金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

19.剣術師団長、気流師の兄と会う

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 厩舎に入ろうとしたその時、後ろからオスカーを呼ぶ声を聴いたような気がした。

 いや、もちろんオスカーを呼んでいるのだろうが、声の主は「閣下」と叫んでいる。
 このタイミングでオスカーを閣下呼びする人間なんて、国中探しても1人しかいないだろう。
 オスカーはすぐ後ろに従うユージィンを、ちらりと見る。
 視線に気づいたユージィンが、なにか? と言う目でこちらを見たときには、既に声の大きさは無視出来る大きさではなくなっていた。
 はああああー……とため息をつきながら、ユージィンに謝りつつ、密かに後ろにかばう。
 そんな事をしているうちに、声の主、ディズィーグは目の前だ。

「閣下!!! めでたい! いやまさか、いやいや、本当にまさか。まさかの事態ですね! 起こるものですね、奇跡!!」
「ディズィーグ……うるさい……。声を落とせ」
「おっと、失礼。ギャザスリー気流師に挨拶させてください」
「いやだ」
「え、そんな。閣下は信じられない程ケチですね。こうして会ったのに挨拶しないなんて、ギャザスリー気流師に対して失礼じゃないですか。
 さ、挨拶させてください」
「……あー……いやだ……。今日、師団は貴様に任せるとオルシラが言っていたぞ、ここで何をしている」
「ああ、オライリオ殿下が手伝ってくれていますので。オライリオ殿下は優秀ですね。剣の腕も立ちますし、一部隊長にしておくのは勿体ない逸材かと」
「では、我が弟オライリオを副師団長にするから、貴様が部隊長となればよいだろう」
「いやですよ。嘘です。オライリオ殿下は、特別優秀ではなく、多少優秀程度です」
「ひどい上役だな、貴様」
「私にも生活が有りますし、矜持もありますからね。仕方ありません」
「そうか、ではな。俺は今急いでいる。貴様もがんばれよ」
「ちょっと、閣下。
 いつもおっしゃってる、かわいいかわいいユージィンに挨拶させてくださいって」
「おい、貴様がユージィンをほめるな。首を斬るぞ」

 つい先程は、部下の酷い失敗すら笑って許せるなどと思っていたはずなのに、それは嘘だった。今すぐに首を斬ってしまいたい。しかしディズィーグはこれでいて優秀な部下だ。代わりになるものなどいないので斬るわけにもいかない。
 肩をつつかれ、すぐ後ろを振り返れば、ユージィンが挨拶させてくれと小さく囁く。
 心の狭い人間だと思われるのも嫌で、いや、それに関しては既に遅いかもしれないが、仕方なく一歩横に避けた。

「はじめまして、ゼイディオン剣術副師団長。気流師のユージィン・ギャザスリーです」

 相変わらず、特に微笑みもせずに端的に挨拶をする男だ。
 対して、口から先に生まれ出でたような己の部下は、と言うと対外用の笑顔をはりつけ、唸っていた。

「ぐぅ、これは……いや、堪えろ、表情筋、笑顔そして笑顔、笑顔、しかし、これはすごいな、こんな間近で見たら目がどうにかなりそうな、……殿下はよくまあこんな化け物みたいなものに手を出そうと思ったな……」
「おい、貴様が挨拶したいと言ったんだろう。胡散臭い笑顔のままぶつぶつぶつぶつと何なんだ一体」
「いや、これは、失礼、剣術副師団長のディズィーグ・ゼイディオンと言います」
「はい、存じております。遠目ではありますが、鍛錬を拝見した際に相手の攻撃を的確に避ける様が美しいと思いながら見ておりました」
「あ、だめだ。これは本当にだめなやつ。語彙力、甦れ、俺の語彙力。だめだ、甦らない!
 すみません、閣下、これは最早私の手に負えるアレではありません。どうぞお幸せに!
 ギャザスリー気流師、お褒め頂きありがとうございます! 一生忘れません!」

 叫びながらその場を走り去ったディズィーグに、横に並ぶユージィンは目をパチリと瞬き「何か失敗しました?」とつぶやいたユージィンに「あいつのことは放っておけ」と答え、オスカーは再び溜息をつき、今度こそ厩舎へと入った。
 ディズィーグのことなどどうでもよい、今は、ユージィンの兄のもとへと行かなくては。
 ユージィンの兄、ウィレナーズが勤める領主の館までは羽馬で北に向かって飛び2時間程。
 突然現れた羽馬と第5王子に領主の館では大騒ぎだったが、悪いが時間がないのだ、臣下の礼など今は構わないから、とウィレナーズを呼び出してもらった。
 応接らしき部屋の扉の陰からは領主たちが心配そうに様子を伺っている。

 しかし。
 なぜユージィンの兄は、肉どころか骨まで断ち切れそうな大きな包丁を持って現れたのか。
 いやいや、急いでいたとしても、包丁は置いてこいと思ったオスカーを責めることは誰にもできないはずだ。

 酷く、大きな男だ。
 男としては平均的なユージィンよりはるかに大きい。
 ユージィンより頭一つ分以上大きいオスカーと比べても、さらに頭一つ分程大きそうだ。

 高い位置から無表情でこちらを見下ろし、部屋に入って「ユージィンの兄、ウィレナーズです」と言ったきり、にこりともせずに立っている。
 ユージィンの兄、ユージィンを育てた人、人物に関して色々なパターンを考えてはいたが、こう来たか。と、言うか、ユージィンの愛想の無さはその悲しい過去に起因するものではなく、この兄の影響なのではないかと、オスカーは思った。

「ウィレナーズ・ギャザスリー殿。急にお呼び立てしてすまない。剣術師団師団長、オスカー・ジグライドだ」
「ジグライド」
「ああ、そうだ。ジグライド家五男、この国の第5王子でもある」
「ご用件は」
「時間が無いので、単刀直入に申し上げる。本日夕刻にユージィンと婚姻を結ぶこととなった。ユージィンの家族には婚姻の儀を共に執り行ってもらいたい。忙しいだろうが、これから王城にきてほしい」
「婚姻の儀……」

 驚いているのか憤っているのか、それとも喜んでいるのかすら、その乏しい表情からはわからない。
 乏しい表情以外でユージィンとの共通点はその髪色ぐらいのものだ。
 ユージィンと同じ、見事な白金色の髪の毛を頭の後ろで一つに束ねている。
 肌の色も、ユージィンほどでは無いがどちらかと言えば白い。
 瞳は薄い茶色に白を足したような少し濁ったような色味だ。
 この兄弟は、見た目の彩度が高いな、などとどうでも良い事を思いながらウィレナーズの返答を待つ。

 ウィレナーズは、ちらりとオスカーの隣にこれまた表情乏しく座るユージィンを見た。

「お前の希望か」
「うん、そう」

 オスカーは、兄と話すときは、言葉は短いながら少し幼くなるのだな、と新しい発見に心躍らせながら素直に頷くユージィンを見つめた。

「オスカー・ジグライド殿下、弟をよろしくお願いします。これから同行すればよろしいですか」

 弟と話した途端、ほぼ無言だったウィレナーズの時が動き出したらしい。

「準備もあるだろうから、同行せずとも構わない。領主の羽馬を使えるように言っておくので、……羽馬には乗れるよな? それを使い夕刻までには王城の大玄関門へ。わかるようにしておく」
「はい、乗れます。万事承知しました。では」

 強面で愛想の無い兄は、要件だけで特に感想も無く、部屋に来た時のまま包丁を携えて去っていった。
 反対されても困るが、何も言われないのも困る。
 あれで良かったのか、と思いながらも、当の本人であるユージィンも特段何も言わないため、そのままユージィンを伴い領主の館を後に自分の宮に戻った。


◇◇◇


「オスカー殿下」

 オスカーの宮に戻り早めの昼食を摂りながら、ユージィンが話しかけてくる。

「応えたくないが、応えねばいかんか」
「……オスカー」
「なんだ」
「無知で申し訳ないのですが、婚姻の儀では、私は何を身につけ、何をすればよろしいですか」
「服は気流師の正装があるだろう。式典用の、あれを身につける。あとで近侍が持ってくるだろう。婚姻の儀は、祭壇にいる王に向かい、それぞれ誓いを言葉にする」
「それぞれ」
「そうだ」
「当然私も……?」
「そうだ。誓う内容は何でも良い」
「困りましたね、誓い、とは……」
「兄達の婚姻の儀では、王家の繁栄に尽力する、とか、国の未来の為に尽くす、とか、中草国の国民皆の幸せのための尽力を続ける、とか、後はあまり思い出したくは無いが、これからは許可なく襲わないがいつでも触るのだとかなんとか、そんな頭のおかしな誓いもあったが」

 頭がおかしいと言いつつ、今となってはオスカーはこの誓いを笑えない。
 当時は確かに、酷い誓いだと思いながら聞いていたはずなのに、一歩間違えたら自分も似たような誓いを立ててしまいそうだ。

「某殿下ですね」
「名前を濁すのか、優しいなお前は」
「優しいですかね。濁っていないように思いますが……いえ、わかりました。私も何か考えます。師団の叙任式以来だな……誓い……あの時は持てる力を使い人を助けることを誓ったのですが……婚姻の誓い……」
「頼む。
 それはそうと、ユージィン。専属執事を採ろうと思うが希望はあるか。朝な夕なに顔を合わせる相手だ。それから、寝室にも出入りする相手だ。お前の希望を優先して決めるが」
「希望、は、ありませんが、何かの術に長けている方が好ましいように思います。
 有事の際にオスカーを護れるような」

 そうだ。
 自分は、どうしてもユージィンに告げておかないといけない事があった。
 とても大切で、大事な事だ。

「ユージィン、お前に聞いて欲しい事がある。何より優先して守って欲しい事だ」

 オスカーのかしこまった様子に、お茶を飲もうとしていた手を止めて、ユージィンが視線をあげた。

「今後、何があろうと、俺を護ろうとするな。万が一、俺を護って貴様が死んでみろ。俺は、その場で喉をかっさばいて死ぬぞ」
「は?」
「は? ではない。覚えておけ。俺を殺すつもりがないなら、二度と俺を護ろうとするな」

 父が弓を引いた時、国王がまだ弓を使う、と叫びながら自分の前に出たユージィンに血の気が引いた。
 母が父を止めるのがわかっていたし、父が本気で自分をどうこうするつもりがないのもわかっている。
 だから、今回はまだ良しとするが、あれが敵だったら。
 そもそも戦えない気流師に護られる剣術師団長がどこの世界にいるのだ。
 どう考えても、自分が護る側だろう。

「でm「でも、は聞かん。とにかく、俺が関わる事で貴様が少しでも傷ついたら、俺はそれ以上に自分を傷つけるぞ。俺を、殺すなよ」
「でも、あなたは王族だ……」
「だから、なんだ」
「有事の際に、王族を生かさずどうするのですか」
「王族が、自分の大事なものを生かさずどうする」
「気流師は他にもいます。王族は気流師より大事な存在だ。王族がいなければ国が成り立たない」
「お前は……ほんっとうに、心底、愚かだ」

 思わず、立ち上がりユージィンの前に立つ。
 肩を掴み、立たせる。肩に手を置いたまま、目を合わせ、言い聞かせるように告げた。

「気流師だからお前が大事なのではなく、俺にとってはお前が、ユージィンだから、大事なんだ。この世にお前の代わりになる者なんていない。だから、自ら傷つくような事をするのはやめてくれ。
 俺は大丈夫だ。誰かに護られずとも、本当に大丈夫だ。覚えておいてくれ。お前は、賢い気流師様だろう」
「それとこれとは話しが違います」
「違うことなんてない。お前が傷つくのが、何より怖い」
「……私には、……理解が……」

 感情が高ぶったのか、それとも、理解できないことで頭に血が上ったか、目を潤ませ頰を赤くしてこちらを見てくるユージィンを見てしまえばオスカーのは簡単に外れる。

 オスカーの脳内では、相変わらずオスカーたちの勝ち鬨の声が聴こえてくる始末だ。

 何に勝ったと言うのだ、いい加減にしろ、もしやこの浮かれた現象はユージィンといる限り永遠に続くのではあるまいな。
 いくらなんでも困るぞ。

 だいたい今はそういう時ではないだろう。

 ぐっと、己を律した。
 オスカーは、楽しみは後にとっておく人間だ。
 だから腕の中に囲い、口付けて、これでもかと抱き潰したい欲望を無理矢理押し込めた。
 とは言え、散々欲望を押し込みすぎてそろそろ自分自身にうんざりしていたが。


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