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オスカー×ユージィン編
08.気流師の混乱
しおりを挟む中草国は、城塞都市の様式を取っている。
空から中草国を見ると、中心北側に王族の暮らす王宮と、それから中心南側に、王族はもちろんのこと政に携わる者全てが働いている王城と呼ばれる建物があり、王宮と王城はまとめてぐるりと四方を石壁に囲まれている。
このぐるりと四方を囲っている石壁は第一城壁と呼ばれ、北側に鉄門、南側に大玄関門と呼ばれる門がついている。
また、王宮と王城は、それぞれを分かつように楼門と呼ばれる2階建ての門で区切られる。
形に例えるならば、上から見るとちょうど「日」のような格好だ。
王宮に行くためには、王族以外はこの楼門を通らねばならない決まりがあるが、楼門には常に近衛師団が詰めており近衛師団の許可なく通ることはできない。
また、王城の前には大玄関門と言う名の、俗に言う大手門があるが、こちらはこの中草国において一番の大きさを誇り、開け放てば各師団が列をなして通ることもできる。
常に近衛師団が両脇をかため、市井の人間であればそもそも入ることを躊躇する場所でもある。
尚、王族以外は使えないとされる王宮北にある鉄門は、常に近衛師団と魔術師団が守りをかためている。
中心地をぐるりと囲む第一城壁の周りには、南の大玄関門前から順に、
「南」
「南西」
「西」
「北西」
「北」
「北東」
「東」
「南東」
の8つに区切られ、8つはそれぞれ
「近衛師団(大玄関門)(南)」
「体術師団(南西)」
「弓術師団(羽馬厩舎)(西)」
「隠密師団(北西)」
「魔術師団(北)(鉄門)」
「技術師団(北東)」
「気流師団(東)」
「剣術士団(地馬厩舎)(南東)」
に分かれている。
8つの師団の外側は第一城壁よりも更に大きく幅の広い城壁に囲まれており、これを第二城壁と呼ぶ。
こちらを形に例えるならば、「回」の、中の口に王宮王城、中の口の外、外側の口の中に8つの師団が入っているような格好だ。
第二城壁の外は城下町であり、気流師団医術部の一般受入棟は第二城壁の東外側に建っている。
一般受入棟を出て第二城壁東をくぐりしばらく歩き、気流師団研究棟を抜け、城壁に沿って更に北に進む。ユージィンは当初、オスカーの所属する剣術師団にでも連れて行かれるのかと思っていたが、剣術師団に行くには南から回らねばならない。真逆だ。
そう思ううちに技術師団に差し掛かる。「この第一城壁の中は王族の住まう王宮に程近い所まで来たはずだ」と、思い至ったユージィンの目の前を行く男が歩を止め、高い石壁沿いの蔦草の中の一部をさわり、直後石壁と同化している石扉を難無く開けた。
「王族しか開けられない細工が施されているのだが……ここを通れば、あの大仰な大玄関門と楼門を通らず王宮に入れる」
……王宮の中と言ったか。
今、目の前のこの人は、門を通らずに、王宮に入ることができると? そう言ったのか?
元々思考が散漫になっており、うまく頭が働いていない所に酷く驚くような事を言われしばし混乱してしまった。まさかそんなザルのような入宮方法があっていいのか? 良くないだろう。そんな入宮方法が世に知れたら、何より悪党が集まりそうだ。
しかし、ユージィンの混乱をよそに、目の前のオスカーは先に進む。
石扉を抜けると、扉は勝手に閉まり、振り向いてもどこに扉があるのかはよく分からなくなった。
大地や石や木などの血の通わない物が専門と言う珍しい気流師が何人かいるが、彼らならどこに扉があるか見えたりするのだろうか。
生垣で囲まれた中庭のような所を進む。
「ここの生垣の内は、俺の庭だ。庭から入る建物も俺の宮だから、心配しなくていい」
いや、心配て。何の心配?
むしろ心配しかないのですが……?
思わず口から出かけたが、言葉を飲み込む。暗がりの中、薄らぼんやりと明かりが見えてきた。
王宮に入るのは初めてだが、政を行う王城を抜けて楼門を潜ると、王族全員の為の大きな宮殿があり、主たる宮殿を中心にして放射状に渡り廊下でつながった王族それぞれの建物がある、と聞いたことがある。
王族たちは住まいの話しはしないのが慣習だし、王宮警備の近衛師団や王族の為の侍従侍女は話してはいけない決まりがある為に……そもそも彼らは決まりが無くても話しはしないだろうが……ただの噂かと思っていたが噂は本当だったのか、と変な所でユージィンは感心した。
魔術を使い飛ぶなり、羽馬に乗るなりすれば空から全容を把握できるであろうから、それで噂が回ったのか? 空からはまともに見えないような魔術がかけてあるとも聞いたが……いや、それは今はもういい。
密やかに蝋燭が灯る部屋の中へ、テラス伝いに入る。
王族の部屋、と言うにしては、質実剛健な部屋がそこにはあった。
絨毯を敷かずに木がむき出しの床、壁はかろうじて壁紙が貼ってはあるがそれもよく見ないとわからない模様がささやかに入っている程度で、置いてある家具も色味をおさえた重厚なものが多いようだ。
「俺は他の王族よりも格段に実地に出ることが多くてな……。
昔は絨毯も敷いてあったのだが、宮に戻ると身体についた泥や葉が歩くたびに落ちるであろう。近侍らの掃除が大変かと、寝室以外の絨毯はもう何年も前に外したのだ。そもそも身ぎれいにしてから戻れという話ではあるのだが……」
と、オスカーは、そこで初めてユージィンを真正面から見据えた。
「そんな話はいいんだ。腹は? 減ってるか?」
「……いえ……?」
「なら、湯だな。こちらだ」
訳がわからないままに、湯殿に案内される。
好きに使えと言い置いて、オスカーは居なくなってしまったし、ユージィンはどうすれば良いのかわからない。
わからないが、ここまでついてきておいてこの場から自宅へと帰る事も出来ず、仕方なしに服を脱いだ。
仕事の後、着替えもせずにぼんやりと一般受入棟を出てきてしまった。
仕事着の白衣には、血と、それから、火傷箇所から出ていたと思われる体液が付着していた。
それを見ているうちに、また、よくない思考を繰り返しそうになり、頭を一振り。
ユージィンは、さっさと風呂に浸かる事にした。
王族の湯殿を使うことなんてそう滅多にある事じゃない。せっかくだから使わせていただくことにする。
無心になって、石鹸で全身を洗い上げながら気づく。よく見ると、白衣だけではなく、むき出しになっていた手首にも何かが付着していた。
手はざっと洗ってきたつもりでいたが、やはりぼんやりしていたせいで、きちんと落とせていなかったようだ。
擦れるだけ擦り、湯に浸かる。ユージィンが5人は並べそうな風呂に顎辺りまでしずむ。疲れていたようで、大きなため息が出た。
――しばらく。
いい加減にのぼせるか、というぎりぎりになり、湯を出る。
脱衣所に、ユージィンの着ていたものは無く、代わりに白い寝間着のようなものと水差しと歯磨きが置いてあった。
ここまできて遠慮するのもおかしいと思い、ありがたく使わせてもらってから脱衣所を出る。
出たは良いが、これからどうすれば? 先程の部屋に戻ればいいのか? それとも名を呼ぶか? ここから呼んで聴こえるのか? などと考えながら動けずにいたら、脱衣所の扉の音を聞きつけたのか、こちらもこざっぱりとしたオスカーが廊下の向こうから歩いてきた。
「オスカー殿下……」
少し、驚いた。
艶やかに濡れておろされた髪、白い寝間着からのぞく首から胸までの張り詰めたような筋肉、泥がついていたような肌も洗い上げられ、死神に似合いと言われる無精髭もなんだか目の前の男には酷く相応しく見え、髪の合間から見える猛禽のような瞳も今は柔らかくこちらを見つめている。
ユージィンの前に立つオスカーの匂い立つような男ぶりときたら、一体どうした事だ。
ぼうっとしているユージィンを置いて、オスカーはさっさと歩き出す。
オスカーが廊下を曲がりかけた所でこちらを見る視線と目が合い、我に返って慌てて追いかけた。
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