金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

23.気流師の婚姻の儀

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 答えを出せない、などと思っていても、当然だが時間は流れる。

 物思いに沈む間も無く近侍が呼びに来たために、ユージィンは家族の元を離れ近侍に促されて廊下を進む。
 程なく、天井から白地に金糸と銀糸で龍の刺繍がなされた、分厚く大きい豪奢なカーテンがかかっている場所へと案内された。


「まもなく儀式が始まります。王よりお声がかかりましたらこちらのカーテンより祭場へお入りください。カーテンは私どもで開きますので、開ききりましたら入場願います。入場後は、オスカー殿下に習い、王のお言葉通りに動いていただければ結構です」


 そう言い置いて、案内の近侍は離れていった。
 あまり大掛かりなものではないようで、ユージィンは密かに安堵している。式の進行も、内容もよくわからないままにここまできてしまった。あまり表情が変わらないと言われるユージィンも少し緊張してきたが、近くに人がいないのはありがたかった。
 人の気配はするので近くにはいるのだろうが、もしかしたら姿を見せない配慮のようなものかもしれない。

 ――そういえば、結局、誓いの言葉をきちんと考えていなかった。

 言葉は決まらないが、どうも周囲からは節操が無いやら、尻軽やら不名誉な印象を持たれているのが気になる。これまでもそんなつもりは毛頭なかったと言うのに、まさか、婚姻後も周囲からそのような印象を持ち続けられては、……自分は構わないが、オスカーには申し訳が立たないと思う。

 ……。
 いや。
 なぜ、自分は、オスカーに申し訳ないと思う?
 もし、婚姻を結ぶ相手が、ほかの誰かだったとしたら、同じように、申し訳ないと思うのか。
 相手の名誉なんて、多少傷ついたとしても、これからを見てもらえれば自ずと回復するであろう。
 そのうち回復するぐらいの名誉なら、特に申し訳ないことは、ない。はずだ。

 そう。ない、はずだ。
 それならば、オスカーの名誉だって同様に、いずれ回復する名誉であれば多少の傷など問題にはならないだろう。そもそも、ユージィンを選んだのはオスカーの方だ。過去を消すことはできないのだから、いっそ開き直ってしまえばいい。
 そう、思うが。
 いや、だめだ、それはいけない。胸のあたりのザワザワがひどくなってくる。気付けばユージィンは唇を強く噛み締めていた。


 好きだとか、好きじゃないとか、考えなくて良いじゃないか。
 仮に、好きだと仮定してみろ。
 あの母のように。
 好きな相手以外の近しい人たちを傷つける事を厭わない人間に。
 あの母は、何をした。
 俺に、一体何を。
 傷つける言葉だけではなく、あの、母は、俺の


 ――いや、だめだ。落ち着け。これは今考えるべき事じゃない。


 これを今考え始めると、多分この場にいられなくなる。
 だから、いけない。


 ――いや、いけないのか?


 本当に、人を好きになる事が怖いなら、誰とも婚姻なんて結ばず逃げれば良いのではないか。
 怖い怖いと煩い人間と婚姻を結ぶよりも、屈託無く人を愛せる人の方が、オスカーだって幸せになるはずだ。
 本当に?
 自分以外の、誰かと共にこの先の人生を歩んだとして、本当にオスカーは幸せになるか?
 自分は?
 オスカーが、他の誰かと。
 自分が、他の誰かと。

 ユージィンは、完全にパニックだ。

 頭の中が酷く混乱して、そして、怖くて仕方がなくなる。
 指先は冷え、身体は小さく震える。
 何が怖い?
 わからないが、怖い。
 心の底から、恐怖がわいてくる。
 俺は、
 母に、


 そこまで考えた時、中から、王の声が響いた。


「これより婚姻の儀を執り行う。
 中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド。
 並びに、ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、双方、祭場へ入れ」


 ゆっくりと開く、目の前の重厚なカーテン。
 音もなく静かに金糸の龍と銀糸の龍が完全に分かたれ、祭場が見えた。

 そして、その向こうに、オスカーが。

 漆黒の長髪はきっちりとまとめられ、形の良い額から男らしい眉毛、高さのある眉間、そこから伸びる鼻梁へと繋がり、離れて立っているのに、山吹色の瞳がユージィンを捉えているのがわかる。

 黒に近い銀色で作られた王族の正装が、実戦で鍛え上げられた長身を包み、あまりに様になっていて目が離せない。

 当然のことだ。
 あれは、……あの衣装は、彼ら王族の為に作られた衣装だ。
 肩から下がる長いマントの背中側は見えないが、こちらは黒に近い金色で龍の刺繍が入っているはずだ。

 ――そうだ。
 今更ながら、強く自覚した。
 彼は、オスカーは、剣術師である前に王族だ。
 わかっていた事なのに、彼は王族なのだと改めて実感した。
 金色の龍の涙から産み出された初めての人間。
 中草国の礎となった人たちの子孫だ。

 その人と。これから、本当に婚姻を?

 それまで続いていた頭と身体を支配していた異常な恐怖は、オスカーを目にしたことでほんの少しだけ落ち着いたようだ。

 オスカーに近づきたい気持ちが湧き上がり、足を踏み出す。
 ほぼ同じタイミングでオスカーも歩を進めたようだ。
 ゆっくりと、祭壇へと近づく。
 同じ速度で、オスカーも近づいてくる。
 オスカーは長身で脚も長い。
 ユージィンの速さに、合わせてくれているのか。
 オスカーが気を使ってユージィンに合わせてくれているのかと思うと、距離が減るごとに、恐怖も少なくなるような気持ちになってくるのが不思議だ。

 あと、一歩。

 すぐそこに、手を伸ばせば触れる所にオスカーがいる。

 と、一歩の距離をオスカーが強引に縮めてユージィンを抱きしめてきた。
 王の咳払いが聞こえるという事は、これは、本来進行にはないのか。
 しかし、ぎゅうと抱きしめられて気づいた事がある。
 ユージィンは、自身でも気づかないほど密かに身体が震えていた。
 寒いわけでもないのに、先程の恐怖から心が逃れきれていないせいで、震えを止める事ができない。


「大丈夫か……?」


 ふいに耳元で気遣う声がした。

 ユージィンは恐怖からくる緊張で詰めていた息を、は、と吐いた。
 少し距離を取り、目の前のオスカーの顔を見上げる。
 いつもはこのまま射抜かれるように思える山吹色の視線が、今この時は酷く優しく、ユージィンを見つめている。
 顎を少し引いて頷いた。
 オスカーは、身体は離したものの、手はそのまま繋いで居てくれることにしたらしい。
 目の前の王は、生温い視線を寄越したが何も言わなかったので、手を繋いだまま、2人で膝をつき礼をとった。


「中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド。誓いの言葉を述べよ」
「はい。
 中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド、今ここで中草国に誓います。国の為であれば、いつの時も、どの様に死んでも構わないと身命を賭して尽くして参りましたが今この時を境に改めます。この先、私が自ら命をかけるのはユージィン・オスクレイア・ギャザスリーの為、人生の全てをかけて、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリーを慈しみ、愛し、護ることを、誓います」


 王族としてのオスカーではなく。
 この人は、オスカー自身としての誓いを自分にくれるのか。
 それであれば、やはり、自分は。


「ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー。誓いの言葉を述べよ」
「はい。
 ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、中草国に、今ここで誓います。中草国に対し、オスカー・ユートライア・ジグライド殿下に対し、不正や不貞、不実を働かず誠心誠意尽くして参ります。二心を抱かず、生涯誠実を捧げる事を、ここに誓います」


 愛する事がよく分からず、それに恐怖を覚えるならば。
 自分でも理解できる誠実さを、この、誰より自分を優しく気遣ってくれる男に捧げよう。
 両手を掲げ、朗々と響く声で王が告げる。


「オスカー・ユートライア・ジグライド、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、双方の誓いを受け、祝福を授ける。
 この時を持って、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリーは、ユージィン・ギャザスリー・ジグライドと名を改める。
 今より先、双方を分かつことは何人なんびとにも出来ず死をもって分かたれるまで、オスカー・ユートライア・ジグライド、ユージィン・ギャザスリー・ジグライドが離れることはできない。
 今ここに、中草国、第32代国王オスタバルト・シェイニエス・ジグライドがこの2人の婚姻を認める。婚姻は、成った」


 拍手が聞こえる。

 ミドルネームであったオスクレイアは、母の姓だった。
 通常であれば、母の姓を残したまま、ユージィン・オスクレイア・ジグライドとなるはずだったが、どうしても受け入れがたく、父の姓を残してもらった。

 この決断を、兄は何というだろうか。
 拍手は聞こえるが、兄は。
 ズィーロの両親は、どう思ったか。
 通常は誰もしないであろうこの決断を、みんなは、どう思っただろうか。

 緊張しながら、立ち上がり、顔をあげた。

 兄は、微笑んでいた。
 ズィーロも、ズィーロの両親も、微笑み、拍手をしている。

 安心して、肩の力が抜けた。
 もう、震えはない。あれだけ寒かった身体も、今は暖かい。

 ようやく周囲を見渡す余裕もできた。

 自分が知っている王族は、全員参列しているようだった。
 今日の今日で全員集まるなんて、やはり王族は結束力が強い。
 そして、オスカーは愛されている。
 その事実に改めて気づき、安心して、祭場を後にした。



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