金色に輝く気流師は、第五王子に溺愛される 〜すきなひとがほしいひと〜

朝子

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オスカー×ユージィン編

18.剣術師団長が乞い願う

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 ユージィンとじゃれあいのような口喧嘩を楽しんだ後、湯を使った。
 心底楽しい気持ちで部屋へと向かっていたら、オズタリクアにばったり会った。

 なんて、苛つく、朝食だ。

 オスカーは、ため息をつきながらシェルフェストが持ってきてくれた朝食に手をつける。
 王族はみな配偶者を非常に大切にする、のは、自身も含め執着する性質としてわかってはいるが、いちゃいちゃいちゃいちゃ目の前で鬱陶しい。
 シェルフェストはまだいい。
 彼は穏やかな質だし、わざわざ朝食まで運んでくれた。
 同じ気流師として、ユージィンと何か話したいこともあったようだし、別段問題ない。
 だが、ユージィンとの初めての朝に、オズタリクアは相応しくない。
 2人だけで居る時ならそれなりに良い兄だが、複数人で居ると途端に面倒な存在となる。
 胸焼けしそうだ。
 心根の清いユージィンは、「きっと大変な任務だったのでしょうね」などと心優しい感想を漏らしていたが、オスカーから言わせると心底馬鹿馬鹿しいの一言に尽きる。

 聞きたいことだけを聞いたらとっとと追い出そう。

 そう思ったオスカーは、隠密師団に属するオズタリクアに戦の情報を訪ねたが、これまた反応が面倒くさい。

 仕方がないので、奥の手を使って久々に「兄上ー」などと甘えてみせた。
 本人も周囲も鳥肌ものなのだが、なぜかオズタリクアだけはオスカーに兄上呼びをされると幼かった頃のオスカーを思い出すらしく、こちらの思う通りの行動を取るのでこのような時に重宝する。

 案の定、オズタリクアは知っている限りの情報をペラペラと語り出した。

 ……そこまでは、良かった。しかし、まさかこの状況が父上にまでバレているとは思いもせず……いや、今朝の時点でオルシラにバレたのだ。
 あの後の事を予想すれば、王族中に広まってもおかしくない。

 ……まあ、それもいいか。
 どの道、朝食が済んだら父と母のもとにユージィンを連れて行くつもりだったのだ。
 状況説明の手間が省けたと思えばそれで良いのではないか。
 強姦したと思われているのは心外だが、ユージィンなら身の潔白を証明してくれるだろうし、いや、本当に我が身は潔白か?
 わからん、だがきっと潔白だよな、そうだよな……? そうのはずだよな……?

 などと、オズタリクアがべらべら話すのを無視して考え事をしていたら、当のオズタリクアが、どっと目の前の皿に倒れこむ。
 そろそろシェルフェストが止めるだろうと思っていたのだ。
 連れ出されるオズタリクアを見送りながら、オスカーは内心ほくそ笑んだ。

 そんな事より、これからの2人の事を考えなくてはいけないので、オスカーは忙しい。

 まずは専属執事だろう。
 オズタリクアの専属執事のティックワーロの手際ときたら、どうだ。
 決して出しゃばらず、だがいつでもすぐそこにいて有事の際に現れる頼もしさ。
 今までは自分1人だったがこれからはユージィンと2人になるわけで、専属執事問題は急務だな。
 うん? いや、その前にユージィンの家族に挨拶をせねばならんか。
 ユージィンの兄がどこに暮らしているかは知らんが、羽馬を使えばどこであってもすぐに行けるな。
 専属執事と兄への挨拶はどっちが先だ?

 などと、ぶつぶつ口から言葉を出しつつ考えていたオスカーだったが、突然大変なことに気づいてしまう。

 自分は、ユージィンへの求婚の返事を聞いていないではないか!

 そもそも受け入れられた前提で全てを考えていたし、受け入れられない事はないはず、と信じたいが、こればかりはわからない。
 何しろ、つい先ほど自分の目の前でオルシラは断られている。
 内心の焦りを涼しい表情で隠しながら、目の前でこちらを見ているはずのユージィンに目をやるが、ユージィンは、オスカーのことを見ていなかった。

 体ごとテラスの方を向いた状態で椅子に座ったまま、満足そうな表情で外を見ていた。
 いつの間に自分から視線が外れたのかオスカーは全く気づいていなかったが、ユージィンは目元をゆるめながら庭を眺めている。
 ひどく落ち着いてくつろいだ様子で、きらきらと太陽に輝く木々やその間の青い葉を見ながら、まるで自分がその中にでもいるかのように幸せそうに、ただそこに居た。

 ああ、こういう事だ。

 突然オスカーは理解した。

 婚姻を結んでくれ、自分とともにあってほしい、一生自分の側に、色々とユージィンに対して言葉を尽くしたが、言葉ではなく、こういう事だ。
 自分が求めているのは、2人で過ごす時間の共有だ。それぞれ別の事をしながらも、すぐ近くで、満たされた気持ちで生活をしたい。
 ただ、それだけだ。
 それを乞おう。

 理解したら、居ても立ってもいられなくなり、立ち上がりユージィンに近づいた。

 こちらが立ち上がっても変わらず、穏やかに庭を見ているユージィンの目の前に跪き、膝に乗っていた左手を掴んだ。

 薄らぼんやりしていた意識がこちらに向いたのか、ぱちり、とまばたきをしながらしっかりとオスカーを見つめるその金色の瞳。
 瞳を縁取る白金の長いまつげ、真っ白な肌にほんの少しだけ色をつけたような薄桃色が透けるまぶた。
 どれもこれも、オスカーを捉えて離さない。
 でも、これらはユージィンを形作る要素の一つでしか無い。
 そう思ったら、するり、と、言葉が出てきた。

「ここで」

「ここで、毎朝、俺と朝食をとり、毎朝、……なんでもいい。話しをしよう。いや、話さなくてもいい。今のような時間を、毎朝、死ぬまで俺にくれ」

「これからの事を考えていたが、返事を聞いていないことに今更気づいた。返事を貰えなくては、これからの事を考えられない。

 今朝程、返事をくれようとしていたのに遮ったのは俺だったな。

 もう遮らない。聞かせてくれ」

 祈るような気持ちで、そのまま左手の甲に口をつける。口づけ後、額をあて、ユージィンからの返答を待った。
 永遠にも思えるような数秒を体感した後。
 ユージィンが、そっと立ち上がり、握った手をそのままにオスカーの前に膝をついた。

「オスカー・ジグライド殿下。……お申し出、謹んでお受けいたします。
 毎朝ここで、あなたと共に過ごします」

 言われた言葉を理解するのに、数秒要したと思う。
 無様にも、え? と聞き返してしまった。
 聞き返しながら、心臓の鼓動が早くなり、顔に熱が集まる事を自覚した。

 何と言った。今、この、目の前の人は。

 あまりの己の無様さにうろたえすぎて「考えを変えないでくれ」などとまるで追い縋るような事まで言ってしまった。

 本当に酷く滑稽だ。
 好きになってもらえる要素など少しもない反応だったように思う。

 それなのに、ユージィンときたら、オスカーこそ良いのか、と問うてくる。

 人を好きになれない、想いが怖い、人から見た自分は面倒な人間だ、求婚を受けたのもオスカーが王族だから。そんな事をつらつらと目の前で語り、止めるなら今のうちだ、などと真摯な態度で言う。

 オスカーがユージィンの好きな所を挙げ、自分に嫌なところばかり言うのは断りたいのか? と揶揄すれば、断りたいんですかね? と返してくる。

 そのやりとりの時点で、ユージィンの可愛らしさを再々々々々々々認識ぐらいしているオスカーに、目の前の想い人ときたら小さく笑ってみせながら「冗談です」などと言うのだ。
 これから毎日、この、信じられないくらい綺麗で可愛くて美しい生き物と一緒に居られるのだ。

 嘘か。
 夢か。
 都合の良い白昼夢でもみているのか。
 いや、現実だ。
 正真正銘、今、我が身に起こっている現実だ。
 できることなら現実を更に実感するために今すぐ押し倒したい。
 今朝いじり倒したいと切望した欲望が、再度頭をもたげてくる。

 ——だが。
 今ここで欲望に忠実に行動してはいけない。
 まずは父と母のもとに行かなくては。

 なんとか欲望を振り切り、オスカーはユージィンの手を引きながら立ち上がった。

 王の間に向かう王宮の廊下でのやり取りも、酷く楽しかった。
 慇懃無礼なユージィンも、王宮王族剣術師団全員がオスカーの片想いを知っていたと言われた時のユージィンも、何から何まで可愛い。
 こんな瞬間が、こんな時間が、これからずっと続くのかと思えば浮かれずにはいられない。

「お前は好きがわからないと言うが、俺はそうは思わない。
 本当にそれを知らないなら、先に求婚したオルシラに応えても良かったんだ。
 あいつだって、俺と同じ王族だ。
 その上、女だからな。子を残す事だってできる。
 それを、どんなつもりで断ったか知らんがそうしなかった理由を勝手に決めつけて、それに縋って、俺は今自惚れている」

 王の間についた時に、扉を開ける前思わずユージィンへ投げかけた言葉だ。
 オスカーだから応えたのだと、ユージィンに思ってほしい、自覚してほしい、そう思ったら自然と言葉が口からついて出た。
 そう、自惚れたかったし、その部分だけは自惚れていた。

 扉を開けた瞬間の父の暴挙も既に予測していた事もあり、難なくかわし守れた。

 その後のユージィンとの共闘も酷く楽しく、それまでのオスカーは、気流師と剣術師が組む事は戦いにおいて相性が悪いと思っていたが、やりようによってはうまく行くかもしれない、とも思えた。
 まさか、ユージィンが自分をかばおうとするとは思わず、それだけは誤算だったが。

 とにかく、一見してそうとは見えなくとも、この時のオスカーは過去無いくらいに機嫌が良かった。
 家族の暴挙も、部下の酷い失敗にも、今なら大抵のことは笑って許してあげられると思えるぐらいに、浮かれていた。

 今日の今日行うと言った婚姻の儀に、当初難色を示していたユージィンも結局は承諾してくれた。
 息子の言動を予想していた王である父も、むしろ誰より乗り気であった為にすんなり当日の儀式を行える事になった。
 母も、戸惑うユージィンを気遣ってはいたが最後は喜んでいた。
 夕刻の儀式までは予定通りの公務をこなすと言う王の前を辞した2人は、王城付きの厩舎へ向かう。
 そこから、地馬を使い体術師団内にある羽馬の厩舎に趣くことになっている。

 ユージィンの兄は、城下町より更に王宮から離れた第三城壁の外にある、北山国近くの田舎町の領主館にて住み込み料理人として勤めているらしい。

 何人かの近侍らが、ユージィンの兄を迎えに行くと言ってくれたが、他でもないユージィンの家族だ。
 自分が迎えに行く事にし、その代わり兄と共にユージィンの親代わりになってくれたと言っていた城下町に住まう幼馴染一家は、顔見知りの近侍に任せる事にした。



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