金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

24.剣術師団長と気流師の兄の密談

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 何から何まで異例なほどに簡素な婚姻だと言うのに、ユージィンは特に気にもしていないようだ。


 婚姻の儀が終わり、そのまま別室に移動してオスカー、ユージィン、そして参列者での会食となった。
 移動の間に繋いでいた手は、別室に入り解かれた。
 オスカーは残念に思ったが、参列者も移動してきたので仕方ない。

 目を合わせ解かれた手は、それはそれで名残惜しんで貰えているようで残念ながらも良い気分になれた。

 どのみち時期が時期なだけに、会食とは言え立食形式での簡単な会だ。
 話し込むようなものではなく、顔合わせ程度のこの会が終われば、参加しているほぼ全ての王族は、みなみとの対策会議へと戻って行くのだろう。
 自身は、今日は休みを貰った身なのだから、手は後でいくらでも繋げば良い。

 一通り挨拶を終え、飲み物を取ろうと一瞬人の輪から外れたオスカーは、ユージィンは一人で大丈夫かと後ろを振り返った。
 当のユージィンは王族に囲まれながらも乏しい表情を崩さず、淡々と会話をしているようだ。

 どんな表情をしていても、俺の、……もう、大手を振ってと言っていいんだよな?
 良いはずだ、俺のユージィンだ。
 俺のユージィンは、最高にかわいい。と、目を細めた時、隣にウィレナーズがやってきた。

「殿下、おめでとうございます」と、本当にめでたいと思っているのか全く読めない表情で祝辞を述べた後、大事な話があると言う。
 今更弟はやらんなどと言いだされても困るが、一体どんな話だ。
 まさか主役が完全に席を外すわけにもいかないので、バルコニーに促した。バルコニーなら、中からもそこに居るのが見えるし、その上で声は聞こえないので都合が良いだろう。

 自身が長身であるが故に、オスカーは普段人から見下ろされる事が少ない。その為、少し座りが悪いような気持ちになりながら、目の前に立つ自分よりも更に長身なウィレナーズを見た。
 やはり、改めて間近で見てもユージィンには似ていない。
 髪色が全く同じでなければ、すぐには兄弟と信じられないくらいに似ている所を探す事が困難だ。


「主賓にお時間を取らせて申し訳ない。……今この時でなければ、話す機会を持つ事が難しいかと。……単刀直入に伺うが……弟から、私たち両親の話は聞きましたか」
「話す機会など、いつでも時間をとるが、……その話であれば、そうだな……。……母親から受けた暴言が原因で、人を愛する事が怖いと言う話なら聞いたが」
「そうですか……それを、……話しましたか。……それに関しては安心しました。弟が殿下を信頼している証拠です」
「その後、父親と母親が相次いで亡くなったと言っていたが」


 ウィレナーズは、ふ、と目を伏せた。
 当たり前だが、伏せたまつ毛も白金色だ。こうして伏し目がちになっていると、似ていると言えないことも……いや、似てはいない。やはり同じなのは色だけだ。
 オスカーはどうでもいいことを考える。

「ええ、……そうです。
 それについては、間違いありません。父と母は、相次いで亡くなっていますが……その前に、ユージィンの、知らない、……いえ、ユージィンが、思い出せない話があります。
 それを、お聞かせしたい。ユージィンが婚姻を結ぶことがあれば、相手によっては伝えようと決めていた話しです」


 これはあまり良い話ではなさそうだな、と思いながら、視線で先を促す。
 そもそもオスカーはユージィンの事なら何でも知りたいのだから、どんな話であれ聞かない選択はない。


「王族には離婚がないと聞いていたので、本来ならば婚姻前に話すべきことかと思いましたが……。誤解しないでいただきたいが、急な婚姻に対して殿下を責めている訳ではありません。ただ、あまりに時間に乏しく、お伝えできなかったことをむしろ申し訳なく思っているのですが……」
「申し訳無いことは何もないから、先を」


 必要な事しか話さないような、……むしろ必要な事すら言葉が足りないような印象だったウィレナーズが、酷く言い辛そうにしているのを、促した。
 一体何の話をしようとしているのか。


「失礼。
 ユージィンは、……あの子は。
 ……。
 あの子は。
 幼い頃に、……母に、何度も殺されかけています」


 ウィレナーズの発した言葉を正しく認識するのに数秒を要した。


「……なに?」


 だが、結局口から出たのは、聞き返すための言葉のみだ。


「殿下は、……酷く馬鹿げた、民間療法を……ご存知ありませんか。気流師の眼を、えぐり出して食べると、……」
「どんな病も治る……いや、……まさか……」


 話しの内容があまりに重く、にわかには信じがたく、うまく理解ができない。

 気流師の瞳を食べるとどのような病も治る、と言うまるで嘘のような話は、確かに存在し、そして100年以上も前に禁じられた民間療法だ。嘘だったから、禁じられた。
 大昔に実在した民間療法とは言え、そもそも、その事自体には全く根拠がない。
 食べた所で治る事はなく、なにかの病気が本当に治ったと言う例も無い。
 確かな事もわからない愚行で、元々の数が少ない貴重な気流師が更に減ってはいけない。
 その為、どこの国でも現在は禁忌とされ、犯した人間は重い罪に問われる事となっている。

 だが、禁じられて尚、人間は愚かで、どれだけ小さな希望であってもすがる生き物だ。
 もう死ぬしかないと思った人間が、その家族が、100年以上前の民間療法に実際には絶望しか無い事実をわかっていながらも、それに目を背け自分本意に希望を見出すほど、人と言うものは時に愚かだ。


 ……いや。
 すがるか……?
 そのような、完全に迷信の域にある、根拠もない医術に、実の母親がすがりつくのか?
 母が、息子の眼を取り出そうと?ユージィンの母が、ユージィンの眼を?


「すまん、ちょっと理解が追いつかない、待ってくれ。
 それは、貴様らの病気の父親の為に、貴様らの母親が、ユージィンが幼い頃にその眼を何度かくり抜こうとした、と言う認識で合っているか?」
「はい、合っています」


 オスカーは、大きく息を吐いた。
 少し落ち着く時間が欲しかったが、実際にはそれ程時間があるわけではない。


「ユージィンが思い出せないというのは、どういう意味だ」
「私の子供の頃の夢は。……隠密師団に入団する事でした。
 幼い頃からの特技を、隠密師団でなら、活かせると考えていました。
 実際には、両親が死に基礎学校を卒業する前から働き始めたので隠密師高等学校へ通う事はありませんでしたが」


 急に始まったウィレナーズ自身の昔語りに、それでも、オスカーは黙って話を聞いた。


「……夢の話はいいとして。私の特技は、……潜在催眠術です」
「潜在催眠術、とは、……人の潜在意識を操る術の事だったか」
「そうです。
 特に私は、子供の頃から意識に働きかけ記憶を隠す事が得意でした。
 元々は潜在催眠の話を人から聞いて興味を持ち、ふざけ半分で近所の友達に施し効いてしまったことから分かった能力ですが……修行を積めば、無意識下から記憶を取り出す事もできるかと思い、隠密師団を希望していたのです。
 弟が、金の瞳を持って生まれたので……みなみが一体何故気流師を攫うのか、その能力の使い方次第で確かな事がわかるかと思いました。
 ですが、実際には隠密師団に入団することはなく、私は……自分の能力を使い、ユージィンの意識に働きかけ、」
「ユージィンの記憶を、消したのか……」
「いえ、厳密には消したわけでは無く……隠したのです」
「隠す……」
「はい……都度、隠しました。
 ……私の使った物が魔術であれば、当時3歳程とは言え気流が視えるユージィンには気付かれた可能性もありますが、私は魔術は使えません。それが幸いして、当時から隠し続けてきたユージィンの殺されかけた記憶は、今もって隠れたままです」
「それは……いつか、出てくる事が?」
「消したわけではなく、隠しただけなので……今後出てくる事は無い、とは、言い切れません。
 最後に隠した4歳の時から今に至るまで出てきてはいませんが、例えば全く同じような状況に陥ったり、母を強く思い出す何かがあったりそういったことがユージィンの身に起こればあるいは、……私にも不確かな事ばかりで、何とも言えませんが」


 ウィレナーズは、そこで一息ついた。


「本当は、記憶は隠すべきじゃ無いんです。
 隠した本人が何をとお思いになるかもしれませんが、私は本心からそう思います。
 隠してしまうと、起こった事を忘れてしまった様になる為、同じ様な事が起こった時に危険予測ができなくなる……自分を殺そうとした相手であっても、殺されかけた事実がなかった事になってしまっている為に、自ら近づいて行こうとします。実際に、幼いユージィンは母親に目をくりぬかれるとは思わず、何度も近づいてしまった。
 それから……仮に、何かの影響を受けて隠した記憶が全て出てきてしまった場合、……心が、その重さに耐えられるのかわからない。
 ……。
 ……だから。
 ……本来はユージィンの、あの子の記憶を、隠したくは無かったのです。だけど、母に怯えて、母に裏切られたことで、普通の状態が保てなくなっているユージィンを、見ていられなかった」
「その、潜在催眠は重ねて別のものをかけることは可能なのか?」
「すみません、わかりません。
 先程も言いましたが、私は専門的な修行を積んだ事は一度も無いのです。
 今までは、様子見がてら会うこともできましたが、王族の一員となると気軽に会うことも難しくなるかと、この先弟の一番身近な存在になるオスカー殿下に話しました」


 ふう、と、ため息ともつかない息を吐き出し、ウィレナーズは言った。


「ユージィンが成人する時に本人に伝えれば良かったのでしょうが。
 ……できなかった。私が嫌な事から逃げたと取られても仕方ありませんが、苦しむ弟は見たくないものです」


 言葉を切って、ウィレナーズはオスカーを見た。


「これからも、定期的に弟に会う事はできますか」


 容姿は全く似ていないとは思うが、同じ色の睫毛の向こうから見つめられると無碍にもできない。
 ユージィンとの類似点なら無条件で受け入れてしまう。
 それに、オスカーは一つ思いついた事があった。


「貴様、北方領主館の料理長の職を辞する気はないか」


 質問とは違う話を振られた為に、一拍反応が遅れたようだが、ウィレナーズの立ち直りは早く、理由を聞いても?と、当然の反応を返してきた。


「俺の、と言うか、宮の専属執事を探していてな。
 貴様なら、様々な仕事をしてきたのだろうから一通りの事はできるだろう。その身体なら力も強いだろうし、何より潜在催眠が使える。ついでに料理もできるしな。まあ料理は専属執事の仕事ではないが。
 実の兄だ、ユージィンにおかしな気持ちを抱かないだろう。
 それから……一番重要な事だが……有事の際に俺とユージィン、どちらを護るかと言えば多くが俺を護ろうとする中、貴様はユージィンを護るだろう」
「……否定はしません。3歳の時から私がずっと面倒を見てきた弟です。申し訳ないが、殿下と比べる事はできない」
「兄弟揃って嘘がつけない性質だな。好ましい」


 ニヤリ、と、少し人の悪い笑みで顔を見合わせて笑い合った。


「兄上の専属執事に付いて学んでもらう必要はあるが、給金は今より増えるぞ。住む場所は、俺の宮の庭に専属執事専用の棟がある。休みは多いとは言えないが、貴様が望むなら昼間の空いた時間には隠密師団の修行への参加を手配する。今からでも学ぶ気があるなら、能力を伸ばせる」
「……破格の条件ですね。これを断る愚か者はいますか」
「さあ……。貴様はどうだ。愚か者か」
「まさか。私はそこまで愚かではありません」


 再度笑いあい、……余所からは、強面の身体の大きな2人が悪巧みをしているようにしか見えないが……あながち間違っていない……とりあえずオスカーの目下の専属執事に対する懸念だけは無くなったのだった。




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