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オスカー×ユージィン編
32.剣術師団長と気流師達の痕跡
しおりを挟む今朝までは夢なら醒めないでと思っていたのに、今は、夢ならば早く醒めろと思っている。
気流師団の専門棟と一般受入棟、それから国営基礎学校、気流師専門学校に詰めていた気流師並びに将来気流師予定の者の所在はすぐに知れた。
金色の瞳を持って生まれた、まだ生後間もない子供の所在も同様にすぐ確認が取れた。
休暇を取っている気流師や、市井にくだり医師として働く者、引退してどこぞへ引っ込んで暮らしている者たちの行方を探すのに手間がかかる。
いかに気流師の数が少ないとは言え、それでも、国が把握している総数にすると六〇〇人程はいるはずなのだ。
余談だが、中草国の人口は五八〇〇万人程なのでおおよそ十万人弱に一人位の割合で気流師が生まれている計算になる。
その、気流師及び気流の才能を有した者達の所在の確認と情報収集を、王城の中、戦闘指揮所となった大会議場にて、魔術師と技術師、隠密師がそれぞれの技能を駆使しながら総出で続けている。
中草国の気流師が拐われたと決まったわけではないが、元々彼らは今回の獲物を中草国に定めていた。
南海国が既に中草国に向け進軍していることもあり、念入りに調べなくてはならない。
そんな、どこか張り詰めた空気の中、常に柔らかな雰囲気を纏うシェルフェストが顔を出した。
一瞬場の空気が緩む。
シェルフェストはオズタリクアより、戦が終わるまで師団勤務の禁止を言い渡されたらしく、王宮でおとなしくしていることにしたらしい。
が、自分にも何かできないかと戦闘指揮所を訪れたようだ。
その様子を見てオスカーは、ふ、と緊張していた肩の力を抜いた。
自分も、ユージィンと婚姻を結んでおいてよかった。
借家の解約からユージィンが戻ったら、シェルフェストと同様に、ユージィンにもしばらく王宮内にとどまっていてもらおう。
立場の乱用と言われるだろうか。
仮に言われたとしてもいい。
しばらくおとなしくしていてほしい、と伝えよう。
何かしたいなら、シェルフェストのように、ここで手伝ってもらってもいい。
王城なら、王宮と同じくらい安全だ。
そう考えたときだ。
「あ、オスカー殿下。オスカー殿下はここに居たんですね、では、ユージィンはもう戻ったかわかります?」
「いや、……まだだと思うが……」
「そうなんだ……。じゃあ、見間違いかな?」
「見間違い?」
「朝、ティックワーロと連れ立って行った近衛の師団員をこの部屋に来る時に見た気がしたんですよね。
だから、ユージィンが戻っているなら、……彼も、もしやる事がなさそうなら、しばらくは一緒に研究でもしないかと思ったんだけど」
首の後ろがチリ、と焼け付くような感覚を覚える。
「誰か、近衛師団の者はいるか!」
すぐに返事が聞こえた。
「今朝ほど第四王子の専属執事ティックワーロ・ロギャンガとともに、ユージィン・ジグライド気流師を護衛した者が戻っているか今すぐに確認してこい。戻っているなら連れてこい!」
はいっと慌てたように数名が部屋を出て行く。
「僕も師団に確認、……には、行けないんだった。でもティックワーロはまだ戻っていないからな、やっぱり見間違いかな……近衛が戻ってるならティックも戻ってるはずだし……」
隣でシェルフェストがぶつぶつと呟いている。
オスカーの耳には届かない。
いや、届いてはいるが、頭に入ってこない。
程なく、今朝ほど見た顔が現れた。
「オスカー殿下、御前失礼します! お呼びと伺いました!」
「貴様……」
「は、はいっ!」
「貴様は、……一人か。ユージィンとティックワーロはどこだ」
「はっ! 私だけ先に一度戻りました! 最初はユージィン殿の借家の門前で待機しておりましたが、ティックワーロ殿が、片付けに時間がかかる為夕方また来るように、と仰せでしたので!」
「一人戻ってきたのか」
「は、一人戻りました」
「貴様っ……!……ッ、いや……いい、誰か! 追跡魔術が使える者はいないか!」
「兄上、私使えますけど……どうかなさいました?」
「アリネイエ……ここに詰めていたのか。悪いが、俺と今すぐ城下に下りてもらえないか。ユージィンがいるか確認に行きたい」
「ええ、構いません、参りましょう」
激情に任せて近衛の首を斬ってしまいたくなった。
だが。
近衛は、王族を護り、王族に従う。
専属執事は王族に近い立場にあるため、近衛の人間からすれば、専属執事からそのように指示をされれば、従わないわけにはいけなかっただろう。
斬れるものなら斬ってしまいたかったが、彼は悪くないというのも、きちんと理解はしている。
――それに。
まだ、わからない。
夕方まで、本当にユージィンとティックワーロが二人で借家を片付けているかもしれない。
それは無い、と、思っているのに、そう思いたい願望にすがりながら妹と羽馬で城下に向かった。
ユージィンが暮らしていたと言う借家の裏庭に降り立つ。
表通りから一本入った細道沿いだからか、喧騒が少しだけ遠い。
裏庭に羽馬を繋ぎ、鍵のかかっていなかった平屋の中に入る。
外では相も変わらず民たちがオスカーとユージィンの婚礼で盛り上がっているようだが、扉を閉めてしまえばその喧騒すら遠のく。
良い立地の、こじんまりとこぎれいな借家に暮らしていたのだな、できれば一度くらい本人から招待され遊びに来てみたかったものだ。と、一歩足を踏み入れた瞬間にさまざまな気持ちが湧き上がってきたが、今はそんな事を考えている場合では無い。
室内は十年暮らしたにしては物が少なく見え、きちんと片付き荒れてもおらず争った形跡もない。
ただし、争いの形跡はないかわりに、ユージィンとティックワーロの姿もなかった。
小さな机の上に、借家解約の書類が置いてあるのが見え、後悔の念が湧いてきそうになる。
だが、それはまだ早い、と己を戒めた。
「アリネイエ、頼む」
「はい」
アリネイエは、我は望む、から始まる詠唱を唱え始める。
魔術師が使うお決まりの詠唱だが、魔術の才能が無かったオスカーは詠唱の勉強などしなかったので、最初の部分こそ聞き取れたが後は何を言っているのかもよくわからなかった。
アリネイエの紡ぐ言葉と合わせて空気が揺れ、人の大きさくらいの薄い光が二つ現れた。
二つの薄い光が正面の扉からこちらに向かい動いてくる。
ある程度までくると、一つは床に丸まって留まり、一つは再度外へ。
すぐに外から中に入り、留まった光を持ち上げるように融合し、光は一つに。
そして、一つになった光はオスカー達が入ってきた裏口へと消えた。
オスカーの奥歯が、ギリ、と音を立てた。
あにうえ、と、アリネイエが小さく声を出す。
オスカーを呼んだと言うよりは、口から溢れただけのようだ。
「俺は。……俺は、魔力がないから、光のようにしか見えなかったが、お前にはもっとはっきり見えたんじゃないのか。何を見た」
「……いえ……。ティックワーロは、魔術制御の対策をしたようで、あれを映すのが精一杯でした。
なので、私にも、兄上と同じものしか見えていません。
魔術師団長でしたらもっと強い魔術が使えるかもしれませんが……」
床に丸まっていた光がティックワーロとは考えにくい。
ユージィンが何らかの要因により床に倒れ込み、その間にティックワーロが外の近衛に声をかけて、
近衛が離れた隙にユージィンをどこかに連れ出したと考えるのが妥当なところだろう。
どこに連れ去られたのか。
王族の専属執事まで務めていたティックワーロがなぜ。
本当にユージィンが気流師としてみなみの手に渡ったのか。
考えなくてはいけない事はたくさんある。
だが、幸い、と言うか、シェルフェストが早い段階で近衛に気付いた為に、二人がいなくなってからまだそれほど時間が経っていない。
もしかしたら、追えるかもしれない。
考え込むのは後からでも、できる。
二人を追うため、オスカーは動き始めた。
――しかし。
結局、夜になっても、ユージィンに関する進展はなかった。
あの後できた事と言えば、魔力の特に高いものを再度現場に呼んで二人の軌跡を確認する事ぐらいだ。
それすら、裏庭から裏通りに出た所で何かの対策をしてあったのか途絶えて追えなくなった。
薄らぼんやりとしか見えなかった光が、間違いなくティックワーロとユージィンだという事が見て取れたのは大きな進展だったが。
途中、事態を知ったオズタリクアから連絡が入ったが、自分は予定通りこのまま王族としての交渉の場に向かう、と言う内容だった。
実際、己の専属執事が失踪したからと言って、戻ってきた所でできることはほぼ無いだろうし、自分がオズタリクアでも同じ選択をする。
オスカーは、焦燥感を覚えながらも、悩んでいた。
ここでこうしてユージィンの行方を心配する事以上に、やるべき事があるだろう。
剣術師団を率いて、戦場に向かう事だ。
自分は剣術師団長だと言うのに、今日はユージィンの借家に出かけた以外はずっと王城の戦闘指揮所に詰めて情報の精査をしているのみだ。
一度、ユージィンの兄でオスカーとユージィンの専属執事になったばかりのウィレナーズがやってきたが、結局隠密師団に詰めてもらった。
ユージィンが戻らない今、己の世話は必要がない。
それならば、できるだけ早く記憶を取り出す術を身につけてもらった方が良い。
そう言ったオスカーに対し、やる事があった方が気が紛れる、とウィレナーズは反論もせずにさっさと隠密師団へ行ってしまった。
こうなると、自分に雑談を振ってくるような人間はいなくなり、オスカーは物思いに沈む。
これまでどんなに小さな戦であったとしても、その前に師団に顔を出さなかった事などない。
それなのに。
今は、何も手につかない。
師団に行くよりも、指揮所に居たいと思うなんて。
これで良いはずがないことは、わかっているのだが、足が動かない。
だが、ひとつだけ、良い話がある。
行方はわからないが、ユージィンは生きている。
ここ二日程、あれだけ王族に囲まれ続けていたのだ。
死ぬのであれば、その時点で皆何かしら感じだはずだ。
だが、誰一人、勿論誰より近くにいた自分ですら気づかなかった。
それと、連れ去った相手だ。
ユージィンを連れ去ったティックワーロは、もう何年もオズタリクアに仕えている。
王族の性質を知らない訳が無い。
最初から殺すつもりでいたとしたら、近衛と共に借家についていくことなどできなかっただろう。
そもそも。
なぜ、ユージィンなのか。
オスカーとユージィンが、このタイミングで婚姻を結ぶ事は、誰にも、当の本人たちですら分からなかった事だ。
では、計画的な行いでは無いと言う事だ。
全てを見通す金色の龍でもいれば。
もしかしたら、婚姻を結ぶことぐらいはわかったのかもしれないが。
そこまで考えた時。
誰かの気配が、背後から近づき、オスカーの真後ろで止まった。
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