金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

33.剣術師団長の探索

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 この足音は誰か、と、考える前にその人物は声をかけてきた。


「兄上、よろしいですか」


 実際の年より幼く聞こえるこの声は、技術師団に所属する、誰より年下の末弟アズバルドだ。
 兄弟たちの中でも1番最後に生まれたせいか、周囲から散々に可愛がられ構い倒された為に少し甘ったれた弟だ。
 いや。甘ったれてはいない。甘ったれたと言うよりは、浮世離れしていると言うか。
 末弟のアズバルドは、幼い頃から身体が弱かった。
 すぐに熱を出し、肺炎を拗らせ、常に咳き込んでいるような、そんな子供だった。
 その為か、他の王族が外で身体を動かしている時も、一人部屋にこもっているような子だった。
 その、他の王族とは違う、弟の内向きな所を短所と思っているわけではない。
 オスカーだって、彼が幼い時には散々かわいがって構い倒した。
 彼の身体の弱さを知っているからこそ、できることを好きなようにやれば良いと思って見守ってきたのだし、自身がユージィンと婚姻を結んだ今となっては、十一歳年下のこの弟を見ると、ウィレナーズが彼より十歳年下のユージィンを心底かわいがっていた理由が身にしみてわかるような気もするのだ。


「アズバルド、どうした」
「ご報告が……。
 あの、僕、技術師団で、糸を、あ、魔術を練り込んでもらった糸を、あ、糸といっても、すぐに切れるような綿で作ったようなものではなく、衝撃に強く、雨風にも劣化しない、そんな糸を、……ああああああああ、もう、そんなことはいいんです、とにかく、何が言いたいかというと、その糸が、」
「落ち着け。ゆっくり大きく息を吸え。そして、ゆっくり吐け」
「いえ、兄上、僕はもう子供では、」
「いいから、ほら、まず大きく深呼吸を。それから話したいことを考えてから口にしろ」


 ここで素直に深呼吸をし始めるのがこの弟のかわいいところだ。


「あの。実は、技術師団で僕が開発していた糸があります。
 何かしらの刺激、……例えば、振動を与えたり、もしくは、直に触る等、とにかく、刺激があれば反応する糸を作りました。
 それを、西側の、第三城壁の外の地中に昨年埋め込み、張り巡らせました。
 兄上もご存知のとおり、北側と東側、南側と違い、西側は空に浮く島国があるのみで、あとは中草国方面より地続きに西浮国へ向かって行くと誰も渡れない大河となります。
 あの河に人は入れませんし、あちら方面はあの河の影響で津波もよく起こるために集落もそう多くはなく、あまり西側の第三城壁の外を通るものはありません。その為、手始めの試験にはちょうどいいかと……。
 その地中に埋めた糸が、今日の昼頃、反応しました。
 もともと、動物がその上を通っても反応するような糸ですが、対象が軽いと反応も弱いです。
 しかし、今日の反応は大きく、まるで大牛か馬車でも通ったようでした。
 調べてみる価値はあるかと思い、こうして参りました」
「アズバルド……」
「はい」
「……ありがとう、よくやった」
「はい!」


 アズバルドは、お礼を言われた事と褒められた事で役に立ったと思ったのか、嬉しそうに返事をした。

 西浮国側は確かに人目が少ない。
 北山国、東砂国と違い、国との境が地続きではないせいだ。
 さすがに第三城壁の西側城門には常にどこかの師団が詰めているだろうが、それでも他の場所に比べれば随分と手薄だ。
 ティックワーロであれば、どの師団がいつ詰めているかを調べるのは容易かったろうと思う。
 そして第三城壁を出てしまえば、あとは人目を気にせずにいずこかの目的地へ向かう事は簡単な事だ。
 話しを聞いていたオルシラが立ち上がる。


「私も参ります」
「……いや、せっかくだがアズバルドを連れて行くつもりだ」
「兄上、私ほど暗闇でも目が見える者はおりませんわよ。外をご覧ください、もう、夜です。今から探索に行くのであれば、夜目が効く者を連れて行くべきですわ」
「だが、探索に直系の王族を二人も連れてはいけない。申し出には感謝するが、今回は諦めてくれ」


 オルシラは不満そうな表情をしたが、わかりました、と、存外あっさり引き下がった。
 アズバルドを連れて行かねば、どこに糸を埋め込んだのかも、その糸がどのような仕組みになっているのかもわからない。
 確かにオルシラの明かりが無くとも暗闇で全てを見て取る事ができる能力は捨てがたいが、それでは自分が行けなくなってしまう。
 王族の決まりとは難儀なものだと思いながらも、オスカーは近くに控えていた近衛に探索に行く人員を集めるよう指示を出した。

 程なく、一個小隊程の人数が集まったと報告が入る。
 隠密師団と近衛師団がほとんどらしいが、中には数名魔術師と医術師も居るようだ。
 戦闘指揮所を出る直前に、オズタリクアが南海国の王族でもある総司令官との討議の場についた、と、情報が入ってきた。
 オスカーは祈りにも似た気持ちで指揮所を後にし、用意されていた羽馬で飛び立つ。隊員も後に続いて飛び立った。


「糸の反応がおよそ三時間前、仮に馬車で通っていた場合3時間では西浮国までは辿り着けません。羽馬であれば余裕でしょうが、そもそも羽馬では地を蹴らないために糸が反応しませんし」
「そうだな。だが、森を抜けて、まもなく大河と言う所までは……もしかすると行けるかもしれんな」
「そうですね。進む方向と速さにもよりますが……」


 オスカーはアズバルドと共に空を駆けていた。
 ティックワーロが本当に南海国に関わる者で、南海国の為にユージィンを奪っていったのだとしたら大河に行かせてはいけない。
 時間はかかるが大河沿いに海へと抜けることもできる。
 西浮国の下を流れるこの大河は、人が入れない大河として有名だ。
 まず、水の流れが一方方向を向いていない。
 場所によって流れがまちまちで、速さも全く違う。
 また、渦ができやすく、この渦の大きさもできる場所も予測がつかない。
 水流のでたらめな方向故か、それとも渦のせいか大小さまざまな津波が不定期に河川敷を襲うために船を浮かべる事も出来ず、誤って足を入れてしまえばそれを取られて2度と上がって来られない。のは、中草国、西浮国、北山国、東砂国の共通の認識だ。
 だが、水の中を自在に動ける南海国の国民にとってのこの大河がどんな存在なのかはわからない。
 いくらなんでも、あの河を泳ぐ事は難しいだろうが。

 大河へと意識をやり、特に会話もなく、羽馬を駆けさせることしばし。
 アズバルドが地中に糸を仕掛けたと言う場所へとやってきた。
 城壁を越えて森の入り口に差し掛かる場所に、その痕跡はあった。


「兄上、ご覧ください、やはり馬車です。馬車が通った跡があります」


 アズバルドが示す、街道から外れた森に続く細道に小型の馬車の轍が薄く見えた。
 すぐさま魔術師が追跡の魔法をかける。
 魔法によって目の前を光の馬車が過ぎていくのが見えた。
 そしてその御者台には。


「ティックワーロ……」


 わかっていたが、いざ目にするとオスカーであっても辛い。兄の専属であったために、無条件で彼を信じていた。
 だが、それよりも今は。


「追跡魔法をかけた者はどこだ」
「はい、ここに」
「荷台の中は見えるか」
「……そう、ですね。現物の荷台があれば中を直接見ずとも探る事は可能ですが……こちらは、過去の記録を引き出しているようなものですので、難しいです」
「この先、どこまで行ったかを追う事は可能か」
「はい。
 日時や対象物が確定していないと追跡魔法はかけることも難しいですが……こちらの場合でしたら、対象物がはっきりしているので他の魔術師と交代で追跡魔法をかけ続ければ追う事も可能です」
「では、すぐにかかれ。
 ……隠密師団の者はいるか」
「はい、こちらに」
「ティックワーロが追跡対策で眩まし魔法をかけている可能性もある。地面に残る轍から追えるか。轍はいくつかあるが、どれがティックワーロのものか当たりをつける事はできるか」
「はい、できます。師団長より合図をいただければすぐに探索を開始します」
「よし、かかれ。明かりが必要なら近衛を使え」
「承知しました」


 目前から連れてきた者たちが探索へと動き出しいなくなると、ふ、と昨日の朝の事を思い出す。
 食事中シェルフェストによって退出させられたオズタリクアを見ながら、ユージィンが言った事だ。


「隠密師団は、忍者みたい、なんですって」
「なんだ、忍者? とは」
「さあ? ……ズィーロの友達の友達? が、外国からきた人らしいんですけど自国の職業に当てはめて物を言うらしいんです。
 私は、顔だけ番長と言われましたけど。番長とは偉い人の役職らしいですが……」
「番長と言う役職は知らんが……その言葉が顔以外を褒めていない、と言う意味であれば、顔以外は俺が褒めておこう。お前は顔も含めて全てが最高だ」
「……もう、なにそれ、反応に困る……」


 思わずと言ったようにユージィンの敬語が崩れる様に、胸が高鳴るのを感じた。
 ユージィンを顔だけ、などと評した人間が誰かは知らないが、随分と人を見る目の無いやつだ。
 いや。みんながみんなユージィンの最高な所に気づいてしまっていたら、今頃ユージィンは他の誰かと一緒にいたかもしれないのでこれで良かったのだ。


「忍者は……忍んで、諜報するのが主な仕事らしいですが」
「ああ、それは確かに隠密師団の仕事に近いな」
「時に、魔術ではない何かを使って、自分を何人も増やしたり? それから違う人間に化けたり、ええとあとは、そうそう水の上を歩いたり。脚力のみのジャンプで大木を超えることも可能だそうで。それでいて、暗殺にも長けていて様々な暗殺法を知っているとか」
「いやそれ、人間の話か? 隠密師団関係ないだろう」
「薬の知識も優れているとか?
 便利だな、と思ったのは、小指の先ぐらいの食べ物を携帯していてそれを一粒食べると十日ほど食べなくてもいけるらしいですよ」
「それは本当に人間なのか? そんな人間がいるのか?」
「いるらしいです。
 ズィーロの友達の友達の国では、その忍者と言う職業の人が活躍しているらしいのですが、忍んで諜報、と言うのが隠密師団みたいだなと思ったと。
 あまりに能力が高い職業なので便利な人たちだと思い、ニンジャと言う名前を覚えてしまいました」
「……ううん。完全に否定はできないが、同意もしきれない……」
「まぁ、そうですよね。
 いつかズィーロつてに紹介してもらって、詳しく話を聞いてみたいですね」
「そうだな。
 戦が終わったら、俺もその国の話が聞きたいが……忍者なんて聞いたことがないな。一体どこの国だ。ありそうなのは西浮国だが……実は南海国だったら戸惑うな……」


 その後。
 求婚のやり直しをしたのだ。

 毎朝、そんな他愛の無い時間を過ごしたくて。
 ただ、共に話し朝食を取るという些細な事で、自分はきっと毎朝幸せだろうと思い、誰はばかることなくそれを共に過ごせる関係を望んだ。
 それが叶った。
 そう、それが叶ったのだ。
 だから、自分は、その叶った現実を永続させる為にも何としてもユージィンを見つけ出さなくては。



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