金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

22.気流師とその家族

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 直後に、近侍が呼びに来た。
 酷く頭が混乱していたので、オスカーから離れられてむしろ良かった、と、思う。
 一緒に居たくないわけじゃないのに、居たくない。胸も、腹も、ざわざわする。これは不安だ。理解できないことに対する不安感が渦巻くのを自分で止めることができない。

 連れていかれた部屋でユージィンが着替え終わると、衣装を持って来てくれた人が髪を整えてくれながら「式が始まるまでの短い時間で良ければご親族にお会いすることができますが、いかがなさいますか」と聞いてきたので親族の控えの間に案内してもらうことにした。

 と、言うか、控えの間にいる親族とは、誰だ。
 兄、は、まさかもう着いたのか? さすがに早すぎるか?
 それとも、王城近くの体術師団に詰めていたであろうズィーロか?
 ズィーロの両親は城下にいるはずだが……。
 少し、緊張しながら控えの間の扉を開けた。

「うおおおお、おい! ユージィン!!! ユージィン! おまえーーーー!!!」

 ズィーロだった。
 既に、体術師団の真紅の正装を身にまとい、立ち姿だけを見たらそれはもう良い男っぷりを披露している。が、うるさい。

「ズィーロ、声が大きい……」
「あ、すまん、てか! いや、もう。もう! あ、その前に? おめでとう?」
「ありがとう?」
「なんで疑問形なんだよ……」
「ズィーロこそ、なぜ疑問形なんだ」
「いやだっておまえ……。こんなの、理解が追い付かないだろ? 一昨日の夜よ? 一緒に飲んだの。孤独死やだなぁなんて言ってた二日後によ? まさかの第五王子! まさかの剣術師団長! まさかの! 戦場の死神……! ……って、おまえの相手、第五王子で間違いないよね?」
「間違いない」
「確かに知り合いの王族いないの? とは聞いたけど、そんな大物……おまえは一本釣りの名手かよ……」
「大物か?」
「大物だろう」
「そうか」
「王室の直系だもん、そりゃ、大物だろ。しかも自分の実力で剣術師団長までのぼりつめて、ほんっと、まじでそこ落とせたのかよってか、えっそこって落ちるんだ、初めて知ったわ! て感じで驚いたわ……。見直したぞ、ユージィン!」
「あ? りがとう?」
「第五王子の婚姻か……世のお坊ちゃんやらお嬢さん達が大騒ぎだなあ、きっと……。いや、この場合、第五王子の婚姻じゃなく、おまえの婚姻かな……。第五王子じゃ高嶺の花過ぎて、なんか本当に花かどうかも下からじゃ見えやしねーけど……おまえなら、花だなって見えるし、手が届きそうだったよな! 同時進行しないだけで、わりと節操……ない訳じゃなかったけど、あったとも言い切れなかったしな!」
「節操はあるし、尻も軽くない」
「なんだよ、俺は尻軽なんて言ってねえよ。まあ、いいけど。良かったな、……良かったな? で、良いんだよな? ちゃんとおまえの、意思だよな?」


 それまでの軽口から変わって、そこだけ、本当に心配そうにズィーロが目を細めるながら兄と似たような心配をしてくるから、なんだかユージィンは泣きたくなった。


「大丈夫だ。俺の、意思だ」
「そかそか、なら良いんだ。そういえば、おまえ……今更だけど、今日の光り具合やばいな。少し光量落とさないと、まじで眩しいぞ」
「そう言われてもな……気流師の正装は、白に金だから、眩しいよな」
「てか、そんだけびかびか眩しければ、びかびかに引き寄せられて第五王子もおまえのこときっと本当に好きになるぞ。見慣れてる俺でもなんか頭の中ぐらぐらするしな。よし、光量は落とさなくて良い。このままでいろ」
「多分、だが。多分、本当に好きだ」
「……は? え? まさか恋だ愛だで王族と婚姻結ぶの? 政略とか、老後のアレじゃなく? 第五王子とのそんな話し今まで出たことないだろ」
「そう、なんだが、多分、割と前から、想ってくれていた、はず、……」
「歯切れも悪いし、はっきりしねぇなあ。おまえらしくない」
「俺も、なんだかわからないんだ。急過ぎて、まだ混乱している」
「……そうか。そうだよな、おまえからしても急だよな。二日前には無かった話しだもんな、なんか次々聞いて悪かったよ」


 騒がしいズィーロがほんの一瞬反省したようなそぶりを見せたとき、扉が開き近侍に案内されたウィレナーズが入ってきた。


「おおー! ウィレナーズ!! ……めでたい日だってのにいつも変わらず愛想の無いおっかねぇ顔してんな…」
「……ズィーロ」


 ズィーロもユージィンよりは背が高いが、ウィレナーズはそれよりはるかに大きいため、見下ろすようにズィーロを見た。
 この兄とはさっき会ったばかりなのに、なんだか酷く懐かしい想いで、ユージィンは名を呼ぶ。


「ウィレナーズ……」
「ユージィン……」


 ウィレナーズも、同様に名を呼び応えてくれる。
 ユージィンは、それだけで満たされた気持ちになった。


「いや、君らさ……。名前呼んで見つめ合うのやめようぜ……まじで……」
「「うるさい、ズィーロ」」
「相変わらず息ぴったりに俺に文句言うしな……。なんだよこの兄弟は……」
「ああ、ズィーロ」
「なんだよ、ウィレナーズ。静かにしとくからもう文句言うなよな」
「いや。似合っているぞ、その服」
「は、はあ?! 何急に?! てか、いや、当然だし? 俺だって、正装の一つや二つ持ってるし? 着こなせますし?」

 ウィレナーズの簡素な褒め言葉に、ズィーロは酷くうろたえ出した。

 だが、綺麗に筋肉がついてすらりとした体躯に、灰色の瞳と髪を持つズィーロには、確かに真紅地に銀色の細かい刺繍の入ったロングコートのような正装は似合っていた。


「ああ、本当に綺麗に着こなしているな。似合っている」
「ぎゃあっ! ちょ、ま、じゃ、なく、て、……。そうじゃ、なくて、……あの……ありがとう」


 目元だけを緩ませ、ウィレナーズがズィーロの頭を撫でた。いつも騒がしいズィーロは、騒がずにされるがままになっている。ズィーロが騒がないなんて、珍しい事もあるものだ。

 ――いや、そういえば、この二人は昔からこうだったか。

 健全に健康に普通の子供だったズィーロを、ウィレナーズは可愛がっていた。
 ユージィンに対する、重い責任のようなものを感じずに済むせいか、屈託無く可愛がっていたように思う。
 一方のズィーロも、兄弟がいなかったせいかウィレナーズには酷くなついていた。
 父親ともまた違う、近くにいる年上の甘やかしてくれる男の人になつくのは当然だったのかもしれないが。

 柔らかい髪質の灰色の髪を梳くのが気持ちいいのか、ウィレナーズは飽きもせず頭を撫で続け、ズィーロはされるがままだ。
 生暖かくその様子を見守っていると、ズィーロの両親が入ってきた。


「あああ! ユージィン! ユージィン、あなた!」


 ズィーロの母が感極まったように抱きついてきた。
 言葉遣いが違うだけで、叫んでいる内容はズィーロと全く同じだ。


「ほんっとうに驚いたわ、店の仕込みをしていたら王城から王立師団の遣いって人が訪ねてきて、ユージィンに何かあったのかと思っておばさん気が動転してしまったわよ!」
「王立師団には俺もいるんだけど……? 俺に何かあったかもだし……? 」


 ズィーロがぶつぶつ文句を言う。


「あら、ズィーロのことももちろん心配なんだけど、ズィーロはなんか大丈夫な感じがしちゃうのよね。でもユージィンは、……何かしらね、ちゃんと見てないととんでも無いことを平気でしでかしそうで……」
「ああ、なんかわかるわそれ……」


 わからなくてもいい、と、ユージィンは母子の会話に心の中だけで突っ込んだ。これでも、自分なりには清廉潔白に、多分人として間違ったことはしないように生きてきたのに。

 ズィーロの父親は相変わらずほとんど口を開かない。それでも、優しい人だと知っている。母子の会話をよそに、優しい表情でユージィンを見ていた。

 母子の会話はいつのまにかユージィンの相手の話になっていた。
 普段からまるで母娘のような会話をする2人だが、父親がほとんど話さないので、ちょうど良いのかもしれない。


「オスカー殿下は母さんでも知ってるわよ、凱旋行進でよくお見かけするもの。素敵よねぇ……」
「え、でもあの人めっちゃおっかないって評判の人だよ。まあ、素敵? なの? かな? その辺俺よくわかんないなー」
「母さん、結構詳しいのよ。伊達に長年城下で店を営んでないから。
 今独身王族で国民人気が高いのは、オスカー殿下とオルシラ殿下よ。やっぱり王族の中でも国民の前によく出てくる人の人気が高いんじゃないかしらねぇ」
「オルシラ、……闇色姫か。良いよね、オルシラ殿下。かわいいし、いつも元気だし、弓の腕は正確だし、国民思いの王族の中でも更に筋が通ってる感じがするよね」
「そうだな」


 意識せず会話に参加してしまった。


「なに、ユージィン、おまえオルシラ殿下にも会ったの」
「今朝会った」
「へー。かわいかった?」
「多分」
「多分かよ。いいなー。何話したの」
「……」
「なんで黙るんだよ、ユージィン」
「……」
「おい。ユージィン」
「求婚された」
「……」
「なんで黙るんだ、ズィーロ」
「……」
「おい。ズィーロ」
「……いや、黙るでしょ。何返せば良いのよ。普通に話してるように見えるかもだけど、俺、今わりといっぱいいっぱいだからね。頭の中の処理が追いついてないのよ。
 戦が始まるかもとかでさ、うちの副師団長は第七王子だからさ、その人含めて師団内の上の人たち朝から王城行ったり来たりでバタバタしててさ。
 えー、俺らも大変だわー、とか思いながらも普段通りの午前中を過ごしてさ、午後は方針が固まるまで鍛錬するようにとかお達しあったから大人しく鍛錬に勤しんでいたらよ? 第七王子が現れてさ? 普段関わることなんてないよ。いくら体術副師団長っても、同じ所属ってだけで、そうそう会わないよ。それがその副師団長の第七王子がよ? 鍛錬場に入ってきてさ、おもむろに「貴様、気流師のユージィン・ギャザスリーの幼馴染だな」とか話しかけてきてさ。さっすがユージィン、なんか第七王子がおまえの名前知ってるぞ、とか思っていたら「これから兄上と婚姻の儀が始まる、正装を持って今すぐ王城に行くように」て、はあ? とか思ったけど、そんな突っ込んで聞けないし、もちろんはあ? とか言えないでしょ? 慌てて正装を持って登城しながら、兄上ってなに? て思いながらも、剣術師団所属のオライリオ殿下のこと? 何言ってんのか意味わかんねーな、とか思ってたらここ通されて、通してくれた人に「あのーすみません、誰と誰が婚姻結ぶんですかね?」とか聞いたら「オスカー・ジグライド殿下と、ユージィン・ギャザスリー気流師です」て、はあああ? オスカー? て、オスカー? あの? え?それほんと? つってさ。
 で、ようやくおまえにも会って気持ちが落ち着いてきたのに、婚姻はオスカー殿下と結ぶけど、オルシラ殿下にも? 求婚されたとか? そんなの反応できないからね!!!!」


 ズィーロは一息に言い切り、ユージィンの肩に手を置く。一気に思っていた事を吐き出したせいか、ズィーロはゼェハァと息が荒い。
 落ち着かせるようにか、ウィレナーズがズィーロの肩に手を添えた。それを合図にしたかのように、ズィーロが、ふう、と大きく息を吐く。


「でも、そんな事は、良いんだ。
 いや、思わず長々演説ぶったおまえが言うなって話だけど本当に、良いんだ。
 俺は、おまえが満足してればそれで良いと思ってる。
 嫌だとか、辛いとか、仕方なくとか、そう言うのが無いなら良いんだ。
 だっておまえ、自分で選んだんだろう、オスカー殿下を。
 そうでなきゃ、闇色姫の求婚を断らないだろ。
 ……だから、俺は。
 おまえの婚姻の儀に、喜んで参列するし、本当に良かったと思っている」


 急に、オスカーの言葉を思い出した。


「お前は好きがわからないと言うが、俺はそうは思わない。
 本当にそれを知らないなら、先に求婚したオルシラに応えても良かったんだ。
 あいつだって、俺と同じ王族だ。
 その上、女だからな。子を残す事だってできる。
 それを、どんなつもりで断ったか知らんがそうしなかった理由を勝手に決めつけて、それに縋って、俺は今自惚れている」


 オスカーの言葉の意味を考えた。
 ぼんやりとしていた何かが掴めそうで、でもやはり答えを出すのが怖いのか、はっきりとは分からなかった。
 視線をずらすと、ズィーロの後ろで、ウィレナーズとズィーロの両親が微笑んでいた。みんなが良かったと思ってくれているなら、今はそれで良い。

 オスカーの言葉の意味をきちんと自分の中で理解できるまで考えるのは今は無理だ。
 考えても、心の中の引っかかりが取れない限りは、答えを出せない気がした。



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