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オスカー×ユージィン編
05.剣術師団長と気流師の出会い02
しおりを挟むオスカーが恋に狂った。
ようやく本人が自覚した頃、副師団長のディズィーグは、弓術の鍛練の時間が重なった第3王女のオルシラに、オスカーが珍しくも恋に狂っている話を聞かせていた。
王族同士の繋がりは強く、普段あまり己の事を話さないオスカーの初めての本気の恋の話に、オルシラが他の王族に伝えない訳はなく、翌々日にはオスカーの恋は王族全員が知るところとなり皆生温い視線を寄越したものだ。
それはそれとして。
己が恋に落ちている事をようやく自覚し、ユージィンの美しくも可愛い笑顔に浮かれたは良いが、恋を成就させる方法など知りもしないオスカーである。
これがただの性欲ならば、解消の方法は知っている。
1人で解消するのが嫌なら、それなりの所でそれなりの事をしてもらえば良いのだ。
だが、違う。今はそのような方法で性欲を解消したいわけではない。
いや、どうせ解消するならユージィンと、……いや、何だ、何の話だ。
戦に出る方法だって、誰より知っている。
オスカーは力任せに戦場を突き進み敵を殲滅しているように見えて、その実頭の中では常に計算をしながら戦場を地馬で駆けている。難しいと言われる、敵を殺さずに捕縛することですら得意だ。
だがこれも、違う。この能力もユージィン相手では役には立たない。
そもそもユージィンは敵ではなく味方ではないか。殺さず捕縛してどうする。
――だめだ。
己の中に恋を成就させる方法なぞ、何一つない。
ユージィンに出会うまで、30年程の間を、政略結婚以外で誰かと個人的に繋がる気の無かったオスカーだ。
友人や仲間の作り方なら知っていても、恋人の作り方なんて知る由もない。
と、なると、いくら考えた所でオスカーにはわからないのだ。
わからない事がわかっただけ、素晴らしいではないか。
わからないのだから、仕方ない。
会いに行ける時はとにかく会いに行こう、そう、思った。
強面やら、不遜な面構えやら、眼光鋭く怖いなどと言われがちなオスカーだが、これでも中身は割と楽観的な男だ。
会いに行くと決めたので、戦に出ていない時はできる限りでユージィンの元を訪れる事にした。
とは言え、知り合いでもないユージィンに会いにいくには、何か口実が必要であり、気流師団医術部に勤めるユージィンが研究棟にこもっている時に呼び出す事は難しい。
その為、一般受入棟を担当する日を調べてユージィンをねぎらう事を口実に顔を出す事にした。
それが口実になっているかどうかは、この際置いておく。
ちなみに、ユージィンがいつ一般受入棟を担当するかを教えてくれたのは第4王子の配偶者で、気流師でもあるシェルフェストという男だ。他に伝手も無かった為、大変助かった。
ただ、大変助かったのは事実だが、そもそもオスカーはそう暇がある人間ではない。
国境近くで小競り合いがあれば立場上行かねばならず、そして同じく遠征にも行かねばならず、またその他に公人として王族としての職務、王族としての雑務、それにあわせて剣術師団長としての職務もあるのだ。
ユージィンが一般受入棟を担当していても、機会が合うのは2回に1度程度、下手すると10日も20日も会えないなんてことはざらだった。
だが20日も間が空くと、ユージィンの光り輝く美しさと可愛さに全く慣れる事が出来ずに、ただでさえ緊張しているオスカーの内心の荒れ模様は更に酷くなり、その為、やはり会う度におかしな褒め言葉を口走ってしまう悪循環を巻き起こす。
唯一、幼い頃から王族として己を律して生きてきた為に、他所から内心の荒れ具合を計れない外面だけは役に立った。と、思う。思うが、しかし。
石膏像のようだ、と思わず褒めた時はまだしも、風呂場にある石鹸と言ってしまった時は自己嫌悪に陥った。
いや、石膏像だとしても大概だ。頭がわいてるとしか思えない。
だが、都度ユージィンは微笑んでくれたし、あまりに寒い日の朝、雪山に現れる白鹿のように凛とした美しさを見せるユージィンを見て思わず「冬に山で見る鹿のようだ」と言ってしまった時の笑顔は、初めて会った時のように、胸の中を何かが突き抜けた。
ユージィンはきっと動物が好きなのだろう。
こんな笑顔を見せてくれるなんて、俺は本当に幸せものだ。
何かが突き抜けた瞬間に思わず胸を押さえてよろけてしまったら、体調を心配されてなぜか優しくしてもらえたし、その上なぜか肩まで揉んでもらえた。
そんな事があって良いのか。
良いだろう。
そう、良い。
以来、会えた時は手当てと言う名の接触をはかっている。
幸運続きだ。
このまま、穏やかに時を過ごし、いつの時か共にある事が自然である、と思ってもらえないだろうか。
そうなれば、己と婚姻を結んでも構わないと思ってもらえるだろうか。
ユージィンの他所での恋の話はそれとなく耳には入ってくるが、どれもこれも火遊びにすらならないような些末なものに思える。
で、あれば、いつか自分と。
オスカーは、自身の立場をよく理解している。
腐っても直系の王族だ。
幼い頃から、自分には何が出来て何をしてはならないのかを、よくよく理解していた。
だから、立場を利用し、事を進めれば婚姻を結ぶ事は可能だろうとも思ったのだ。
思ったが、それでは、きっと己が満足しない。
立場で言う事を聞かせて共にあるのではなく、自分の想いの半分でも構わないからユージィンからも想いを返して欲しいと願ってしまった。
見ているだけで満足できる程幼稚でもなければ、枯れてもいない。
ただ、恋をした人間として、真っ当な願いを持ったのだ。
だから、通った。
時間の許す限り通い、互いを理解したいと思った。
実際には、ユージィンは魔術師ではなく気流師だと言うのに、なぜかユージィンの前に出ると魔術にかかったかのように自身の頭も身体もままならず、意に反する動きしかしてはくれなかったが。
それでも、時間をかけて育めるものがあれば良いと思っていたのだ。
南が攻めてくる情報が出てくるまでは。
南は駄目だ。
北山国、西浮国、東砂国の3国は、まだ良い。
この3国は、純粋に土地や資源、ついでのように人を獲りに来る。そもそもそれぞれに独立した国家を築いているのだから、よほどの事がない限り大掛かりな戦をしかけてくることもない。仲が良いとは言えない国同士だから、国境付近で小競り合いが起こるのが関の山だ。
だからこちらはそれを守れば良い。
天災などの脅威が至極少ない世界だからか、隣国の出方をお互いに監視することに注力すればそれでいい。
だけど、俗に「みなみ」と呼ばれる南海国との戦だけは、だめだ。
あの国には、だめだと言われるだけの理由がある。
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