの言葉に、数名が帯同する。が、まともに動けているようには見えない。
 数歩進んだ所で、オスカーの靴がジャリ、と砂の塊を踏んだ。
 その音に反応してか、目の前に丸まる推定ユージィンの肩がぴくり、と揺れた。
 だが、頭を上げこちらを見るには至らないようだ。

 白く、輝く。
 金粉をふりまくように、内から光りがもれている。
 男にしては華奢ですらりと伸びた肢体は、確かにユージィンに見える。
 だが、なぜ光る。
 もともと発光しているようではあったが、当然のことながら実際に光っていたわけではない。

 顔を隠すように折り曲げられた腕。
 指先は指の半ばあたりから鋭い爪のようになり、肘から肩にかけて鱗のようなものが散見し、裸の背中の肩甲骨は異様に盛り上がって見える。
 まさに今、これから、肩甲骨あたりの皮膚を破って何かがでてきそうでもある。

 それら全てが、白く、金粉を纏うように、光る。そして、輝く。

 なんだ、これは。


「ユージィン……?」


 先程より、強く、肩が揺れた。
 ゆるゆると揺れる頭。
 腕に隠れていた顔から、長い睫毛が震えるのが見えた。
 まぶたが開く。
 その開いた目から、黄金に輝く瞳を認める。


「ユージィン……!」


 変わり果ててはいるが、ユージィンだ。
 近衛の制止も聞かずオスカーは駆け出す。
 俺のユージィンだ。いなくなってから探し続けた、俺だけのユージィンだ。どれだけ変わっていても、瞳を見ればわかる。これは、間違いなくユージィンだ。
 直前で、一瞬触ることを躊躇する。
 触って大丈夫か、痛くはないのか、辛くはないのか。
 だが逡巡は一瞬のみ、すぐさまオスカーはユージィンを抱き起こした。


「……オ、スカー、……」
「ユージィン」
「きて、……くれた、あなたを呼んでいました、オスカー、……1人で、こわくて、……あなたに、あいた、くて、」
「ユージィン」
「あいた……く、て、……ほ、んとに、きて、くれた……」
「くるさ」
「オスカー、……」
「どうした、動かすぞ、……帰ろう」


 ユージィンは、ゆる、と、腕を持ち上げ、抱え上げようとするオスカーを制す。


「痛いか」
「い、え、……オスカー……私……」
「どうした」
「私……も、うすぐ、……もう、」
「ユージィン?」
「き、いて」
「……何だ?」
「もうすぐ、き、え…ます、しぬ……」


 ざわ、と間近にきていた近衛らが反応する。
 ささやかな声ではあったが、確かに聞こえた。「もうすぐ消えます、死ぬ」と。


「……なに……?」


 確かに聞こえたのに、信じがたく聞き返す。


「……わかり、ました……。
 気流、師のちから、は、きんの、龍が、散らした、……ちからだ。
 き、んの、りゅう、が、身体をたもって、い、られなくて、……かけらに、して、人に、潜ませた、ちから、だ。
 だから、だか、ら、銀の、龍は、きりゅう、気流、師を、あつめた、あつめ、て、ちからを、あつめ、金の、龍、復活、させようと、していま、す。銀龍は、……金の、龍に、会いたくて、……。
 あつま、り、ました、もう、集まった、……わたしは、このま、ま、金の龍、の、うつわに……され、る……」


 正直に言うと、ユージィンの話に理解が全く追いついていなかった。
 だけど、ユージィンの話しがどれ程おかしく、信じ難くとも、オスカーには分かってしまった。

 この話は真実だ。
 何も手を打たなければ、ユージィンは消える。
 理解した途端、ざあっと血の気が引くような恐怖に襲われた。
 戦場で敵に囲まれた時より。
 暗闇で不意打ちを打たれた時より。
 腹に矢を受けて死にかけた時より、何より怖い。

 これは純粋な恐怖ではない。
 自身の感情に引きずられた、自分だけの恐怖だ。

 どうする。
 どうすれば。


「だめだ。消えることは許さない」


 言葉で引き留められるとは思っていない。
 だけど、言わずにはいられない。
 ユージィンが、酷く美しく微笑んだ。

 なぜ。
 今。
 なぜ、微笑む。
 出会ってから今の今まで、もっとたくさん笑うに相応しい時はあったはずだ。

 オスカーは、急激に体温が上がるのを感じる。この笑顔1つで自分はこんなにも簡単に舞い上がるのか。


「オスカー……すき、……、」
「……おい? ……待て、ユージィン、お前今なんて」


 恐怖と感動は同時に味わうことはできないと思っていた。
 なのに。
 なぜこんな時に。


「もうあえ、ないかも、と思ったら、自覚……しました、……私、多分ずっと、……オスカー、あなたが、好き、だっ、た、……んです、初めて、会ったと、きか、ら」
「待て待て待て待て、おい、待て、……ユージィン、お前」


 恐怖、感動の次に困惑だ。
 どうしていいのかもうわからない。
 もはやつい今しがた感じていた恐怖は消えた。


「いま、言わないと、……もう、消える、……なにも、見えないん、です、気流、も、視え、ない……わ、わた、し、死ぬ……」
「だから、許さんと言ったろうが」


 あまりに感情の大波が寄せて返すものだから、処理しきれずに逆に正気に戻った。


「銀ッ!!龍ッ!!!!
 いるんだろう、出て来いっ!!!!!!」


 ありったけの大声で叫んだ。
 居ないわけがない。
 撒き散らされている恐怖を催す覇気もそうだが、金龍に再び会うことだけを望んで数多の気流師を攫い続けたと言うのだ。
 もう間も無く会えるであろうこの時、近くにいないわけがない。

 突如、壁が、天井が、震えた。

 後ろの方から、師団員の怯え、叫ぶ声が聞こえる。

 オスカーもユージィンを抱き起こした姿勢で固まる。

 そうか。
 ずっと、壁だと思っていたものは。
 天井と思っていたものは。


「ずっと、そこに、いたのか……」


 暗いから気がつかなかった。
 黒く、鈍く、光っていたのは、銀龍の身体、そのものだった。

 割れたような声が響く。


「何か、用か」


 まるで頭上から低音の太鼓を鳴らされているような声だ。


「聞いていたのだろう。
 ……見ても、いたか?
 ユージィンの事は諦めてくれ。
 俺はこいつと婚姻を結んだばかりだ。
 国に誓った。生涯護ると、誓ったばかりだ。」


 ぶわ、と、風が吹く。
 銀龍の息だ。


「……聞けんな……。
 我がどれ程この時を待ったと思う。
 どうしてもと言うなら、代わりの器を連れてこい」
「……代わりの?」
「貴様らの国の王族か、もしくは、貴様らの言う所の気流師を、連れてこい。
 他のものでは器が壊れる。
 そもそも……我の声すら、他の奴等には届いていないだろう」


 振り返る。
 ついてきていた近衛たちは、全員動けなくなっていた。
 恐怖に凍りつき、声を聞く余裕があるものはいないようだった。
 今際の際のティックワーロもそうだった。恐怖のあまりに正常さを失っていた。


「……オスカー、……私なら、良いです、……会えた、から、あなたに、消える、前に、会えたから、もう」
「忘れたか」
「なに、」
「俺が関わる事で貴様が傷ついたら俺はそれ以上に自分を傷つけると。
 そう、言ったはずだ。」


 ユージィンが黙った。
 思い出して反論できなかったのか、それともただ単に身体が辛く話すことが億劫なのかもしれない。
 目も見えないと言っていた。


「銀龍」
「……」
「金龍の器となった人間はどうなる。器以外は死ぬか。消えるか。」
「……わからん……復活させた事がないからな……金龍ならわかったろうが。あいつは全てを見通していた」


 どうする。
 どうすればいい。
 今この時にも、腕の中のユージィンが金龍へと変わってしまいそうで怖い。
 だが、代わりを差し出すこともおいそれと返事をすることも難しい。

 その時。
 腕の中のユージィンの光が強くなった。


「消えませんよ。
 器となった後は、私と融合します。私でもあり、その器の人でもある。
 龍であり、人である。
 今この時、この器候補の死ぬかのような身体の不具合は既に変容が起こっているためです。
 完了すれば、治まります。」
「金龍……」


 なぜかユージィンの口をついて出てきた話に、銀龍が反応した。
 オスカーの腕にもたれているユージィンを、心底愛おしそうに見つめている。
 愛おしい、早く会いたい、そんな熱のこもった視線に相手が銀龍とは言え気分が悪くなる。


「やめろ。俺のユージィンをそんな風に見るな」


 見ればユージィンは再び意識を失っていた。


「代わりを連れてくるなら急げよ、人の子よ。
 日が沈む頃には変容は終わる。変容が終わりその器に金龍が入れば、いかに貴様のそのユージィンの意識が残ろうと我はその器を離さんぞ」


 再びの静寂にオスカーは困窮した。




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