金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

30.気流師、また後で

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 じゃあまた、後で。
 その日の朝はそう言って、オスカーと別れた。

 そのが、本当に来るのかわからなくなるなんて、その時は思いもしなかった。

 まどろむような最中さなかに、ユージィンは思う。

 オスカーとの婚姻は、本当にこの身に起こった出来事か。

 確かに感じたはずの、熱や重み、それから、汗の味、肌の匂い。
 こちらを見つめる熱に浮かされたような瞳、頰を撫でる指、顎を甘噛みして舐める口。

 それらは全て、都合の良い、現実逃避の産物か。
 そうだ、現実逃避だ。
 ……。
 それならなぜオスカーとの婚姻なんて夢を。
 自分が彼を気にしていたせいか。
 初めて彼に会った時から、思っていた。
 自分が関わってきた人たちの中で、ここまで強烈に自分の中に入ってきたのは後にも先にも彼しかいないだろうと。

 それなら。
 それがもしも夢であったとするなら、目を覚ませば、現実が待っているはずだ。
 自分にとっての現実とは、何だ。

 父がいたか。
 母も、いたか。
 それから、兄も。
 オスカーは。
 オスカーとは。
 オスカーとは、誰だ。

 いや。
 オスカーは、オスカーだろう。
 目の奥が痛い、記憶が混乱していて、何かが。


「気がつきましたか」


 ふいに、聞き慣れない声が耳に入る。
 まるで水を通したかのようなその揺らめいて聴こえる声音は、

 ティ、ック、ワーロ……?

 声を出したつもりが、口から水と共に泡が出たような感覚を味わう。
 なんだこれは。
 ここは。
 手は、足は、自分は。
 呼吸が。
 できない。
 水の中にいるような。
 それなのに苦しくないとは、これは。
 普段通りの呼吸ができないことで、窒息への恐怖心から、思わず手足をばたつかせようとしたが、何かの圧がかかりゆったりとしか動かせない。
 その圧が、逆にユージィンを落ち着かせた。
 恐慌状態に陥ってはいけない。
 落ち着け、落ち着け。
 これは……
 動く事を諦めて、目の前を見つめる。
 透明な揺らめきの向こうに見えるのは、第4王子の専属執事のティックワーロだ。

 ティックワーロを認めた瞬間、全ての記憶が凄い勢いでよみがえる。

 気流師として長いこと働いていた。
 誰と付き合っても、誰に恋心を告げられても、自分の心はたいして動かなかったのに。
 戦場で、初めて第五王子に対面して、自分は、あの、山吹色の瞳を見た瞬間から、とらわれた。
 気になって、でも、気にしてはいけないと己を戒め、反面そんな事を自分に言い聞かせている以上、何かはあるのだと自覚していたのに、彼に対して、感情が動いている事を認めたいのに認められなかった。
 認めてしまったら、もう戻れない事をユージィンは知っていたから。
 その、自分のグズグズしたどうしようもない気持ちを、オスカーが飛び越えてきてくれた。
 そうだ。
 飛び越えて、きて、くれたのに。

 目を凝らした。
 ついで、周囲の気流も視る。

 ぼやけてよく見えないが、気流から探ったところ視える範囲にいる生物は、人間、ティックワーロが一人だけのようだ。


「大丈夫です。落ち着いて……いるようですね。さすが、気流師の中でも特に感情の動きが無いと言われているだけの事はある」


 何を言いだすのだ、この男は。
 感情の動きくらい、ユージィンにだってある。
 だが、大丈夫です、などと言われても、この目の前の男に気を許してはいけない。
 何をもってして、大丈夫ですなどと言うのか。
 第四王子の専属執事とは言え、ユージィンにとってその肩書きが目の前の男を信用する理由にはならない。
 だいたい自分は、住んでいた所の解約に向かったのだ。
 それが。

 ――あの朝。

 兄がオスカーに指示され私服の近衛を連れて来るために宮を出て行った。
 と思ったら程なく、近衛1人とティックワーロが現れた。
 ウィレナーズがオズタリクアの宮へ向かい、隠密師団に何時に行けばいいのかを確認に行った際に、ティックワーロに会ったと言う事だった。
 手が空いているから自分が行くと言うティックワーロに、ユージィンは第四王子の専属執事を使って良いのか? とは思いながらも、腕が立つ上オスカーも彼を信用していると言うことだったので、それではと付き添いをお願いした。


「じゃあまた後で」


 そう呼びかけながら、出かける準備をしているはずのオスカーがいる部屋を覗きこんだ。
 オスカーは、剣術師団長の制服を慣れた手つきで身につけていた。


「お前……。それで出かけるのか」
「? はい。髪と目を隠せば行っていいとの事でしたので……。何かおかしな所がありますか?」


 呼びかけに反応してこちらを向いたオスカーは、目をすがめている。
 目立たないような、街中で紛れられる格好がわからず、黒の布で頭を覆い、透ける素材の同じく黒の布をその上からかけた。
 中草国によくある、身内が亡くなった時に喪に服す時の格好だ。
 これならば髪色も瞳の色も違和感なく隠せると思ったのだが。


「貴様は……石墨のようだな」
「石墨……」


 婚姻を結び、昨夜は、いや、なんなら今朝まで身体を繋げていたと言うのに、このわかりづらい(多分)褒め言葉は健在のようだ。
 共通点は黒い、と言うことだけで、石墨を褒め言葉の例えに持ってくる人はそうそういないが。
 だが、オスカーなりに、なんとか言葉にしてユージィンを褒めたいと思っていることの表れと思えば微笑ましさしかない。
 だからユージィンは、微笑んだ。


「はい、石墨です」


 そう、肯定しながら、にこりと微笑んだ。
 褒め言葉に対して微笑むのももはや条件反射のようなものだ。
 が、途端、大股でこちらに近づいてきたオスカーに、腰を抱かれて薄布を剥ぎ取られた。
 え、と、声を出す間も無く、唇を奪われる。
 舌先で唇を開かれるように舐められ、今朝ほどまでオスカーとのその行為に没頭していたユージィンは、条件反射のように唇を開いた。
 ぬるりと肉厚で柔らかな舌が入ってくる。
 歯列をなぞるように舐め、薄目の舌の側面を尖らせた舌先でくすぐられる。
 ユージィンの鼻から甘えたような息が漏れる。
 それを合図のように、ぺろり、と、口蓋を舐められ、今度は吐息ではなくはっきりと甘えた声が出た。
 ちゅ、と小さく音がして、唇が離れる。

 帰ったら続きを。
 そう、低く告げられ、再び薄布を被せられた。

 はい、帰ったら。
 そう、返した。

 オスカーの手をゆるりと掴み、手のひらを指でなぞった。
 なぜか、離れがたかった。
 多分、今までのユージィンの人生でここまで近くに感じた人がいなかったから。
 だから、離れがたいんだ、そう思うことにした。

 オスカーは、優しく微笑んでいたし、ユージィンは。
 微笑んでいたとは言えないが、穏やかな顔をしていた、と、思う。

 扉の外で待っていたティックワーロと近衛1人と共に城下におりた。
 確かにオスカーが懸念していた通り、城下町はお祭り騒ぎの様相だ。
 あっちでもこっちでも、オスカー殿下、ユージィン気流師、と言う名前が聞こえる。
 どれだけ噂をされているのか。

 昨晩撒かれたと言う号外を拾って読んでみた。
 最初に拾ったものは、王室が正式に発表したものだったため事実が淡々と書かれていた。

「第五王子であり剣術師団長のオスカー・ジグライドと気流師のユージィン・ギャザスリーが婚姻を結んだ。これにより気流師のユージィン・ギャザスリーは正式に王族の一員となった」

 ユージィンはその号外を見て、まあそうだな、確かに書いてある通りそのままだな。と思った。
 だが。
 次に拾った、大衆紙の出した号外には思わず脱力した。

「長年独身を貫き中草国全女性の憧れを独り占めしてきたオスカー殿下が! ついに! 婚姻を結んだ!!!
 お相手は、まさかの男性気流師! 気流師随一の実力とその美貌で世の男女を虜にしてきたユージィン・ギャザスリー!!!
 プロしか相手にしないと言われていたオスカー殿下と、誰に対しても本気にならないと言われていたユージィン気流師、この婚姻が示す答えは?」

 酷い。
 内容はさておき、もう少し書きようがあったのではないかと思う。
 が、オスカーはプロしか相手にしないと言われていたのか。
 へぇ……。
 などと、本当か嘘かわからないことを読みながら、興味深い気持ちで次々と落ちている号外を拾い読んだ。

 大衆紙も、書いてある事が様々で面白い。

 とりあえず世間から見た自分は、王室に気を使ってかやんわりとした表現はとられていたが、概ね「仕事はできるが特定の相手と長続きはしない」「相手に拘らない」「節操が無い」「顔だけ番長」との評価が大半を占めていた。
 ズィーロが番長とはどんな役職だ! と怒っていたのを思い出す。

 反対にオスカーはあまり悪い事は書かれていなかった。
 中草国の王族は皆、己を律して行動する事を良しとしているので、そう簡単に醜聞を振りまいたりしない。
 一部例外もいるが、若くして剣術師団長まで登りつめたオスカーの事だ。
 王族の中でも特に禁欲的に過ごしていたらしく、火がないところに煙を立てていく大衆紙でもたいした情報が引き出せなかったようだ。

 大衆紙の大半を読み尽くした頃、自分が使っていた家に着いた。

 既に連絡してあった為、家の管理をしてくれていた人が扉の前に待っていた。
 ユージィンの喪に服した格好を見て何事か、と言う表情はしたが、特に何も言わずに必要な書類を置いて帰って行った。
 十年ほどの付き合いだったが、あまり話した事は無かったな、と思いながら家に入る。
 近衛は入り口で待機し、ティックワーロは手伝います、と後を追ってきた。

 ――そう、後を。


「ギャザスリー気流師、背中に糸くずが」


 とても自然に背中を触られた。
 別に糸くずぐらい、と思いながら、ユージィンの意識は急に沈んで行く。
 ……あれ、今、触られた場所、シェルフェストがオズタリクア殿下に。
 そう思っても、沈んで行く意識に抗うことができなかった。
 目を開こうとする。
 開かない。
 口を開こうとしても、こぷり、と小さな泡が、上に向かって漂っていくようだ。

 ユージィンの意識はまた、溶ける。





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