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オスカー×ユージィン編
05.剣術師団長と気流師の出会い01
しおりを挟む最初は、ただの興味本位だった。
オスカーにとっては、小競り合いを収める為に出張った戦とも呼べないような規模の遠征。暇に任せて気流師の天幕にユージィンを見に行ったのは、本当にただの興味本位だったのだ。それは間違いない。
ユージィン・ギャザスリーの名は、その見目麗しさで気流師見習いの頃から有名であったし、王族は様々な理由から「気流師」の動向に注意をはらう事がもはや職務のようになっているために、今からおよそ10年ほど前、オスカーが22歳になった頃にはユージィンは既に他の王族から注目されていたように記憶している。
その後、オスカーの兄、第4王子のオズタリクアが婚姻を結んだのも男の気流師であったが、その気流師もユージィンの事は褒めていたように思う。
「ユージィンは見た目も美しく……見ると少し目がくらむ程の人間ではありますが……それだけの男ではなく、彼は、魔術師の撃つ魔術を視る時も判断が早く正確で、医術を担当した時の処置もこれまた早く的確で……その上、気流師の修行中も誰より熱心で真面目な人でした」
そう評していた。
そもそも気流師は優秀だ。優秀であることが当たり前である為、気流師の優秀さにオスカーは興味がない。
だいたい自分は一生剣で生きていくのだ。
気流師と言う職業がどれ程特殊な技能であっても後方支援が主である事に変わりはないし、その性質から気流師と剣術師が組んで戦に出る事はほぼない。で、あれば、魔術や弓矢のような遠距離攻撃、または隠密を生業としているような王族ならまだしも、自分に直接は関係ない職務ではないか。他の王族は、見るだけで目の保養などと噂していたが、オスカーから言わせればそのような戯言は愚の骨頂であり、オスカー自身、いつ死ぬかわからぬ身であるので、政治的な事情がない限り誰かと婚姻を結ぶ予定もなかった。
だからこそ、本当の本当に、ただの興味本位だったのだ。
他の王族が噂するほどの見目麗しさなら、一度ぐらい見ておくのもまた一興。
出撃するのにまだ時間はある、最終確認するほどの規模の戦でもないし、もはやオスカーのやることなど何もない、では、話題になるほどのユージィンという男をひと目見ておこう。
他の王族が皆騒ぐほどのものを、自分だけが見ていないというのもなんだかおもしろくない、そんな、悪趣味な、興味本位。
あの天幕に入り、彼の人の名を呼び、本人が出てくるまでは……心からそう思っていた。
「ユージィン・ギャザスリーは私です。オスカー・ジグライド剣術師団長」
初めて対面した時の気持ちを、なんと呼べば良いのか、今でも、オスカーにはわからない。
ただ、自分の胸の中を何かが突き抜け、それと同時に心臓がドッと音を立てて揺れた、ような気がした。
何かおかしい。動悸がとまらない。視力もおかしくなったのか、目の前にいる男がやたらと白く、光り輝いて見える。
なんだこれは、己と同じ生き物か。
同じだな、その証拠に今名を名乗ったではないか。
しかも自分の名前を呼んだ。
少なくとも、言葉は通じている。
同じ言葉を話す生き物だ。
王宮の皿は、真っ白で、ふちに薄っすら金色のふちどりがしてある。
目の前の生き物は、同じ色だ。
あの皿も美しい。
そして目の前の生き物も、それの何倍も、いや、比べるのがおかしい程に美しい。
皿だぞ、比べるか、普通。
比べないだろう。
自分の頭は大丈夫か。大丈夫じゃないだろう。正気を失っている。
気づいたら、オスカーは、ユージィンを皿のようだと評していた。
まさか口に出すつもりもなく、一瞬で頭の中に巻き起こった嵐に翻弄されっぱなしでいたオスカーは、焦った。
焦ったのだが、己の耳に対し異常に馴染みの良い声で「皿ですか?」と聞き返されて、更に「貴様は皿だ」と答えてしまった。
違う、皿だなんて、と、言い訳をしようか一瞬迷ったその瞬間。
目の前の、光り輝く美しい生き物が、微笑んだ。
その上、あろうことか、笑顔のまま自分は皿だと言うではないか。
微笑んだ途端に美しさが可愛らしくもなり、オスカーの頭の中は数多のオスカーが勝鬨をあげ続けている状態だ。
どういった理由で勝鬨があがっているのか、もはやオスカー本人にも何が起こっているのかわからない。
もうだめだ。
これ以上ここにいては、これ以上掘らなくて良いはずの墓穴を増やしてしまう。いけない。だめだ。
本当はもっと側にいたかったが、オスカーは醜態を晒すのが怖くなり、離れる事にした。
戦に出て怪我なんて、したことはなかったが、他に何も思いつかず、怪我をしたら頼むなどと言い置いて。
その後の事を思い出すと、毎度オスカーは酒に溺れてしまいたくなる。
いかなる時でも精神的な揺るぎがなく、感情が一定であり、己に厳しく鍛練を欠かさない、はずのオスカーの様子がおかしいと、剣術副師団長のディズィーグを筆頭に、生え抜きの部下達に速攻でばれた。
「最近の師団長の薄らぼんやり加減ときたらなんだ、見ていて不安になるな」
「あんな師団長未だかつて見たことがないが……何があったのだ、いつからおかしくなった?」
「そういえば師団長は先の戦で医療部隊の天幕から戻った後おかしくなったぞ」
「そうだ。あの時からおかしい」
「確かにあの後、普段と違ってやけに怪我人を気にしていたな」
「いや、怪我人ではなく医療部隊を気にしていたのでは? いつもは怪我人なぞ気にも留めないものを、あの日はしきりに医療部隊の誰に診てもらったのかを聞いていた」
「……あの日の医療部隊には、あの有名なユージィン・ギャザスリーが居たはずだ」
「そうだ、師団長はユージィン・ギャザスリーの顔を見に行くと言って戦が始まる前に医療部隊を冷やかしに行っていたぞ」
剣の手入れをしているさ中に部下たちの話を薄らぼんやり耳に入れていたオスカーは、ユージィンの名に反応し、思わず肩を揺らした。
その様を目敏く見つけた腹心の副師団長ディズィーグがオスカーに近寄り「ユージィンはかわいいですね?」と背後から耳元で囁く。
瞬間。
まさか副師団長の首に、手入れ中のオスカーの剣が当てられるとは誰しも、剣を持っている当人ですら思いもよらず、周囲もオスカー自身も酷く混乱した。
首筋に剣を当てられている当のディズィーグだけは、両手を上げながら「素晴らしいですね、閣下、まさか閣下のもとに恋がやって来るとは! 初恋ですかね? おめでとうございます」そう笑顔で告げたのだ。
余談だが、副師団長のディズィーグがオスカーを「閣下」呼びするのは大抵の場合おちょくっている時だ。
ここに来てオスカーは、ユージィンに出会ってから2度目の衝撃を受けた。
これが本当に恋と言うものならば、自身が今まで恋と思って過ごしていたものは全く違う別の何かだ。
では何だと聞かれても答える事は出来ないが、とにかく、何もかにもが違う。
いや、だが、恋?
恋だと?
愚かにもオスカーは、よせば良いのに「そんなはずはない」と、確認の為再度ユージィンに会いに行ってしまった。
医術部の一般受入棟にユージィンがいるらしい、と聞き、いてもたっても居られなくなったと言うのもある。
ユージィンの居場所を知っただけで、いてもたってもいられなくなる、などと、その事実だけで気づきそうなものだが、その時は気づかなかった。本当に愚かだ。
当然の事ながら結果は無残なものであった。
むしろ最初の時よりも酷かった。
夜に差し掛かり薄暗くなっていた室内で、一心不乱に処置をするユージィンの姿があまりに綺麗で、あまりに輝いて見えて、言うに事欠いて開口一番「蝋燭」と言ってしまった。
しかしここでもユージィンは、そんな意味のわからない褒め言葉に対し、処置の疲れを見せない華やかな微笑みを見せた。
ユージィンの笑顔にオスカーは、周りからはそうは見えないながらも浮かれに浮かれた。
恋は人を変える。新たなオスカーの人生が始まったと言っても過言では無いほどに。
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