26 / 71
オスカー×ユージィン編
23.気流師の婚姻の儀
しおりを挟む答えを出せない、などと思っていても、当然だが時間は流れる。
物思いに沈む間も無く近侍が呼びに来たために、ユージィンは家族の元を離れ近侍に促されて廊下を進む。
程なく、天井から白地に金糸と銀糸で龍の刺繍がなされた、分厚く大きい豪奢なカーテンがかかっている場所へと案内された。
「まもなく儀式が始まります。王よりお声がかかりましたらこちらのカーテンより祭場へお入りください。カーテンは私どもで開きますので、開ききりましたら入場願います。入場後は、オスカー殿下に習い、王のお言葉通りに動いていただければ結構です」
そう言い置いて、案内の近侍は離れていった。
あまり大掛かりなものではないようで、ユージィンは密かに安堵している。式の進行も、内容もよくわからないままにここまできてしまった。あまり表情が変わらないと言われるユージィンも少し緊張してきたが、近くに人がいないのはありがたかった。
人の気配はするので近くにはいるのだろうが、もしかしたら姿を見せない配慮のようなものかもしれない。
――そういえば、結局、誓いの言葉をきちんと考えていなかった。
言葉は決まらないが、どうも周囲からは節操が無いやら、尻軽やら不名誉な印象を持たれているのが気になる。これまでもそんなつもりは毛頭なかったと言うのに、まさか、婚姻後も周囲からそのような印象を持ち続けられては、……自分は構わないが、オスカーには申し訳が立たないと思う。
……。
いや。
なぜ、自分は、オスカーに申し訳ないと思う?
もし、婚姻を結ぶ相手が、ほかの誰かだったとしたら、同じように、申し訳ないと思うのか。
相手の名誉なんて、多少傷ついたとしても、これからを見てもらえれば自ずと回復するであろう。
そのうち回復するぐらいの名誉なら、特に申し訳ないことは、ない。はずだ。
そう。ない、はずだ。
それならば、オスカーの名誉だって同様に、いずれ回復する名誉であれば多少の傷など問題にはならないだろう。そもそも、ユージィンを選んだのはオスカーの方だ。過去を消すことはできないのだから、いっそ開き直ってしまえばいい。
そう、思うが。
いや、だめだ、それはいけない。胸のあたりのザワザワがひどくなってくる。気付けばユージィンは唇を強く噛み締めていた。
好きだとか、好きじゃないとか、考えなくて良いじゃないか。
仮に、好きだと仮定してみろ。
あの母のように。
好きな相手以外の近しい人たちを傷つける事を厭わない人間に。
あの母は、何をした。
俺に、一体何を。
傷つける言葉だけではなく、あの、母は、俺の
――いや、だめだ。落ち着け。これは今考えるべき事じゃない。
これを今考え始めると、多分この場にいられなくなる。
だから、いけない。
――いや、いけないのか?
本当に、人を好きになる事が怖いなら、誰とも婚姻なんて結ばず逃げれば良いのではないか。
怖い怖いと煩い人間と婚姻を結ぶよりも、屈託無く人を愛せる人の方が、オスカーだって幸せになるはずだ。
本当に?
自分以外の、誰かと共にこの先の人生を歩んだとして、本当にオスカーは幸せになるか?
自分は?
オスカーが、他の誰かと。
自分が、他の誰かと。
ユージィンは、完全にパニックだ。
頭の中が酷く混乱して、そして、怖くて仕方がなくなる。
指先は冷え、身体は小さく震える。
何が怖い?
わからないが、怖い。
心の底から、恐怖がわいてくる。
俺は、
母に、
そこまで考えた時、中から、王の声が響いた。
「これより婚姻の儀を執り行う。
中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド。
並びに、ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、双方、祭場へ入れ」
ゆっくりと開く、目の前の重厚なカーテン。
音もなく静かに金糸の龍と銀糸の龍が完全に分かたれ、祭場が見えた。
そして、その向こうに、オスカーが。
漆黒の長髪はきっちりとまとめられ、形の良い額から男らしい眉毛、高さのある眉間、そこから伸びる鼻梁へと繋がり、離れて立っているのに、山吹色の瞳がユージィンを捉えているのがわかる。
黒に近い銀色で作られた王族の正装が、実戦で鍛え上げられた長身を包み、あまりに様になっていて目が離せない。
当然のことだ。
あれは、……あの衣装は、彼ら王族の為に作られた衣装だ。
肩から下がる長いマントの背中側は見えないが、こちらは黒に近い金色で龍の刺繍が入っているはずだ。
――そうだ。
今更ながら、強く自覚した。
彼は、オスカーは、剣術師である前に王族だ。
わかっていた事なのに、彼は王族なのだと改めて実感した。
金色の龍の涙から産み出された初めての人間。
中草国の礎となった人たちの子孫だ。
その人と。これから、本当に婚姻を?
それまで続いていた頭と身体を支配していた異常な恐怖は、オスカーを目にしたことでほんの少しだけ落ち着いたようだ。
オスカーに近づきたい気持ちが湧き上がり、足を踏み出す。
ほぼ同じタイミングでオスカーも歩を進めたようだ。
ゆっくりと、祭壇へと近づく。
同じ速度で、オスカーも近づいてくる。
オスカーは長身で脚も長い。
ユージィンの速さに、合わせてくれているのか。
オスカーが気を使ってユージィンに合わせてくれているのかと思うと、距離が減るごとに、恐怖も少なくなるような気持ちになってくるのが不思議だ。
あと、一歩。
すぐそこに、手を伸ばせば触れる所にオスカーがいる。
と、一歩の距離をオスカーが強引に縮めてユージィンを抱きしめてきた。
王の咳払いが聞こえるという事は、これは、本来進行にはないのか。
しかし、ぎゅうと抱きしめられて気づいた事がある。
ユージィンは、自身でも気づかないほど密かに身体が震えていた。
寒いわけでもないのに、先程の恐怖から心が逃れきれていないせいで、震えを止める事ができない。
「大丈夫か……?」
ふいに耳元で気遣う声がした。
ユージィンは恐怖からくる緊張で詰めていた息を、は、と吐いた。
少し距離を取り、目の前のオスカーの顔を見上げる。
いつもはこのまま射抜かれるように思える山吹色の視線が、今この時は酷く優しく、ユージィンを見つめている。
顎を少し引いて頷いた。
オスカーは、身体は離したものの、手はそのまま繋いで居てくれることにしたらしい。
目の前の王は、生温い視線を寄越したが何も言わなかったので、手を繋いだまま、2人で膝をつき礼をとった。
「中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド。誓いの言葉を述べよ」
「はい。
中草国ジグライド王家五男、オスカー・ユートライア・ジグライド、今ここで中草国に誓います。国の為であれば、いつの時も、どの様に死んでも構わないと身命を賭して尽くして参りましたが今この時を境に改めます。この先、私が自ら命をかけるのはユージィン・オスクレイア・ギャザスリーの為、人生の全てをかけて、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリーを慈しみ、愛し、護ることを、誓います」
王族としてのオスカーではなく。
この人は、オスカー自身としての誓いを自分にくれるのか。
それであれば、やはり、自分は。
「ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー。誓いの言葉を述べよ」
「はい。
ギャザスリー家次男、気流師ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、中草国に、今ここで誓います。中草国に対し、オスカー・ユートライア・ジグライド殿下に対し、不正や不貞、不実を働かず誠心誠意尽くして参ります。二心を抱かず、生涯誠実を捧げる事を、ここに誓います」
愛する事がよく分からず、それに恐怖を覚えるならば。
自分でも理解できる誠実さを、この、誰より自分を優しく気遣ってくれる男に捧げよう。
両手を掲げ、朗々と響く声で王が告げる。
「オスカー・ユートライア・ジグライド、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリー、双方の誓いを受け、祝福を授ける。
この時を持って、ユージィン・オスクレイア・ギャザスリーは、ユージィン・ギャザスリー・ジグライドと名を改める。
今より先、双方を分かつことは何人にも出来ず死をもって分かたれるまで、オスカー・ユートライア・ジグライド、ユージィン・ギャザスリー・ジグライドが離れることはできない。
今ここに、中草国、第32代国王オスタバルト・シェイニエス・ジグライドがこの2人の婚姻を認める。婚姻は、成った」
拍手が聞こえる。
ミドルネームであったオスクレイアは、母の姓だった。
通常であれば、母の姓を残したまま、ユージィン・オスクレイア・ジグライドとなるはずだったが、どうしても受け入れがたく、父の姓を残してもらった。
この決断を、兄は何というだろうか。
拍手は聞こえるが、兄は。
ズィーロの両親は、どう思ったか。
通常は誰もしないであろうこの決断を、みんなは、どう思っただろうか。
緊張しながら、立ち上がり、顔をあげた。
兄は、微笑んでいた。
ズィーロも、ズィーロの両親も、微笑み、拍手をしている。
安心して、肩の力が抜けた。
もう、震えはない。あれだけ寒かった身体も、今は暖かい。
ようやく周囲を見渡す余裕もできた。
自分が知っている王族は、全員参列しているようだった。
今日の今日で全員集まるなんて、やはり王族は結束力が強い。
そして、オスカーは愛されている。
その事実に改めて気づき、安心して、祭場を後にした。
0
お気に入りに追加
346
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
*
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

ポンコツアルファを拾いました。
おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて……
ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。
オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。
※特殊設定の現代オメガバースです
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
トップアイドルのあいつと凡人の俺
にゃーつ
BL
アイドル
それは歌・ダンス・演技・お笑いなど幅広いジャンルで芸能活動を展開しファンを笑顔にする存在。
そんなアイドルにとって1番のタブー
それは恋愛スクープ
たった一つのスクープでアイドル人生を失ってしまうほどの効力がある。
今この国でアイドルといえば100人中100人がこう答えるだろう。
『soleil』
ソレイユ、それはフランス語で太陽を意味する言葉。その意味のように太陽のようにこの国を明るくするほどの影響力があり、テレビで見ない日はない。
メンバー5人それぞれが映画にドラマと引っ張りだこで毎年のツアー動員数も国内トップを誇る。
そんなメンバーの中でも頭いくつも抜けるほど人気なメンバーがいる。
工藤蒼(くどう そう)
アイドルでありながらアカデミー賞受賞歴もあり、年に何本ものドラマと映画出演を抱えアイドルとしてだけでなく芸能人としてトップといえるほどの人気を誇る男。
そんな彼には秘密があった。
なんと彼には付き合って約4年が経つ恋人、木村伊織(きむら いおり)がいた!!!
伊織はある事情から外に出ることができず蒼のマンションに引きこもってる引き篭もり!?!?
国内NO.1アイドル×引き篭もり男子
そんな2人の物語
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
龍の寵愛を受けし者達
樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、
父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、
ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。
それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて
いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。
それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。
王家はある者に裏切りにより、
無惨にもその策に敗れてしまう。
剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、
責めて騎士だけは助けようと、
刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる
時戻しの術をかけるが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる